こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.2



11)2/5〜2/8

2/5(月)

16時の約束が15分早く着いたので重森邸(京大正門から3分)の周辺を散歩した。吉田山への階段。暖かくて小鳥が遊んでいる。このあたり週末は節分で賑わったらしい。
主催:重森三玲邸保存会。玄関で声をかけると右手の障子が開いて、重森三明さんの顔が出てきたので驚いた。玄関で待っていると寒いので少し工夫し受付にしたという。

Shimaプロジェクトの第二段はナタリー・ヴィヨ(フランス)のキュレーション。ソウル出身、パリを拠点にするクー・ジュン・ガ(1967年生)の『降りる・潜る』。クー・ジュン・ガは1週間ほど日本に滞在して昨日帰ったという。当初は庭石と庭石、樹木の間に針金を渡して「壊れやすい構造物」を設置するプランだった。

来日して、彼女は一人にしてほしいと言ったのでどんな過程を経たのかは分からないが、その当初プランは変更されている。まず、座敷に座布団があってそこに座って視る。どこに作品があるのかを探す。切り株とか砂とか苔とかを眺めていく。すると、真ん中の3つの山の左奧の「岩」の頭のあたりにもやもやっとした飾りが見えた。初め、内藤礼の綿のようなインスタレーションを思い浮かべた。綿毛のようにも見えるが、きらりと光ったりする。

次に双眼鏡で視てくださいと言われて、拡大倍率の違う2つの双眼鏡で眺める。岩山を登っている遠い所の登山者を視るように、その設置された「飾り」を眺める。10本ぐらいかなと思ったら、188本あるという。お裁縫をするときに使う頭に飾りの付いた針らしい。5種類あって、パンジーみたいな模様だったりする。桃色に水色。淡い、霞のようだ。

最後に、一つだけ置かれているスリッパを履いて、お庭に降りる。ちょっとそこに降りても良いだろうかと思ってしまう。「鶴」の部分の平らなところ(「拝石」というらしい)から、クー・ジュン・ガによってかわいい小物たちを設置された「岩」を望む。中腹とかにもその飾りは刺さっている。ぜいたくな経験。もどって、縁側に座りお茶とかりんとうをいただきながら重森さんと談話。

『Esquire日本版』3月号に、前回のガブリエル・オロスコの作品を写した写真と重森邸の紹介が4頁載っていると教えられたので、帰り、プラッツの旭屋書店に行くと売り切れ。隣の京都タワーの本屋でやっと手に入れる(「週末は美術館へ。ニッポンはミュージアムの国です。奈良美智、瀬戸内でアートの島に遊ぶ。」という特集、700円)。しかし、奈良美智人気はすごい。

2/6(火)

第27回寺子屋トーク、應典院のホール下の会議室。20人ぐらいかな、若い演劇の人が多くて、あとは大阪市教育委員会事務局の大阪市市立中央青年センターの本田さん(「青年芸術文化劇場」主催)や同じく大阪市立こども文化センターの三宅さん、常連でこの場所を支えている人たち(寺町倶楽部)。そうそう、KAVC-TAMを自主延長して展覧会(「記憶の賞味期限」3/15〜18)をする辻さんなども。

『新世紀・アーツ解体新書〜芸術文化はまちを育てられるか〜』。19時過ぎから21時すぎまで。コーディネータの應典院住職秋田光彦さんがぎっくり腰でちょっとしんどそうだったが、それでもいつもより元気がないというだけで(インドに行ったらまたすごいパワーを得て戻ってくることでしょう)キーワーズを白板に書いたり、どんどんリードしてくれる。だもんで、こちらは楽に遠藤保子さん(立命館産業社会学部教授、4月から1年間ケニアのナイロビへ)とトーク。遠藤さんはオールタナティブスペースについて。

フロアーのみなさんにとってNPOにはあんまり興味がない(それについて興味があると手をあげたのは中西美穂さんだけだった)ことを秋田さんが初めの司会で聞いてくれたので、NPO法人アーツワークスのことを話せなかったのは残念。ただまちづくりとアーツという期待にも応えられなかったなあ。ましてやアーツを解体するっていうタイトルには全然行けなかった。

