こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.2



10)2/2〜2/4

2/2(金)

久しぶりの東京、渋谷。パルコの裏で鯛焼きを頬ばって、パート3の地下1階。45rpmも入っているがそれ以外は私には縁遠くきっと場違いな「かわいい」服たちのお店が並んでいる。そこに、Loosy Louという雑貨店あり。100%ORANGEめがけて勇気を出して。ありましたありました。850円のポスターもレジの上にかかっているし、クリスマスプレゼント用に作られたかも知れない3900円のお得なボックスも、カードもシールも・・

ボックスには、このお店特製のTシャツとカード、バッチなどなど。これで明日のはなの誕生日プレゼントは決まり。話題の展覧会があると聴いていたので、パート3の展示場にあがると、そこは、野生動物のミニチュア(卵の中に入っているものもある)展示販売(海洋堂?)の場所で、男性中心ににぎわっていた。

本当は、渋谷パルコ/パート1/8Fのパルコギャラリーだった。野口里佳写真展『果たして月へ行けたか?』、水戸芸術館で見たことのある若手写真美術家。芹沢さんの本の表紙になっていた写真を撮した人。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」を)

もう一つの100%ORANGEを扱うお店は、ファイアー通りにあった。工事中の消防署を過ぎて少し左に曲がった所にあるSMALL CIRCLE PARADE。Tシャツやトレーナー、パーカーがいっぱい。シールとカードだけを買う。

15時から19時まで、東銀座、日産自動車の5階でドキュメント2000プロジェクトの会議。最後の出版本の検討だ。NPO関連はじめ事態はどんどん動いていて(それもいい方向ばかりでもなく)、現在形の美術プロジェクトの「いま」(5年間)を記録することの移ろいやすさや特定しがたさを思った。5年前からをドキュメントし続けているはずだが、それはいま(この数ヶ月)の私たちがヒアリングしたり見聞したり、あるいはいまの時代的な気分に大きく左右されているわけだ。

私の担当の3章はできるだけ、テンションをさげ悟性的な分類をベースに(もちろんアートはその分類や制度をひっくり返し逃げていくことで生き延びようとするものだ)淡々と記述する方針を説明する。6月に出版できるように努力し、そのあとに報告会という手順。日産の渡辺さんはインド地震救済で忙しく会議に参加する暇さえない。かれはインド哲学を専攻していたのだという。

2/3(土)

はなのアパートに泊まる。昨夜はテレビで「Shall we ダンス?」をみながら、フラメンコを踊ったり歌ったりしたいとはながいうのをきいていた(少し前にカンバセーションのご招待によって東急文化村でコンサートを聴いたからだ)。

上野の東京国立博物館へ入る(420円)。
『美術館を読み解く〜表慶館と現代の美術〜』東京国立近代美術館の企画。ホールに入ると京都市美術館でも黄色いトンネルを作っていた、松井紫朗のParascopeが出迎える。ここの穴に顔をつっこみ、自分だけの天井模様観察をしたのは一巡してからだった。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」を)

13時から、特定非営利活動法人芸術文化ワークス、通称NPO法人アーツワークスの理事会。東京文化会館内のレストラン(上野精養軒?)。なかなかはやっているし、会議で飲み物だけで粘れるのでいい場所を、理事長兼事務局長の鈴木英生さんは考えたものだ。なんだかリッチそうって声も庄子さんあたりからでたし(理事会だもんね)。

いろいろ、フレンズという会員を集めようとか、アーツ・カレンダーを主催事業の一つとしながら、コンセプトを明快にして、ここに情報を出し合うことのメリットとか存在理由を明快にするための有益な話し合いをした。新しい理事に久保田巧さんの応援団長で、財団法人日本野鳥の会国際センター国際自然アカデミー参事(環境教育のプログラムを作ったりしている)の下重喜代さんが入ってくれた。京王沿線がらみの話が新しく出てきて、楽しそうだ。彼女がずっと出していたミニコミ誌(「アビー」)などをもらって、それを読みながら帰る。

2/4(日)

さきがらっきょに顔を描いている。芳江がそわかでの清水さんの個展を見てきて興奮してさきが刺激を受けたからだ。9日には入試が始まるのに・・。
読み終わった鷲田清一『顔の現象学〜見られることの権利』(講談社学術文庫98.11)を二人に解説したり、抜き出して読んだりする。ザンダーの肖像写真に関してのことばが私は好きだ。

