こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.2
2/19(月)
映画館で映画を観ていないなあと思っていたので、京都みなみ会館にて2本映画を続けて観た(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」を)。
まずは17:25から始まった『チェコアニメ映画祭2000』Aプロ(77分)を楽しむ。関西ではここでずっと上映されてきているようである。
というのも、チェコ映画を配給してきた故粕三平さんからいただいた『チェコスロバキア・アニメ映画祭'91』のチラシの主催を見ると、京都RCS、そして会場がみなみ会館と京都ルネサンス・ホールとなっているからだ。
(いまはチェコ映画の配給など、粕さんの娘さん/チェスキー・ケーのくまがいマキさんが引き継いでいる。)
そのチラシに書かれた粕さんの紹介文を引用しておこう。
《・・ユーモアとアイロニーと影の表現を武器にするチェコスロバキアの映画は、冬の時代にもかかわらず多くの傑作・秀作を生み出してきました。言えないことを語るのが、作家だからです。自由に埋もれず、不自由を晒すことで自由のありかをうかばせるのが、作品だからです。こんな世のなかでは生きてはいけない、だからそこに生きるという作家こそ優れた作品を生みだします。・・》
そして、チェコは東欧ではなく中央ヨーロッパであり、中央ヨーロッパ文化の「ユニークな感性・多様性と寛容」がこれらのアニメ映画から汲みとってほしいと結ばれている。
続いて19:00から、イラン・日本(NHK)映画『柳と風 Willow and Wind』(85分、1999)を見る(そんなに長い時間ではないのだが、ここの椅子は堅くてお尻が痛くて、何か方策はないだろうかと考えたりした。薄い座布団の貸し出しはどうだろうかなあ)。
モハマド・アリ・タレビ監督は、アッバス・キアロスタミ脚本独特の「子どもの不安とそれでも生きる力のすがすがしさ」を浮かび上がらせる透明な目線を壊さずに、美しい画面を作るのに成功している。疲れて樹の洞に入ってガラスに守られてうたた寝をするシーン。風の強い外の景色がぼやけて、ガラスに引っ付いた葉っぱのかもし出す模様だけが浮き出すシーンはひとときの夢のように淡い。
ただ、「友だちのうちはどこ?」の続編を狙って作られているように見られることをどう意識するかは、観る方の問題としては判断が難しいところだ。
午後、突然遠方より来訪者(文化を愛する公務員)があって、いろいろと相談される。というか、自分で対応を整理するのに誰かが聞いてあげる必要があって、まったく無関係の私が選ばれたというわけ。でもこちらも勉強になった。
初めて自分として興味の持てるポジションに移ったのに、そこの人間関係でうまくいかないという悩みは聞いているのもつらいぐらいだがよく起きることだ。お互いが相談相手になっていくしかないのだろうか。
第1回Kyoto演劇大賞本選公演、京都府立芸術会館ホール。
劇団飛び道具『茜雲(改訂版)』19:02〜20:59。作:大内卓、演出:藤原大介。《昭和23年、東ナカジマ名店街 混乱の時代を生きた人々の肖像》、こまつ座とか二兎社みたいな題材で、年配の人たちにも馴染みやすいものだろう。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」で確認してください)
昨日、保育所に中学校の活動で出かけて散々な目に遭ったとかで、さきが休んでいる。3〜5歳ぐらいの子どもたちが、「不倫」って知っている?なんていう質問で先制パンチ、ひるんでいると甘く見られて、殴る蹴る、下着に手を突っ込むなどやりたい放題。泣かされてしまう中学生たち。
彼女だけではなくみんな大変だったらしい。でも学校に戻って、みんな「楽しかった」と報告したという。おかしいよね、と言うと今考えるともっときちんと報告すればよかったかなと思うけど、ショックで考える余裕がなかったし、結局学校も無難な感想の方がいいのだろう、と。
