Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Sound Art Lab 2005 vol.1


vol.625.
7/15(金)

Sound Art Lab 2005 vol.1「・Na・Ri・Ka・Na・De・Mi・Ru・Ya・Mi・Yo・Mi・」(伊東篤宏)築港赤レンガ倉庫など

昨日は、夕方から森達也監督作品『A』、そして『A2』を続けてみる。DVDで。
報道するという特権者の暴力、そして、住民エゴという暴力。別件逮捕のときに行われる信じられない演技。オウム追放という大義があるために、何でも許される「世間」。

だが、まだまだ人間は優しいはずだという監督の目線が、報道のなかの女性キャスター(NHK)の絶句シーンとか、一緒に記念撮影を撮って、追い出す住民たちが、これじゃ、オウムになっちゃうよ、というシーンとか、随所に見られる。また、右翼の街宣車や右翼デモの様子、右翼の日常的そぶりまで写されていて、それぞれオウム信者と同じように社会と相容れない集団同士の奇妙な親和性が目撃できる。

ただ、このドキュメント映画そのものもここに出演してしまったオウム信者たちにさまざまな影響を与えていることは確かである。オウムの拠点の窓から報道陣を見る。自分たちもその窓から見ている、ということを撮影中、そして映画となったあとも意識してしまうだろう。それは、信仰にとって影響が出るに違いない。

できるだけ、穏やかで、何も変わらない表情を撮影している作品であり、何が写せて何を写せなかったかという部分にも自覚的なものではあっても、隠されていることの大きさもまた感じられる。いや、隠されているというよりも、それを写してもそれが何なのかが判らないことの戸惑いといったほうが的確であろう。その戸惑いを含めて、この映画が見る側で感じられれば、学生たちとも一緒に考えられるのではないかと、まだためらってはいるが今時点では、ひそかに思っている。

少なくとも、1996年当時の「山科ハイツ」の映像がある『A』は、タフ5のスタッフには見てもらっておこうと思う。去年は、オウム追い出し運動によって、結束が固まった山科ハイツだから、そこで音楽とダンスは可能でしょうという情報によって「移動するアーツ」を展開させてもらった。この住人たちが、オウム追い出しに出したかなりエキセントリックな裁判長宛の文章とか、弾幕や張り紙など当時の映像をまず見ておこうと思う。

それでも、そのあとも人びとはそこに住み、異質な者を追い出したりした記憶はなくなりはしないが、宗教ではなく、アーツだったらまあいいかと去年ぼくたちに対して思ったりしていただろうことを、もっとちゃんと思いいたすべきであろう。それは今度のまちかど紙芝居とは直接関係なくても、底流として、「まちづくり」「コミュニティ結束」の光と影(闇)について、きちんと考えるきっかけになるような気がする。

ちょっと、演劇やダンスの場面に今日は行きたくなかった。
ということで、気になっていた(ゼミ生も手伝っている)築港赤レンガ倉庫に足を運ぶ。ライブが19時からかと思ったら、音の展示が終わる20時からが、目的のaka-funのライブだった。それで、明日聴こう(体験しよう)と思っていた2階の倉庫での音インスタレーションを楽しむ。かなり「あったかい」。確かに20分ほどいたが、あとでビールが飲みたくなるものだった。

Sound Art Lab 2005 vol.1「・Na・Ri・Ka・Na・De・Mi・Ru・Ya・Mi・Yo・Mi・」。これは全体のタイトルでもあり、222号室のタイトルでもある。221号室(はいってすぐのところ)「SPINNER ENSEMBLE」、そして一番奥の221号室は「OPTRON fo akarenga・223」。

つまり、伊東篤宏の音のインスタレーション。音といったが、光と闇、そして空間そのものと向き合うようなもの。

はじめの部屋はメロディパイプが扇風機みたいに周り出し、それがやむというもので、ほのぼの感が嬉しい。動くと音の聞こえ方が変わりますよと案内の人。動くのだが、回る音扇風機も止まったり動いたりするので、その音の場所的地図を探すには至らない。それでも、ゆっくりとひとシークエンスが終わるまでたたずむ。次の部屋。天井の高さが、そのほの暗さとともに、大きなポイントとなる。音が垂直に飛び上がり下降してくる。暗闇が音で振動しているような体験。明かりが足元だけを照らしているのだが、そのデザインに心がこもっている。最後の部屋は、黒い暗幕の向こうにある。

ここは、蛍光灯の点滅も激しく、とても気持ちが落ち着く。ちょっと、いろいろ朝あったので、その気持ちがここで浄化されるように思える。「癒しの空間」がもしぼくにあるとしたら、こういう場所だなあと思って一番長くいる。いつしか担当の人が立っている。ぼくが危なくなったかと思っているのかなあ。瞑想しているみたいに、いたから、まったく気づかなかった。19時をずいぶん回っていたので、そろそろと引き上げる。少しずつ、帰って行くのが、またいい。

アカフンのライブの前に、1年半いた警備員さんとも立ち話。ずっとここにいる(アーティストインレジデンスしている)伊東さんの話を聞き、9日のライブを見ると何だかいいんですよ、自分もしたいことがあったんだと気づくのですと、警備員さんがいう。50歳にいろいろ考えなくちゃってね、51歳になるともう60歳まであっという間だと思うんです。(おー)

彼は、ぼくと同年生まれだった。高校野球の話で同時代を生きていると思えるのは、ぼくらの世代(それも男子)までだろう。瞬間、はじめて東京に行った高校三年生の夏を思い出す。皇居を眺め、一応受験準備として、駒場と本郷、それぞれの東大の行き方を確認した夏休み。一泊したホテルで、江川が投げているテレビを見ている自分。その頃、この人は、母校の校旗を掲げて野球の応援団をしていたのだ。

アカフンのライブ。はじまりは、ギターの外国人のソロ。antoine berthiaumeとか言う人。かなり心に沁みる。それから、小島剛さんとトランペットの江崎将史さん。休憩の後、伊東篤宏さんも入って「オプトロン」(かなり長い蛍光灯としか見えないが、それが音になるように何らかの加工を施したもの)演奏。いやー。これは確かに来ます。


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