こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.6
6/8(金)
立命館大学のアートマネジメント論の講義の初めに美術館を扱ったファンキーなビデオを流した。T.A.の板井さんに一度先に観てもらい、それだけで彼女は英語を聞き取って、うまく間あいだに解説を入れてくれた。
そのあと彼女とトーク。日本にはシカゴのように美術館内部の専門分化が行われていないこと。ただ、教育普及の分野の蓄積はかなりあるし、広報を専門に考えるアーツセンターや美術館ホールなどで展覧会キュレーション以外の企画を主に担当する学芸員なども育ってきた話などをする。
たまたま高松市美術館の毛利直子さんの話などもしていたら(学芸員が彼女のようにエントランス催し担当になったりと内部分化する可能性の例として)、夜に毛利義嗣さんに会って偶然の一致だと思った(そして彼が今年高松市歴史資料館に移ったということを初めて知ってまたまた驚く)。
ビデオは、domeに紹介があったシカゴ現代美術館制作の「Behind the Scenes at an Aet Museum」である、20分ぐらい。美術館で働くさまざまな人たちを、中学生ぐらいの生徒が自分で取材し撮影したもの。中学校としては将来の就職と学習をつなげるという観点から関わり、美術館としてはアウトリーチ(教育)の一環であろう。
レストランのシェフやガードの女性、ミュージアムショップの人と並んで、キュレーターや作品管理係、デザイナー、広報担当、最高責任者(館長)が登場するのがステキな視点だ。
日本の美術館やアーツセンター、劇場でもこういう映像を是非作ってもらいたい(うちの学生を使う企画を考えて売込みに行こうかなあ)ものだ。
雑談で、板井さんがウーファーギャラリーの日本語字幕をやっていることを初めて知る。彼女がきちんと就職できないようだと、確かに日本のアーツマネジメント「業界」は絶望だ。
夜にやはり会った朝日新聞の大西若人さんには、狭いアーツマネジメント業界ではなくて、カフェの運営とかすべての仕事や生活にアーツの風を吹かせばいいですから・・みたいな調子で厳しい質問(入学させてもちゃんと出口はあるのですか?)をはずそうとしてはいたけど。専門的になるには修士過程までは必要にこれからなるのではないかと思うから。
メディアショップがあるビル(河原町三条下る)の4階で、島袋道浩の自分のアーツについての解説。小山田徹との対話の形式。そして小山田さんがやりだしたことの簡単な紹介があった。KAVCの「帰ってきたタコ」関連企画。ビールを飲んで、のどかなトークショー。島袋さんって話好き。落ちとか考えてなかなかの芸人。
展覧会がすべてじゃないよなという彼の姿勢がそのまま出ている。タコの話は極力避けていた。展覧会にないものを中心に話している。学生にも聞かせたかった。じんじんさんに久しぶりに会う。ぼくが京都橘女子大学に行っていることを知らなかった。さきをよろしくというとそんなん言わないでいいですよと言われた。さきも居た。彼女がよく描く落書きを自分もたまたましていたので彼女にあげた。
小山田さんのご両親が屋台のマスターになった話を聴く。家族が同じ風景を見ること(私たちは少し見過ぎたので、ちょっと別々に見ないと息苦しいのだろうか)。彼は、はじめて自分の恋人を両親に紹介することができるような風景を作りたいのだという。
島袋さんは詩人って言ってもいいかも知れない。言葉だけで完結できない「旅すること」にまつわるポエム。いや旅するのは人だけではない。旅する様々な生命体、それも海と舟にこだわる、垂水の人だものね。最近は宇宙も気になっている。
個人が出来るアポロ計画。
子どもにいちびる面白いおっちゃんが少ないから、自分がなってやろう。
おしっこをしたくなる場所の写真。原始人もきっとここでおしっこをしたに違いない景色。そこでおしっこをしてみる。
猿には美術があるか。猿に楽しんでもらう美術展の試み。
富士山の頂上は鉢になっていて、エンドレスにぐるぐる回れるから面白い。沖縄のウミンチュの歌に土佐の地名が出ている。
横浜のトリエンナーレで島袋道浩が考えているプロジェクトはかってに船会社を応援するというもの。サハリンにいるお兄さんが台湾の弟に会いに行くという類の現実の物語を探すというものらしい。
19時から21時10分まで。オランダに行っていた雨森伸さんに久しぶりに会う。10月に京都芸術センターで展覧会みたいのをするらしい。じんじんさんに野村誠さん。大西記者、毛利旦那、もちろん木ノ下さん。砂連尾さんにつきちゃん。さきに京子さん。
そうそう、島袋さんは恋人と一緒に仕事の打ち合わせをするらしい(旅費も要求する)。小山田さんもしたいなあと言っていた。
