こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.5
5/4(金)
はなとひとし君、昨日は奈良見物で今日は京都観光。
京都駅を見たことがないというので駅ビルのてっぺんまで案内。それから、元明倫小学校の京都芸術センターに連れて来たから余計だったかも知れないが、その優しい空間に彼もはなも喜んでいた。
人気のないスロープを歩きながらその窓の配置が微妙に一律でないのをひとし君は面白がっている。
制作室に一人、静かにライフマスクを作っている女性がいた。髪の毛がない人は作りやすい、と彼女は私に言う。「日韓ライフマスク2002」の金明姫(キムミョンヒ)さん。どこかで会ったと言われ、どうも舞踏か何かの関係でお会いしたのかも知れなかったが、記憶がこちらはない。彼女は顔を和紙と韓紙で象ることをしているから、顔についての記憶が鮮やかなのかも知れない。
昨日から芸術祭典・京の総合芸術部門『布・技と術』が始まっていて、ゼミ生にもこれは無料だから見てねと言っているから、早目に観察できてよかった。インスタレーション。竜安寺の庭をひとし君は見たいといっていたけど、まあ砂にある布の設置でちょっと気分が味わえたかも知れない。
映像が投射されたり、講堂を横切ったり大がかりなもの。企画・制作:須藤玲子。アメリカの美術館がコレクションしているものもあった。チラシが置いてある部屋では服なども販売もしていたが、すごく高価だった。
京都芸術センターから、はなとひとしくんを新風館まで案内して別れ、私は、新しく出た『void』(柘植響編集長)をメディアショップ(KAVC/島袋個展の関連企画として、6/8夜に島袋道浩×小山田徹のトークがここである)で買い、その隣のお店scaleでやっと居間の明かりを一つだけ買って帰る。
何もしない日。
鷲田清一『悲鳴をあげる身体』(98.11、PHP新書)。彼の莫大な著作のなかでも入門的でとても読みやすいもの。たとえば、フライと天麩羅との対比を、洋服と和服、フルートと竹笛との関係から紡ぎだしてしまう連想の自在さが嬉しい。
身体、そして芸術とケアについて考えるときにテキストとして学生と是非読み合いたい本である。
章扉写真は石内都『1・9・4・7』。手と足が闇の中から、重なり合ったりしながら表情豊かに浮かび上がっている。
ついこの間書いた文章の注書き(宗教は異界との対話のための「技術」であるから、芸術、学術とともに「創出文化」の一つである技術として分類される、という趣旨のもの)に、そういえば、この本の影響があったことを想い出した。
その関連部分を抜き出しておく。
《宗教と科学との相違をあえて言うとするならば、宗教はどこまでも感覚の技術として開発されるということが一つある。第二に宗教は、さきほどは超自然的という言い方をしたが、じぶんを超えたなにものかへの回路を開くという技術としてあったと考えられる。このことをある宗教学者はこう規定している。つまり、修行や舞踊というのは、「じぶんを超えたものへの回路を開く」いとなみでもあって、そういう感覚訓練の視点からするならば、解脱とは、自己を自己自身から遠ざける技術であり、救済とは逆に、自己とは異なるものを呼び込む技術だというのである。》
昨日は芳江と二人で三条河原町の鴨川沿いに座り、ビールを飲んで薄ぼんやりした月を眺めていた。こどもの日って子どもが巣立つ記念日だねっと話しながら。
昨日、さきの所に行って帰ってきたはなが、さきの手紙を届けてくれた。
そこには「吉田荘に引越してきて、まだ、少ししかたっていないのに、自分がへなちょこだということを痛いほど感じます。私は、これから、もっと、自分のなさけなさを知らなければいけない。・・」なんて殊勝なことが書いてある、BANDE
A PARTと書かれた絵はがきが添えられて。
今日は、『高槻JAZZ STREET 2001』へ、第3回目ということ(横浜はジャズプロムナードって言っていたなあ)。高槻市内18ヶ所で200回以上のジャズコンサートを全会場無料で行うもの。参加ミュージシャン700人以上、去年で約5万人(かなり集計はアバウトだと思うけど)の観衆が集ったという。
キャンパスプラザ京都での講義の時に受講生がポスターを持ってきてPRしていたものだ。同じ講義を聴いている学生に高槻現代劇場大ホールのロビーでばったり会って話をしたりする。こうしてジャズのライブに初めてやってくる人たちが偶然みたいに生まれるのだ。実に地味なことだけれどこれしかないのだろうと思う。
でも、JR高槻駅に降りればどこかにチラシや案内があるかと思ったのは間違いだった。
一度行ったことのある市役所の隣の生涯学習センターへ行き、やっと現代劇場でのコンサート(メインイベント)が14時から始まることを知る(降りるべき駅は阪急高槻駅だったことがあとで分かった)。
無料なので、11時頃から列ができている。13時40分ぐらいに開場した時にはまだ空席があったが、金子晴美のヴォーカルが始まるころには2階席までぎっしりで立ち見も出ていた。
無料と言うことで夫婦連れ、年輩の人たちや普段ジャズを聴く機会のない(昔はジャズ喫茶が結構あったけれど)若い人が集まっている。
司会の女性がまず出てきて紹介。次にサングラスの箕輪代表が登場。高槻市長(奥本?さん)も登壇。
14:15〜15:06は、関西のベテランギタリスト寺井豊と竹田一彦をドッキングした「双頭ギターカルテット」の登場。ベースは荒玉哲郎、ドラム/竹田達彦(竹田親子での登場ということらしい)。
15:21〜16:18。ベーシストである箕輪裕之、派手な洋服と小粋なタッチのピアニスト、岸光晃。ドラムは渋い大曽学がトリオで登場。聞き慣れた曲をまずは3人で演奏して、次にヴォーカルの金子晴美がリズミカルに入ってくる。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記215」をみてください)
あとは、街角のジャズライブの演奏を少しずつ眺めて帰った。
まずは、阪急高槻の高架下で6弦ベースがバリバリなっている(オーソドックスなジャズを聴いてきた帰りなので少し違和感あり)。
商店街にはいると「JK CAFE」でサックスのカルテットが演奏している。道に人が溢れトラックが来るたびに整理するボランティアが声を上げていた。
少し道に迷いながら「STUDIO 73」へ。ここは「えまと慧奏」も6/9(16:00〜)に演奏する場所で、若いジャズメンたちが演奏を繰り広げている。
ビールを飲みながらぼんやり聴いていた、はなの彼氏と同じぐらいだなあと思いながら。
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