こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.6
6/1(金)
立命館大学のアートマネジメント論も折り返し。やっと地域芸術環境論へ。その前に、「芸術投資」(この言葉はまだ市民権を得られていない)についての質問に答える。
芸術に投資するメセナは企業において成立するのか?誰による投資なのか?この投資のリターンとは何か?・・うま答えられたかどうかは分からないが、刺激的な質問が多くやってくるものだ。
應典院へ。秋田光彦さんらと打ち合わせ。11/4〜11のコモンズフェスタの件。大学とのコラボレーションに私のゼミも入れていただくことについて(10日の午後の予定。できればオープニングも)。
さらに、彼女たちの芸術日記を展示することもできれば楽しいねと(私のものもできればきちんと製本してcd-romと一緒に展示したいものだし、アーツ日記の発掘も面白いかもしれない。これは秋田さんには言っていないことだけど)。
さてお芝居を。シアトリカル應典院にはいっぱいの客。ほぼ同世代、学生か少しその上ぐらい。男子もわりかし多い。
見たことのないお芝居に行く。これは外れてもいいのだと思うから、ヒットするとひとしお嬉しくなる。今回の劇団、シアターシンクタンク万化(BANKA)もその一つだった。
だって、19:05〜20:00まで、軽快に駆け抜けてくれるだけで大したもの。
もちろん、変化激しく役者のキャラクターががんがんある部分と、どうも大丈夫かなという役者のシーンが混じったりする。衣装が決まっているようでどこか不自然な感じ。
学生運動から13年という時間、対して大塩平八郎らが辿る13年、それぞれの違い。つまりあの学生運動から13年先、携帯電話ばかりがうるさく人をつなげているリモコン人間世界みたいないま。本当は何も連結していない空しさが着メロとなって宙を舞う。
きっと200年後に、大塩平八郎のような物語を、現代と学生運動をつないで絶対に書けないだろうなとつまらない感傷にふけてしまう。
『捏造 大塩革命伝』、作/美浜源八、演出/小田益弘。近松門左衛門(瀬戸啓充)が物語を書くために、騒乱を幇助する。そんな「捏造」の意図的な意味合いもこめたタイトル。
一筋縄ではないようには思えるが、とはいえ立ち回りもあり、強烈な役者キャラづくり(大沢めぐみがオーバーながらピカイチ)もあって、エンタテインメントの道からは外れていない。坊主で小柄の高橋明文(平八郎役)も個性的。
つまり、革命ゴッコのあとのラムネ。昔のテレビドラマの引用。そしてチェーホフ。メルトモひっかけ。抱擁中の携帯着信ってどんな気持ちだろう。私はもう想像すらできない・・
でも、劇団名は分かりづらいよね。2TBって言うのが略号なの?それにチラシの種類が3つもあるし。オリジナリティが確立してくるこれからが期待できそうだ。
書斎が出来た。なんて快適なのだろう。あとは、椅子を買うのみ。9時にはクリーンブラザーズの川端さん父子(長男の彼は父さんより背が高いスポーツマン)と辻大地さん(クリーンブラザーズのスタッフ)がきて、あれよあれよという間に本棚とデスクをこしらえてくれた。
実に頑丈なしかも安価な木材。薄い茶色が本を引き立たせる。我がアパートメントで一番いい場所になってしまった!芳江が嫉妬する。うふふ。はなは、今日と明日、大学で歌う。リハに余念なし。
神戸駅を降りてKAVCに向かう。いつも警備員に誘導されるけれど、舟券を買う人ではないんですが・・と恐縮して歩いている。学生が入ると未成年だしまずいから案内はできないが、私は向学のため行っておこうかなと、ボートピアと名付けられた場外競艇券売り場?へ入る。
上の方は喫煙。地下は禁煙。驚くほど人が階段などに溢れている。椅子は空いているのだが新聞などの紙が置いてあって座れるのかどうか分からない(もし席がとってあるのなら、まずいし)。
考えてみたら以前競馬場のすぐそばに住んでいたこともあったが一度もギャンブル会場に入ったことがない。自治体の重要な収入源(だった)わけだし、賭け事の公営化というのは文化政策としても重要な論点ではあるのだろうけど。
窓口には若い女性たちが舟券を売っている。自動販売機も多い。はずれた券が床に落ちていて年輩の女性が足で角へ押しやっている。映像で尼崎ボートをやっている。解説する人のことばがよく分からない。集まっている人の中には若い人も少し混じる。女性の比率は5%ぐらいか。圧倒的な男性世界。
ここ(ボートピア)とアーツがかかわることがいつかあるのかないのか。そんなことを思いながら、神戸アートビレッジセンターへ入る。
車がついて町中を移動できるアルビノの象がぽんとおいてある(「二度起こること」)。
旅するアートの歓迎だ。島袋道浩の図録(いままでの活動が一覧できる。そうそう靴に挟まった小石ってひっつき虫みたいな旅をする)がなかなかにいい出来。「見えないところに行けるけど、見えているところになかなか行けない」(図録表紙にあるフレーズ)。アート界の決まり文句(アートは日頃見えない世界を見せてくれる)を踏まえてひねったコピーがふふふとさせる。
旅するアーティストと旅する作品:島袋道浩展『帰ってきたタコ(6/2〜6/24)。23日にゼミ生を連れてくるのでその下見。地下の作品を見るのを忘れた。
ペンでまわりにぎっしりイラスト的に自分がやってくた旅のコミュニケーションアートのさまが描かれている。これを見るとまず学生は喜ぶだろうと思う。
