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vol.611

4/18.(月)

倫理についてのエッセイ

『アーツを伝える立場から〜「未知」と「無知」に赤面を重ねて〜』 (ロングバージョン)  



以下のエッセイは、NPO法人ココルームの定期ペーパー『ぽえ犬通信』第13号の原稿である。1000字ということだったのにもかかわらず、1900字も書いてしまって、主宰者の上田假奈代さんに掲載時には、1300字にしてもらって、無事掲載された。ここでは、彼女の了解を得て、最初のロングバージョンのものを転載することにします。


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『アーツを伝える立場から〜「未知」と「無知」に赤面を重ねて〜』           
アーツレビューとは、赤面の連続である。自分の鑑賞能力の不足、至らなさを発見する日々といえる。それは、たまにレビューされた本人からの指摘としてあるが、ほとんど、過去の自分のレビューを読んで自らが思い至るものである。特にそのアーティストの作品にいま接して、前には気づかなかったこと、過去の評価間違いに気づくとき、赤面度合いは亢進する。できることは、過去を取り消すことではなく、いま、ちゃんとしたレビューを綴ることであると心を込めて書くのみである。

防備録として、タイトルや作者、演出家、振付家、作曲家、出演者を書く部分も多いのだが、それについて、私を主語として何かを言えば、それは毀誉褒貶のいずれかになる。応援したいので、まだここを改良したらいいというつもりで書いても、書かれたほうはまずそうは読めないというのは、十分に察知できる。ただ、固有名詞を出して芸術発表をされているので、その固有名詞を明らかにして、そのあり方を述べるのは、ある意味、誠実な態度とはいえる。

退屈した鑑賞体験を書き出すと、どうしても口幅ったい言い方になり、文章は短くなる。固有名詞も書きたくなくなる。私はほとんどの芸術遭遇について、何らかのメモを残しているが、あまりにもひどいと思ったもので、何もあえて書かなかったこともある。でも、こう記すと、「わたしの作品について、レビューの文字数が少ないから、よくなかったのね」と思われてしまうとまずい。もちろん、言葉に出来るものと、言葉を超えるものがあり、絶句したまま、書けないこともあって、そういう場合は、よくないものとすごすぎるものは、同じようになってしまう。

たまに「よくない」と思って書かなかったものが、すごすぎて自分にはよくないとしか思えなかったという場合もあった。だから、もう、自分の能力の限界だと悟るしかない。そして、不快に思わせても、それが、不純な動機でないことが自分で明らかである限り、ただ覚悟してレビューを続けようと思っている(単純に忙しすぎて多くを書けないことも増えてきた。今までどおりすべての仕事の中でレビューが最優先に出来るかどうかが、これからの私のアーツ倫理危機管理の最大のテーマになるだろう)。

 「伝える」立場としては、アーツマネージャーもその重要な役目を果している。そのアーツマネージャーについても私はレビュー対象としている。チラシや当日パンフに名前が載っていない場合でも、その作品が有料であったり公共的な場所であったりして、お稽古の発表など身内のみの催しでない限りは、名前を出してレビューされるのは、覚悟しているものと思っていた。ところが、数年前、まちを使った大きな美術「イベント」(前回は、行政からの助成金を使っていた)をした人が、たまたま今度こちらが建設中のギャラリーを使いたいというプロポーザルがあり、その説明をこちらのシンポジウムの後に聞く機会があった。名刺をもらったその人の説明口調が初対面の人に接するとは思えないぐらいひどい「ため口」であり、はなはだしく自己中心的なものだったので、そのことをその人の名前を挙げて指摘するとともに、このような一過的なイベント(かなり擬似宗教的なにおいがした)はまちとアーツの関係において、何をもたらすというのだろうかということを書いた。

すると、イニシャルならいいが、どうして名前を出すのかという代理人を通じての抗議があり(参加予定のアーティストに失礼ではないかと私のコメント「まちにとって、ごみとなる危険性」という趣旨の箇所の削除も強要してきた)、名誉毀損で訴えると、その代理人から抗議の電話やメールが幾度となくあり、私が勤めている大学や非常勤で行っている大学にまで抗議されるに至った(インターネット倫理規定との関係とか言われて)。その過程のなかで、いままで彼らが作っていたサイトにその責任者名が載っていなかった点は改善されたが、こちらも、いささかうんざりして(日本におけるアーツマネジメント自体が未熟で、そういう人が出てしまうのだから、その責任はこちらにもあるともいえるので)「こぐれ日録」内の所要箇所を削除することにした。

 さて、この過去のアーツイベンターレビュー(削除したものは私の脳内にしかないけれど)について、私が赤面するような新たな事態が起きるのかどうか。いま現在は、もちろん、まったくありえない、と思っているが、何がどう変わるかは分からない。


いずれにせよ、そのような「未知」と「無知」のはざまで、今日もまたアーツレビューをするために、仕事を減らし(家族の犠牲は極力でないようにつとめて)、心身の準備をするのである。



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