Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》AOMORI Arts tour-2

vol.614.
5/5(木)

「青森アーツツアー’05」

その2〜弘前城の桜とオートバイサーカス、

『Yoshitomo NARA From the Depth of My Drawer』吉井酒造煉瓦倉庫

弘前の商店街を少し入ったところにあるNpo harappaのオフィス(ルネス街2階)で事務局の大瀬千尋さんに会う。ここで、いろいろと話を聞く。このあと、弘前城の桜を見た後、吉井酒造煉瓦倉庫に行くのだが、じつは、このオフィスと倉庫はすぐそこだったのに、とても遠くまで歩いていった錯覚をしてしまっていた。田中屋画廊にて「斎藤義重の歩んだ道展」を見る。田中屋は、津軽塗りの老舗で気が遠くなるぐらい重ねて作る工程が展示されていて、その向こうでは実際の作業が眺められるようになっている。

さて、田中屋に、奈良美智展と県立美術館準備に忙しい立木祥一郎さん登場。浪岡が4月に青森市になってしまって、今回は会えなかった長谷川孝治さんが怒っている(青森市長の選挙も合併後にあったのだ)という雑談をしたりして、桜ふぶき舞う城を堪能。堀に花びらが積もって、薄いピンクの巨大かまぼこみたいで、一箇所なんか、花びらが盛り上がっている。その下に人がうずまっているかもねえと軽口。

ここの夜店や見世物小屋はF1のようなものだと常田さん。選りすぐりだそうだ。フランス風とか熱帯魚釣りとか、珍しいものもあり、何せ看板が統一していて、上品な風情がする。場内でしているからもあると立木さん。おかしかったのは、野外にコタツを出して、小学生たちが勉強をしている姿。ほほえましいテキヤさんたちである。

醍醐味は、思わぬところからやってきた。お化け屋敷の女性の呼び込みにはみんな感心し微笑んでいたのだが(呼び込みに反応するところで、50%以上向こうの戦略は勝利するのであって、入った後は、どんどんでてもらえるようにすれば、もう見世物小屋としては大成功だと何かの本に書いてあった)、その隣は不意打ちだった。テントの縞模様が秀逸。蛇女的なおどろおどろしさはないが、暴走族のなれの果てを見るのはいやだなあとちょっと思う。

入ってみたいと中西さん。そうか、ワールドオートバイサーカスの「サーカス」に反応したのだった。700円だったか、一瞬としては高すぎる。と頭をよぎりつつ、でも隊長が誘拐されたりすると大変なので、ぼくも、織田さん、立木さんと一緒に入る。巨大な樽の周りを年季の入ったようなオートバイに乗った赤いおにいさん(格別ひねくれもせず、もちろん爽やかとはほど遠いにおい)がぐーんと回るのだ。お客さんで千円札を差し出す人がいて、それを見つけるとオートバイにいちゃんは、樽の一番縁を走りあがってきて、さっと奪い取る。両手を離して、目の錯覚かわからないが、その千円札を両目に当てて走ったみたいに見えた。

真ん中に人が立っていて、まさかのときに対応するのだろう(お札を受け取ったオートバイにいさんがまたそのまん中の人にお札を渡す)。こちらが見ているすぐそばを走る。足場も木なので振動がすごい。飛び出されると双方が大惨事になる。へなへな笑いつつ、事故らないことを祈る。おかしかったのは、夢中でシャッターを押したのに、赤い服がぼやけてすみに写るのみで、なかなか捉えられなかったということ。

弘前は重要な文化財が多い。お城はじめとした城下町時代のもののほかに、明治以降の近代化建築にも味のある建物があって、そのなかでは、イギリス国教会系の教会にもはいらせてもらった。100円を寄付する(絵はがき代として出すこともできる)。前川國男の建築物もしっとりとお城の周囲に建っている。このあたりになると静かな町のたたずまい。

さて、踏切を越えて、奈良美智展だが、かなりの人数。『Yoshitomo NARA From the Depth of My Drawer』吉井酒造煉瓦倉庫。綺麗なレンガが前面に現われる。カフェは満員なので、そとでコーヒーをすする。外に架設されたトイレの白さがこの展示デザインに対するこころざしを感じる。ショップでチョコレートなどのお土産を買う。地元の雑誌もなかなかのもの。じつに大勢の人が訪れている。

だが、カフェとショップの賑わいとは別に、展示場は、大きく、煉瓦倉庫特有の静かさがあって、一人で祈るように見ている女性も目に付く。アベックも多いが。のぞいている人の顔を向こうに眺める目線の交差があったり、暗いところで誰にも邪魔されずにいられたり、カフェでは高い窓越しにレンガの壁が見られるように工夫されていたり、展示を見るだけではなく、展覧会をめぐる人模様を見つつ、ここ独特の空気が醸造されているのである。

りんご酒を貯蔵していたということもあり、タイルの床のところとか、全体に外気よりもまた一段と気温が低く、監視の人たちは大変である。グラフによる展示設計も見所。見えないのに、窓のほかに節穴を開けているところや、大部屋から独立する小部屋の効果。暗い中に浮かび上がる皿絵。ぐるぐる回っていくものを見ると、木なので、先ほどの巨大樽を思い出してしまう。

県の美術館コレクションとなるデッサン類はやはりみがいがある。棟方志効ではないが、一種、オートマチックな情動が無意識にこの姿を書いてしまうのだという説得力みたいなものを感じた。彼が移したアフガニスタンの子どもたちの笑いに見られる悲しさ、寂しさ。何気なくとっていて、戦争の悲惨さもないのに、写している作者の微笑み事態に悲しい湿り気がきっとあって、それがじわっと染み出すから、そういう笑顔になり、風景になるのだろう。




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