こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.3



18)3/2〜3/4

3/2(金)

築港赤レンガ倉庫の事務局にて、築港赤レンガ倉庫活性化事業実行委員会が開かれる。これは、大阪市芸術文化アクションプランづくりと同時並行的に行われる、先端芸術の探索的な事業に関わる委員会である。

メンバーは、下田展久、森口まどか、山崎茂樹(大阪市市民局)、西井格(大阪市港湾局)と私。大阪市立芸術創造館館長の乾さんと事務局の中西さんから説明を受け、質疑。
そのあと、弁天町のブラジル人のたまり場になっているブラジル料理店(トロピカル)にて、交流会(ブラジルのテレビが流れ、椰子の茎とか黄粉や小豆の甘くない料理など珍しい世界)。

この事業は《現代美術・音楽(音)専門家を中心とした研究会あるいはそれに類する催しを主催し、大阪における同時代芸術の研究・創作・批評活動の基盤充実を図る》ことがまず第1である。そしてインターネット環境やライブラリーなどを随時整備して「将来を担う人材の発掘と育成、オリジナリティの高い創作活動の振興を通じ、大阪の文化創発力の充実を図る」ことなどが実施要領にうたわれている。

また造語をしてしまったことになる。つまり「文化創発力」。創造よりいま創発だと思っているからだけど。
実行委員会名をここの場所に縛られず、どこでもできるような内容を現す名前にする話が乾さんからあり、大阪市同時代芸術探索・・と私が言い出すと、森口さんから「同時代芸術」って歳が分かるなあ、と言われる。
で、彼女から「アーツアポリア」でいいじゃないと嬉しい提案。「アーツアポリア実行委員会」・・とりあえず、これが実行委員会名についての一つの代替的な案になった。

そのあと「近未来系築港赤レンガ倉庫 Vol.1」を3/24に行う小島剛さんから、現代音楽スタジオの展開についての報告。倉庫を録音スタジオとリハーサルスタジオとして活用する動きは順調であり、6月までは録音スケジュールが入っている。

いまここには、3つの問題点がある。一つは機材不足。二つ目は電力量の不足。これらについては来年度予算(いまのところ1000万円)などから対応が出来る見込み。
ただ冷暖房がない(冬季の録音は凍死寸前になったらしい)という三つ目の問題点は、死なないようにやってもらうしかない、というのが基本(笑)。でも、アーティストサイドで工夫する動きもありそうだ。プログラムの進行も「創発的」にやっていくことが大切だし、それが自然なことなのである。

3/3(土)

今日は雛祭りか。はなは自森の卒業式(感動して泣いたらしい)。はなの母である芳江も卒業式に出て感慨深いものがあったという。途中まで自森の中学校に通っていたさきも出たかったみたいだが、彼女は私と金沢へ行く。
朝、8:10の京都発の特急で出かけると、金沢の香林坊付近を10時半頃には散歩することが出来る。

意外と近い。福音館書店で絵本を眺めつつ、新堅町商店街の位置をたずねたりする。市役所を曲がって、2003年度完成予定の広坂芸術村(現代美術館・芸術交流館)のサイトを柵越しに眺める。まだ何もない空き地(かなり広く、奧に灌木が立っている)だ。そこからタエマチ商店街へと抜けるために細い路を行く。
梅が咲き、小さな橋を渡り、加賀友禅の染屋さん(奥田)の赤いのれんをデジカメで撮して歩く。車通らず人も少なくのんびり。

タエマチ商店街は「100%タテマチ」のキャッチで、100%ORANGEが描いたバナー(ネコと犬の2種類の旗)が軽快に続いている。無印良品に100円ショップ、ボディショップなどが入り、ブティックなども改装されている(さきが代官山で気に入っていたお店やブランドを見つけたりする)。どうしても全国展開する店が入っていくのは仕方がないことでしょうね。

大阪のバーを経営している稲葉高志の個展「SUBASTANCE」。その会場のINFORM galleryを、タテマチ商店街が新堅町商店街に移る手前近くに見つける。しばし彼の鏡をベースにした作品を楽しむ。今回はいつものシンプルな感じとは違い、赤い点が飛び散るにぎやかなものが多い。
画廊の隣にテーブルがあって、そこにも彼の眼鏡の箱の作品や経歴ファイルなどが置いてある。

そこから新堅町商店街へ。一見すると寂れた商店街だが、古道具屋が集まっている上に、ここの昔の家や商店を改造して、感度のいいショップやカフェが点在しつつあるいま金沢でもっとも注目すべきスポットみたいだ(これは市川照代さんに教えてもらったわけですけど)。
店の前のおしゃれな自転車にひかれて小物屋さんに入ると、奈良美智のTシャツが置かれていて、彼が金沢の大学に来たときはここへ寄っていったという。昼飯を食べることにしていた「粋(すい)」の場所をきく(すぐそばだった)。

気になる洋品店(WORK CLOTHES)があり、そこに入るとさきは底が天然ゴムの黒い靴へ一直線。でも、大きくて私がゲットすることになる(6800円、英国ものでいまは製造していないものらしい)。かわりに彼女は英国製のブルゾン(19000円)と、日本製(フランス提携)のポロシャツ風7分袖(9800円)の間で躊躇していたが、結局春に向かうポロを買う。

それから市川さんが教えてくれた粋にて、食事。ベトナムの細いきしめんみたいなランチ。少し塩からかったので、ご飯ももらう。そこの家具は中之島のgraphというブランド?で気になるしつらえ。2階は和室になっている。椅子は柳宗理。そこから、犀川をちょっと眺めつつ、タクシーにて金沢市民芸術村へ。