今日さきが休んでいるのは、美術の時間があるという理由も大きい。もっと技法を使いなさい、とか色を混ぜてとかうるさいからという(わがままなやつだから実際は分からないけど。明日は久しぶりにバザールカフェに行こうと楽しみにしているし)。
雑誌のコラムによると、いまの小学生は先生に、顔の輪郭は黒でいいでしょ?肌色で塗るんでしょ?と先生に聞いてから描くので、みんな同じ絵になるのだそうだ。そういう風なことを先生が期待していると察知してしまうからだ。まあ、昔から学校なんてそんなもの。
(座標の基礎を教える算数や、自然環境の不思議を伝える理科の時間を減らすのは問題だが)学習指導要綱の改正で美術や音楽が公立学校の授業から減っていくのは、それで食って別にちゃんとアーツをしている人には悪いけど、きっと素直にアーツ好きの子を増やすことになるだろう(もちろんNPOやアーツセンターなどによる活動が大切になる)。
「文化庁は小中高校の文化系の部活動を活発にしようと、2001年度から演劇やオーケストラなどプロの芸術団体を、希望する学校に派遣する」らしい(約千人、官庁速報2/19)。「トップレベルの芸術団体の団員」って誰が決めるのだろうか。上意下達にならないか。
それよりも、すべての芸術科目や日本語(国語)科の文学鑑賞みたいな部分(もちろんITリテラシーや倫理/生活指導、スポーツ、校外学習、修学旅行などだってそうだ)を直営でするのを全部やめ、その分授業時間を減らして学校コストを削減する。
その削減分を財源にして、学校施設を使ったアーツなどの教育アウトリーチ活動を行うNPO法人(少数のすぐれた美術教師などはそこのスタッフとして引き続き学校現場にいてもらう)に対して、NPO減税などで支える方がずっと意義深いだろう。
さきの友だちがモロッコにいるので、いつかモロッコに行きたいらしい。そのこともあって買った中公文庫98/3『モロッコへ行こう〜ダヤンのスケッチ紀行』。池田あきこのカラーのイラストがあって読みやすい。でも・・
著者が、《私の父は国鉄マンだった。「旅に出たい」という私の中の不変的なあこがれは、旧国鉄の家族の特権である「一週間日本全国どこでもパス」をもらったところから始まっているのかもしれない》とはじめに書いてあるのを読むと考えてしまう。
自分の娘たちにはこんな風に、親の特権についての記述を臆面もなくするようにだけはなってもらいたくないものだと思う(私の家族の特権といえば、お芝居の招待券を子どもにもいただくことがたまにあったことぐらいだが、モロッコに行けば友人の家の父親は外交官だから実に優雅であろうと想像できるから、一層自分自身を反省的に見て活動していかねば・・)。
夕方パナクリエイトの松本さんが来る。園城寺などでいまやっている成安造形大学の卒業展を見てきた帰りだ。秋の全国アートマネジメント学会全国大会の件は、弱小な学会故に予算も人手もなくて、彼だけが大変にならないようなサポート体制を考えなければ(勧誘作戦も含め)ならない。学会のホームページ更新もやってねというとその存在すら知らず、びびっていた。彼も「プロデューサー駆け出し日記」なるものをぽつぽつとつけている。
TORII HALL提携公演、第6回OSAKA DANCE EXPERIENCE 岩下徹ダンスエクスペリメントVol.2『ダンス・バトルロイヤル〜ダンスによる集団即興の試み〜』19:32〜20:32。四方から観客、満員。
(大谷さんによると、昨日今日とトリイホールが選出した山下残=野村誠組が新宿パークタワーホール/ネクストダンスで踊っていてかなりいい評判だったと聞く。ところが、2/25に松山で西洋ダンス紹介者の立木あき子さんに会うと、彼女から、何あの踊り、笑うこともできない、と私に憤慨して言うからどう応じていいか困ってしまう。毀誉褒貶が多いのがネクストなのさ!)
