こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.7



53)7/2〜7/5

7/2(月)

真夏みたい。草の匂いでそう思った。下駄履きで大学内を歩くと実に爽快だ。だいたい女性はいまごろ素足でサンダルなのに男だけが靴下履いて革靴だったりするのって、せっかくの夏が台無し。
自分の足の指をつくづく眺めると、いままでの革靴のせいで爪が虐待されていてかわいそうになる、なんとかしてあげなくちゃと思う(透明なマニキュア塗る?)。

アートマネジメント本学認定資格について教務課が打ち合わせたいというのでちょいと意見を言う。適切な認定の単位を決めて自動的にその資格を与えるというやりかたらしい。そうすると実習的なことをどう入れたらいいのか(ぜひ必要だと主張したのだが)よく分からない。

特に夏休みに多い色々な体験(アーツプロジェクトのお手伝いや参加、インターンシップ、美術館やホールのボランティア、JAM Westで活動するなどなど)が必要なのだが、夏だと前期と後期の狭間になりどうすればいい?独自の認定機構を持たないでしようとすると結局私がそれを事実上するしかないということになるのかな。

明日と明後日の授業の準備はいい加減のまま、京阪電車に乗ってトリイホールへ。なかなかきちんとレジメを作ったりすることができない性分だなあと呆れてしまう。

いまごろさきと芳江は立命館宇治高校へ行って退学の話をしているのだろうと思う。・・帰って聞くと、さきはさばさばしたものだったのに、担任の教師が泣き出したという。正規の採用でないままに初担任だったこともあって彼女の成績にさきは悪影響を与えたのだろうし、そのために、さきみたいな生徒が最近の犯罪を起こすのよなんていうかなり危ない発言を少し前さきのアパートでしてしまったりもしたのだろう。二人の教師に対してさきは、島袋道浩さんのような生き方を知って自分も感銘を受けいまはすっきりして生きていけるという話をずっとしていたそうだ。・・

トリイホールのダンスサーカス16。待っている間上念省三さんに大学のことを色々おそわる。自分はアンケートで色々書かれていたので愚痴が多い。少し客席でうるさすぎたかなと反省する。

18:08〜19:08。
とくに有田美香子の挙動に対しては、独特の吸引力を身に受けてしまう。どうもこういう動きに弱い。一番後ろに座って見ているのに、皮膚に直接病原体が入ってくるみたいな感じがしてしまうのだ。
この前のSTスポットラボでも遭遇したダンサーだが、その時よりも数段インパクトが強く「シンプルなのに無限さへと誘う」踊りのように思った。(内容はちょっとしてから配信するアーツ・カレンダー「こぐれ日記239」をみてください)

7/3(火)

京都橘女子大学文化政策学部の必修科目「文化政策基礎論1」(隔週で2講時、3講時あるという変則科目)に、午後の3講時、碧水ホールの上村秀裕さんをゲストスピーカーとして招く。1時間のお話のあと、私と雑談風にトーク。予算のやりくりの仕方など興味が尽きない体験が語られ、私としてはもっともっと聞きたかった。

ブラジル映画祭のポスターを在日ブラジル人のたまり場へ勇気を出して貼りに行く話。そんな時にはテープを持っていて実際に貼ってもらうまでがんばる、と。私も精華小劇場でちょっとだけポスター貼りを体験させてもらった。

いま自分のCD-ROM、はなのライブチラシ、京都橘女子大学文化政策学部の宣伝などがいつも私の鞄に入っているが、これは、電通総研にいた頃の伊藤さんが私に会うとぱっと季刊メセナ誌を鞄から出してくれたことがきっかけだったかも知れない。役人をしていて8年前にステージラボをするまで、そう言えば宣伝ということを必死でしたことがなかった(逆に記者へは情報が漏れないようにするのが仕事だったから)のだった。

