こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.2



16)2/23〜2/25

2/23(金)

今日から旅芸人のように、札幌、松山、東京を回る(だから、これを書き出したのは3/1である)。札幌は少し前にとても寒くなり、いまはまた雨が降ったり暖かく(と言っても零下にはなるから)路上が滑りやすい状態になっている。札幌にいる間に3度転んだ。

仕事は、S-AIR(札幌アーティスト・イン・レジデンス)が行っている催し「ARTS MEETS 2001」の一環であるシンポジウムのパネラーとして参加するため。だけど、札幌は6年ぶりぐらいなので、会いたい人、出かけたい場所が多すぎて困る(北海道演劇財団系の皆さんには会えるとは思わずにいたら、偶然翌日シンポの後に平田修二さんや新藤猛さんに会えて、実に懐かしかった。が水臭いと平田さんに怒られた)。

土地勘のない札幌は、主にS-AIR実行委員会事務局長の柴田尚さんに案内してもらう。
雪で車もゆっくり走り人びとの姿も路上は少なくて(地下や「ちえりあ」という札幌市教育委員会が建てた生涯学習施設はにぎわっていた)、どこか白い世界はのんびりと春まで待機しているように感じる。

柴田さんは美術ジャーナリスト。地元FMでアート情報番組(札幌市提供)を続けているが、前はリーセント美術館という名前でドキュメント2000プロジェクトに「サナトリウム」プロジェクトを申請し助成を受けたりした。
さまざまなことをそのときどきにやっているから、翌日に会ったさいとうちづさんや小林重予さんらからは「柴田くんは会うたびに違うことをやっている」と評されている。

S-AIRの事務局は、夜行くシアターキノ(中島洋さんらの運営する映画館)のそばの古いオフィスの一角にあり、靴を脱いで入るあたりが面白い。
事務局次長の本間貴史さんはアメリカにいたことのある建築専攻の男性。展覧会会場で通訳としても展示作業員としても仕事をしているようだ。
ボランティアの核は3人。採血担当の看護婦(佐藤さん)や写真をやっている女性(高橋さん)など。

事務総長と呼ばれる山本謙一さんは、建築家/都市計画家で、柴田さんが芸術プロデューサーとすると、山本さんは経営プロデューサーとして実務や行政/政治的な対外活動をしているようだ。(夜、はじめて山本さんに会い柴田さんと遅い食事をした。いま旭川ラーメンもはやっているが、スープカレーがブームなのでそれを食べる。

まずは、2/12〜2/24まで開かれている「ARTS MEETS 2001」のメイン企画「7 Rooms」の展示を見る。中心は2000年度招へい作家の一人(それ以外の作家の作品も廊下に展示されていた、高嶺格のビデオとか)、韓国のコー・ナッポン「Hokkaido of The Hokkaido」。

コーは学芸員をしていた経験もあり、韓国で想像する北海道のイメージ(映画など)と、現実に自分が出会い感じた北海道(若い作家による作品コラボレーションや、いまの家族の室内風景)を対比して、キュレーションすることを作品のメインにしている。

面白かったのは、北海道の昔の家族が室内で食事前の祈りをしている絵を構成する色を分析して、その色を使って室内を塗っている(青色など)所。それは、白をモティーフにした次の小部屋のキュレーションとコントラストを描いていた。
北海道の若い作家が、このいまはフリースペース「プラハ」と名付けられた元医院をこれからどう使っていくかをサジェスチョンする展覧会だと言えよう。

(ここは、小林重予さんによると、2階の都市計画事務所だけではこの施設を借りられないので、美術家にアトリエとして一緒に使うことを提案したのが始まりのよう。)