赤い時計が架かっている。きっかり1時間、それに四角い白線の中(はずれると20カウント内に戻る)、四隅に椅子があってそこで休憩ができる。4人はそれぞれ曲を選んでいるが、ほかの人たちはその選択曲を知らない。
男3人(岩下徹に、ヤザキタケシ、清水啓司)と奧睦実。はじめに、4人が入ってきたときに、大きな荷物を持ってきて、スカートを縫いだした奧を見て、彼女は一人女やし動きもダンス(舞踏)ぽくなく、どちらかというとアートパフォーマンス風なので目立つだろうと予測していた。
案の定、彼女の犬の大きなヌイグルミや、男3人が彼女の周りを回っている間に、汗つきタオルセットを作ったりと、特徴のある行為をしていた。奧はそういう環境の中である方が面白く、自分だけになると少し淋しくなる(それもまた雰囲気なのだが)。
ダンスは音楽に素直に反応することが多かった(音響/加藤陽一郎、照明/澳義則、ベテランが即興に合わせて卓を操る)。白あげて黒あげないで、ビョンビョンとかいう歌は、ミニモニといかいう連中のものだったか。脱力してしまう。プロレスだから、隠し武器(カメラなど)とかがつきもの。それに31もカウントしているルール違反の清水による戦略も出てくる。ロープ(ライン)自体をはずしてみるとか、いろいろと試みてはいたが、ぐっと身を乗り出す瞬間は自分にはそんなになかった。
そのなかでは、岩下が奧に抱きつくところ、ヤザキがズボン脱いで足を出して踊るのを喜ぶ奧の姿が面白かった。他人の汗ってどれほど気持ち悪いものだろうか。人が一度口に入れた飲料を戻したものを飲むこととどちらが気持ち悪いだろう。でも、それがスターとファンの関係になると、恋人たちと同じく欲しいものになり、奧が示すように売れるものにさえなる。不思議といえば不思議なこと。
唐崎駅の北側にある知的障害者のための「唐崎やよい作業所」は、ご近所なのだが1度外観をみただけだった。そこと社会就労センターこだま(これは同じ社会福祉法人おおつ福祉会によって運営されている去年にできた認可授産施設)が、同時代ギャラリーの小さな部屋(ギャラリーショップ/コラージュ)で作品展をしている。
『地空展』。かわいい粘土の作品たちが高齢の人から10歳代の人たちまで同じように並んでいる。蛇を何匹も何匹も同じ方向に置いてある人、土筆みたいな首に顔が現れている作品を作っている人・・。
モチーフは一定していて、その繰り返しが「一つの強度」になっていくのが「エイブルアート」の醍醐味だ。1000円で手描きの葉書が売られていた。私は作品写真(120円)の葉書を7枚買う。
染色の作品はより実用的な感じ。
唐崎やよい作業所より軽度の人たちのための社会就労センターこだまで染色を指導している女性と話をする。昔大駱駝館などを見ていたのでダンスにとても興味があるけど、大津には情報がなく残念と。福祉の仕事に関わりだしたのは4〜5年で、それまで20年ほどはずっと染色の仕事をしていた人。見に来た川島織物のスクールに通っている若い女性に、福祉の資格は難しいけど取っておくといいよとアドバイスしていた。
『若井博人 小さいダンス公演2001(壱)』、500円。2つのダンス作品を合わせて30分間(19:35〜20:05)。「小さい」というチラシの中の文字はほんとに小さく書かれている。ウィングス京都(B1音楽室)。3/3にもHARIIというアコースティックバンドと「2つの音楽」というセッションを予定(弐)。
若井博人は1970年京都生まれ。シンプルで切りつめられている動き。その中にある激しさ、いとおしさが鮮烈に流れる。今回はその張りつめた世界の真ん中に「ユーモア」に近い何かが漂ったように感じられた。
彼は自分が求める踊りを着実に栽培している。
彼の二人の子ども(3歳の男の子はおばあちゃんと一緒に見ていた)も踊るかも知れない。だって、彼の奥さんは子どもと踊ったらもっと人が来るかも知れないですね、と微笑んだから。
前回は二桁のお客さんだったが、また一桁になった。立命館大学産業社会学部の女性(学生劇団所属)が、昨日の即興について岩下徹さんの横に座って話を聞いている。
初めは18分間の「上を向いて歩こう」。
坂本九の歌「上を向いて歩こう」が流れる。最後にももう一度流れ、その中で実に簡潔に踊られる作品。音楽室の木の床との対話。初めは床から何かを掘り出すような動きの繰り返し。
そして床とこぶしとの遭遇。音が響く、でも一方的に叩いているのではなく、床からの答えを聞いている。それがどんなに小さなつぶやきでも、そのうちに伝わることは確かだから。
続いて「掌の中のささやき」12分間。最後に弦のソナタがなる。前半の動きに特にぼくは若井的「ユーモア」を感じたのだ。顔を手で覆ったりするところが、意味を無理に表現しない「マイム」だと瞬間思ったりもしたぐらい。掌を右手の人差し指で指しながら回転させ、それを真上へと延ばしていく。ずっとその指先の10cm先の空気の震えを見ている。
腕を回転させそれを限界まで回して、そのあとにはーはーと息をつく。でも。痛々しいという形容を今までの彼のソロを見るとついしてしまっていたが、もうそういう表現では若井博人のダンスを語るには足らないなあと思う。
帰るとさきが、バザールカフェにいた小山田徹さんから、5月にアサヒビール(どうも山城さんらしき人と打ち合わせしてた)で彼が行うワークショップの試作品をもらった!と見せてくれた。みんなで作った蒸しパンと一緒に。
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