こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.12
12/28(金)
1年前までは役人だったので、御用納めというやつをやっていた。自治体にいるときは、昼に乾杯して、17時までは一応勤務時間だから、課内に一人だけ残してあとは外へ挨拶回りをしているということにしていた。まあ、霞ヶ関の時は関係した省庁周りとかも実際にもしたかも知れない。
午前中は芳江のお供でジャスコ。映画館はハリー・ポッターが賑わっている。吹き替えの方が多いのが面白い。昨夜BS2で関連の番組が再放送されていたのを見た。
午後からぶらぶら、キネマ・ドゥ・カフェPart.2という特別企画に行く。京都みなみ会館から招待券が送られてきていたからだ。よく分からないまま、成瀬巳喜夫監督の『乙女ごころ三人姉妹』(1935、75分、P.C.L.)を見る。トーキーが出てきたばかりの時らしくて、とくに台詞がうわずっているのがおかしい。
でも、公園で二人が座っている時のアングルとか、隣の部屋から次女(堤真佐子)が長女の姿を見ている姿とか、なかなかにカメラが面白い。川端康成の「浅草の三人姉妹」が原作。どうしようもなく嫌みな母親(門づけ芸人の置屋の女)が出てくる。
成瀬巳喜夫監督を「浮き雲」以外に皆目知らないので何とも言えないが、二人も小津はいらないと言われ新天地を求めて、メロドラマを生み出すようになった監督。メロドラマには喫茶店とかバーとかがつきものなのだろうか。この映画はカフェというにはほど遠い飲み屋も回る流しの姉妹たちのお話。
浅草のステージで踊る三女を含めた女性たちの体型と、なぜか無意味と反って腕を振る仕草などがなんとも微笑ましい。
みなみ会館の帰り、前から東寺のストリップ小屋がまだあれば一度覗いておきたいと思っていて、前を通ったのだが、3人も呼び込みの男性がいてしかも誰もお客が入る姿もなく、素人娘30人とかお客さんも参加できますとか書かれていると、ステージの観察=研究で入るのだと自分に言い聞かせても、入るのには勇気がいる。で、冷やかしぽくじろじろ眺めつつ通り過ぎると、背後から舌打ちみたいな声がした。通らなきゃよかった。
東寺のすぐ前からバスが東福寺方面に出ているので、そのバスに乗る。九条通りを東へ。降りて東福寺の駅へ曲がろうとすると、赤い壁が特徴的なカフェが角に出来ていた。
五感cafe【ここはな】・・・『とびら』ひらけばなにかがはじまる・・・。確かに、外は車の音が騒がしいのに、重い引き戸を開けるとビートルズが優しく鳴って、違う世界が広がる。
アフリカの調度品、木のテーブルが広々と置かれている。京都文化博物館に近ければ打ち上げの場所にちょうどいいのだけれど。奥は座敷になっていて、ここでも20人ぐらいが集まれる。おばさん二人組がやってきたので、窓側の席を譲って赤グレープの生ジュースを飲んでいた。
今月の10日にオープンしたということで、いま作成中の名刺の雛形をもらった。最近、カフェが大箱になってカフェ以上の広がりを持つようになってきたと堀江とか船場の特集で書いてあったけれど、京都もそうなりつつあるのかも知れない。トイレへ行く空間が町家の名残みたいで壁面を展示スペースにしている。いまはアフリカの写真。
ゴンチチのFM番組でここが明日紹介されるとかいう情報が壁に貼ってあった。
夕刊で八坂神社の「翁」を正月に見ようかとか思っていると、「紀伊国屋演劇賞決まる」という記事を見つけた。『団体賞は「時代と記憶」連続上演シリーズや「コペンハーゲン」で優れた舞台成果を挙げた新国立劇場運営財団に。賞金200万円』とあって、個人賞の対象も新国立劇場公演とかひょうご舞台芸術公演とかお役所系が目に付く。この賞金は民間から出ているのだろうに、なぜこんな所に行くのだろうなと不思議な感じ。これらは見たこともないので何とも言えないが、東京ではこんな演劇事情なのかなと、ほの寂しい気持ち。
今日もぼんやり。外にも出ない。ビデオで撮っていた花組芝居公演「泉鏡花の婦系図」を見た。中休みがあってそこで弁士をするなど趣向を凝らしている。回り舞台をすべてカーテンで仕切り通り抜けていく。話はどうも合点がいかなかったりする。特にドイツ文学の先生が変だ。
