こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.4
4/27(金)
RITSアーツマネジメント論第3回。今日はTAの板井さんがいないので、マイクと黒板以外使わないことにする。ところが、芸術プロジェクトの企画書の事例を5つ印刷してもらうようにちゃんと申し込んでいたのに、手違いでロッカーにばらばらのまま放置されていて、授業の直前まで探し疲れてしまう。
朝作ったいままでのまとめの図(当日印刷しようと思ったのだが)は5/11に渡すことにして、今日はアートスフィア灰塚2000やアリオン財団の楽器の動物園、SUMISOのアーティストインレジデンス、OMSのTIP COLLECTIONなどの企画書の一部を使って説明した(これは、期末のテストにつながることになる)。
その他、『芸術経営学を学ぶ人のために』p274以下にあった(佐々木晃彦)アーツマネージャーに求められる資質と役割10項目を提示し、私流の10項目(尊敬、多様、体験、記録、表現、交通、環境、継続、柔軟、聴取)を合わせて説明した。
※アートマネージャーに求められる資質と役割(佐々木晃彦)
1)「生活のなかの芸術」を自分の言葉で考える
2)芸術に恋をして、芸術家には誠実に対応する
3)アートマネージャーは献身する
4)専門知識を吸収し続ける気力
5)先取り精神と行動力
6)企画力
7)金銭感覚:予算を把握、実行できる行動力
8)アドミニストレーションへの対応
9)需要を喚起させるマーケティング能力
10)共感能力と統率力
※アーツマネージャーに求められるもの(理想像、小暮)
1)アーツ(諸芸術)を「尊敬」する心とまなざしを持つ
2)ジャンルの「多様」性に対応できるよう、あらゆる機会を活用して諸芸術に触れている
3)アーツ以外の「体験」(仕事、ボランティア、学習)をしている
4)自分たちの活動をよく観察し、日記などとして「記録」している
5)相手に伝えるための「表現」力を持っている(特に文章化力)
6)コミュニケーション(「交通」)する気持ちとメソッドを常に保っている
7)芸術が行われる「環境」を意識して文化現場をサーベイし企画に活かしている
8)「継続」することの大切さを知っている(過去にこだわらず失敗にもめげない)
9)多文化への適応力と非常事態に対する「柔軟」性を持っている
10)相手の力を引き出すため、臨床的に聴くことを大切にしている(「聴取」)
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ピッコロシアター大ホール、19:06〜21:04。燐光群『ララミー・プロジェクト』作=モイセス・カウフマン+テクトニック・シアター・プロジェクト。訳=常田景子。
演出=坂手洋二。舞台美術=島次郎。イラスト=山田賢一(桃園会でお馴染み)。
「すべての俳優は、テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員と、彼らが取材したララミーの住人たちを演じる」。佳梯かこや中山まりは、8役も演じるが、最小限の衣装をつけその人物になるだけである。したがって次の役者が話し出すと、その人物はどういう人かという説明を前の役者がしてから後ろに戻る。
一見そっけないほど、淡々とショッキングな事件が語られていくのだ。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」をみてね)
ちょっとマンネリ化しつつあった自分の演劇鑑賞にまたわくわくする社会との交差の期待を感じさせるお芝居だった。
バリ島の扉を加工した机が届いてやっと部屋に個性が出来てきた。みんなで食事がしたくなる。マットを買うことも必要になったから、ポエムを求めて「そうだ、奈良行こう」と思った。マチネで予定していたstudio21の学生企画やアイホールの宮澤賢治2001など目白押しだったのですけど。
ということで、芳江とのんびり奈良町へ(500円のインドネシア産の竹ランチョンマットを買う)。はなとさきは堀江へ。はなは彼氏へのプレゼント。さきは、家出をするのに必要なお茶碗を買う。カーテン代わりのタイの更紗。更紗を持って家出をするわけですね。
