Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》my essay about SAKIRA


vol.632.
9/30(金)
巻頭リレーエッセイ(さきら)『この十年〜関西のアーツ環境』

滋賀県栗東市にある芸術センター、さきらの情報誌の巻頭エッセイを書かせてもらったが、その情報誌が届いた。もっと、碧水ホールのことなども書きたかったが(甲賀映画祭へとつながる地味かつ意欲的な映画企画の持続力について、などなど)、まあ、この字数なので許してもらえばと思う。以下、その文面である。

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巻頭リレーエッセイ(さきら)
  この十年〜関西のアーツ環境

 この十年は、出身エリアである関西で過ごした。その前の五年ほどは、東京で全国各地域における芸術環境づくりの仕事をしていて、今度は立場を変えつつ、関西に絞ってその関係の仕事を続けることになったわけである(いまでは、アーツマネジメント関係ですといえば割とすんなり私の仕事を理解してもらえるようになった)。
 栗東には、施設が出来る前から果敢にプレ事業をされていた関係で、数度訪れていた。ダンスの山下残が岡崎の自宅から栗東駅のピデストリアンデッキまで歩いてきたのには驚いたし、筏でお習字をしたのも懐かしい。施設が完成したとき、確かにさきっぽという意味のさきらが出来るべくして出来たなあと、先端芸術をいかに地域に紹介したらいいかを探求していた私には嬉しくて仕方がなかった。

 滋賀県内のアーツプレイスをすみずみまで知っているわけではないが、さきらは甲賀市水口の碧水ホールや滋賀県立びわ湖ホールとともに、他地域から一目置かれる芸術センターである。びわ湖ホールの評価ポイントは、東京の動きとほぼ同期して、しかも質を違えず芸術を紹介しているところである。東京とそれ以外の地域の関係は、東京の評判が出来たあとに全国が手を伸ばすというものであったが、びわ湖ホールは、ネットワーク化によってその格差を感じさせない。ただ、先端的なアーツ、関西で勃興しているいまだ名づけられない動きを紹介し育てるところまでを守備範囲にはしていないのが現状である。

 それに対して、さきらは、びわ湖ホールの守備範囲外をきちんと補完して余りある活動をしてきた。滋賀県という関西の中心からみるとかなり東に寄っている場において、いま蠢きつつあるアーツの諸相を発見することは困難を極めると思われる。それに果敢に挑戦しつつ、そのリスクを地域の住人との交流、例えばワークショップにおいてレジデント(滞在)する芸術家との共棲によりヘッジする手法は鮮やかであり、関西の芸術環境を動かすことにおいて大きな足跡を残してきている。

 しかしながら、市場芸術など有名で集客が容易なものばかりが日本全体を跋扈する現在。碧水ホールやさきらをはじめ、アーツセンターの活躍にも関わらず、自治体の財政難、指定管理者制度と民営化=営利企業化の危機、就職第一主義の若者はじめ人びとの保守化などから、地域の芸術環境づくりはとても厳しいものがある。

それでも、関西のアーツ関係者は、諦める必要はないと思う。いままでの十年間の道程と(挑戦に基づく失敗を含めた)成果はこれからの資産になるであろう。激動のときを迎えて、ここでいまできること、資産を生かして未来につなげる方策を考えるビッグチャンスであると考えることが出来る。紹介した場所以外にも、例えば近江八幡にあるボーダレスアートギャラリーNO-MAなど、未来の希望に出会える場を持っている滋賀の動きをこれからも大切に見守っていきたい。

《小暮宣雄の略歴》
1955年大阪市生まれ。東京大学法学部卒業後23年間自治省に勤めたのちに、京都橘大学の教員(アーツマネジメント担当)。『アーツマネジメントみち』(晃洋書房)などの著作のほか、芸術環境はじめ日々のミクロ的観察記録として、こぐれ日乗(http://kogure.exblog.jp/)がある。なお、自治省では、ふるさと創生関連施策、地域産業おこし事業、地域のステージづくり事業、財団法人地域創造の設立企画などを担当した。
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