もちろん、教員でもある伊藤隆介の映像インスタレーションや、カフェ運営という作品(椅子などに作品的なこだわり)もあったし、外の「かまくら」作品が窓を覗くのも、この庭のある場所ならではだ。ただ、プラハプロジェクトの大橋拓さんらが翌日シンポで説明したもとの医院の部屋の記憶については、かなり曖昧なもののようで、もとは医者の家族が住んでいたスペースがじつはあったりしていて、その辺をもっときちんと調べる企画をまずしてみると、ここがより生きるようにも思う。

シアターキノ(狸小路6丁目)の廊下には隣のエルフィンランドというなかなか素敵な料理屋さんから出たお酒の瓶が並んで、思ったよりもしゃれた都会のミニシアターだった。寄付をもらった人たちのプレートがあったり、今日のように「札幌映画製作ワークショップ」によるオープニング上映があったりはするが。

見た映画は、デジタルハイビジョンで撮られ35mmに変換された『月球儀少年』(28分、2000)。この映画の出演者である少年3人とお母さん役の清水ひとみ(元アイドル的踊り手でいまはストリップ劇場の経営をしている)などが初めにインタビューを受けていた。

監督は、山田勇男(北海道出身、元天井桟敷)。『月球儀少年』の上映前に、2編の短編映画も上映された。近くの札幌の風景が映っている。幻想的ということだが、ぼんやりとした映像ではなくて、色彩が赤と黄色に2分割された階段のシーンが美しかった。
しんどかった部分があったのは、音楽がどうも単調だったからだと思う。

2/24(土)

10時半に、さいとうちづさんの案内で、ダンス拠点として特に注目してきた日食倉庫コンカリーニョを見学する。
琴似の再開発で、道路に面しているレンガ施設(半分は喫茶店「レンガの館」)は残るのだが、いま彼女らが使っている施設(レンガとモルタルの雑種、かなり耐震的にも危ない建物らしい)は壊されることになっている(来年の予定)。
今日は、常呂町の「ところ町民舞台」が夜に公演するのでその仕込みが始まっている(コンカリーニョを会場として「北の舞台芸術祭/遊戯祭01」を、彼女らが中心になり北海道文化財団をベースとしてとりおこなっているのだ)。

加藤種男さんが到着するまで、さいとうさんと四方山話。突然、彼女の実家、愛媛県の宇和島のそばの町から、ご両親が移住してきた話は、これは北海道ならではの「入植」的な動きではないかなと思ったりする。

ART MEETS 2001、シンポジウム「アートと市民の出会う場所」は、琴似から少し行った新しい地下鉄のターミナル駅宮の沢から、外に出ないで通えるようになっている、これも真新しい施設「ちえりあ」の会議室で行われた(図書館があることもありにぎわっている)。参加者は若い作家が多い。

2時間しか場所を借りていなくて、しみじみと話が繋がる加藤種男さんもいるので、それでは時間が足りないことは目に見えていた。
でも、1部「対談〜これからのアートスペース」、2部「公開模擬プレゼンテーション」と分けて、札幌では珍しい部類の、会場と近い感じのトークショーだったようで、評判はよかったみたいだった。

2部は、「SNOW PROJECT '02」という札幌雪まつりに、映像を投影する企画がそのプレゼンテーションだったが、説明においてマネジメント部分についてが少なく理念が長かった。そこで、小幡靖さん(7Roomでも映像インスタしていた人)というアーティストのほかに制作する方がプレゼンテーションを引っ張ることが必要だという加藤さんの指摘など、きっと為になったと思う。
私は大きな物語(北海道のIDENTITYとか言うのはナンセンスだという加藤さんの話を受けて)は終わったとしても、小さな物語、等身大の私達が紡ぐ物語の可能性は残っていると、ちょっと恰好つけてみたりした。

