Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》NO-MA mono to omoide


vol.631.
9/25(日)
「モノと思い出〜記憶の指標としてのアート」
ボーダレス・アートギャラリーNO-MA(近江八幡)の企画展


風が強く、気温が昨日までと随分違う。近江八幡駅の帰り、長袖シャツでも肌寒いぐらいだった。
一昨日から始まった「モノと思い出〜記憶の指標としてのアート」。ボーダレス・アートギャラリーNO-MAの3回目の企画展である。キュレーターは服部正さん。吉川秀明作品(親指大のかわいい陶製オブジェ=目目鼻口)を、蔵のどこに置こうかとか、いろいろ試している。

NO-MAのならびに空き地が出来ていて、その奥の松の木が見えている。ここにどんな建物があったのか、まるで記憶がない。ぽっかりと空いた跡に感じられる空白感は、NO-MAの庭の松の切られた跡と同じで、かなりの時間経過がないと、埋められない。しばたゆりのワークと伊達伸明のワークは、近江八幡という地域との深く持続する関係において拮抗している、もちろん、しずかに、しかもフレンドリーにではあるが。

葦(よし)に囲まれた蔵での映像は、ちょっと見ようと思って入ったのにもかかわらず、45分フルに見てしまった。かばんを母屋においてきぼりにして、それを気にしつつ。すると、しばたゆりさんがやってきて、新しいバージョンに代えるという。それでも、色が気になるらしい。ぼくには、まったく色とか気にならなかったが、やっぱりこだわりがあるのだろう。ニューバージョンをまたフルに観たいものだ。葦の匂いがとても気持ちよい。体中を匂いに包まれて映像を見る体験はそうそうできないものだし、少し秘密の匂いも映像のなかにはあるから(その語る人の手と思い出を共有する瞬間)、安心して暗闇に身を任せられる。

伊達伸明さんの野間亭ウクレレの展示は、他のウクレレとは違って、表面と裏面を別々の目線で鑑賞するようになっている。一目瞭然ですばやく効率的にアーツを把握するのとは対照的なゆっくりとした展示である。それだけではなく、よーくみなくては、その部材を使った意味が見えないものもこのウクレレ群にはあって、それは、この作品の第一義的な価値は、その建築物を保存したいという依頼主にとっての価値だからなのだと伊達さんは言っていた。

たとえば、別の思い出ウクレレの下の方にあった落書き(筆圧で線になっているアップルの微かな浮き上がり)などが今回の見つけにくい思い出指標であり、でも、それが見えたときに感じる気持ちは、言いようのないきゅーとした心の締め付けなのである。
夕方、本家の野間亭におけるレセプションで演奏された野間亭ウクレレは、かわいい音でしっかりと唄を支えていた。

秦野良夫作品はチラシの表面にも使われていて、とてもしっとりと日本の住居の思い出そのものになっている。それが、二階での展示でとりわけ明確になっていて、高崎市の福祉施設かんなの里の職員さん二人が、ずっと秦野さんの作品の前で話しこまれていた。秦野さんがこれないので、こうして展示されていたと話してあげるのだそうだ。

八島孝一作品も二階にもあって、ゆっくりと鑑賞できる。これは服部さんの話に出てきたことだが(彼はレセプションに来て挨拶する予定だったが、お父さんの自動車が迷っているようで間に合わなかった)、施設に出かける道すがら、落ちているものを見つけ、また違う場所に移動させたりしながら、いくつかの拾得物を施設に持ってきて、それを作品化するのだという。カマキリやカニなど具体的なオブジェのほかに無題という作品もある。

吉川秀明作品は大きいものもあり、小さなものがそのまま大きく大きくなってある。小さなオブジェの方は、たとえば、八島作品の横にもちょこっとお邪魔していて、それがまったく邪魔な感じがしなくて、見ている人がいないときも、ちゃんと見ていますよって言っている感じがするし、見ている人がいるときは、観ている人とお話しているように置かれている。ザシキワラシとかコロボックルとか、そういう妖精のような感じがする。

また、吉川作品をしばたゆりさんのマテリアルカラーズの素材にしてもらっていて、二階の奥で鑑賞者が日本画などのようにして、目目鼻口を自分なりにつくって並べることも出来る(ぼくも、伊達さんらのリハーサルの横でやってみたが、中途半端なことをして、不出来だった。伊達さんが濃い黒ですねえと言っていた、どうしてもお習字みたいな気分になるのは、絵心がまるでないためだ)。

今日は珍しくはたよしこさんが用事でいなかったが、その代わり彼女の小さいときの絵日記を映像で見ることができたし、マテリアルカラーのお手本みたいな作品にも出会うことができた。さらに、電車で読んでいた小室等『人生を肯定するもの、それが音楽』(2004年、岩波新書)にもはたさんが登場していて(p90)、偶然の一致が面白い。
《・・ついこの間も、知的障害のある人たちのいる現場で演奏しました(2002年11月)。そのときは佐渡の太鼓グループ「鼓童」の齋藤秀之さんに来てもらって、彼の太鼓といっしょに歌った。そして、ぼくらが演奏している最中に、田島征三さんと、おなじく絵本作家のはたよしこさんのお二人が大きなキャンバスにそれぞれ絵を描く。・・》


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