(後で聞いた話だが)はなとさきは、帰り京橋でブルーハーツを歌っている高校2年生の連中がなかなか楽しそうでうらやましかったので、さきが意欲的にはなを歌わすようにしたいと思ったらしい。はなは遠慮してあんまり多くは歌わなかったが、いよいよ新曲も出来たし(「三つ星」)、はなも路上再開っていうことみたい、三条かな。さきがどんな感じではなと絡むのか(どうも隣で絵はがきを書いて売る算段のようだ)、観察するもの面白い。
初めてJR奈良駅まで歩く。趣のある駅舎だ(帰りここから帰って2時間もかかってしまったけれど)。すぐそばのCAFE&BAR IN GALLERY“浮遊代理店”、去年の4月オープン。オーナーでクラゲを密封したシリンダーに入れてふかふか浮かせて売っている奥田英明さん(想芸館)に挨拶。
上田假奈代さんもこのカフェづくりに関係したらしい。一つの白い壁面は画廊風だけど、対面は木の階段になっていて今日はここが客席。普段はここにオブジェや工芸品を置いたりするのだろう。なかなか面白い場所で、奥には洞穴のようなクラゲが浮かぶカフェがありカクテルやオリジナルなドリンクがかわいいグラスで登場する。
假奈代ちゃんは闘う詩人を復活したとともに、フリーコピーライターとしていつでも「仕事ください」状態だそうな。
砂連尾理さんがカメラ係。つき山いくよさんのワークショップお師匠さんでもあるわけか。待っている間に、假奈代ちゃんからおいしいパンが振る舞われる。ドリンクもお豆もついてその上なのね。それで1500円て贅沢すぎます。
階段の上に駆け上がって頭をぶつける。翌朝、散髪をしようとしたら怪我をしていた(血が流れ出て割れた西瓜状態にならないでよかった、ほっ)。
『愛さない×卵をもって家出しよう』
上田假奈代●reading×つき山いくよ●poem DJ。火花*
「そうだ、奈良、行こう。」
和服な上田假奈代。かなり艶っぽく元気な顔色。気が利くところは替わっていないけど。休憩後の2部はトイレに連れ込んで詩を聴かす企画(トイレ連込み朗読)だったが、ビデオを買って先に失礼した。読む詩を帯の後ろ側から取り出すのだが、どうして間違わないで紙を出せるのだろう。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記212」をみてみてくださいまし)
こぐれ日録(33)と感劇速報に書いた電視遊戯科学館の今回のお芝居の感想について「じぶんの体調不良で芝居の内容を評価するというのはどうかと思」うという知らない人からのメールが入ってきた。確かに言葉不足だったかも知れない。いい指摘をしてもらって反省でき嬉しかった。
体調が悪いのと芝居の中身は違うのだが、先入見なく自分の全身をさらしてどんな芸術にも接しようと努力はしていても、そのよさが見つけられないことはあることだから、ひょっとしたら自分がいいと思えなかったのは体調のせいだったかも知れないと逃げの感想になってしまったのだ。
この劇団の前回を絶賛していたし、あるところでこの劇団をさる演劇評論家に対して擁護したこともあって、そんなことが影響しただろうと振り返って反省した。
音響が寝不足にはきつかったと書いたが、寝不足でなくとも、テクニックを駆使して音響を構築する手数の苦労と、結果としてのナイスな音響とは別だし、エンタテインメントのためのUSJとかディズニーランドとかを志向(ここがそうかどうかは分からない)する音響がいいわけでもないと思う。
が、まあ、そんなことよりも、ディテールはいいのだが、肝心の脚本がごちゃごちゃしていてすっきりとした骨格が見えなかったというのが今回のお芝居についての私の意見であって、確かに体調が悪かったことは関係ないことであった(ただし体調が悪くとも、感じる芝居はその間は全く元気で自分の病気を感じないし、終わってからもかなり快復することも本当である)。
お昼は京都橘女子大学文化政策研究センターのお仕事でキャンパスプラザ京都へ。大学公開講座の4回目(最終)「文化創造のすすめ」。前回よりも増えて(50人ぐらいかな)ほっとした。JAM Westの松本さんや板井さんなど多くの知っている人が来てくれた。金沢のシネモンドという小映画館のマネージメント担当の山口房子さんがコマッチャクレズマーの公演もあるのでこの講座に参加してくれていて、アーツ・カレンダーのbbsにアップしたのが役立ったことになる。