小泉内閣のメルマガを登録する。アーツ・カレンダーの登録数の伸び悩みのことを思う。京都精華大学のメルマガ(環境雑学マガジン)で、「バイオリージョナリズム」という考え方があるのを知る。以下引用。
《バイオリージョン ― わたしたちの住処
「どこに住んでいるの?」なんて聞かれたら、みなさん、なんて答えますか。「京都」とか、このあたりなら「左京区」なんて答えるんじゃないですか。あるいは、「日本」なんて答え方もあるでしょう。けれど、「岩倉川のほとり」とか「鴨川の上流」、あるいは「比叡山から西北にのびる尾根のふもと」なんて、あまり答えないのではないですか。
それはどういうことかと言いますと、みなさん、自然の特徴よりも行政の区割りといった人為的な境界を主に意識して生活しているということです。けれど実際には、「日本国」のなかの「京都府」というところではなくて、みなさんは、バイオスフィア(生命圏)のなかの特定のバイオリージョンに住んでいるのです。当然、そこのバイオリージョンはさまざまな自然の特徴を持っております。その特徴のなかに生きている、そういうことだとまずは考えて下さい。
・・・それから、地域の特徴を作りだすもう一つのものに、気候、風土といった条件、そういうものがあります。気象もそうですが、どういう時期にどの方向から台風など暴風雨がやってくるか、なんてことも地域の性格を決める重要な条件です。》
今日は、芳江が昼間隣のサティの冷房の音がうるさくて駄目だという。それではということで、ミニコンポを買ってきた(私のOAチェアとともに)。これで大工哲弘や和谷泰扶(ハーモニカ)を聴いていると彼女もご機嫌になる(ほっとする)。
なんてことをしていたら、ピッコロシアターに遅刻してしまった。小心故に、ホールへは早く着きすぎることはあっても遅れることは少ないのに不覚だった。遅れて入るのは恥ずかしいから引き返そうかとも思った。
でも観てほんとに良かった。10分間ぐらい冒頭が観れなかったのは残念だったが、ピッコロ劇団が内藤裕敬の作/演出でお芝居をするという姿に接してとても新鮮な感じがした。
兵庫県立ピッコロ劇団第14回公演『雨かしら』。終わったのは21:05。たぶん2時間の作品だろうな。私が入ると、ヘレンケラー役はできないと土佐倫代が演じる俳優(女2)が楽屋で騒いでいた。南河内万歳一座と同じパタン化された演出で、集団による彼女の説得と脅しがにぎやかに行われている。
バックステージ物。98年初演(木野花の演出)。面白いのは、作家(演出家に化けたり舞台監督にもなる/瀬口昌生)が「きせきの人」を現代物にしようかと考えているのに合わせて、遠い郊外に家を求めたいまの日本の家族のシーンがモザイク上に入り込むところだ。
最近の内藤演劇に見られる父親不在の話(「夏休み」からか)。ただここでは母親も娘や息子とまるで会話できていない。4人ともばらばら。娘は似非宗教にはまって手で納豆ご飯を食べている。ヘレンケラーと同じだが、この役をヘレン役の女優が演じないでサリバン先生役の和田友紀が演じている。他方、ヘレンを演じる土佐は、サラリーマン家庭では母親になっている。
雨と言えば結城座での「横顔」がどしゃぶりと電車の中が舞台だった。内藤戯曲には電車がよく出てくる。今回も都心から遙かに離れた支線の終点まで父親が終電で帰るシーンがあった。
小堀純が当日パンフで「自分探し」から「時代探し」に移ってきた内藤演劇について解説している。
ディスコミニケーションのコミュニケーション。
様々な鏡(特に「若手の鏡」が切ない)、これは社会的な鋳型に押し込められた「役割」ということだろう。
ヘレンだけがしゃべれてあとはだれもしゃべれないし見えない聞けないという逆転を鏡の壁で演出する。
終わり方がハッピーエンドを外して自己言及的になっていた。
まるで昼間からビールを飲むだけの日。行くつもりにしていた立命館大学/多国籍音楽サークル出前ちんどん「出前の嵐」(西陣北座)へも行かず。無印良品でテーブルの下に敷く無地の敷物とスタンドを買う。座布団を発注。丸くて結構かわいいものを選んだと思う。
ずっと女房と一緒だった。そんな日がいままでどれだけあっただろうか。そういう意味では有益な日曜日だったのかも知れない。アーツのことを何も考えないでいたし。
はなは昨日、今日とアルバイト。派遣会社に登録して出かけるものらしい。2日で16800円稼いだと自慢している。夏休み、ずっと東京にいて(渋谷アピアのライブも8月前半にする方向らしい)沖縄のお祭りを友達と参加しに行くためのお金稼ぎだ。
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