Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》big issue&hachiji-han

vol.616.
5/14(土)

土曜日の充実した半ドン日

(その2、KPOキリンプラザ大阪:長島有里枝写真展&宮本佳明展 劇団八時半公演『黒い空とふたりと』ウィングフィールド)



国立国際美術館『シュテファン・バルケンホール』を見終わった充実感を引きずりながら、ホームレスさんがごろごろしている中ノ島を通って、難波へ行く。

ひっかけばしで、big issueを買う。ひげはやして感じのいいホームレスのその人は、3時間してやっと200円ゲットだという。もう、売れまへん。生活保護は12万円。わたしは皇太子と同じ年だけれど、いまは、5万円しかならないという。アルミ缶潰す方がまだいいぐらいになってしまった。売る人(ベンダー)も随分減ったということ(160人から100人)。イギリスでは皇室も応援するのになあ。会社も1000万円の累積赤字なので、強くは言えないが、日本ではチャリティ的なこのワークは土台ムリだったのちゃうかとこの人は一くさり。

へそ出すTシャツばかり売っているこの界隈では、売れないのではないか。平日の大阪市役所、大阪府庁、政府合同庁舎の出勤前、退庁時間、あるいは、京都御所とかで売ってみるといいかも知れない。あるいは、映画館とかフェスティバルホールの前。今日は、「チケット買います」と紙を掲げた女性がずいぶん肥後橋に立っていた。

KPOキリンプラザ大阪。長島有里枝写真展に宮本佳明展「巨大建築模型ミュージアム〜環境ノイズエレメントを解読し、都市を設計せよ〜」。ほどほどに面白く、多くのお客さんがいたことはとてもいいことだと思う。ただし、しゃべりすぎ。展示とか作品とかがだ。これは、バルケンホールを見てきてしまったから、いつもだったらそんなに五月蝿く感じなかったのに、そう思ったのかも知れないが。

写真にむかしの思い出をずらずら書いたり、ヘッドホーンで音を聞かせたり。確かにトンネルで子どもが遊ぶ声はかわいいし、いいと思う。でも、それって写真で映さなくちゃ、声も不在の子どもも。建築家というのは、饒舌になるのは仕方ないとは思う。それは伝え注文を受けて初めて成立する応用芸術だからだ。だから、まあ、それはいい。でも、このセットの展示はどういう関連性があるというのだろう。擬似家族撮影という長島企画があるので、そこで、ホームがつながるとか、そんなことはあるのかも知れないが。

やっと、黒い靴を買う。前に大阪の阪急デパート系の別館(足を測ってもらったのでここでまたかってあげたかったのだが、ABCマートが心斎橋筋にあったのでここで買う)で買った茶の靴より、かかとのところが少し低いものを探してもらう。EEEとかではなく、細身がぴったりだということが判っているので、探してもらいやすい。さて、明日NO-MAではどちらを履こうかな。

ラーメンを食べて、ウィングフィールドの開場を待つ。劇団八時半公演『黒い空とふたりと』。1999年の初演にずいぶん感動したことを思い出す。そのときは、作者、鈴江俊郎とその劇団の困難と奇跡のことを思った。6年間の劇団の変遷や鈴江さんのいままでの活動とダブらせて観ることもできたのだろうが、今回はそうではなかった。

それは、自分の4年間の失敗をこの劇に現われた「自由学習塾そら」の理想と現実にダブらせて思ったのである。生徒が自由に寝そべっていける教員室は、ぼくが提供と使用とした漫画やCDに溢れた入りやすい研究室であったし、学生が好きなものがすべて教科書だというのも、学生のマスコミ刷り込みを単に受容してずいぶんと苛立つだけの4年間だった。

いま、でもここと同じく入学者の偏差値アップや卒業生の就職率アップだけに体制をリバウンドするのもまた同じ失敗であるのだと、ラストのシーンを見つつ思う(でも、数字で語る部分はきちんとやっていこうとも思っている、社会的自分の役割として)。こうして、自分の反省をし続けることのできる「大人の」観劇体験というのは、じつに少なく、そういうことだけでも、鈴江ワールドのありがたさは身にしみる。

19:31〜21:06。若い役者たちと鈴江俊郎のあいだは、6年前の感じとはどうしても違っていて、6年前の中村さんとかをダブらせてみてしまうのではあったが、みんな熱演していたと思う。とりわけ、不自然な役どころの山邊明日香は、初めて見た気もするが、これからどんどんよくなっていくかも知れないと思った。少し美術はごちゃごちゃしてかわいい感じ。時代の差かも知れないが、前の印象が強く、下手の窓の外への遠心力があんまり今回は感じられなかった。

もっと書きたいが時間切れ。いま、芳江が誰かに贈るために自分の好きな詩集『光る砂漠〜矢沢宰詩集』(童心社、1969)がアマゾンから届いた。そのなかで、この公演に捧げたい短い詩を一つ引用:

 あきらめ 矢沢宰

 あきらめてはならぬものを
 あきらめて
 あきらめてよいものを
 あきらめず
 こんなのがわたしの
 なやみのたねになっているのでしょうか?




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