《・・そのかすかな綻びのなかに、肖像の哀しみが映ってしまうのだ。哀しみとは、役割の外に存在しえないことの哀しみであり、もはやわたしのものでさえない真空の内部の疼きである。》

自分の顔面は視覚的に遮られていて私の顔は自分では見られないことからこの本は出発していた。そして、他者の顔も、対象のようには見ることはできない(そうすると顔は可視性から絶えず撤退する)。顔は「呼びかけ」なのだ。その呼びかけには応えることがわたしには求められている。「〈顔〉は見えなくてもわたしに触れてくることがあるし、わたしを突き刺してくることもある」。

小林康夫が解説しているように「メルロ=ポンティ的な〈現象〉の認識論」と「レヴィナス的な〈非・現象〉の倫理」の2つの斜面に大きくは支えられているのが、著者が展開した「顔の現象学」の骨格だろう。で、つまり、レヴィナスそのものを読まなくては話にならないことを痛感する。

AI・HALLリージョナルシアター、関西初登場、飛ぶ劇場vol.19『ジ エンド オブ エイジア』14:04〜15:56。伊丹アイホールは横に長いので、ロビー側を黒幕で仕切って、1列15席ぐらいのこぢんまりした小屋にしている。100〜150人ぐらい。ここにほぼ客が埋まる。北九州からの満を持しての公演と言えど、なかなかの盛況。

作・演出/泊篤志、舞台監督(制作など)/谷瀬未紀(劇的企画NEO)。この二人はじめ北九州演劇祭事務局のスタッフとして昔から私たち多くの人が彼等にはお世話になっていた。

作者、泊篤志の10年間(それはもちろん「飛ぶ劇場」や北九州演劇シーンのそれとも幾分重なる)が素直に感じられる作品だと思った。1991年にヒマラヤにいた彼自身の体験を素材に1995年に初演されたこのお芝居「アジアの果て」は、ゴアザム(GOWAZARM)という地域?を舞台に、日本人や韓国人、そして地元の人達がしばし滞留する宿を舞台にしている。

日本人(若者)の幸せさがし、地球の歩き方、会社や恋愛からの逃避。巨大な雪崩、北朝鮮とアメリカとの戦争。雪男と麻薬幻想。戒律の厳しいチベット仏教、バター茶、高山病。ゴアザムの子ども達の日本渡航へのあこがれ、カメラ窃盗未遂、素朴でしっかりとした足上げダンス。そして主人公、小野田(寺田剛史)はバブル期新規採用にありがちな、ぼんやりとしたピーターパン症候群的性格。

アジアという地域がもともと(あるいは、すでに)幻想に過ぎない(ジエンド)のに、脳天気な日本人は、ゴアザムの子ども達に蒙古斑があると喜んでいる。題名だけでも、色々なことが考えさせられる。もちろん、4000mのヒマラヤにある洗濯機もない地域を指しつつ、アジアから逃れようとしてきた日本のことを同時にそう(ジエンド)呼んでいると考えてももちろん間違ってはいないだろう。

ゴアザム語という「ナマステ」以外には観客にも誰にもたぶん判らないことばを日本人も2人(MJ、キクチ)は話している。韓国人と一緒の日本人(三崎)は日本語とコリア語。同時多発会話の影響下にありながら、多言語(多発)会話を試みたところなど、壮大な実験を夢見ている感じが伝わる。ただし、通訳みたいなシーンなどが続くと時間が長く感じられる。展開する複数のストーリーが十分には織り込まれていないのでひらべったいカタログみたいになってしまう所がある(30分ぐらい短くして畳み込めそうだ)。

偏見かも知れないが、地元北九州の雄である「飛ぶ劇場」は、多くの劇団と競い合うように存在していないので、色々な試みをしながらさまざまな観客へ訴えよう(時には啓蒙しよう)としてきたのではないだろうか。関西ではそれぞれの劇団がひしめく中で差別化のためにニッチを探したり、固有性を繰り返すことでそれを劇団の個性にしてしまうことがあるが、いままでこの劇団には、そこまでの戦略(絞り込み)が不要だったのではないだろうか。こうして外に出るようになって、これから弘前劇場のような洗練(ある意味では諦め)への道にたぶん入るのだろうと思ったりした。


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