終わって、小林重予さんに連れられて、北海道演劇財団が譲り受け道の半額助成(確か1400万円。98年度からの「地域創造アトリエ構想」制度の適用)によって改装されて(総額3300万円ほど)、明日オープニングをひかえた『アトリエシアターZOO』へと向かった。場所は、中島公園エリアのマンション。地下が倉庫になっていたが、その部分を財団に譲渡されたのだ。「中島公園通地域創造アトリエ/扇谷記念スタジオ」と呼ばれるのは、北海道の演劇界で活躍した故扇谷治男さんに由来する(夫人からの寄付があった)。

120席ほどの固定席シアター。平田さんは新宿のシアタートップスが一つのモデルという。アトリエの一つは天井をそのままにして稽古場。3劇団に貸す。年間を通じて話し合ってシェアしてもらうという。1劇団年間40万円。

エントランスに続くもう一つのアトリエは美術のギャラリー風に使うことを想定しているが、もっと小規模のダンスとか、全体を使う企画とかも可能だろうと考えられている。明日からの展示がすでに行われていて、レスリー・タナヒル、八子直子の平面に、小林重予のオーガニックなオブジェが組み合わさっている。

特に彼女がいろいろと苦労した鹿児島県大口市のレジデンスで作った作品は大きくて、存在感あり。
軽い小腸のような管とか、前から知っている素材以外のものも見受けられた。3/7には、パーカッションと踊り(京都の袋坂さんらしい)があって、重予さんのオブジェを持ったりからんだりする予定らしい。

平田さんにすすき野の劇団事務所と大きな稽古場を案内してもらったあと、近くの居酒屋へと向かう。小林さんとは実際に会うのは福岡で会って以来2度目だけど、手紙やメールでかなり知己の関係になっているので、旧知の平田さんと3人でビールを飲み、実に良心的な料理を食べていると、至福の世界に迷い込んでしまう。

この居酒屋の壁は芝居のチラシなどが何層にも貼られて黄ばんでいて、いかにも芝居人が愛用した緊密な空間を構成している。ここは、今回の札幌行きのなかでも、最もディープで美しい場所だと思う。そんなことをして20分ほど遅刻、21時に待ち合わしていたS-AIRの山本さん(旅費などを持ってきてくれていたのに)に悪いことをしてしまう。

2/25(日)

朝、一番で千歳空港から羽田空港へ向かう。ところが除雪に時間がかかり、乗り継ぎ便が間に合わず。全日空に航空券を買うとき大丈夫かと問い合わせて太鼓判を押していたのに・・。6000円追加料金を払ってJALで松山空港へ。

松山ダンスウェーブのとりあえずの締めくくり。バレエフライブルク/プリティアグリィ&ヤミーダンス/パフォーマンス。松山市総合コミュニティセンターキャメリアホール。

23日に違う演目ですでに公演が行われている(どうも地元のダンサーは出演していなかったみたい)。800席のホールで6割ぐらいだったらしい。
24日はワークショップデイ(40人ほども参加して、三好直美さんによると素晴らしいものだったらしい。少ししてから舞台美術のワークショップがある)。

今日は、15時からということもあり、若い人だけでなくかなり年配の女性グループや外国の人たち、ホームステイ先の家族などいろいろ。8割ぐらいだろうが、ほとんどぎっしりな感じ。
大都会でなくて、このような抽象的なコンテンポラリーダンスに600人以上の人たちが集まるなんて、実は日本では奇跡に近いことであるって、ホール関係者や市長はじめ市役所の人たちとかは知らないのだろうなあ。

アフタートークの司会をする立木あき子さんとは違い、私は、ただ鑑賞して、あとの交流会に出席し夜中までバーボンを飲んで酩酊しながらフライブルクの舞台美術の人(セス?)とともに、世阿弥とマラルメの関係を話し合ったりすればよかったので、気楽な訪問。

といってもはじめの松山のダンサーが4人出てきた踊りを観るのは「鑑賞」というよりも、身内が出てきてちゃんとできるだろうか?というどきどき感が先行して、ゆっくりとは観ていられなかった。
詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記200」をどうぞ(もう200本もレビューを書いたんだなあ)。


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