文化農場の橋本敏子さんは、コーディネータの端信行所長がスーツ姿ということを知って自分もスーツ姿で来た。私も目立たぬようにネクタイをこの4月初めてしてきた(ミッフィー柄だけど)。
ところが、もう一人のパネラー、岩淵潤子さん(静岡文化芸術大学文化政策学部助教授)は、domeの写真と同じようにリラックスした服装で、橋本さんがくやしがっていた。端さんがカリフォルニアスタイルだなあと自分の知っている人の話をしていた。
岩淵さんの話も橋本さんの話も、自分がどうしていまの仕事をしているかという経緯をざっくばらんに語る部分があって、それが特に印象的だった。
横浜の人である岩淵さんのしゃきしゃきした話し方がずっと関西口調に慣れてしまった私には特に新鮮。中学校時代に文筆家になって芥川賞をとろうと思い、6〜7年アメリカ(イタリアにも1年)にいて帰ってからすぐに、日本を変えるには政治家にならなくちゃと思った話など、さばさばして気持ちよい。
橋本さんは、事前の打ち合わせでは暗い話しかできないと話していたが、昔美術家を志してアメリカへ行き、自分が行きたい美術館を道行くおばさんに尋ねたら、その美術館もいいけど、別の美術館でこんないい展覧会をしているよと言われて行ってみてとてもよかった、という話がとくに心に残った。
後から彼女はこういうおばさんみたいな人がいる社会づくりも大切なんだと感じたわけだし、ずっと橋本さんは、このおばさんみたいな人が街角に全然いない日本のなかで、そういう困難ななかでアーツを伝える仕事をずっとしてきたのだ。
某県立美術館で17時から19時までコンサートをしようとして、労働組合につぶされた話とか、怒るべきことはいっぱいあるのも確かですね。美術館の夜間開放を企業メセナとかNPO法人がしたらという案も飛び出した。
地域創造にいた昔から、美術館やホールについて、13時から21時(ホールは23時)までにしたらどうかと、文化施設を建設している人たちにはよく言ったのだが、朝早くしないと本庁の人たちが朝から出勤しているのでだめだと逃げられるのが常であった。つまり文化施設もしょせん、外部の芸術に親しむ利用者のための施設ではなく、組織の中だけを意識した施設なのである。
時間つぶしに、新風館をぶらついて3階のレストランやカフェがおしゃれねえと感心したり、三条通りの家具屋さん(アジア的木製品が中心)の明かりが気に入り。1928の1fの小さなスペースのポットも欲しいなあと思って眺める(やっと小さなアパートを買ったからどうしてもそういうものを見てしまうのだ)。
アートコンプレックス1928。「黄金時代-夢見る頃を過ぎても-」アレルキンスピリッツ。19:01〜20:52。演出/内海祐子(出演も)、脚本/山形有。
音楽劇と書いてあったのに、ちょっとバンジョーか何かをかき鳴らすだけのお芝居だった。楽屋、街角、カフェのがやがやした雰囲気を作ろうという意図があるのだが、肝心の演技がまるで見えない人たちが大部分。
二口大学だけが、どしゃぶりココという性転換したらしい役者と、劇中劇の家来をまっとうに演じていて、途中からは、彼が出ているときだけ顔をあげて見ていた。1930年代のヨーロッパみたいな感じなのだろうか、役者にならず学芸会みたいにステージ上でにやついている女性もいた。
アンとビリーの振付が砂連尾理で、確かに彼がみさこさんと踊るデュエットと同じ動きなのだが、なんと体ができているかそうでないかで同じような振付でも違うものだろうか!とこれも勉強になった。
当日(2300円)で入ったのだが、半券を渡されず(前売りや招待はチケットがあるのに)、替わりに紙に名前を書かされた。普通は当日売りでもチケットを用意し半券にして人数を確認するのが制作だと思っていた。名前を書きたくない人にはどう対処するのだろう?
昔、さる東京の文化財団の人がチケットを発券していない公演に来てそれがないと財団からお金がもらえないと騒いでいたことを思いだした(月2万円ぐらいの鑑賞支給がこういう財団ではあり、私も参考にして地域創造にはその制度を作ったが、全額利用していたのは私ぐらいだった)。
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