こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.2



17)2/26〜3/1

2/26(月)

松山空港から羽田空港へ。ぴあを買ってどこか美術館に行こうと思うが月曜日はみんな休み(福岡アジア美術館が水曜日休みというのはビルの関係だろうが、珍しいわけだ)。こういうときは、映画!

渋谷のシネ・アミューズ・ウェストでイギリスの映画『リトル・ダンサー』(2000年、111分)を楽しむ。満席に近い。ハリウッドならよくあるサクセスストーリーには違いないのだが、やっぱりイギリスの煉瓦造りの炭坑街(東北部ダーハム郡)にいる労働者とその息子の姿は、渋くて味がある。

よくあるお涙頂戴映画と、ちょっと違うのは、監督スティーヴン・ダルドリーが演劇の演出家でもあることが関係しているのかも知れない。ケン・ローチなどに比べると、その社会と個人との関係はマイルドな様相を呈している(脚本:リー・ホール)。時には機動隊も押しくら饅頭したり、機動隊員の顔を覆う透明のマスクが子どものオモチャになって叩かれたりするユーモアもあった。

11歳の主人公ビリーも、中産階級の娘デビー(でも親父は失業のように家にいて酒浸りだ)も、その母親=ウィルキンソン先生も、みんな社会の重みを背負っていることを、気負いなくきちんと浮かび上がらせ・・。思いきり、涙を流した。

ボクシングを習わせる1回ずつのお金50ペンスが、バレエレッスンに変わる。怒るビリーの父親トニー。
ところが、そのトニーが、息子の踊りを実際に観てからは、がらりと変わって息子をバレエの道へ進ませようとする。裏切りになるのを承知でスト破りまでする。ロイヤルバレエ学校にもついていく。そして。家でじっと合格発表を待つ(私も最近それを経験した)。

バレエの先生であるミセスウィルキンソンに対して、ビリーはあなたもバレエダンサーになれなかった負け犬じゃないかと言うシーンがある。
あるいは、すでに同性愛であることを自覚した友人マイケルがいる。そのマイケルを気持ち悪がらずに、しかも特別な目で見ないで自然と付き合っていくビリー。ビリーがマイケルのほっぺへ返したキスの勇気にまた、ほろり。

駅へ帰ろうとすると大きな本屋になったビルがあった。思わず100%ORANGEのCLASS MATESなどを購入する。あとマーブルブックスというシリーズ。その2冊目はオーガニックを特集していて、バザール・カフェの記事があった。小山田さんとじんじんさんが同じような頭をして写っている。はなに見せようと思う。

17時に田町駅のそばの建築会館へ。18時からのシンポ「都市資源としての公共ホール」の打ち合わせ。司会の井口さんが速報を流してくれたので、それを引用しておこう。(私の同期、上西くんの弟、上西明さんが、奈良に仕事でやってきているという。京都橘女子大学文化政策学部にも寄って話をしてもらおう。)

<以下引用>
《今回の日本建築学会シンポジウムは、建築関係ばかりでなく行政や音楽ジャーナリストの方々など熱心な皆さまが、北海道や青森、大阪などからも参加され、3時間近い充実した議論がおこなわれました。・・・
都市とホールはいかなる関係を持つべきか?という大きなテーマでしたが、行政、企画、経済学、建築というそれぞれの分野の第一人者であるパネリストから色々な問題提起をして戴きました。文化行政の手法について蔵さんから、全国各地の実例については小暮さんから、海外の事例も含めて経済学の視点を佐々木さんから、そして建築と実務の両面から清水さん、それぞれ大変に貴重な内容ばかりでした。
限られた時間の中で、都市とホールの関係の全体像までは議論が進めませんでしたが、パネリストの皆さんが共通して意識されている問題点がいくつか浮かび上がってきました。これから計画されるものばかりでなく、すでにある公共ホールあるいは老朽化した施設についても色々な示唆に富んだ指摘があったと思います。》
1.主旨説明/小野田泰明(東北大学・本委員会主査)
2.パネルディスカッション/蔵隆司(神奈川県芸術文化財団 専務理事兼事務局長)、小暮宣雄(芸術環境研究者)、佐々木雅幸(立命館大学政策科学部教授)、清水裕之(名古屋大学大学院工学研究科教授)。
司会/井口直巳(井口直巳建築設計事務所代表 本委員会委員)

終わってから、ビールを飲みながらの話も面白かった。友人で聞きに来てくれていた田坂州代さんも混じって話した。劇場計画の青池佳子さんなど建築の世界には女性は少ない。第一生命ホールのオープンを準備している箕口一美さんと渡辺和さんにも久しぶりにあった。日本共産党中央委員会学術・文化委員会事務局辻慎一さん、東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻文化経営学専門分野修士課程宮崎刀史紀さんという人とも名刺を交換した。