でも「アウトリーチ」のより広い文脈での位置づけをしようと思っているので、少しシニカル過ぎたかも知れないけど、自分としては素直に話せた(芸術NPO法人制度があるから、それを維持するためにアウトリーチが必要になった事実とか)。

NPOとアーツは確執が起きるのが多く、またそれがなければ生きているアーツとは言えないことなどにも言及したかったが、そんな話をするとより参加者は混乱したかも知れない。
北九州市役所の市山さんからその直前に興味深い電話があったこともあって、とっさに「芸術公務員」なんて実におぞましい言葉を使って質問に答えたりもした。京都橘女子大学文化政策学部の資料はどっさり届いていた。

2/7(水)

寺山修司展[テラヤマ・ワールド----きらめく闇の宇宙]。KPOキリンプラザ大阪。小さいときからの俳句や短歌などがぎっしり。文学歴史館のようだ。そのウェットな母子愛世界がいまでもまだ好まれるのだろうが、当時の空気でしか生きられないものが多くて。ささっと駆け抜けようとした。

と、「海のリボン」という歌詞が載っていて、それが歌われているのを見つけて。オイオイ。買うのはもったいなかったが、こんなにリボンがいっぱいの唄も少ないだろうから歴史研究用にCD『惜春歌/蘭妖子』を買う。翌朝、リボンMD第2集として編集していたら、さきにそんな寂しい歌を聴かされたら落っこちてしまうと嫌がられた。

上のホールには、お芝居のいいとこだけのビデオなどがあって、美術装置(自分でお尻を叩く装置とか)や横尾忠則などのポスター(大山デブ子の犯罪とか)はなかなかに見ていても面白い。一番嫌なのはやっぱり音楽かな。
寺山修司ものは90年代に幾度か舞台で観てまことにもって面白くなかった。同時代で体験したり観れなかったのは残念だったけど、新しいアイディアに感心したり集まった多士済々の人達がよかったりしていたんだろうと思う。いまは、何だか遺産を膨らませているようで・・。

第6回OSAKA DANCE EXPERIENCE後期、竹の内淳/じねん舞踏公演“たなごころ”。トリイホールは超満員。7人と二人の演奏者(ひきたま、米良謙介)がステージを占めるので、客席を大きく3方向にとったりできないためだ。より大きな舞台でも上演可能なように創られている。19:38〜21:16。即興ではなくきちんと竹の内によって構成された踊り。

5人はほぼ対等に演出を施されつつ、しかも彼/彼女の個の存在はきちんと浮かび上がっている(竹の内自身は出来るだけ抑えて踊っているように見えた)。さらにもっと深いところからその個的な在りようは揺さぶられ、何かにつながろうとしているようなダンスだった。光開き/藤原康弘(彼のユニット「小さなもうひとつの場所」による別役実作品の上演が今年3回ほどあるのでとても楽しみ)、音まとめ/秘魔神。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」を)

2/8(木)

池上博子さんから、彼女のほかに吉増剛造、中村ひろ実、河津聖恵という人たちが作った『四熊野』という同人誌みたいな冊子が2冊と、彼女の詩集『プレゼント』(白地社、91.12)が送られてきた。彼女は、松山のダンスウェーブなどで重要な鑑賞者兼レビューライターとして重要な人であったが、このたび関西に戻るという。

なるほど、詩人だったのですね。エッセイよりも少しこりっとした文章(「海を見るということ」)を読んでみたりする。またゆっくりとお茶でも飲みましょう。ありがとう。

今日は、明日が早いということもあって、岐阜県加子母村のオガワトモコさんに頼まれた文章をメールしたりして、時間を過ごす。昨日は、松本さんに頼まれた文章チェック(自分が考えた「大阪芸術投影」ってどうだろうか、し・ん・ぱ・い)をしていたし、こんな断片的なことを脈絡もなくやっている。


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