こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.3〜4



26)3/30〜4/1

3/30(金)

総務省の辞令が11時。外務省の前の桜はすでに咲いている。早く霞ヶ関に着いたので、元郵政省の武内君(中学からのクラスメート)の顔を見に行く(総務省郵政事業庁財務課長)。今だけ瞬間的に同じ総務省になったわけだ。

23年間、芸術環境の研究という面では無駄なことをしていたかも知れない。でもまあ、人生長いから、ちょうどいい具合の人生勉強のための迂回だったとも思う。

ふと、23年前、旧自治省ビルで形式だけの採用面接を受けたことを想起する。尊敬する人は?と聴かれ、何も準備していないからとっさに「メルロ=ポンティ」なんて言い、誰も知らずにしらけてしまったことを思い出す(いや、どんな人かと重ねて聞かれてフランスでフッサールの現象学を展開した人なんて答え、よりしらけたかも知れなかった)。やっぱり、大久保利通とか内務省を作った人でも勉強するのがマニュアルだったのだろうな。

3つの辞令はすべて、平成13年3月31日付で、任命権者は総務大臣片山虎之助(旧自治省の先輩)。実際に交付するのは島津総務事務次官(10年ぐらい先輩になるんだっけ?彼は伝統芸能に関心があって文部省の人たちとつきあいがあった。次官室の窓からはビルの白い壁だけが見えている)。

20人ほどが並んでもらう。私は3枚の辞令と、20年間勤めてえらいでした、という表彰状(私以外で退職する人たちは30年以上の人たちばかりでその人達にはもう一つ賞状が渡されていた)。
まず、滋賀県総務部主監から瞬間的に総務省へ復帰する辞令:「総務事務官行政職(一)10級(大臣官房付)に採用する/10号俸を給する」。次は人事院規則9-8第39条第3号による特別昇給「行政職(一)10級11号俸を給する」。そして「辞職を承認する」というわけだ。

笑えるのは、間に合わなくてこちらから辞職を申し出る辞職願を出せず、辞令をもらってからその紙にサインをした(定型文言なのであらかじめ書いてある)ことだ。あとは、退職金の振込先などを書く。永年表彰状は大きくて筒が渡され、「銀盃」があとで送られるということ。
順序は逆だが、総務省の辞令をもらってから財団法人全国市町村協会理事長小林悦夫さんからJIAMの参与をやめる辞令をもらう。これは30日付。

挨拶回りとかをしに戻るのも面倒くさいので、500円の定食を麹町界隈で食べて(さくら水産、働くおばちゃんたち。そして人手を最小にしてこの値段にしている、税込み)、表参道(南青山三丁目)へ向かう。

昨日から4/28まで、ヤノベケンジの《ビバ・リバ・プロジェクト--ヘア・ヘア--》が、株式会社池内美術レントゲンクンストラウムで始まっていたからだ。レントゲンクンストラウム(レントゲン美術研究所と言っていたっけ?)は、大田区にあったとき(いまより広い空間)には時々訪ねたものだった。一番はじめに出かけたときは、たしか中山ダイスケ展かな。

いまレントゲンは、そこから、周囲にコムデギャルソンのお店やヤマギワ電気のインテリアショップなど、おしゃれ度合いが極めて高い界隈に移り、近くには香港映画まわりのグッズだけを集めるお店があったりしている。

ドアを開けると、真鍮の子どもの頭部がある。でもぴかぴかしたしゃれこうべのようでもあるし、金属マスクのようでもある。そこに金属の「ヘア」が光のように生えている。生えているといっても、頭部を突き刺して首の方まで伸びている(その様子がくりぬかれた眼孔から見える)のだが。
レントゲンクンストラウムのディレクター、山本ゆうこさんがその「ヘア」を下の方から眺めている。何だろうと思っていると、その「ヘア」が伸びてくるではないか。

少し伸びたり縮んだりするスピードを速めたという。他の作品を観ている間に髪の毛の長さが違っているのを観て、はっと気づくのもまた面白いものではあるが、動きを何も知らずに感じられないと少しもったいないということもあるかも知れない。

ドアの覗き窓から中を観ると宇宙服のロボットが生活しているシェルターみたいな部屋が見える。ちり取りがあったりするのがなんともオカシイ。どこに捨てるの?

