こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.1



1)1/1〜1/4

1/1(月)

いつものように5時すぎに起きてメールをチェックする。
音楽パフォーマーの足立智美さんからは、方法主義第1宣言への私の感想などへのお返事(第2宣言もすぐに入ってきた)。東京の優しい友人はバブル時代を回顧するためにか白銀の北海道トマムリゾート37階スウィートルームにいる。

ニューヨークの塩谷陽子さんからの赤紫に染まったメール画面とか余田卓也さんの数字アート、ヒマラヤから初日の出を観たネパールへ赴任した外交官からなど、正月なのでいろいろ。いちおう、インパクというのもチェックする。広島市の小学校が街角音楽隊というのをやっていたりして、アーツ・カレンダーの紹介などをそこへ送る。

7時になったので、元旦には決まって観るNHK教育の新春能狂言を観る。
今日は金剛永謹らによる「住吉詣」。少年が演じる白拍子の舞は、足の裏を見せるような小さな仕草の繰り返し。かなり独特の小鼓との合わせ方(どうも肩の揺れが気になった)。シテツレの明石の君とかが出てきて、住吉に詣でている光源氏に会い、縁とは奇特なものねといいつつ。彼女が舞いお酒を勧めているうちに、光の君もともに舞う。

でもしばしの間の交情。光源氏は国家の安寧を祈るお仕事中なのよね。だからまた、彼女はしずかに舟で去っていく。舟を、見送るときの遙けさに心奪われる。
あと、BS2でお面が鬼みたいでオレンジ色の装束と黄色の前掛けがエキゾチックな舞楽などもちょっと観たりする。

昼過ぎになって、女房と穴太(あのう)から坂本の日吉大社へ歩いて出かける(帰りは一駅だがJRに乗った)。小さな地蔵堂や神社に立ち寄りながら。小雨も残るが青空ものぞき山栗が売られている。鶴来蕎麦はやってていたが、となりの蕎麦饅頭屋さんは明日からだった。娘の受験のお守りを買う。

1/2(火)

   あか・きいろ あお・みどり
   アーツリボンが風にゆれて まちに結ばれ
   弾むみんなの つるんつるんの心たちへと
   そっと配達 されますように
昨夜、筆ペンで書き初めもどきをした紙をいつものように冷蔵庫に磁石ではっておく。

去年のなみおか映画祭の時に箏を聴かせてくれた小畑智恵さん。彼女からいただいた『鳥のように〜箏曲家・沢井忠夫の生涯』(2000.6、文芸社)を読む。沢井忠夫が1979年創立した沢井箏曲院の会報「形象」に連載したエッセイ、奥さんの沢井一恵、親交のあった作曲家(高橋悠治)、音楽評論家(小島美子、上野晃、中原原理)などによる彼についての文章、そして、編著の小畑智恵(東奥日報社記者)による評伝的なプロローグとエピローグからなっている。

たまたまCD「鳥のように」(KYOTO RECORDS)が家にあったので、沢井忠夫の演奏ではないが、彼の代表作「讃歌」などを改めて聴く。これを買った当時(まだ六本木にアールヴィヴァンがありそこで買ったと記憶している)現代音楽としてはどこか中途半端だと思ったことがあった。

でも、この本を読みながら聴くとまた違った感慨がわき起こる。つまり、邦楽をいかに多くの人に伝え、いまの音楽へと邦楽世界を甦らせようとしたリーダーとしての沢井忠夫の姿をかいま見るからだ。とくに、箏の演奏における失敗談や忘れ物、その前の練習のさまなど、彼のエッセイは身内に向け肉声に近い形で発表したものだけに特に興味深い。

1/3(水)

昨日帰ってきた長女のはなと女房と3人で、大阪野田の実家へ向かう。次女さきは受験勉強居残り組。(5日間だけ頼んだ)家庭教師のお姉さんが来て彼女は金融のゼミだけどメルロ=ポンティが好きだという話などを聞いていたらしい。京大生は宇治茶のバイトが好きでそれは泊まり込みのときの食事がおいしいからだそうだ。

はなは家族3人がすでにはまっている『だれも死なない』(トーン・テレヘン著)をいままさに夢中になって読んでいる。動物占いは結局私はしないままにそのはやりは過ぎていったなあ。はなはこの童話のなかのミミズとホタルの会話が特にお気に入りのようだ。

はなが美津子おばあちゃんに民謡を1曲教えてもらい覚えて帰りたいという。張り切る美津子さん。口移しで、青森県の『鰺ヶ浜甚句』をはなに教える。こぶしを回すところなど楽譜にはない独特のもの(美津子さんが民謡の先生に習ったテープを参考にききながら)で、伝えるのはこうして見本を見せて後についていくような内弟子方式になるのだろうな、と邦楽の伝承についても少し考えたりする。
1時間ほどしてなんとか真似が出来る。いつもより低音を出すのではなの発声練習にもなりそうだ。彼女は東京に戻って友達と三線を少し習うという。美津子さんが押入に一郎おじいさん(私の父)の母親春江さんが残した太棹三味線があるよ(皮は張らなくてはならないけど)と言っていた。
はなが春から行く大学では、フィールドワーク研究として、口移しで各地にいる歌を歌える人達の歌を教えてもらう研究活動をしたらどうと帰り、話した。

はなはこれから学校(自由の森学園高校)の卒業公演として、中国舞踊の発表と演劇発表があって、後者のお芝居では別役実「ジョバンニの父への旅」をするということ。彼女は劇中歌を歌うらしい。はなが作ったメロディーを聴いて、最後を「ド」で終わらない方がいいのではない?とメロディを一緒に最後のところだけ作り直してもらう。
たまたま野田にあった古い歌の本(1970年前後)の中に『赤い鳥』(「つばさをください」の5人組ね)の歌集があってそれを歌っていると、彼等の歌には「ド」で終わらない歌が多いのでこんな所の影響が自分にあるかも知れない。

1/4(木) 

12時からJIAMの新年会。着物の女性は一人。職場に来た年賀状へ、メールアドレスが書いてある人だけ、お礼メールをする。もう年賀状を書かなくなってから10年たったか。初めは、やっぱり自治省の幹部とかから来ると慌てて返事を書いたものだ。
自治省関係はもちろんかなり減っている。私もそうだったが、出世するだろうと思われる先輩には、会ったこともないのに名簿で探して賀状を出したものだ。そういう意味で自治省の後輩からいまだに来ると、私を知っている連中は何かを考えて(つまりお義理ではなく)出しているのだろうと少し嬉しかったりする。ただの惰性かも知れないが。

今年はじめてのおでかけアーツは、京都文化博物館だった。4階で今日から始まった『京都府美術工芸新鋭選抜展』。「21世紀、京都の美術工芸の活性化を図るため、新進作家を発掘し、広く紹介・育成する。作家47人の87点を展示」ということ。京都府・京都府京都文化博物館の主催。出展しているみやじけいこさんの案内があったので出かけたのだ。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」をみてください)

帰り、ヴァージンレコードにて古いシャンソンを探す。エディット・ピアフの2枚組ベストアルバム(没後35周年記念)と、たまたま見付けた、リボンの歌が入っている「黒と赤いリボンRubans rouges et toiles noire」というアルバムを買った。
タイトル曲は、ジュリエット・グレコが独特の低い声で「少女たちの 赤いリボン 女たちの 黒い下着をつけた Des rubans rouges Des petites filles Aux culottes noires Des femmes...」と歌う。


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