こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.1



3)1/8〜1/11


1/8(月、休日)

少し寒さがゆるむ。デジカメで遊んでいると時間があっという間だ。
午前は、NHK教育で、教育映像祭入賞作品を観ている。和楽器を中学の授業に取り入れて地元のお祭りにそれを発表するものや、ガングロが写ってそれが個性なのかどうかというコメントがあってから、デザインについて学習する高校生向きのもの。靴の作り方が新鮮。

少しうるうるして観たのが「ワシントンポスト・マーチ」。身体障害児の男の子のお姉さんが結婚する。相手の男性の励ましと説得で、彼は楽しみにしていた結婚式に無事に出席できるという話。親戚のおばさんが、親戚の恥だし嫁入り前の娘もいるから出席を辞退して欲しいと言いに来たあたりが、パタンだけどありそうだ。
同級生の女の子が同じ目にあって出席できなかったので、彼も出席しなかったと彼女のために嘘をつく。みんなは笑う。笑っているけどそこに厳しい差別があることを女の子たちは知らないんだと主人公は心の中でつぶやく。そのあたりの心境が、複雑でよく描かれていた(教育用という教訓性はあるけれど)。

ちくま新書200(99.5)『レヴィナス入門』。著者の熊野純彦は、倫理学の人。レヴィナスから次のような「倫理の意味」(=他者との関係のあり方)を解読してくれる。
《他者とは私との無限の差異である。にもかかわらず、他者との関係は不可避であり、私はつねに・すでに他者との関係を抱えこんでしまっている。だから、私は他者にたいして「無関心では-ありえない」のだ》。《他者はしかし、絶対的な差異のままに私のうちに食いこんでいる。私とはだから「〈同〉のうちなる〈他〉」である》。
受動的な主体性、皺が刻まれた皮膚、体内感覚(肺が空気に圧せられる)、味覚、触覚(愛撫、エロス)の感受性のあり方、そして感受性が享受や消費だけではなく傷を負うことへとなる(vunerable)展開の必然などなど。芸術を語るときに避けられない今日的なテーマが、レヴィナスを巡ってあることを教えてもらう。

ART COMPLEX1928提携、北村成美ひとりレビュー作品 i.d.30ステージ達成公演。上念宅で公演したときのスナップ写真などがロビーにある。薄暗くスポットライトで照らしている客席、ぎっしり。日本酒がふるまわれる。コントラバスの独奏があって(背の高い河野裕美)18:37〜42、そのあと振り袖のトリイホールスタッフの二人が正座して携帯電話などの諸注意をする。なかなか機知に富んでいる。影絵の樹下有美(たぶん石井アカデミー・バレエ)も最後に挨拶に加わる。

18:44〜19:21。赤いパンツを出して踊るまで(8分)の後ろ姿がしっかりと目に焼き付けられる。横向きになったりゆっくり下を見たり。水が流しに落ちる音。
踏み台昇降、カムバック、缶コーヒーで口紅がぐちゃぐちゃになるシーンをぬけて、影と一緒に踊る感動的なデュエットへ。

顔がぐちゃぐちゃになっている美しさが飛び蹴りになり、崩れていく。息を吐いて髪が動く瞬間が好きだ。無音から、優しいバラードの時間。緩急の付け方が受けとめる方も自然になるのは、もう幾度も彼女のこのダンスを体験しているからだろうか。
影絵を作る幕の内側も通る彼女の巡回駆け足が早くなって。溶暗。

1/9(火)

メールをあけると、昨夜の渋谷アピアでのはなのライブに練馬の佐々木克己さんが行っていただいていた。ありがたいこと、はなの変化を見て聴いていただけたわけだ。
「アピアでの、はなさん高校生活最後のライブにお伺いしてきました。衣装は、南仏の村娘(?)風のワンピース。」
「ライブメニューは、1夜空、2まぼろし、3ある日あの時のその頃のお話、4風に祈りをこめて、5不思議なお話、6炎、7みどりの声、8白い雪」。
最初(99年2月)ここで、はなが歌った歌が「白い雪」で、このときも雪が舞っていたという。佐々木さんが指摘されるように、「まぼろし」「炎」など低音の歌が増えてきて、代わりに少女っぽい高音のメルヘン声からは卒業していくのだろう。はなの16歳の最初の月から17歳の最後の月まで、渋谷アピアにはお世話になりました。

第81回天満講談席。薬業年金会館和室。18:32〜20:59。上方講談は、この月例会以外に定期的に楽しめる場はないのだろう。でも、アーツマネジメントということから考えても、実にしんどいことになっている。今日は、南陵、小南陵がでないということではあるが、20人強のお客さんで木戸銭は1000円。助成が出ているようにも見受けられず、場所代も払っているとすると・・・。
入ると、すでに内弟子の南半球(推測)が、「から板たたき」をしていた。(おあとはアーツ・カレンダー「こぐれ日記」にて、どうぞ)

1/10(水)

最後の紙による「つれづれ日記2000/12」を発送する。送り状は、はなとさきのイラストで溢れている。その送り状の文面を少し引用:

