Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》IBARAKITAHAMA&kbz

vol.603.
3/14(月)
2冊の本とまちのアーツ探しの一日
(IBARAKITAHAMA―暮らしの美間―&kbz−Produce0503『帰れるものなら』
シアトリカル應典院)



断酒暦69日。
坂上香『癒しと和解への旅〜犯罪被害者と死刑囚の家族たち』岩波書店、1999年。いまの日本で、死刑への疑問は、天皇制への懐疑とともに、大きなタブーである。日米安保やイラク派兵とも関係する問題でもある。この本を読みながら、あれこれ決め付けるのではなく、耳を傾け、眼をそらさないで事実を知る勇気について、考える。自分の授業のなかで、何が可能なのか、活動とのリンクとして何があるのか。もう一度読もうと思っているが、とりあえず、p221の「ヲジョージ」からの引用(高校における「社会学・心理学」という授業に、殺人事件によって妻を失い自分に妻殺しの容疑がかけられ一度は死刑を求刑されたジョージが講演した様子のラスト近く)
・・・・・・・
《 その後も生徒たちからはさまざまな意見や質問が飛び交った。「殺人に対しては死刑以外の償いは考えられない」、「妻を殺された夫が死刑に反対だなんて薄情だ」と彼にくってかかる生徒もいた。ジョージは、そんな一人ひとりに耳を傾け、また問いかける。熱を込めて、しかし威圧的にならないように気をつけながら、生徒たちと対話しようとするジョージの姿は、心に迫るものがあった。
 90分の授業が終わりに近づいた時、ふりしぼるようなジョージの声が、教室に響きわたった。
「私の体験を、どうか見過ごさないでくれ。犯人に対する怒りや憎悪は、いまだに身体のなかに根深く残っている。そういうネガティブな感情は、拭いたくてもそう簡単に拭いきれるものじゃないんだ。そのことに同情してくれるなら、理解を示してくれるなら、今、目の前に犯人が現れたら、銃ではなく、君の腕をまわして、私を抱きしめてほしい。新たな犯罪から、私を守ってほしい。私をもうこれ以上苦しめないでほしいんだ!」》
・・・・・・・
同じく若き二人の筆者による次の本も、とても心に残った。
喜戸理恵・常野雄二郎『不登校、選んだわけじゃないんだぜ!』理論社、2005.1。親たちにとって、不登校(昔は登校拒否)が、「病理・逸脱」とされていた時代から「選択でありうる」という考えが出てきたことは、とてもよかったことだった。でも、不登校の本人たちに「選択」は「自由」や「個性」につながるのか。いまどきには「自己責任」へと転嫁されていかないのか。自分もそういう親であっただけに、重く耳がとても痛い。「明るい登校拒否児」を演じているもう一人の著者常野雄二郎の文章も分量は少ないが、簡単な解決なんてないことをつきつけている。

この本の「あとがき!」こそすごい(書くのをとまどいつつ書くために必要な時間について考えさせられる)のだが、とりあえず、喜戸理恵による以下の文だけ引用したい。大学で何が学べるのか、考えなくてはいけないヒントがここにはある。P72-73の一部
・・・・・・・
《 選んだわけではないよ―、そんなもん、フツーに学校行けてりゃそっちの方がよっぽど簡単に決まっているじゃないか。
 まさに「記憶がよみがえる」という感じだった。スナプキンの授業では、そんなふうに、「そういえばそうだった! そういえばそうだった!」のくり返しだった。
 不登校のわたしには、「怠けている」「わがまま」と言われれば「悩み」「苦しみ」を強調するし、「かわいそう」「助けたい」に対しては「楽しんでいる」「放っといてほしい」と返す。そのうえ「学校にこだわらない」と言いつつ自分の不登校を誇り、「原因は社会・学校に」としながら「個人の選択の結果」を主張する。
 矛盾だらけ。破綻だらけ。だけど、それで何が不足しているというのだろう?
 ぐちゃぐちゃしたわたしの気持ちを説明するのに、大学で学ぶ「知」の言葉は使えた。それはちょっと信じがたい驚きだった。》
・・・・・・・
「矛盾した気持ち」そのものを言葉にし、自分にも、違う他の人にも伝えることが可能かもしれない・・・この本の筆者が感じたように、自分も学生に思わせられるような授業が果して出来るだろうか。表現へと学生が向かえるためにできること、それがこれからの大きな目標だと思う。ただ、アーツ自体をどう伝えるか、どうレビューするかは、まさしく矛盾したままのステージそのものをいったん全身で受け入れ肯定することから始まる作業である。表現のいまに曝されること、それがレビューや批評のはじまりであるのは確かである。だから、それはいまでも自分も無意識に常日頃やっているワークなのかも知れない。

