Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》cleaning artist project

vol. 605.
3/21(月)湖都おおつ紙芝居フェスタ&オープンアトリエ&應典院



断酒暦74日。

浜大津へ。2005湖都おおつ紙芝居フェスタ。10時から、はじまり、はじまり。東野さんがあいさつ。大津市による企画公募事業である。
大津には、5年間住まわせてもらっていたので、地元というわけではないが、どこか愛着が感じられる。子どもたちの反応も素直な感じがするし。駄菓子に泥饅頭。昔の遊びの体験の数々。かたぬき10円。

野外ステージと屋内ステージAB。屋外の方がやっぱり気持ちがいい。今日は青空、暖かい。
三邑会(さんゆうかい)は、大阪に唯一ある手書き紙芝居貸元。かなりの数の街頭紙芝居が残っているということで、博物館の役割も果しているそうだ。立命館大学文学部で中国語の非常勤講師をしている(ぼくとそこは同業者でもある)鈴木常勝さんが、まず演じる。10:45から30分間。みんな(16組も!)同じ条件で、同時に2人が別々のところで演じる。よく通る声。

それもそのはず、1972年から長居公園や住吉公園で土日中心に演じ続けているからだ。アドリブですね。裏を読むことはない。太った「まる子」ちゃんのバレエ姿がおかしかった。お風呂に入ると泥棒がのびていたのは、きっと当時は風紀上よくない!といわれたに違いない。怪トランクに、最後はクイズ。だいたい、3つの構成が街頭紙芝居の基本だという。少年冒険物に少女物、そして読みきりコメディ(クイズ)が戦前のスタンダード。水飴を100円で買う。

同じく三邑会のかみしばい屋古山千賀子さん。20年前、普通の主婦が紙芝居を始めた。一番ひいきにしてくれるのが、自分の子どもたちだったという。理解のあるだんなさんと。西淀川区、淀川区の公園で週2〜3回やってきた(いまもやっているが、親の介護のため少し減っているという)。子どもたちにも音づくりを手伝ってもらうようにするところが魅力的だ。タフ候補かなあとも思う。

屋内でも、かっぷるつかだ、梅田佳声が熱演。とくに東京からの梅田佳声は、その駄洒落の多さとか、絵のこわさで大人に受けている。いそいで築港赤レンガ倉庫へ。

クリーンアーティストプロジェクト(cleaning artist project)、オープンアトリエ第二期終了。14時過ぎから、パフォーマンスがあり、気持ちのいい休日の午後を過ごす。4組が登場。終わったばかりなのに、つぎの組へと案内してくれる。束縛のない客であることの自由を満喫。WI’RE、川崎歩、やんじゃ(音楽に清水まな、メラケンスケ、福森慶之介)、土星の会。WI’REはレンガ倉庫と倉庫の間の広場で、後半は「私は聞こえない」などと台詞つき。

川崎歩は、自分の作品とともに動く。独特の動きあり。やんじゃYangjahは春の殻、春の歌による祝福ダンス。
白く繊細でふわっとした世界にこめた願い。そんなに世界がたやすく祝福するとは思えないとしても、希望を捨てないために踊っているのかも知れないですね。最後の土星の会は、京都のくろだにさん、永雲院で踊っている人たちのもの。おかしく切ない工事中の明滅です。そのまま、みんなが入り込んでいく屋外へと戻っていく。福森さんは公演直後なのにフルートを持ってきて吹いている。

美術では、2階の奥の暗闇にとくにひかれた(つかもとやすこ自身のビデオ映像と狂わせたカメラ地平のモニタリング)。暗闇が減っているが、それに思いがけなく、まだ残されたものがあることを感じさせてくれる。脚立に上って小さきものをみる暗さもなかなかいい。照明の明暗づくりが今回は印象に残った。

そのあと、CASO。映像ばかり。シアトリカル應典院も同じカレイドスコープ大阪05の関連企画。荒島さと子の人体たちの接合。ひとつ朽木か流木に見えたものが本堂の一番高いところに架かっていて、それが他のものとは違って感じられたので、何か質問ありませんか?という声に促されて率直な感想を述べておく。

はしのちなつ(説明は作品としてはほとんどせず、暗くなるとお墓の様子が見えなくなってきて、気配だけでそこにあることを感じ取られることがどんなに素敵かを話す。天井からぶら下がる赤い糸に吊るされた小さな錘、そして、ANDO。彼は写真家ではなく心理学研究者として錯視から出発、お墓と都市モダニズム建築とを対比していく。大きなビルの裾に植えられた小さな花も、お彼岸で墓に供える花葉に通じ、ある種の弔いの儀式に見えてくる。ANDOさんに鶴見俊輔の「限界芸術論」の説明をする。限界建築が墓ですか!と熱心にメモっていた。

3人プラス2組のアーティストツアー/解説(大塚さんがはじめの挨拶のなかでどのようにしてこの展覧会がいままさに出来上がったのかを話す)のあとパーティ。秋田さんもジュースで乾杯。ぼくはそのあと、中国茶を楽しむ。ゆっくりとしている時間がそこにはあった。そして、茶につけた梅や種を食べながらお話も少しする、見知らぬはじめての人たちとともに。中国茶藝「さにほう」の厳愛鈴さんが一人で作っていく。なかなか回ってこない。厳は、はしのちなつさんの会社の同僚さんなのだそうだ。

「茶藝」というのは、中国語なのだろうね。茶道とはまるで違うのではないかなあ。それに、茶藝を応用すると、花藝、髪藝、衣藝、器藝、爪藝など暮らしとの関連でいろいろなものに転用できそうだ。





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