12月の芸術鑑賞(訪問)は38本です。内訳は、芝居7本、ダンスが4本(金満里ソロ含む)。美術6本(「百年記憶」含む)に、音楽伝統芸能が6つ。そして映画映像が3本(TIP COLLECTIONを便宜上ここへ)。本雑誌論文などが8本、それに研究会/レクチャー/ワークショップが8回という具合です。
2000年の全体は、芝居99、ダンス59、美術70、音楽/伝統芸能57、映画54。合計339本でした。バランスはまずまずですが、少し以前よりは少なくなっています。歳ですね。自分も出るトークとかが多くなったこともあるでしょうが。

アーツは続きます。未来もまだ未知の余地を残しているはずです。予知は出来ませんが、見えないもの、聴こえないもの、触れていないもの、味わっていないもの、生まれていないものへと心を寄せる力がある限りまだ大丈夫です、きっと。

OMSの支配人山納洋さんが、去年4月から始めた「扇町Talkin' About」。2/10にはもう100回目になるという。今日は80数回目。オーガニックインド料理店Jaipurにて10人ほどが今日は集まって、専門的な哲学者のいない「実験哲学カフェ」をする。19時半過ぎから21時半過ぎ。

OMSの周辺へのお出かけ企画であり、OMSではできない話題(映画や音楽、旅行に哲学)も話したりすることなら(つまりcafeね)できるんじゃないかという企画(フランスでマルク・ソーテが始めた「哲学カフェ」は各地で100ヶ所以上あるらしい)。マトンカレーとマハラジャビール、ナン(色が付いているものを頼んだ)。参加費はいらない。自分で注文して払うだけ。お店が空いているときにはいいタイアップかも知れない。マスターも話に参加する。

15ヶ所ぐらいのインターネットの哲学HPにこのカフェをPRしたという。内容は朝日新聞「A+1」編集室の廣津尚美さん(関西テレビの早川さん)が取材してくれている・・。
テーマは「堕落するとはどういうことか?」。坂口安吾「堕落論」や「だめ連」、「ソフィーの選択」などの本が持ち込まれていて、ぱらぱらみながら、みんなの話も聞く。いまは、モラルや社会規範が揺らいだり多元化しているので、自分の基準でしか堕落しているということができないもどかしさが、話されていた。

自分は無職で堕落している(マイナスの意味でなく)と思っていた男性。彼は8回もこのTalkin' Aboutに出席して語っているから実はそれほど堕落していないかもと話しながら自省したりする(堕落の堕落?)。あるいはずっと寝続けてみた自分史を語る女性、数人の学生などがいた。山納さんの友人の柿本和雄さんはメールアドレスをみても分かるように昆虫を見つける過程を楽しむコレクターで、モンティパイソンずきだったりする。

堕落している、と気づくと、もうその状態は過去になってしまい堕落とは違う「反省」という心性を生じる。が、気づかないままだとそれは堕落ではない・・。なかなかに考え出すとむずかしいテーマだ。「凋落」、「逸脱」、この辺の言葉と比較して考えるといいのかな。

1/11(木)
立命館大学産業社会学部「アートマネージメント論」のシラバスを仕上げて、インターネットに直接書き込もうとしたら、まだ調整が難航して出来ない状態だった。10日には出来るとなっていたのに・・。その出だしは:
講義内容・テーマ
中心テーマは、芸術経営のなかでも「地域の芸術環境経営」である。もちろん、新しい対象領域でありかつ実践と不可分の流動的な分野であるので、できるだけ幅広い関心をもってアプローチできる入門的講義になるように心がける。したがって、自治体/NPOの文化政策論からのみならず、企業社会からのアプローチ(メセナ支援、広告/消費との関連)や各種芸術ジャンル(音楽、演劇、ダンス、美術)ごとの特質にも触れる(映画、文学などは触りのみ)。
さらに報道/批評に関する環境のありようなど、芸術の生産/伝達→享受/体験→批評/評価→再生産のサイクルを核として議論を展開したい。

授業の流れ(14回まできちんと書くように指示されている)
1)アートマネージメント(芸術経営)への入り口〜定義、学習スタイル
2)アートマネージャーはどこに?〜まちにでかけ、具体的なイメージを持とう
3)「地域−芸術」論〜地域自治体概論と抽象的な文化-芸術論議もやっておこう
    ・・・・・
株式会社パナクリエイトの松本茂章さんがJIAMにやってくる。日本アートマネジメント学会の大阪ビジネスパーク(OBP)での開催のありようや、OBPにて芸術系大学が関わるアートプロジェクトなどについて。3時間以上話していく。できるだけダイナミックに、街の横断するようなツアーをしたりしようという方向で。
私の自宅に寄って、彼が17年前に読売新聞徳島版の1歳の子ども紹介欄にはなを写して載せてくれたアルバムを見せる。彼の奥さんに作っていただいたワンピースを着た小さなはなもいた。それらをデジカメで写しプリントアウトして持ち帰ってもらう。


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