彼は生まれは神戸人だけど、名前的には沖縄の人みたい。で琉球びとってそんなところがあって(「てーげー」)、金城さんだって、きんじょうさんでもかねしろさんでもいいし、もともと「かねぐすく」(「す」は「し=shi」ではないが「si」に近い)さんだったりしたみたいだから。(あとはアーツ・カレンダー「こぐれ日記226」をご覧ください)
えらく時間が余ってハーバーランドの方のNHKが入っている新しいビルをぶらぶら(ここでゼミの帰りお茶するか)。インターネットをしていたら、おじいさんが来て教えてくれと。小泉純一郎のページを出したら驚喜していた。
大阪環状線は小さいときからよく乗っていたけれど、寺田町に降りるのは初めて。生野本通り商店街へ入る。その細い道を途中まで進んで呉服屋さんの角を曲がったところが「らいふ すぺーす102」という藤原さんが住んでいるアパートを活用した会場である。
時間があるので、うろうろ。すると、もう少し行ったところを逆に右に入ったところに堂々とした銭湯があった。自転車で入りに来る人が結構いる。右から左へと「源ヶ橋温泉」と看板が達筆で書かれている(戦前の建物であることは間違いない)。
2階のファサードにはギリシャ彫刻風の女神像が一対。そしてすごいのは、屋根は鯱がこれももちろん一対あて、和洋折衷のおもしろデコラティブ建築なのだ(中はどんなのだろう)。
18時半になったので、宍戸信子さんがドアを開けてくれる。『DANCE&READING LIVE』at:《らいふ すぺーす102》。驚いたのはダンスをする藤原理恵子さんのリビングがきれいに片づけられていて、白い冷蔵庫が置いてあるだけ。これも中に中西恵子が読む本が入っていたり、激しい踊りの後、藤原が顔をつっこんで冷却するための舞台道具となっている。
ソファーやソフト椅子を手作りで作って、それらを1日10円とかでレンタルするという。不用になったシーツや古着を切って布で包んだもの。そこにお客さんは10数人が思い思いに座っている。右手奥がキッチン。
ライブ中4匹いた猫がかわいくないたが、さっそくそれも中西が即興で言葉にしている。ほんわかリビングアーツかなあと思ったら、本格的なダンスであり、谷川俊太郎とか童話の朗読であったり、声と踊りの即興的掛け合いであって、実に充実した時間を過ごせた。
藤原さんという名前をきちんと把握していなかったけれど実は、去年の精華小劇場コトハジメで、巨大な椅子の上にオブジェとなって雨の中ずっと座っていたダンサーだった。客席にはトリイホールの文さんもいて、私のCD-ROMの委託販売についての書類を渡したりする。
一方、障害のある人とのダンスワークショップなどでよく知っている中西恵子さんの朗読を初めて聞いたが、落ち着いた優しい声でとても気持ちが良かった。一緒に歌う二人もなんだか可笑しいぐらいに掛け合いしていて、一定の年齢を経過すると人は型にはまってしまうと言う固定観念は、少なくとも中西さんには適応できないことは確かである。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記226」をみてね)
京都橘女子大学文化政策研究センターのコンクールの件で、わざわざ納谷衣美さんが来てくれる。チラシを作る方は時間がなく、昨年のチラシとかを用意しておけばよかった。100%ORANGEのホームページを見せたらかわいい(確かに鶏の頭のひょこひょこは何とも言えず微笑ませくれる)って。一緒に出来ることを喜んでもらう。清水君も第1次審査員になることについては大丈夫そうだから、問題はPR方法だな。
第6回OMSプロデュース『その鉄塔に男たちはいるという』。作・演出=土田英生。15:05に客電が落ちないままに、音楽。さきたはじめののこぎり音楽が流れる。イメージソングははじめにきよし「雨」。小さな音から始まるのが、あとの布石(戦争の大きな音が突然やってくる:音響/藤田赤目)となっていた。
美術プランは出演もしている奥村泰彦。ジャングルだから鉄塔と木の組み合わせの後ろのジャングルの緑は自然な演出だし、錆びた鉄が味を出している。Tシャツがムラギしマナヴによるということだが、後ろの席だったので、そんなによくは分からない。
音楽や衣装、そして振付(ENTEN)にしても、すごいこだわった人選なのに、さらりと15:08(客電落ちた時間)〜16:39が過ぎる。中身はもう省略するけど、マジックメンズショーの出だしだけは耳にこびりつく。
人はどうして戦争をするのだろう。それも戦争の時、一番怖いのは味方同士の争いや猜疑心、嫉妬や残酷さであるということが、笑いながらびしばし感じさせられる。それは、戦争という特別の状況だけではもちろんなく、あることを他者(他社)と競いながらやっていくあらゆる組織のマネジメントの問題でもある。
北方領土問題のことを思い出してみたり、戦争に協力した岸田國士のことを考えたりもした。戦争忌避のこと。ある面、残酷さが浮かび上がってしまう椅子取りゲームをコメディショーにするというのもなんとも皮肉。
今日は、特別に振付を担当したENTENが5人で16:46〜17:02にダンスを披露した。特に初めの音楽の間に踊る様は、先ほどのお芝居がダンスになって反すうされているような感じが(直前にこのお芝居を観た私には)濃厚で、実に面白い取り合わせになっていた。
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