彼が作ってくれた「ホールとは?ホールの仕事とは?ホールのスタッフとは?」のレジメや「学生時代にしておくと良いこととは?〜思いつくままに学生時代略年表〜」はとても気持ちが込められたもので、きっと学生たちの貴重な思い出になるだろう。
以下少しだけおこぼれを・・

「勤務時間中だけが仕事ではありません」「仕事のやり方は、誰も教えてくれません」「仕事に自信を持っている人よりも、確信を持って仕事をしている人の方が確実にいます」「ホールの仕事は、日頃の生活や性格や身ぶりが出てしまう、という点で恐ろしい現場仕事かもしれません」「ホールは、法律、条例、規則、常識では割り切れないことが起こりうる場所です」「そして、ホールは、そういう気持ちを持つ状態となった人を受け入れることができる場所です」・・(以上『ホールとは?・・・』より抜粋。

『ホール・スタッフの条件』にもすごく大切なことがいっぱい、たとえば「知らない人に道が聞ける」「約束の時間が守れる。または、時間の約束ができる。つまり、他人の時間を大切にできる」・・

私の講義中いつもは特に目立たない(クラブでベースをやっている)学生が、姿勢良くじっと上村さんを見つめて聞いている姿を見て、ちょっと嫉妬する。
民間の方がよっぽど公共性がある(公立イコール公共ではなく、自分としてはそれをイコールにしていきたい)例として、京都みなみ会館(RCSルネッサンンス・ナイトムービーなどからの経緯)などが挙げられて、こちらも勉強になる。

午前中は試験問題の発表。語句説明は11個伝えてそのうち5つだすからね、と勉強させる方法。もう一つの問題は「公立文化施設」に行ってレポートするもので、どちらも自筆ノート持ち込み可。

公立文化施設に美術館を入れているし、「公立」に国立も含めているのだが、何が公立なのかがいまいち学生にはぴんとこないようだ。これも学習だが、とりあえず聞いてくる学生には答える。先生、お寺ってだめ?単に観光的なお寺観察でこれをすまそうということかも知れないが、確かに境内でのライブもあるし、江戸時代だったら公的な役割をしたかも知れないなんて、彼女が思っていることを超えて考えさせてくれる(もちろん、だめよ、と言っておくが)。

トリイホール、DANCE CIRCUS.16の後半。今日は20時の部、実に満席。大野一雄状態に近い。3方の客席がステージを小さくする。三浦あさ子さんが「トリイホールって踊る方はとても怖い所」とつぶやく。年輩の女性陣(ブラボー軍団もいた)や中年以降の男性陣もいる。

トリイホール入り口に私のアーツ日記CD-ROMがぽつんと置かれている(何だかこれでは分からないよな)。売れればいいんですけど、と大谷さん。
自分が踊ったときの私のコメントや感想を見たい人はいませんか。名前などで検索できます(何だか空しいけど宣伝しなくちゃ)。アーツマネジメントを学びたい学生さん、この中に出てくるコーディネータのことを知っておくといいですよ・・・うーん、誰か買ってください(NPO法人アーツワークスのために!)。

20:09〜21:17。中では、栗棟一惠子のソロが深い陰影とともに心に残った。でも、もう夏本番。踊り狂う感じの人たちを見るのも実に爽快。最後の千日前青空ダンス倶楽部は、いつも裏方でがんばっているスタッフも踊りたいよねという感じでしっかりと情景を作っていたし。(内容はアーツ・カレンダー「こぐれ日記240」をみてね)

7/4(水)

京都橘女子大学文化政策学部アーツリボンゼミも夏休みの宿題(8月まるごと日記。なんだか小学校の宿題みたいだ)を出したりもう最終局面。1週間のアーツ体験報告もみんないやがらずにしゃべれるようになって、成長したなあと嬉しい。で、少しワークショップをしようと、童話や詩集を持ち込んで、みんなはとりあえず好きなのを選ぶ(来週には自分の好きなものを持ってきていい)。