2/27(火)

この日は、予定が全くなく、「出会い」展を観る予定にしていたけど、渋谷のインターネットカフェでメールをチェックしていたら、2時間近くも費やし、結局、五反田から東急池上線に乗ってとことこ出かけた、久が原駅周辺の散歩だけになった。

でも、とてもいい気分の一日となった。まず、ゆうやけ通り商店街を進んでいると、こりゃあ、童話がとても好きな人が営んでいるなとすぐに分かる本屋さんTEAL GREEN(こがものマーク)があり、さっそくマックロスキー「すばらしいとき」についてを尋ねる。すると、もう2年近く前に絶版になって、ここにも置いていたのですけどいまはないということ。でもマックロスキーの熊の親子と人間の親子がシンクロする洋書を見せてくれる。結局、これは買わずに、福音館書店から復刊された『ねえさんといもうと』(シャーロット・ドロトウ さく、マーサ・アレキサンダー え)をはなの卒業祝として買う。

はなが、実は先週19日に中国舞踊の練習帰り22時頃に子猫が車にはねられているのを同じ部員の子とみつけ、ほっておけなくなる。
動物病院へ運び込んだら、手術をしなければなおらないと言われ、もらい手を探しつつお金を払うことで悩んでいる話を、童話屋さんに話したりする。手術代50万円と言われ、粘って交渉して15万円にしてもらい、カンパをつのりつつ自分も貯金をおろしたりしている。

さきは小さな時治らない猫と死ぬまで一緒に付き添っていて、お墓を作って弔いをしていたらしい。が、はなは猫に触れることさえ、アトピーもひどいこともあって出来なかったという。猫の手術代については社会の厳しさが分かっていないなあと思いつつ、真剣なはな故にまあ仕方がない、社会勉強だろうと聞いていたりする(引っ越しの準備もあって忙しいのに)。

お目当ての『昭和のくらし博物館』(小泉和子館長)は思ったよりもアットホームなかいわいに、ひっそりとあった。庶民の住まいというには、文化的教養に満ちてかつその当時においては裕福に感じられる(私の実家に比べれば)。秋には庭に柿がいっぱいなるという。

でも、お屋敷のように大きくない分、しっくりとしたお庭や台所、ちゃぶ台、書斎(兼玄関)、2階の子どもたちの勉強部屋だった。この印象は学芸員の谷口こずえさんの優しい親切な対応ぶりにも大いに影響があるのは間違いない。
彼女は大阪出身で、武蔵大学(偶然はなのいる江古田だ)日本文化科を出ている、学芸員資格はとっていないという。

家庭看護の展示や、洋裁がミシンとともに入っていった戦後の時代についての研究や展示が、この1951(昭和26)年に建てられたこの家には実に相応しいものだと思った。つまり、ここでその実際が行われたという実感があり、それは普通の博物館では絶対に感じられないものだからである。

明日でこの博物館は2歳になる。たまたま谷口さんは今日が誕生日だそうだ。後で聞くとNPO法人アーツワークスの鈴木さんもここに一度アプローチしたことがあるということ。去年11月に発行された『昭和のくらし博物館』(河出書房新社、短期間で版を重ねている)を買う。

2/28(水)

この日は、はなの自由の森学園高校3年生の卒業発表を見る日。中旬に演劇選択コースの芝居公演は終わっていて、あとは、今日と明日の中国舞踊の発表(今日は一人で踊る曲芸のような「茶碗」)と、つづるちゃんという女の子(嵯峨美短大の混合表現に今春から行く)と共同して展示(『鉄琴家族』)したイラストと詩、そしてインスタレーションだった(絵の具で描いたはなの新作はちょっとよくて、私のCD-ROMのカバーなどに使いたいと思う)。

歩(あゆむ)展をした竹内歩さんのイラストはまとまっているがハイクオリティのものだし、廊下では数人がかわるがわる絵本の朗読をしていて、その読み聞かせに耳を傾ける父母の姿も見られた。そして、ようやく長い旅を終えて(はなの喘息が心配なので医者に行くのを見届けて)、大津へと戻る。

3/1(木)

この日録を2/23からまとめて書こうと思うのだが、JIAMに届いているお便りを読んだりしているとあっという間に時間が経つ。
JIAMにまた研修に来ている多治見市の松田さんと文化に興味を持っている久留米市のスタッフがお昼休みに訪ねてくる。加子母村の森の交流大使が書くコピーや広報誌を彼女に見せると、私が関わっていることが、恐れるようなことではないと感じたようで嬉しかった。

旅行に連れて行った本をここで簡単に挙げておく。
赤瀬川原平著『千利休 無言の前衛』岩波新書1990.1。11年前に書かれた本なので、当時の「現代日本=IC産業世界一 etc.」の様が「十年一昔」の感があるが、それも含めて実に興味深い本。大学のゼミでいつか輪読したいと思う(かなり解説を要するが)。