今日は、大学にいかず、大阪府の楽座事業を訪問する。
画廊 橋本工務点。「点」で正しいらしい。IBARAKITAHAMA―暮らしの美間―。JR茨木駅から出かける。イズミ屋の本屋で、文芸春秋に紙芝居のことも書かれているというので読んだが、ぼくがよく知っていることだけだったので、購入せず。

線路沿いの春日商店街を抜け、目印の教会もチェックして「明治時代の女学校の校舎を使用した橋本健二建築事務所の空間」に入る。いまも動く昇降機に服部滋樹のインスタレーション、背後にはここの材木などを移した松井智恵の映像。はしごには登らなかったが、椅子が赤く置かれている。かなり橋本健二自身のインスタレーションへのこだわりが強い空間設計のように見える。2階はより画廊ぽい。赤松玉女という人の名前はどこかで記憶に残っている。こんな絵画だったのかと思って4枚を眺めるが、2枚ずつの感じがずいぶんと違っていることが一番気になる。

画廊にいた女性から、「橋本が独断で作った付近の地図」(その女性の言葉)を渡される。とても面白そうな地図。だったら、阪急茨木市駅まで歩こうという気になる。「低いトンネル」をくぐる。じゃれみさのダンスであったようなトンネル。「うすーい集合住宅」をチェック。ついでに「なみいた」しみじみ。圧巻は「クラシックがかかるトーフ屋」。おいなりさんのアゲを揚げている様子を見学して、ガンモと一緒に購入(翌朝、さきが食べていく)。レンガべいがきれいな寺、ポルノとドラエモン(今日はコナンだったが)を上映する映画館、うるさい魚屋などを指示通り見つけ、楽しむ。東本願寺関係のお寺ではお相撲さんの部屋の幟があって、昔となりのおじいちゃんにこの時期相撲見物に連れて行ってもらったことを思い出す。

梅田下車。時間があるので、阪急ingsで滑らない靴を購入(たまたま柿尾さんに会う。昨日泉北の川べりを転がっていたそうだ)。黒色がなかったので、茶色。でも、親切な店員さんで足を測定したりしたあと、他のお店にないかどうか問い合わせてくれ、最後は阪神百貨店とか競合店まで電話してくれる。4月終わりに入るというので、だったらここで黒色のウォーキングシューズも買おうという気になる。いい気持ちになって、揚げクリームパンを買って食べる。また、そこで500個限定のパンを作っている子がかわいい。

淀屋橋から北浜へ。「大正時代に建てられた洋風建築の新井ビル4階に位置するMEM」。階段に椅子の昇降機みたいのがついていて、これも茨木とつながっている。とつぜん、オフィスの方から森村泰昌さんが画廊の人?と一緒に出てきて、しかも服部さんの壁の前で写真を写しているのに遭遇してびっくり。ぼくも写せばよかった。

最後は、シアトリカル應典院Weekday Dramatic Series〈男と女〉参加公演。kbz−Produce0503『帰れるものなら』(作・演出・出演:岡野真大)、20時からだった(21:14まで)。でも、残念ながらお客さんが少なくって、内容は難しいものではなく、コミカルでちょっと哀しい都会的なお芝居だったから(ダンスのまこと倶楽部とかに近い)、もっと多くの人が見て欲しいなあと思う。ただ、大阪では京都のkbzは知られていないのだろうと思う。こちらは、宮嶋ユオリに久しぶりに会えて、ラブホでのプロポーズシーンとかとりわけおかしく、いい気持ちで、大学に行かずにすんだ月曜日を締めくくった。

岡野真大のオカマと、女にしか見えないオカマを演じる石本径代というラストも結構ひねりがあって好きな寸劇。そして、それが天使二人の冒頭シーンとつながるという仕掛け。凡人将棋の設定は幾分説明を少なくしている。はじめの前説でもある不器用そうな青年(片山知行)の始まりでは、不安も一瞬よぎったが、ホールでなくても出来るお芝居だし、移動するアーツとしてまちかどや客間、ちょっとしたロビーなどでやってみてもいい感じのものだった。お葬式帰りに塩はいるのかどうか、というねたもあった。



こぐれ日記」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室