それを持ってピロティへ連れて行き、二人の学生に読んでもらう(たまたま、二人ともブルーナの絵本。一人は普通に自分で読みたい場所を選び、もう一人は、私が遠くからこちらに向かって歩いて読むようにお願いしてサンプルとした)。つまり、簡単な「本を読む」ワークショップをあと2回で試みようというわけだ。結構楽しんでできそうなので安心する。暑すぎるのが玉に瑕だが、冷房の小さな部屋にいるよりものびのびできるのではないだろうか。持ち運べる小さな椅子を来年度はどうしても買ってもらわなくちゃ。

そのあとは、教授会など長い会議が続いた。本当にしなければけないことが錯綜していてこの日録に書くことすらできないほどだ(山科プロジェクト関連として、ホテルブライトンシティ山科のフリーペーパー参画を位置づけることにしたり、試験監督の日時を調整したり)。ちょっと椥辻の近くでビールを飲んで帰る(数人を誘ったが自動車の人が多いし明日の準備とか言われて一人で串を食べて、店の人や客と雑談をする。なかなかこのあたりの人たちも面白くていい気分になる)。

明後日のこと(立命館での授業)を準備しなくちゃ、と思っていたら中西恵子さんから電話。明日よろしく、と私が言ったら、来週でしょと言われた。てっきり、明日のコンソーシアム京都の授業は中西さんに出てもらうとばっかり思っていたら、違っていた。私だけの回だったのだ。ぎゃああ。何を話そうか?後期に話そうと思っていたことにするか、自転車操業も極まってきた。そうだ、14回のうち1回は休講にできるから明日ぐらい休もうと思っていたんだった(そんなことも忘れてしまっていた)!

さきはモロッコ行きは諦めて(パリからカサブランカへの乗り継ぎが心配だった)、ダンス白州(キャンプ)に行こうと言っている。マルセ太郎を偲んで思わぬ盛り上がりを見せているからだ。

7/5(木)

キャンパスプラザ京都。「芸術をまちへ」。今日はまったくマイクに音が入らない。ビデオを持ってきて助かった。少し長かったが(教員がさぼっていると思われないようにしなくちゃ)日本的なコミュニティ・アーツを考えるのに最適なものだと思ったし、2年前になるけれど、夏のアーツプロジェクトに受講生が誘われる気持ちになればいいなと思って「ひょっこり松山」を見てもらう。

岩村原太さんとはいまもよく会っているけれど、桃田のんさんとは久しく会っていない。八木優子さんは、ヘルパーの仕事が忙しいのだろうな。松山のワークショップのワークショップを文化協会主催でやってから、翌年(昨年)は、大阪市の精華小劇場コトハジメで一緒にやったのだけれど、ずいぶん昔のように思ってしまう。

観光会と音・会のさわりが出てきて、受講者の一人もあとで自分のホームページに印象的だったと書いてもらった。社会人の人たちは一人ひとり自分の活動や意見、社会実感があるから、もっとステージにあげてしゃべってもらうといいと今日もイギリスで展覧会をやっているインタラクティブアーティストの話を聞いて思った。

来週が中西恵子さん(障害者と一緒に踊ることを巡って)で、来来週は休講とする。高校生なら休み直前の19日だものね。26日がテスト。キャンパスプラザではリポート提出が多いようでリポートにしてもよかった(人数が思ったより少なかったから)。
が、教務課に追試の問題も渡すと、小林さんから授業風景が彷彿とするいい問題ですねと言ってもらって、ちょっと自信がつく(教員はこうやってほめてもらうのが一番いいのだろう。テストを作って絶対に学生には誉めてもらえないから)。

暑いのだけれど、スーツを着ていて、都ホテルについてからネクタイまでする。森口邦彦氏紫綬褒章受賞記念祝賀会。18:05から。すごく大きな(2000人?)会場。私はスタッフの札をもらってお祝い会費を払わなかったが、みんな会費を払ってぞくぞくと入ってくる。着物の展覧会の案内をもらっている森口邦彦さんという人がどんな人かあんまり知らなかったが、お父さんも人間国宝、そういう世界(繊維業界と工芸界など)では有名な人みたいだ。また京都芸術センター運営委員長ということで、丸井君らが司会をしたり事務局長とかが忙しそうにしている。