勉強でもしなくちゃと思いながら、そうだ、2001年の各種アーツ鑑賞における個人的フィットベストというものをこしらえることにする。明日から大阪の実家へ行くし、今日はこの1年(計343本)を振り返る頃合いだ。
ということで恣意的になりがちなのは重々承知の上(3月以前のことはかなり昔に感じられるけれど)、2001年の各種アーツ鑑賞における個人的にフィットしたベストテンというものをこしらえる。
まずは一番少ない映像部門から。35本しか観ていないけれど:
10位 ジャン・ピエール・ジュネ「アメリ」テアトル梅田
10位 四ノ宮浩「神の子たち」テアトル梅田
9位 本田孝義「科学者として〜笑顔と告発〜」河原町ペンギン
8位 グル・ダット「渇き」碧水ホール
7位 青池憲司「琵琶法師山鹿良之」黒谷永運院
6位 イム・グォンテク「春香伝」滋賀会館
5位 command N「秋葉原TV」DVD
4位 ヤン・シュヴァンクマイエル「オテサーネク」日本ヘラルド社試写会
3位 青山真治「ユリイカ」京都朝日シネマ
2位 佐藤真「花子」関西ドイツ文化センター
1位 松岡錠司「アカシアの道」京都みなみ会館
ドキュメンタリーが多いのがぼくの特色。「秋葉原TV」は美術部門かも知れないが、街を見れなかったのでここに入れておく。
次に少ない音楽部門(伝統芸能5つを含む)の44本から:
10位 たいこ集団ひのき屋+N'DANA+池田宏子「雪催ひらいぶ」妙蓮寺
10位 「ビジリバ+はじめにきよし」磔磔
10位 プリ+S.O.S.「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド2001」富山県福野町弥勒山安居寺
10位 「楽音ライブスペシャルセッションVOL.1」トリイホール
10位 ノーマ・リッチー「メゾソプラノ+スコティッシュハープ」駒井邸
9位 クリストファーハーディ&新谷祥子「音と出会う旅」秋吉台国際芸術村ホール
8位 ヤン・サン・ウォン「チェロリサイタル」ザ・フェニックスホール
7位 カンテファン+山本精一+I.S.O.「Sound Art labo 2001」築港赤レンガ倉庫
6位 アサヒビール音楽講座ライブ「音楽の根源はブルースだ」アートコンプレックス1928
5位 HARD TO FIND+嵯峨治彦「冬咲ら」くろちく百千足館
4位 「通崎睦美+喜多直毅」法然院
3位 「月下美人」アザーサイド(2回)
2位 シュテファン・コイネ&ジョン・ラッセル「音の冒険」磔磔
1位 「ふちがみとふなとカルテット」磔磔
続いてダンス部門は61本、そこからピックアップすると:
10位 砂連尾理+寺田みさこ、セレノグラフィア「下鴨気象」アトリエ劇研
10位 JCDN全国ダンス巡回プロジェクト「踊りに行くぜ!!VOL.2」トリイホール
10位 北村成美「i.d.30ステージ」アートコンプレックス1928
10位 竹の内淳「たなごころ」トリイホール
10位 若井博人「小さいダンス公演2001」ウィングス京都音楽室
9位 藤堂悠貴子+雫「舟の底」トリイホール
8位 伊藤千枝+石井剛+北村明子「TOKYO COOLEST DANCE ALLIANCE」アートコンプレックス1928
7位 黒子さなえ「アートになった帽子たちVOL.3」都住創センター
6位 宮北裕美(MovementWorks)「FLASHBACK」(+黒子さなえ)中京青年の家
5位 dance box「北村成美のダンス天国」トリイホール
4位 藤原理恵子「・・・とおどる!・・・」寺田町らいふすぺーす102(3回)
3位 東山ダンスミニシアター「programA.B.C」東山青少年活動センターオープニング企画
2位 砂連尾理+寺田みさこ+クルスタシア+Abe“M”aria+北村成美など「ダンスピクニック」びわ湖ホールエントランスなど
1位 丹野賢一+山田うん「SSW」トリイホール、OMS
どうしてもプログラム全体に評価したくなったり場所の新鮮さに気持ちが入ったりするのが私の見方の特徴である。こうしてあげていくと自分でもよく分かる。
さて、お芝居(ポエムリーディングもちょっと)は101本。
芝居は多いのでまず前期(1月〜6月):
10位 ベトナムからの笑い声「ザ・サウナスターズ」アトリエ劇研
10位 t3heater「Love radio 91.1MHz」アトリエ劇研
9位 加糖旅団「ホリディ」アトリエ劇研
