Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》AOMORI Arts tour-1

vol.613.
5/5(木)

「青森アーツツアー’05」

その1〜予想以上の寒さ、ARTizanのみなさんの親切


いよいよ、「青森アーツツアー’05」のはじまり。学会関西部会からの派遣という感じになる。
隊長の中西美穂さん(ツアーコンダクター)と同じ京阪電車だった。門真からモノレール。
お土産係の織田寿文さんも来て、羽田から無事青森に着く。寝たかった中西さん相手にどうしてスポーツは「ツ」で、アートは「ト」なのかというどうでもいい話を夢中でしてしまう。旅の興奮状態になってしまっているようだった。
山の頂上あたりは、真っ白。風が冷たい(今日からぐっと寒気が入ってきたのだ。予報では最高気温は13度〜じっさいはもう少しあがったみたいだが)。
京阪電車も一番前に乗ってしまったし、JALの飛行機だったし、いつもだったら何も感じないのだが、少し乗り物についてナーバスになってしまう。

空港から終点のアスパムまでバス。市営バスの運転手がとても優しく、その言葉に心が揺れる。ホタテ味のアイスクリーム、知らないなあ、でもみつけたら、食べますよ。うに味はあるよ。いま、アスパムのそばのテントでねぶたの骨組み作っているからみたらいいよ。

正三角形のアスパム前で、猪豚や馬肉の串を売っている。クレオパトラという名前の喫茶店ではごぼうが入ったタルトを売っていた。りんご関連の食品も多く、ホタテなど海産物と拮抗している。中西さんはりんごばかり食べているガチョウのフォアグラを食べたいと言っていたが、これは、見つかりそうにない。

あまりにも気温が低いので、さくら野百貨店で中西さんはショールを買う。そのあと、このショールをアラブの人のように頭から巻いている年配の女性につぎつぎと会うことになり、青森的な女性ファッションを観察することになるのだ。そして、前白取さん(県庁の文化担当として誠実でパワフルな活動をした熱血漢だったが、ほんとに惜しいことに急逝した)に案内してもらった青森魚菜センターにたどり着く。これは、中西さんの嗅覚によるもの。

そこでホヤとかつぶ(貝〜このあと、弘前城の野外でおでんの具として再開し、胃袋に収まる)に驚嘆し、生のホタテが大皿いっぱいで500円とかを見ながら、山田惣菜店へいく。野菜や山菜、それに混じった魚介類。すぐそこの市場で仕入れてお惣菜にしている。おいしそうな予感。明日の朝食はホテル(JAL CITY)ではなく、ここでとろうと話す。

中西さんが連絡を取ってくれていたARTizanアルチザン(青森市内のアートNPO)の日沼智之さんと日沼禎子さん(国際芸術センター青森の学芸員さんでもある)、そして、常田恵さん(青森県文化観光部文化振興課美術館経営企画グループの主事さんでもある)が迎えに来てくれる。青森駅から特急で弘前駅へ。
次の日に、日沼禎子さんに、今度は仕事場である青森市立の国際芸術センター青森に案内してもらうのだが、彼女のスタンスは、うまい具合に、市の仕事とNPO活動をミックスしつつ、どちらを犠牲にするのではない配合でワークしアクションしている(ハンナ・アーレントの用語としての仕事と活動の関係として)のではないかなあと感じている。

他方、日沼(男)さんは、鉄の彫刻家という風貌で、日沼(女)さんが、優秀な編集者という感じ。実際の日沼(男)さんは、アーティストではなかったが、でも、逆にアルチザンという名前にふさわしく、力仕事をボランティアとともに嬉々として(ビールとコーヒーを交互のたしなみつつ)やっていく感じ(男学校というチームを集めて、家具作りや内装をして、乙女会議のデザインを肉体化していく予定)。日沼(女)さんが、実質的な代表のようで面白い。こういう関係がベルギーにもあって、それがいいなあと思うと中西さん。

常田さんとは初対面ではなく、じつは、立木祥一郎さんとともに、タフ3(その前のタフ2が中西さんのコーディネート)のワークショップで、竹林に入った人だった。こちらは主催だったので、ばたばたしていたこともあり、しかも、立木さんのおでこが薮蚊で盛大に盛り上がったことばかり覚えていて、彼女のことは、県庁の人として無記名のままだったわけで、ずいぶん失礼なことをしたと反省(県庁の人というあたりで、数年したら転勤する方だろうから、と整理したわけで、彼女はそうならないような布石を周りからも打たれているようで、彼女自身もそのつもりのようだった〜アサヒアートフェスティバルで、常田さんと日沼さんは、京都勢の小鹿さん(タフ5)や、NPO法人アートプランまぜまぜのさとうひさゑさんに会っている)。

「空間実験室」という実行委員会には、県庁の人、市役所の人、団体職員という人など、うまく行政でもなく、でも行政にかかわる人が入っているという、巧妙なアウトリーチ的活動になっていて、きむらとしろうじんじんの招聘の準備もまた、一段とこの企画集団のスキルを向上させるに違いない。乙女会議だったか、女性でなくてもこの会議に入れるのだが、女性的なパワーが補助的活動ではなく、ぎゃくに頭脳的、デザイン的な役割を果たし、男はだまって器用仕事(ブリコラージュ)という男学校的ボランティアの特色作りもまた、いい味だなあと感心した。

ここで、ずっと窓口になってもらっていた小倉さん(ニフティではしらとさん)に会う。ライブでお会いするとちょっとシャイな感じなので、そうかあと納得。彼は、ARTizanのメンバーでもるし、これから出かけるアートNPO法人harappaのメンバーでもあり、明日出かける八戸市内のICANOFのメンバーでもあって、二重スパイ、三重スパイと言われている(明日のことになるが、豊島さんから、二重スパイは最低だが、三重スパイになると最高だとほめられる事態にいたる)。弘前における奈良美智展の役割と同じ役割を果したのが、2003年の「ナンシー関 消しゴム版画展」であったという。青森市は版画の伝統が棟方志功→ナンシー関と形は変わっても続いている。ある意味、民芸や限界芸術的な自動速記風という共通点も興味深い点である。


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