代表世話人挨拶。千宗之、45歳。原稿を読むのではなく慣れた挨拶。京都市長は出なくてたかぎという副市長による代読。日本工芸会近畿支部長の祝辞。みんな短くてよかった。記念品は金一封の贈呈。本人の謝辞。奥さんの方が背が高い。二人がご入場というシーンから最後の送り迎えまで、まったく結婚式と同じ手順で笑える。でも奥さんは着物を着て立ったり座ったり(何だろうね、こりゃ)、花束をもらったけど。

パフォーマンス(19:14〜19:54)があって、これは京都芸術センターを使用している若手アーティストという紹介の一環。椅子に来客はあんまりすわらず相変わらずしゃべっている。照明を少しはステージ中心に変えるとかしないと誰も注目しないよな。
まあ、江戸時代の歌舞伎みたいに大見得を切ればいいだろうが。遠藤寿美子さんも(彼女は中でも目立っている)、パーカッションの演奏の途中で立ち上がって松尾恵さんらとお話に夢中。
そんなわけで、初めに現代音楽が演奏されてこれが15分もあって、絶望的にもったいない状態(サックスとかで即興演奏をするような人とか、何かそういう人も練習に入れないとこういう芸大の延長のような出し物はミスマッチすぎた)。

次が砂連尾理+寺田みさこ。7分。初めの宮澤賢治の詩による歌の時は立って踊り、イタリアのメロディにはながかってに詩をつけた歌の時は椅子に座って踊る。これも貧弱な舞台設定でアトラクション風(余興で漫才をするというようなセット)だから、集中して見づらかったが、なかなかにほのぼのとさせてくれる踊りだった。

小暮はなの歌は、インカムつけて(あとで聞くと声が割れないかとびくびくして高い声に移ったそうで)いつもよりも声が裏返って感じちょっと苦しそうに聞こえてしまっていたかも。まあ、自分で動いたり歌の間で声を出したり自由にさせてもらっていい経験だった(あとで聞くと歌う歌の順番を間違ったそうで、二人は即興といえど戸惑った)ようだ。最後、一人になってハミングして帰っていくのは砂連尾さんらに考えてもらったらしい。

黒子さなえのソロは即興。踊ることが無性に嬉しい人なんだということが人目で分かる、7分。ひまわりのいっぱいの花を抱えて、服にも一つひまわりの花が咲いている。バッハのゴールドベルク変奏曲が、2段目でぐっと大きくなり、もう一度ひまわりが彼女の腕に抱えられてぱーっと投げ込まれるシーンはうるさい会場を忘れさせてもらった。

モノクロームサーカスは、出前的に鍵盤ハーモニカで演奏しながら会場を練り上がる。マイクを使わないのに飯田君とちよちゃんのデュオの音楽が、坂本さんと木村君の手をつないだままのダンスを力強く支えていたと思っていた。が、あとで聞くと、マイクが近くにあったそうだ。木村君が脚を少し痛めているとかいうことで、手をつないだまま踊ったそうだがアクロバットな動きもあって見ていてどきどきする所があった。茂山あきらとプログラムにはあったが、彼はいたのに出演しなかった。

さなえさんからひまわりをもらった(パーティの内祝は森口さんのミニ袱紗)が、はなは砂連尾さんらとお茶して帰るというので、一人帰るのにひまわりは鮮やかすぎて私では持って帰られない。それで、はなにひまわりを渡して、ビールを買って帰る。
またまた、芳江に相手をしてもらって飲みつぶれる。

やっとリビングの棚が3Dから届いたので(座布団も丸くてかわいいのが四条のお店から届いていてさきがびっくりしていた)、1週間ぐらいわが家にひまわりがにこにこしていることになるでしょう。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る