8位 第6回OMSプロデュース「その鉄塔に男たちはいるという」OMS
7位 近畿大学演劇・芸能専攻9期生「これは白い山ではなく」近畿大学会館
6位 三角フラスコ「改訂版恋愛心中」アトリエ劇研
5位 韓国版「更地」京都芸術劇場studio21
4位 ジャブジャブサーキット「高野の七福神」OMS
3位 上田假奈代×つき山いくよ「愛さない×卵をもって家出をしよう」浮遊代理店
2位 小さなもうひとつの場所「いかけしごむ」スタジオ・ヴァリエ
1位 遊劇体「闇光る」京大西部講堂
さて、7月からのお芝居後期ベストテンは:
10位 清流劇場「きなこぱんネエちゃんの恋」OMS
10位 少年王者舘「コンデンス」OMS
10位 青年団「冒険王」大和高田さざんかホール舞台上仮設劇場
10位 プロジェクトナビ「処女水」アイホール
10位 劇団飛び道具「きょうりゅう狩り」アトリエ劇研
9位 劇団衛星「千年王国の避難訓練」アトリエ劇研
8位 桃園会「かえるでんち」アイホル
7位 さらん「虹を見た」アトリエ劇研
6位 劇団八時半「うれしい朝を木の下で」OMS
5位 阿佐ヶ谷スパイダース「日本の女」OMS
4位 タイタスプロジェクト2001「のにさくはな」京大西部講堂特設野外大劇場
3位 清流劇場「約束のヒト」OMS
2位 ソビエトからの笑い声「ハイ・ブラック」東山青少年活動センター創造活動室
1位 こりお「石を拾う」東山青少年活動センター創造活動室
最後に美術。102本、ただ結構トークショーとかもあり雑多なので、いままでのものもそうだが、これが一番無意味な順位づけではある、それでも、まずは前期から:
10位 CAPARTY VOL.10「みどりの日」CAP HOUSE
10位 channel-n「多層世界への水路」京都芸術センター
10位 ART SCRANBLE「2001北座FAINAL」西陣北座
10位 呉夏枝-OH HAJI-「roots」ヴォイスギャラリー
9位 「第1回ウィメンズパフォーマンスアート大阪」大阪市立芸術創造館大練習室
8位 奈良美智学生との対話「ACROSS A BORDER」京都精華大学
7位 「美術館を読み解く」東京国立博物館表慶館
6位 カン・アイラン「ユメノアトサキ」立体ギャラリー射手座など
5位 クー・ジュン・ガ「降りる・潜る」重森邸
4位 金沢市現代美術館プレイベント「シリン・ネシャット展」金沢市民芸術村
3位 島袋道浩「帰ってきたタコ」神戸アートビレッジセンター(関連トーク)
2位 田中敦子「未知の美の探求」芦屋市立美術博物館」
1位 かなもりゆうこ展「美術の時間」ギャラリーそわか
さて美術の後期は:
10位 ニシジマアツシ展「音凪」同時代ギャラリー
10位 森村泰昌のセルフポートレイト「フリーダからの贈り物」KPOキリンプラザ大阪
9位 THE LIBRARY 2001「アーティストブックによる展覧会」ギャラリーそわか
8位 「いのちを考える〜北山善夫と中学生たち」伊丹市立美術館
7位 KOBE ART ANNUAL 2001「ねむい、まぶた。」神戸アートビレッジセンター
6位 高嶺格「Do what tou want if you want as you want」児玉画廊
5位 ホテルにおける滞在制作プロジェクト「art in transit」ザ・パレスサイドホテル
4位 しばたゆり「私のモノ、私とモノ」應典院
3位 ART PARTY「すずかけ絵画クラブのアウトサイダーアーティストたち」西宮北口ギャラリー
2位 アートにであう秋「障碍の茶室 峠の茶会」福岡県立美術館
1位 「The STANDARD」直島の民家・空家・路地・旧施設(直島・家プロジェクトもすごい)
芳江は下の娘さきに会いに、中野富士見町のplan Bへ向かう。そこで山梨の桃花村舞踏公演「改訂版ひとさらい」があって、さきも田中泯さんらといっしょにうろうろいるからだ。はなもさきに会いにplan Bへ行ったらしい。
私は戸締まりを確認して大阪野田の実家へ。
おやじはこたつでクラシック音楽のテレビばかりみている。居眠りをしながら。
前から一度おやじの軍隊以前の話を聴いておこうと思っていたので何も書いていないノートを見つけて、聞き書きを始まる。
