Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Auto+Aomori+Arts-Circus

vol.621.
6/17(金)

(番外編)『Aサーカス』と名づけたエッセイをどうぞ



大学に行くと、パンプレスが届いていた。6/1発行なのだが、これぐらいのタイムラグはいつものことで、それもスタッフのこととか、原稿が遅い人の存在とかを考えると仕方がないことなのだろうとは思う。ただ、ぼくは、お知らせメールがあると、即座に書くので、どうしてもタイミングがずれて発行されてしまう。致し方ないけれど。あと、他の人は結構はじめの想定よりも長文の人がいるようで、その人にコラムが設定されるので、下の部分があいてしまって、どうも、見てくれがよろしくない。ちょっと、まあ、それも仕方がないのだろう。

そんなこととは、別に、青森ツアーのことを書いたので、きっと、青森には届かないパンプレスなので、ここにもあげておこうと思う。パンプレス編集事務局さん、よろしくお願いします。

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P.A.N.通信 Vol.57(2005.6.1)掲載コラム
踊りまわり(27)−Aサーカス−
 サーカスは、ぼくにとって文学の世界の出来事だった。夢の中のデラシネ。根無し草の異人さん。お化け屋敷以外の見世物小屋も、正月の住吉大社とかで小学生ぐらいまでは幾度か見たが、その呼び声とかが怖くて苦手だった。


 ピノキオ、中原中也、別役実、小さいときに読んだ悲しい童話のかずかず。デラシネの孤独と葛藤。ぼくの中でサーカスはいつも、親方にいじめられた少年が紫の涙を流し、象やシマウマなど動物たちがアフリカを想って彷徨する。まちからまちへ旅団は流浪を繰り返しハラッパの景色を反転して、あくどいヂンタを演奏し続けるのである。つまり、恥ずかしながら、どうしようもなく暗い小川未明的サーカスイメージしか、結局ぼくはもっていない。


 学生になって、フェリーニの映画でサーカスを見直したりはした。デラシネの自由。さらに、ダンスを見だして「アートサーカス」と呼ばれる分野がフランスやカナダであることを知った。コンテンポラリーダンスとサーカスショーを一緒にやっているカンパニーのステージは、サーカス系の方が自分には面白いと感じられた。チンドン音楽をかじるとサーカスのヂンタは身近だし、大道芸についてももっと知らなくちゃあと思い出す。でもサーカス自体は苦手だった。
 ところが、ひょんなことで木製の「ワールドオートバイサーカス」に出会った。黄色と水色のツートンカラーのテントがポップなのだが、本体はぜんぶ木で組みあがっている。つまり、サーカスといっても、それは、弘前城の余りにも美しい桜見物の余興としてしか存在しない見世物小屋であり、入れば、それは一瞬の出来事であった。これで、700円というのが高いのか安いのかは評価のとても分かれるところであろう。オートバイの技術がどれほどすごいのか、それはどれほど難易度があるのか、とんと知らない。


 それでも。大きな樽の縁までやってきて、千円札をかざす女性の手に接吻するほど接近し、やすやすとその札を奪い取る。幾度も幾度も。このオートバイ野郎のクールな走行に、心底心振るえて言葉を喪った。樽を揺らしいつか飛び出すに違いないオートバイ。無意味な無謀さ。こちらは、まるで野暮なので、お金をかざす勇気も心の機転もない。だから、それをちょっと哂うかのように、ぼくたちの前にも彼はやってきて飛び去っていくのだった。


 青森サーカス。Auto-Circus。じつは、青森に行ったのはさまざまなアーツシーンに出会うためだった。桜色が堀を埋める弘前市でNPO法人harappaが主催した奈良美智展を見、偶然、そのharappaが実現した子どもの絵が描かれたバスが通りを走るのに出会った。青森市では、Artizanの人たちと談笑し、「空間実験室」が考えるワークショップの柔らかさに感心した。乙女会議と男学校というネーミングも秀逸。青森県の美術館建設現場の黒い塗り壁に驚き、奈良ワールドのミッションワークの完成に心をはせた。八戸市のICANOFでは、メンバーたちのサロンに混じらせてもらって、「文芸サロン」の現場が、いかにアーツ親密圏として貴重かを確認した。


三都市でそれぞれに展開されている青森アーツサーカス。ここでは、非日常と日常の両面で「A」なるサーカスが常に営まれ出しているのだった。 小暮宣雄<芸術環境研究>




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