金沢市民芸術村は(何せ衛紀生さんからずっと聴いていた紡績工場跡のレンガ倉庫群だから)すでに訪ねていてもいいはずなのに、初めてなのだ。広い敷地に驚く。タクシーの運転手(年輩)さんが、ここには「ものつくり大学」の小型版(笑)もあるって言っていたけど、それはレンガ倉庫以外に、造園や仏像などの職人さんの制作学校みたいなのもあるからだった。

あとでレセプションをしたレストランもレンガ倉庫を改築してあるし、奥には、レンガ倉庫ではなく、民家(移築だろうか?)があって、市民の人たちの楽しみで作られた美術工芸展が行われている。実にほのぼのして、そこから眺めるレンガ倉庫の姿にシャッターを押した。

金沢市現代美術館プレ・イヴェントVol.9「21世紀に向けて芸術の新しい在り方をさぐる」。ドラマ工房、アート工房、オープンスペースなどをフルに使って、《シリン・ネシャット展》がオープン(今日から25日まで)。主催は金沢市現代美術館建設事務局。

シリン・ネシャットは、1957年、イラン、カズウィーン生まれ。1974年以来米国暮らし。82年、カリフォルニア大学バークレー校美術専攻修士号取得、現在ニューヨークに在住し制作している。90年、12年ぶりにイランに帰国。途方もないショックを受け、93年から写真、そして映像作品を発表し続けている。

たどり着くとすぐに黒沢伸さんが見つけてくれて、アート工房が会場になる関係で、《荒れ狂う Turbulent》(1998年、10分)は13時半で観れなくなるのでそれからみたらと教えてくれる。なお今回の3つの作品8シリーズものはすべて、ヴィデオ・インスタレーションであり白黒である(男が白いシャツ、女が全身黒の体、髪を隠す衣装)。(詳細はおって配信するアーツ・カレンダー「こぐれ日記」をごらんください)

14時から16時前まで彼女のトークがあり、そのあと着物姿の市長も出席してのレセプション。さきは名刺を持ったえらいさんたちに順番を抜かされながら、やっとシリンにペルシャ語で一言しゃべることができて、とても喜んでいた。

そのあと私達は、ダンス(エスキヌーバ)の喜多尾浩代さんとも色々話し、名古屋からの刃物屋いとうさんの話を楽しんで聞いた。金沢現美の市川さん、黒沢さん、みなさんありがとう。(喜多尾さんは、4月から渡欧し、金沢を離れるということ。今月末にここで、12月はトリイホールにて公演するということ。)

3/4(日)

さきは、昨日ネシャットさんのトークの際に質問していた大学を出たての(帰り偶然電車が同じだった)女性と一緒に(彼女はイェーメンに数ヶ月暮らしたことあり)、三ノ宮のモスクに出かけた。
帰ってきて聴くところによると、日本でムスリムとして生きることの大変さとすごさ、質実さにとても打たれて帰ってきた(礼拝も個人個人が祈っているだけで、お説教とかは少ないらしい。日曜学校の子供達は、みんな手を挙げて答えている)。

イランやアラブではすべての人びとのなかに信仰心があるかどうかわからないが(さきは、みんな信仰心が熱いのに無学故に一部の人たちにだまされて争いをしているのだと説明を受けた)、日本にいるインドネシアやマレーシアなどの人たちや子供達、ムスリムである日本人が、実に静かな目を持ちはにかみやさんであることなどを私にしゃべり続けている。
この前に、日本の子どもに失望したところだったので、よけいに、はにかむムスリムの子供達にぐっときたのだろう。

アイホール演劇ファクトリー第4期生【出荷】公演『瞼の街、君の稜線』作・演出/深津篤史。14:10〜15:53。去年の作品よりも挑戦的な戯曲であり、もう「静かな演劇」ばかりの時代も終わったなあという感慨にも浸ることができる意欲的な演出。

「ラララ」チームが終わって、「ハハハ」チームの公演。ヒロインの木元役、千代貴子の演技が一番の収穫。特に声が気持ちよく、他の出演者がいかにも素人の台詞使いだったりするから、よけいに目立つ。「ラララ」チームの瀬川粋水の演技も観たかった。鏡からガラスへ、「S/N」を思い出す背面ダイブ。

その次に台湾からの裕福な留学生、孫を演じた奥村朋代の素直さも私的にはひかれるものがあった。そのためもあって、もっと、彼女の役割を強くすると、多文化的な視点が浮かび上がり、この芝居の主人公の男とヒロインをめぐる直線的な構成が主題的に複数化するのではないかと思った。もちろん、時間構成や、映画ショットとの混線、演技と実技の不分明さという点ではかなりめんようなものではあるが。

アングラ演劇と見間違うダークさ。瞼を閉じることへのこだわり。民話「鶴の恩返し」を現代の売春を巡る社会へと繋げること。叙情的な語りと殺人?、比喩(白い雪に落ちる一滴の血の花)。
それでも、民話サークル「やまびこ」というかなり陳腐な社会人活動グループを中心に、海のそばの荒れたマネキンの置かれたビルを舞台にして、特徴的な深津ワールドがきちんと転がり出していた。美術の池田ともゆき、奥村泰彦、舞台照明の岡田幸博など、贅沢な布陣である。

帰りに、福のり子さんからいただいていた美術館「えき」KYOTOの展覧会に寄る。日本初公開ポラロイド・コレクション『アメリカ写真の世紀』。ウィリアム・ウェグマンの犬の写真などお馴染みのものもあった。
全体に賑やかでありつつどこか空虚感が漂う感じがする(かつての実験写真の集積だからだろうか)なかで、臨死の人たちを写した写真と、そこに書かれている震える文字を読むときだけ、違う空間がぽっかりあいたような気がした。


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