こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.1



2)1/5〜1/7


1/5(金)

京都芸術センター通信紙『明倫art』vol.8に「清水克久・重森三明ワークショップ」というのが18時からあるという。スライドで二人から説明があって話し合うもの。

2000年10月からここを借りている清水さんは、ギャラリーそわかで月末から個展を開く予定である。このセンターでは制作する人を募集して選定し無償で使ってもらう。ただ条件として期間中に公開するプログラムを設けてもらうことになっている。

一方、重森さんは、ここで彼が重森三玲邸で始めた「Shima/Islands」プロジェクトのホームページづくりが目的だったという。どうして、お二人がここを使うようになったのですかと聞くと、どちらも片づけることをちゃんとするからということ。いつでも使える状態にあるのは確かに大事だ。

清水克久は、「あやふやな製作態度」と「優柔不断な性格」と自ら言う個人的な資質から生まれる何気ないものへ向けられた「注意」。それが彼のデジカメ写真の作品になっているようだ。上下に並べられた写真のささいな変化が楽しい。北九州のCCAにも研修に出ている。

一方、重森三明は、1986年からはじめたセルフポートレートを風景と一緒に撮っている作品から系統だって自分の作品を見せる。庭が、いろいろなジャンルのものを取り込んでいる存在であること、昔「しま」と呼ばれていたこと。そして庭は時間と季節を取り込むものであることがよく分かる。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記」をみてね)

隣に座っていた扇千花さんから、彼女が1年間持ち歩いている小さな画廊を見せてもらう。なすび画廊よりも格段に小さい名刺入れがその画廊だ。アートスペースライフというギャラリーが何人か(いま3人)にこの小さな名刺入れ画廊をフランチャイズしているのだ。
扇さんの名刺画廊は「art space life/blanc」という。1月はYou Kobayashiの“プロローグと嘘”を展示して、100円で販売している。サインはもう一つの名刺入れにする。2月は清水克久。すでに彼は作品を決めているという。

1/6(土)

去年、應典院スタッフの川井田さんに行きますと約束したのだが、出遅れた。ごめんなさい。弁解をするとここ唐崎は格段に寒くて(昨日ひらひらしていた雪がまたちらつくし)午前からは出にくいのだ。
ということでまた鷲田清一の対談(相手は平井雷太)を聞きそびれる。12時から「見えない学校」というビデオ上映もあったのに。えっと、この新春特別対談&ビデオ上映会の題名は〈“教えない教育”を“てつがく”する〜「する・される」の間には〜〉だった。

はなの高校卒業式(自由の森学園高校の式はサリーとか色々なのだ)のためにベトナムのアオザイを買いにBALへ。今日からSOLDのコムデギャルソンオムで私はシャツ(黄色に水色のビニールの帯が笑える)を一枚だけ買って辛抱。
1階のマリアージュフレールでオレンジの入った紅茶とウーロン茶をオレンジ色の入れ物と一緒に買う。できれば、京都橘女子大学文化政策学部で「オレンジ(あるいはアーツ)リボンカフェ」(仮称)などをやってみようと。
ソフマップにて、デジタルカメラ、SONY CYBER SHOT。のぞき窓がないのはなかなかに新鮮、でもちゃんとプリントアウトするのに苦労する。

美術と美術館のあいだを考える会が発行している月刊『あいだ』を取ることにした(年会費3600円)。59号と60号を読む。山口昌男、山口勝弘、倉林靖の連載はじめ肉声が聴こえる小冊子のように思う。
宮田有香《「内科だった 画廊だった----」ふたたび》の連載を読んで、この前の展覧会に行かなかったことを悔やむ。でもこの文章だけでもとても考えさせてもらえることが多い。
(9日にJIAMに出勤して、彼女が引用していた赤瀬川原平著/岩波新書104『千利休--無言の前衛』を、図書室で拾い読みする。)

1/7(日)

さきが(冬休みの宿題の)書き初めをするというので一緒に遊ぶ。彼女は「りんご飴」、無意味なことばが彼女らしい。みんなは高校合格とか湖国新世紀と書くだろうね。私は「なずななのはな なもないのばな」「夢見る少年には ひとすじの水平線」「新しい荒野に」、谷川俊太郎の詩から。

今日は、信楽の陶芸の森へ行って、現代陶芸作家展を見ようかと思ったけれど、みぞれが降ってきっと信楽は雪が積もっているからやめた。今頃正月のようにテレビを見ている。高校生スポーツは京都と滋賀がどちらも健闘している。

NHK BS2、19時20分からのイラン映画『運動靴と赤い金魚』(1997年)を3人(はなは東京に戻った)で観る。アッバス・キアロスタミ映画を濃厚に思い出させる映画。高層ビルとお屋敷の都会のぜいたくとそっけなさ、下町の共同住宅の優しい水色、お茶入れの素敵。
ただ若干教訓的な感じがあって、偶然に翻弄されるだけで、悪い人がいない。先生がもっとキアロスタミだったら厳しくて「いけず」だ。脚本/監督:マジッド・マジディ。

でももちろん、自転車で父とお金持ちの玄関で呆然としながらも、けなげに「庭師です」という主人公アリはなんともいえずかわいい。アリの情けないような目元が妹にはないが、妹も目の見えない父親を持つ下級生が自分の靴を履いていても何も言えない優しさを持っている。
金魚がアリの豆だらけの足へキスをするように寄ってくる。肉感的な感じが水中の裸足から感じられる。マラソンシーンは大林宣彦監督の「ふたり」と同じようなスローモーション。回想も出てくる。その前のアリと妹との運動靴のリレーの繰り返しが味。


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