まずかつての「前衛芸術」(かれはそれから「超芸術」=路上観察へと離脱した)を一言で述べている所。《そもそも前衛芸術とは何かというと、芸術という言葉で代表される美の思想や観念といったものを、ダイレクトに日常感覚につなげようとする営みである。》

それから、利休の茶道具の「見立て」と路上で観察された「トマソン物件」の共通点、打席に立つときに決まってポーズする「リベラ」物件とお茶の「お手前」(たどり着く動作のフォーマット化)の類似などなど、茶道の人たちでは及びもつかない楽しい解説が続く。利休の美意識にある「偶然を待ち、偶然を楽しむ」他力思想を指摘し、さらに「無意識を楽しむ」ことを付け加え。

そして。《利休はいつも臨床的にものごとを考えている。自分から動く、というふうではないのである。じっとしていても、ものごとは目の前にやってくる。そこではじめて自分が対応して何ごとかを成す。秀吉が平鉢と梅を持ってくる。生けてみよという。平らな鉢に生けられるわけがない。しかし利休は立って、その梅の枝をしごいて水面に梅の花を散らす。そのときの利休の意志にはなみなみならぬものがある。しかしそれは意志というより、常に自然を受け入れる利休の体を、平鉢と梅もまた通り抜けて行ったということだろう。》

次に河合隼雄著『心理療法序説』岩波書店1992.2。これもまた京都大学コンソーシアムの講義の重要な参考書になるだろうが、簡単に解説したりするのがもったいないし難しい。かれが京大を退官する記念に書かれた入門書。さわりを少し。

因果律的思考は、しばしば「悪者探し」になり、責任逃れに使われることを指摘し、《・・そのような考え方(=因果律的思考)が、正しいかどうかということではなく、窃盗をせざるを得ない状況に陥っている子どもに、今われわれが何ができるのかという点でまったく無力である、ということである。そんなことを考えるよりも、その子どもの傍に、期待を失わず可能性を信じていることが、遅いようでもっとも早い解決策である、と筆者は考えている》。

広い意味の「art」(=技法)について、つまり河合隼雄が構築してきた心理療法の技法について(ご存じの通り河合はユング派。夢分析を主にしてケースバイケースで箱庭療法なども活用するのが彼の技法である)。その「技法」を、宗教における「儀式」(ritual)や科学における「技術」(technology)と対比している部分が、アーツを様々に考えている(特にここでは「癒す力」としてのアーツ)自分にとって一番興味深い論点だった。

「儀式」は人と神の関係を、「技術」は人と物との関係を司る。そこにある方法(論)はどちらも「決定」であり、基礎的考え方は、儀式ではドグマ(共時性)、技術にとっては理論(因果律)である。
それらに対して心理療法という「技法」は、「人と人の関係」であり、方法も「ある程度の自由度」を持って考えられなければならない。教義のartsも彼が以下に書くようなほぼ同じ「苦しみ」や受動と能動の中間体(「臨床」)にあると思われるのだ。

《心理療法の技法の特徴は、あくまでこのような中間帯にとどまって、治療者も苦しみながらすすんでゆくところにあり、治療者があまり苦しまず、きまりきった方法で行なっているときは、その分だけクライエントの苦しみを増すような、偽技術、偽儀式になってしまっていないかを反省すべきである。》

ねっ、芸術でも「きまりきった方法」をなぞるお稽古ごととか、舞台に上げるだけの市民参加とか、プロと呼ばれるアーティストたちが陥る危険のある自己模倣が、芸術ぎらいをいかに生産し衰退してきたかに思いをいたすと、他人事ではないでしょ?
それに「臨床=先端」を生きる芸術に反応できない自分のさび付いたココロを棚に上げる「権威追随型」評論活動、これも「百害あって一利なし」なわけです(自己反省を含めてあえて書いておきます)。

最後に社団法人企業メセナ協議会発行(オンデマンド印刷/発売はトランスアート)『なぜ、企業はメセナをするのか?---企業とパートナーを組みたいあなたへ』2000.12。大学の講義などで参考論文として使いたいのは、やっぱり塩谷陽子と吉本光宏の文章だろう。それ以外でも、たとえば、かつて池袋西武百貨店にあった「スタジオ200」の意義をもっともっと検証すべきだなあと自分的に思ったりした。

NPO法人アーツワークス理事としては、98年から日産自動車が始めた「日産NPOラーニング奨学制度」を鈴木さんに知らせなくちゃ、と思った。だって「これは、NPOで仕事をしてみたいと希望する大学・大学院生を公募、選抜し、その仕事の報酬として学生に奨学金を支給するプログラム」なのだから。


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