Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》taihen&majo

vol.604.
3/19(土)
劇団態変『色は臭へど「』イング再演大博覧會&小さなもうひとつの場所#9『別役実作 魔女の猫探し』


断酒暦72日。
心斎橋ウイングフィールド。ウイング再演大博覧會。「演劇の財産化」のために始まったこの博覧會も今年で10回目。今回の「見逃した芝居はおもしろい」は、故中島睦郎プロデューサによる当初のコピー。

さて、劇団態変『色は臭へど「』作・演出・出演:金満里。14:07〜15:21(そのあと、役者紹介が金満里からあり、自由な踊りがあって、15:31まで)。客席によると少し前方のお客さんの頭によって、寝たままの演者を見るのは少し苦労することになったが、逆に冒頭の色とりどりの風船をいろいろな形の頭のシルエット越しに見るので、客席とステージとの侵犯という展開にふさわしいものであったなあとあとになると思える。

なにせ、22年前に京大西部講堂で2回公演し、そのあと大阪でも2回公演したオリジナルの再演である。やっと実現した企画だという。障害者ファンタジー『色は臭へど』(国際障害者年をブッ飛ばせ!パート3)が初演のタイトルで、そのときのチラシや原稿用紙に書かれた金の初演・初稿台本が当日パンフに再現されて、ある。

《 黙っていたらいいものを
愛と正義にうなづいていたらいいものを
あえてそれをひっぱがすのは、そのことをぬきには、
もう我々は出会えなくなってしまっているのです
バカな我々はつい本音を出してしまうのです
皆に教えたくなるのです
あえて
石を投げてもらいましょう
頭をぶちわってもらいましょう
どうするかはあなたの自由です 》

濃厚なアングラの臭いにくらくらする。芝居をすることの初期衝動に満ち溢れている。とまどい笑うばかりの観客がそこにはすでに想定されている。22年間、いつも観客は安全な娯楽に出会うことは許されず、それでも、反語的に自由ということの所在を見つけられるのではないかという予感に打ち震えさせられてきた。

それにもかかわらず、なんと色あせない文章であろう。だが、それはいいことばかりではない。22年前から何も改善されていない、いやもっと絶望という黒雲がたちこめてきている日本、そこに対峙するために必要な言葉がそこにあり、そのために舞台がまた立ち上がろうとしている。なにせ、態変ファンであり金満里ファンであるぼくにはこのパンフは嬉しい限りであるが、5000円という値段がついたレアな冊子は、迷ったが買わなかった。

第1場面―胎児の遊泳(金満里)。始まる前のBGMから懐かしかった。ロックが続く。あとで音響の秘魔神さんに聞くと、当時の音楽が多いけれど、それでも登場人物の違いによって4曲ほどは入れ替わっているという。えな(胞衣)、「胎児を包む膜や胎盤の総称」。えなに包まれた記憶が転がる。

第2場面―謎なぞ国のアリス(井上朋子)。チラシでは菊地さんになっていたので、ピンチヒッターとして登場したのだろう。ウサギの耳、首には中世の聖職者のかざりがどちらも白く、胞衣の白さが一部残っていると考えてもいいし、すでにアリスは旅立って迷うばかりだと見てもいいかも知れない。

第3場面―わし、タコやねん(寺内たかし)―番外編(井上朋子)〜ピアノがウサギのテーマ曲だ。下手の大きな蛸壺。そこから、赤いタイツのタコが這い出してくる。胞衣との対比は「直列つなぎ」だが、その強烈な自己主張はもう後戻りできない世界との対峙となっている。胎児から対峙へ。でも、明るい。苦悩というよりも、多すぎる足がどうしても処理しきれずに絡まってしまうほどの過剰な「生」である。

第4場面―悪魔の手料理(松葉さとみ)。これこそ、見てみたかった伝説のやりとりの始まり。久しぶりに登場した松葉がかわいい悪魔ちゃんになって、会場にいる悪魔ちゃんごのみの男を「漁る」。バッハの練習曲に乗せて、タイツの足が宙を舞う。
まずは、チューハイのませて。ストローで吸うんや。つぎは、キャベツ切り。舞台に上がったお客さんも役者さんだったりするが、それでも、包丁を悪魔ちゃんが持つとどきりとする。最近、包丁の事件が多発するからでもある。最後は、話を聞いてくれる男。「介護保険」ってなんや。いままでは自分で電話かけてスケジュール調整してきたんやで。ババア、ジジイと同じにせんといて。腹立つ!

第5場面―晩餐会。金満里の赤い髪飾りが綺麗。隣は足を使ってフォークを使い口に運ぶ。優雅にワインを注ぎテーブルを支配する小泉ゆうすけ。足の指がコルク栓を抜き、またそれを差し込む。惨事がいつ始まってもおかしくないマフィアの食事のようだ。井上朋子はひたすら純白で、下手にはサングラスの寺内たかし。後半、寺内による車椅子ヒップホップダンスが始まる。

第6場面―木村君の森永たいじ(木村年男・福森慶之介)。大きな森永砒素入りミルクのもとに、オカマのエンジェルちゃん登場。横笛がフルートでなくたどたどしい。嘘と偽りの象徴。白い羽がいかにもアンバランス。キャラメルを客席に配る。花粉症できっとエンジェル世界も大変なのだろう。杉やヒノキが悪いのではないのに。木村年男が若々しく登場する。タイツの上に羽織っているもののせいかも知れない。エンジェルの羽が木村によって取られる。堕天使。この作品の原点がここにある。

第7場面―女命 酔っ払い(小泉ゆうすけ)。これが一番強烈なダンスであり、毒づきであり、小泉が障害者でありつつ男であるがゆえに、セクハラ的行為が見ているものを錯乱させていく。男前やろー。なんでオレが酔っ払いの役なんかやるねん。首から一升瓶。爪先立ちとよろけの極限ダンス。客席で酒を飲ます。飲ましてもらう。強要と甘え、居直りと脅え。一升瓶には「不器用」という銘柄。不器用なわたし、不器用なあなた。「明るい障害者」について思う、「明るい不登校」と同じように。

第8場面―群れ、誕生。何が誕生するのか。22年経って、もう一度原点に戻って瞑目。

途中でインターネットカフェ。それから京大横のスタジオ・ヴァリエ。小さなもうひとつの場所#9『別役実作 魔女の猫探し』。
きれいで透明でさびしい1時間余り。妄想が妄想を呼び、ディスパティーゴやらジンマーマン、ガルバルディらが暗躍する。猫なのかまちの人たちの噂話なのか。人名と猫名は交錯し、ワニやら猿まで呼び出される。

広田ゆうみが猫たちを呼び、藤原泰弘がとぼけた探偵さんになる。食器が輝き、薬が魔女である。手に持つ明かりが輝き、光が音を吸い込んでいく。声が闇にまぎれ、うさぎのスープは腐っていく。

はじまるとき、遠くで犬の鳴き声が聞こえた。猫はあまりにも多くいたから、その泣き声は閉ざされたままだった。暖炉でくべられて、猫の墓だけが幾重にもつづいていた。




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