チェスと言えば、デュシャン。関係があるかないか知らないけど、怪獣などのミニチュアキャラクターがかわいいチェス盤を眺めていると山本さんから注意され、真ん中にある青緑色の鉱石に15cm以内に顔を近づけないようにと。ガイガー探知機つき作品をその鉱石に近づけると確かに放射能を感知していた。

一番感動したのは、彼がローティーンの時に書いた書いた作文、「アリ襲来」。アリが自分たちの命を犠牲にして海を埋め立ててしまって、世界を制覇する話。
つまりヤノベケンジは小さいときに感じたことをそのままいままでやっているのです、と山本さん。

100%ORANGE(man)の小学校5年生の時の作文のインパクト(彼らのHPのnote book参照。こちらは、相手のお家へ訪問する心得=おもてなし、つまりデザインの心)と双璧だ。
もちろん、ヤノベケンジも100%ORANGEも作文を書いたときと全く同じであるはずはない。ただ、その作文がいまの仕事関連で見つけだされることの因果、あるいは幸せを二人は持っているのだ。

大丸百貨店の地下でえちごビールとパイを買って新幹線。午後3時頃にこうして飲むのもまた楽し。すると、隣の女性もエビスビールを飲もうとするのだが、大きい荷物でテーブルが倒せない。私のテーブルに置くことをすすめてみる。隣の人もビールを飲んでいるとほっとするんですよね、と彼女。

なんと、彼女は、いまは東京の劇団あかぺら倶楽部の制作(俳優)をしている天来ひろみさんという人だった。彼女は、宝塚北高校の演劇科を卒業後、近畿大学文芸学部に出来た演劇コースの第2期生として入学した経歴を持っていて、でも卒業後は特にばりばり演劇を続けたわけではなかったらしい。ところが、3年前にいま所属する劇団の公演を観てお芝居をやりたくなったということ。

大学の授業の話や、宝塚北校と近畿大学との違いなどの話を興味深く聞いた。いまになると一番役に立つと思える授業(演劇を再開しようとしたとき、その講義のノートをもう一度読んだという)は、当時の自分にとってはとても面白いものとは思えなかったことなど、私も振り返ると思い当たることが多々ある。
話していると、ひろみさん(旧姓佐藤)の携帯に友人からメールが入って、近畿大学の後輩が自殺したというニュースが伝わっていた。厳しい稽古だったからなのか、人ごとでなく大学生の心理的健康維持は大きな課題となることを痛感する。

草臥れてはいたが、應典院へ。市民交流事業番外編「市民の社会参加の実現にむけて」というトークと話し合い(3〜5人の小グループ内で)があって、秋田光彦さんも活動紹介をするからだ。19時から21時半ずぎまで(それから交流会があったが、私は失礼する)。共催は、大阪市社会教育主事会市民参加研究会(仮称)と特定非営利活動法人関西こども文化協会、應典院の3者、ぎっしりの人。

特定非営利活動法人関西こども文化協会は、親子劇場などが母体のようで、《子どもの「最善の利益」となる教育・文化環境の創造をめざして専門家と市民と子どもの参加》で発足した。専務理事は薦田夏さん。
一方、大阪市の社会教育主事は、専門職として採用されている(大阪市のみの独自の制度)ために、自分たちで講座などの企画プログラムづくりをやってしまう伝統を持つ。

市民(トータルな人格、生活者としての「総合性」)と行政(社会教育行政のプロであるという「専門性」)、NPO法人(ミッションを果たすための「専門性」)のさまざまな関係について、実に広範なキーポイントを抽出しつつ、あれこれ考えさせてもらった集まりだった。専門性といっても、ジャンル別であったり機能的な縦割りでは捉えきれないことを思う。
佐藤章二(地域調査計画研究所)という人がずばずばとコメントをしていた。「社会変革教育」「市民公共事業」・・。

3/31(土)

冬の最後の余韻。こういうときに風邪をひくもの。東京の大学に入学したときのことを思い出す。風邪をひいたままいろいろな講座を欲張って登録しているうちに、突然黄疸が出て、世界が真っ黄色になり、大阪の住友病院に入院(急性肝炎)、半年をベッドの上で暮らしたのだ(フランス語だけ復帰すると成績がよかった、ラジオ講座を聴いていたので)。

西陣・藤田邸に行こうとしてまた行けず。タバルカン/民の謡のみなさんごめんなさい。ずっと、家族3人で(さきは、独立少年合唱団を観に滋賀会館)、大阪のミナミ(ニシ)の堀江界隈のインテリアショップを回って、明かりやテーブルを眺めていたら、あっという間に時間がたってしまったのです。

でも、京橋から新しい地下鉄路線に乗って西大橋で降り、SUMISOあたりまでショップやカフェをのぞいて歩くのは、思った以上に楽しく、収穫があった。ポイントハウスというバリの家具(中古物や使われていた扉の加工)や布を売っているお店が特にわが家にはフィットしているということが判明(アジア物ではアグラもいいお店だったが、少し現代的)。「座布団でのリビング生活」という基本方針を一歩進めていけそうだ。