1920年島根県東出雲町の揖屋町という辺りで生まれたのは知っていたが、おやじ(小暮一郎)の父親の名前は知らなかった。16歳ぐらいのおやじの母を、彼女が養女としていた越野旅館(揖屋町)で見初めて結婚した。小学校の校長先生で3階建ての家だったということ(おやじは聞かされているだけ)。
姓は吉田ということを初めて知ったが、下の名前はおやじも知らないようだ。一郎が生まれて父親はすぐに亡くなり、一郎の母、春江はすぐに離縁。養女(9歳ぐらいに父親が死んで姫路からもらわれていった)に入っていた越野家からも抜け出て、すぐに大阪市に住み込みで入っていた春江の母(一郎の祖母)小暮ヱキヤのもとに、一郎を抱いて人力車で突然転がり込んできたからだ。
そのあとの話も色々聴いたが、小さいときから音楽は好きだったようで小学校でもいつも音楽だけは満点だったという。お金がなかったので住友の養成所に入り3年後住友電気に入社。すぐに吹奏楽団でクラリネットとアルトサックスを吹く。当時のラジオ局で演奏したこととか日比谷公会堂で関西代表になって演奏したが入賞しなかったことを良く覚えている。
初めて知って興味深かったのは、春江の上の兄貴、小暮時雄が、大都映画の系列の新世界にあった敷島倶楽部という映画館を任されていて、おやじはおの時雄おじさんの映画館で正月などキップを渡したりしたというのだ。時雄おじさんはかなりのしゃれ者だったらしい。が、2番目の妻益江の頃肺結核になり、この益江さんは春江が持っていた黒檀の三味線を借りていきチンドン屋をしたりして苦しい生活を送っていた。この話は、おやじの妻(つまり私のおふくろ美津子)がヱキヤさんから聴いていたものである。
そんなことをメモりながら、おやじが少年兵になった1941年3月1日までを聞いた。いまの野田の長屋は大正の初めぐらいに出来たという。
奥の離れを造ったのが戦後すぐ。それから離れと母屋を廊下でひっつけてピアノを置き、物置を小さくして風呂を造る(これはぼくが小学5年生ぐらいのことだ)。その後すぐぐらいに平屋の上に勉強部屋の2階をくっつけているが、これはもう随分先のことであった。
おふくろがずっと気になっていることが2つあって、一つは大昔に(冬服の方は大学入学ぐらいの時らしい)私にあつらえたスーツを着させたいということ。当時、そんなテラードなデザインが嫌いで一度も着なかったのだ。そのズボンをはいてみた。ウエストは少し細くなったはずだったが、当時はだぶだぶだったズボンが入らない(76cmぐらいだろう)。やっとおふくろさんは諦めたみたいだ。
もう一つは、クラシック音楽全集を中学校時代に本屋さんから取ってもらっていて最後の方はそこについていたレコードを開けないまま置いてあったことで、もったいないからレコードプレーヤーを見つけたいということだった。
これぐらいは買ってこようとJR大阪駅の北側に出来たヨドバシカメラまで買いに行く。野田にあったCDラジカセ(これがあるとおやじが老人コーラスの練習をしようという気持ちになる)もさきが山梨に持っていってしまっていたので、それもついでに買っておく。そうしないとおやじがずっとテレビづけになってしまうからだ。
色々探したが結局、TEACから出している擬古調のプレーヤーを14800円、アイワのCDラジカセ、これも木の外装のものを17800円で買う。重かったがこれぐらいで喜んでもらえるなら軽いものだ。
持ち帰って、戦前の78回転軍歌などを聴く。45回転のドーナツ盤は1枚しか見あたらない。ソノシートも鳴らしてみる。「クリちゃんレコード」のイラストデザインが一番可愛い。特にさきが興奮するだろうなと話す。30数年前のクラシック全集もけっこういい音だ。
私は中学2年生頃に買ったメラニーとかキャロル・キング、ローラ・ニーロに針を落としたりする。赤い鳥に五つの赤い風船、PPM、サイモンとガーファンクル・・よく残っていたものだ(これら以外のレコードは、ずっと持ち歩いていたが、CDも出始めたので、東久留米から福岡に引っ越すときに、自然野菜の店「晴屋」さん〜橋口譲二さんの奥さんがやっていて、かわりに旦那の「ベルリン物語」などをもらった〜に置いていった)。
一番始めに買ったのは、確かビル・エヴァンスのライブものとストラビンスキーのペトルーシカだったと、20枚ほどのLPレコードを前に一応思い出に耽りつつ2001年も暮れていった。
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