Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Seiso-Ken by JABUSA

vol.624.
6/29(水)

劇団ジャブジャブサーキット『成層圏まで徒歩6分』ウイングフィールドなど



雨。ようやくの雨(関西はいままで空梅雨だった)はどしゃぶり。間歇的。
1回生の基礎演習は、市場モデルから「ステイクホルダーモデル」へという流れで、21世紀に向けたマーケティング論。うちのセンターが出した本のなかから、経営学の近藤文男さん(ちょうど必修の授業を担当されているので、学生の理解フォローの意味合いにて)の論考を読む。

そのあと、学部長からの伝達をI教授へしてから、尾崎豊の「卒業」を弾き語るライブ映像を次週に使う(愛国イベントからの自由の教科書、香山リカ本にその引用があったため)のでチェック。
どうしても尾崎を見るとブルーハーツ(どちらも、この時代の証言者なのだけれど)を見てしまう。

昼休みの組合の教員集会を忘れて、生協の焼き豚冷麺を食す。惣菜のナスがうまい。集会で配られる昼食用のサンドイッチが余る。帰りに持っていき、ウイングフィールド前で、芳江と食しようと思って、忘れる。
研究室の冷蔵庫に残された三角形たち。それらは、いずこへ。ただただ、しずかに腐乱するのみであろうか。果たして、ぼくは、金曜日に思い切ってしずかに発酵する三角形を捨てられるであろうか。

まちかど芸術、紙芝居編。林加奈とその仲間たち(女子学生たち)のしずかなヒアリング。
でも、男は心穏やかにはいられない。スリリングな老人たち。同時多発会話など当然のリアル。
ヴィラ山科において、素直になりつつある彼女たちの話と聞き違いは面白すぎる。介護する人の問いかけもまた心配な一面、通訳者という存在自体がテーブル化する。
なにはともあれ、つねに非難され続けていた「京都の男」でなかったことに感謝する。
それでもなお、若き女性たちよ、自由が丘の男にも注意せよ(という紙芝居になるかどうかは、またこれからの展開次第ではある)。http://twaf5.exblog.jp/1124400/

7/9,10の東京行き(セタパブでのダンス)の「出張名人」を三条京阪で途中下車して、近くのJTBで買う。ここで買うと2500円引きなので、29000円なり。安くて昔からよく使った赤坂のホテル陽光にする。スタバの外で橋本さんがいる。手を振る。確かに味が出てきた。
冷麺では腹がすく。伊藤ハムのイタリアハンバーグ210円をコンビニで買う。まずい。
北浜で30円引きの卵ハムドッグ。こちらのほうがずっとましだ。

北浜で用を足したあと、地下鉄駅で偶然に芳江と出会う。腹が痛くなったのは、君にここで会うためだったんだといい、いつもと同じく尾篭ねえと顰蹙を買う。いままた山中先生の臨床ユング心理学の新書を読んでいる。
芳江のおにぎりも含めて、ウイングフィールドの前で軽く食事。いつも終わったら語らいに誘ってくれる(でも、いつも断り残念なことをしているのではあるが)はせひろいち(作・演出)さんの劇団ジャブジャブサーキット(20年だらだらと続いてしまったというが、その持続力だけで脱帽なのである)は、アベックで見るのに一番適している。

第42回公演になるという『成層圏まで徒歩6分』。前説で1時間46分から47分のお芝居ですとはせ。きっかりと、19:35〜21:21。たびたび前説が言う時間とかなり違う場合もあるから、そのぴたり感が嬉しい。

通り道に落ち葉を少し落とすのを忘れていました。こうするように言われていたのです、とはせが落ち葉を落とす。ここは役者が通りますので荷物はご遠慮ねがいます(はせが演出なのになあと思いつつ、きっと誰か、小道具係〜奥さんかもしれない?〜に言われたかなと思わせる)。これは少ないので持ち帰らないようにという注意あり。このどうでもいいような注意がこの劇団のすべてを語っている。というのは、おおげさかも知れないが、「細部に神が宿る」という芸術環境レビューの基本原点がこの前説一つで理解できるのが嬉しい。

内容を書き出すときりがない。

天文ゲームとミステリー。悪い噂。インターネットサイトの意外な出所。
悪い噂のもとの地下室の鍵の行方。大先生の遺言の意味。18進法の謎解き、小道具の活躍。海外からのフィギュア。

西の空に落ちる夕日と東からあがる直後の月。その大きさと見え方。位置が変わらない恒星たち。
恒星食のほうがいいのだと大先生はいう。確かに月食は哀しい。日食は熱すぎる(たぶん)。

自殺の名所と天文台との関係。大学生という、もともと偽りのような存在。とくに、ミステリー研究会という小道具。不用意なシェフ店長のオマケ。においで見つけて、かわいく(でも激しく)嫉妬する店長の妻。

携帯電話をようやく天文台の人が持った理由。天文台饅頭の売れ行き。なぜ、そこにお菓子屋をその男は始めたのか、そして、ふるさとに帰るのか。
大先生の娘のこと。別れた奥さん(娘にとってはお母さん)への気遣い。
女弟子との対話。残された女弟子と娘さんとの出会い。正四面体の4面目は・・

白い大きな袋をかついで登場の、オオクニヌシではありませんとあえて言う謎の女。彼女など、彼の作品をずっと長く見ていると、なじみのキャラクターなので、こういうつながりにも、謎解き以外の劇団と作家を長く見る喜びとなる。
香具師が出たお芝居にはたしか八百万の神々が出ていた。
動物、狸とかがお葬式のときなどに出てくることもあった。

はせにとって「死」はただ暗く理解不能なだけではない。
重いものだけれど、重いものだからこそ、それを一緒に背負う(分かち合おうとする)人間たちの姿がある。
成層圏には、八百万の神たちも、鳥たち(これは自然科学として間違っていたら、メタファーということで)も飛び交う。
もちろん、商売人やミサイルも来て(これも携帯電話や偵察衛星みたいな電波がそこを通るということなども含んでいます)、エゴと憎しみまで常にそこを通過できるようになってしまった。
その両方を見やる舞台である。

二人で帰り納得しあう台詞を引用するにとどめておこう。
大先生の言葉となった謎の女(今日は荘加真美)の言葉より:
《・・・・老いて情熱がなくなるんじゃないんだな。精神はまだまだ熱いのに、それを継続する力がなくなる。「老い」はまずそこから我々を攻めてくる。これはなかなかの発見です。》
《雨月(咲田とばこ)『先生・・・・・・』》
《所詮は同じだからね。全て等価で出来ている。あの遠い戦争も、あの荒んだ事件も、2度と会えなくなったあの人も。》




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