Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》2005 arts tsurezure-1


vol.635.
12/22(木)
今年一年をつれづれに振り返る(その1)

とても大きな変化のあった2005年だったと思う。
それはただ個人的に自分が6月13日で50歳になったということで、これが心理的に応え、自らの人生の後半を強く意識してしまった年だったからかも知れない。が、それだけではなく、時代の動きも急カーブを曲がってしまったと、京都の片田舎に生息していてさえもつらつら思った1年だった。日本も私と同じように黄昏な熟年へと差し掛かったと嘆く(+諦観する)ばかりではよくない、ぜったいに希望はどこかにあるはずと信じ探しているにしても。

夏の突然の商業劇場=バラエティ番組化したワンイッシュー国政の茶番劇。最近の文化ホールなどにおける指定管理者制度にまつわる自治体の責任放棄に近いアーツ環境の民営化=営利企業化任せの動き。事件を思い出しても、JR西日本の脱線事故殺人や学習塾殺人、ネット集団自殺の多発や建造物地震殺人未遂などなど、さまざまな無責任やり逃げ政治=無責任儲け資本主義経済を許す日本のこれらの構造的欠陥。

そして、ITの便利さもあって、ありえないような単純ミスの積み重ねで生じる莫大な損害のギャップは、日本のファンダメンタルな環境や条件がこれまでと大きく変わってしまっているからなのかも知れない。こんなに薄っぺらなことが平気に(批判や抵抗に対する自省もためらいもなく)、マスメディアを大政翼賛的に引き連れて行われるようになると、誰が昔予想しただろうか。

たとえば、戦後、経験したことがない人口減少時代の到来という環境条件。それについての無関心ぶり、漠然とした不安はあるが、対応方針、体系的な政策論の不在。あるのは、少子化対策のカンフル剤、子どもの安全囲い込み防衛策、高齢者医療費の自己負担化や障碍者補償の切捨てであって、「政策」といえないものばかり。

そういえば、来年には日本の人口が自然減へと転じるだろう、つまり、2006年には、1年間に生まれる赤ちゃんよりもお亡くなりになる人が数的に増える時代になる:だから、アーツの原点(限界芸術)の一つ、人をあの世に送り出す「術」の重要性がまずますクローズアップするのよと、私はついこの前のアーツマネジメントの講義でも(冠婚葬祭の雑学授業だという授業アンケートには負けず、いつものように)いったところであった。

けれども、なんと、今年の1月〜3月にかけてインフルエンザで高齢者が多く亡くなったことなどにより、今年がそのターニングポイントになるという推計人口の報道が出てしまった(1万人ほど死者の方が多くなりそうだというのだ。確定するのは来年だが、いずれにせよ「少産多死」時代の到来であることは間違いなく、2040年ごろ死亡数が170万人でピークとなる予想である)。もちろん、ハナより信じられなかった年金楽観予測(どうして日本人は政府に対してこんなに寛容=無批判になってしまったのだろうね)の再計算問題が直接関係して個人的にも随分不安ではあるが、社会保障の未来のみならずさまざまなところに影響が出てくる。

人口は自治体の基本的エレメントである。(昼間人口のことや、訪問人口への考慮ともに)自然環境の保全を考えると、面積のことをもっと考慮すべきであるとは思うが、常に地域は人口の増加をめざし、それを望んでビジョンを作ってきた。だから、人口減少即地域の衰退、活力=元気なしとなってしまいがちなのである。したがって、結局、うやむやに他律的に進む市町村合併の次にくるのは府県合併であり、野宿者の増加と同じぐらいクルーシャルな日本の歪みの極点としての過疎地域の死滅化もすすむ。

文化政策としては、納得のいく自分の葬送・埋葬と死後の住処準備を含むエンディングサポート、ウェルエイジング環境づくりがより大きなテーマになることは必定だろうし、いままでその地域に生きていまは死んでしまった人、つまり、死者を含んだ文化政策が必要でありそれが有効なのではないか?という挑戦的な課題も出てくると思われる。

言いかえれば、「歴史的な遺産であるので文化財を残そうよ」というばくぜんした生涯学習的発想ではなく、いまここの政策として、即ち、死者への眼差しと記憶の再生としていまに活かす死者の遺産としての文化財=資源政策の模索であり、生者だけが地域のエレメントではすでにないということでもある(死者を大切にと書いていて、そうそう、むかし、石垣島のかつての革新市長さんが、珊瑚のような下等動物のために新石垣空港が出来なくなんておかしいという発言をしてしまって沖縄開発庁の職員として慌てふためいたことをちょっと思い出したりもするが)。

いずれにせよ、過去のいいとき、若くて元気で無理が出来たとき、そんな頃をもうぜったいに取り戻すことは出来ない、それは、私個人にとってであることはもちろん確実である。そして、おこがましいが、たぶん、自分をとりまく「少産多死」時代になったこの身近な日本社会においても、そうである(いまどきの大学生の、知力・気力・体力・感性・徳性のすさまじい低下を目の当たりにしていると、確実であると思ってしまうし、そこから出発するのが面白いのである)。

だから、居直って日本のこの底あたり、ここの私の居場所からやっていこうと、ようやっと年末になって、冬の月のようにすがすがしくいられることができるようになった。で、いまはとてものどかで愉快なまでにさばさばした気持ちであるのだが、振り返ると、特に前半はもやもや、ばたばた、じくじくしたことが多かった一年だったと思う。(以下、636、637に続く)



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