はなが買ったスタンドは台湾製なので安く(9500円)、でもなかなかのデザインセンス(キュービックスタイルにて)。さきが東京へわざわざ出かけ代官山で注文してきた、ウニコの大阪店も南堀江に出来て、ここもなかなかのかわいらしさ。

堀江がこんなになっているなんて、驚く。もっとニシの福島あたりもなかなかだということ。じゃあ、その隣町の我が生地、野田=玉川だっていいかも(大阪駅からJRで2駅、なんばから地下鉄で4駅目)。いま親が住んでいる長屋もブティックやカフェに改造できるかも。レンガ舗装や井戸(2つあった)、藤棚、路地へ入る門などがなくなったのは残念だけど。

4/1(日)

はなは、京都精華大学の入学式へ。私は、京都橘女子大学の辞令をもらいに。それぞれ出かける。
10時、大南学長より任用辞令。工学畑の方なので、日本の高度成長を生んだ「現場で作り込む」ことの大切さを話された。
また、国際的にみて日本の大学の評価が低いのは、研究の量は多いけれど、大学独自のアイデンティティ、とくに教育にとりくむ確固たるアピールがないからだという話から「大学評価」について。

その後15時まで学校法人京都橘女子学園の話や事務についてのオリエンテーション。初めに、山岸法人事務局長より「本学が開学後数年にして財政的な危機にひんし(1973年度末)、それをいかに乗り越えたか」について、迫力満点に伝えられた。民間企業の新人研修ってこんな感じかも知れない。くたびれたけれど、面白かった。

情報の透明性が私学では相対的に高いように思われる。それは、宗教的なミッションもなく、お金持ちの創始者がいたわけでないからだ。橘の学校法人としての経営は、1902年から、まさしく「自立する女性」への情熱だけに支えられてきたわけで、それが「自立する学校」を目指すというステップを踏む必要があるのは言うまでもない。これからも学校の財務は常に流動的だろうし、大学院の拡充や京都橘高校との関係など課題が山積している。

明日が入学式。そしてクラス別の会合となる。新入生の生活のアドバイスをしてくれるオリター(世話係の上回生)13人のうち5人も紹介されて、週末の新入生キャンプの話をする。河原先生と私のゼミ生が合体しているクラスであるDクラスは27名。Dクラスのオリターは二人とも出席したので、終わってから私の研究室で、少し雑談。河原先生がおいしいコーヒーを入れてくれる。ちょうど納谷さんと清水くんが遊びに来てくれて(アンリ・・の絶妙なケーキありがとう)、軒先劇場や野外ステージなどへも案内する。

新世紀年度初めての観劇。

昨日からすでに、第二回アトリエ劇研演劇祭が始まっている(〜4/22)。祭りのテーマ?《は「クリヤローも笑う」--もっと品位を》。端的に笑いの演劇が集合している。

そのトップバッターは、ベトナムからの笑い声。vol.11『ザ・サウナスターズ』19:11〜20:26。ここの笑いに、もちろん思想性はない。テーマも人情もなくさばさばしているところが好きだ。その分、なんだか燃焼しきれないで終わってしまうこともある(前回の作品が少しそんな感じでした)。作:黒川猛(舞台の役者としては、銭湯の危ない改造をこれもボランティア的にやっている岸和田の消防団役)、演出:ジラフ教授(彼は観光開発会社主任の役)。

今回は、場所設定的にはウェットになりやすい廃湯直前の老舗の銭湯「粕の湯」。それに、東京サンシャインボーイズ「なにもそこまで」や「もはやこれまで」を思い出させるシチュエーションコメディ的困難が待っている。つまり、サウナの扉が開かなくなるってことで。

ただ、むやみとマスクをかぶったドリルマン(宮崎宏康、美術家としての宮崎の、マスクを作る力も侮れない)は暑苦しい。銭湯の三代目を嗣いでいる看板番台(東川原菜緒)は、とんちんかんなテンションを持っている。
なかで一番個性的なキャラクターは、浜の方から来たという礼儀正しく、若くしてカツラの三代目組長、最中忠治(徳永勝則/フリー)だったように思う。

笑いの難易は比較的この劇団としては中級レベルに設定。ウルトラCを狙わないで、手堅い部分で確実な「笑い」を取ったと評価されるだろうが、個人的には気持ちよく笑えて、それはとても健康によかった。


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