こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.5
5/7(月)
昨夜は、少し家にすぐ帰りづらいことがあって(帰ると問題はすべて解消していたのだが)、京阪七条そばの立ち飲みどころ「あ」で少し時間をつぶした。奥の椅子席が空いている。
まずその安さに驚いた。酎ハイとかは200円、瓶ビール(中瓶)が300円。料理も150円から400円ぐらいのものばかり。久留米ラーメンやたこ焼きも食べたかった。
それ以上にすごいのは、お店は「老人の、老人のための、老人による」運営で、60歳以上にならないと働けないシステム。
調理場の男性や女性は70歳半ばぐらいかも知れないけれど、とてもしゃきっと揚げ物や出汁巻きが作られて出てくる。福祉的でなく、ただ気力などは負けませんが少し記憶力は弱くなっていますと但し書きが書いてある。いやいや、私の方がずっと呆けているわ。
授業はないのだが、きっと色々な郵便物が届いているだろうからと思って大学へ行く。「アーツマネジメント」という水曜社にて出版された新著が伊藤さん/中川さんから送られている。
公演の案内も転送が多くて、新しい住所をメールしたり雑事をしていると、学生が初め3人、端所長の講義が終わってからは4人やってきて、わーわーしゃべっている。
熊本に戻って馬刺を持って帰ってみんなで食べた人や、CDを借りていきたいという石川から来た学生。「ダンスセラピー」の本を借りていった高知出身の学生もいる。女子大学でこんなに各地から来ている所はないといつも杉山教授は話すけれどほんとにそうだ。
一人、光の教会の建築家(なんとかたけし?なんて聴くから微笑ましい)の作品を見たいという学生がいて、帰りにアバンティで安藤忠雄の本などを買った。どこからでも芸術へ接近すればいいのだから。
買った本は、『安藤忠雄の美術館・博物館』(美術出版社、01.3、BT/99.7の増補改訂版)、『安藤忠雄 建築を語る』(99.6、東京大学出版会、98年に東大大学院で行った5回の講義をまとめたもの)、『建築MAP京都』(98.1、TOTO出版)、『建築MAP大阪/神戸』(99.6、TOTO出版)。
京都橘女子大学に行って研究室を訪ねてきた学生とだべったりしている。木村俊郎じんじんをカフェの紹介冊子で知っている学生がいたのでビデオを見せる。じんじんさんを呼びたかったらバザールカフェに行って話してきたらとそそのかす(週末から丸亀市だなあ、彼は)。
絵本が作りたい子、福祉施設でボランティアをしたい子(山科青年の家を紹介したらさっそく出かけていった)、タレント事務所のオーディションで合格したけどこの大学に来た子(親睦会で天然のコメディアンみたいだった)など。
黄金週間が過ぎて少しずつ学生の顔が現れてくるのだろうね。ヘアスタイルが変わった子が目に付く。
やっと全面的に改訂し細かい情報はインターネットに移ったP.A.N.PRESS vol.33が発行された。原稿を1月用に書いた「踊りまわり(3)〜リボンと童話」のコラムが年度を超えて載っている。
そこに、岡山のデビットホールでのかなもりゆうこ展のこと(つき山いくよが読んだ「誰も死なない」のこと)を書いたが、その展覧会が映像の撮影場所、京都で開かれた(芝居は再演だけど、展覧会はなんというのだろう、再展?)。
『かなもりゆうこ展〜美術の時間』、ギャラリーそわか。入ったところの部屋には写真が6枚一組などで展示されている。ビデオ(90分の大作だ)の1シーンなのだろうけれど、その色彩の統一感はやっぱり美術家だなあと思う。動いていても、止まっていても構成のきちんとしたところは変わりない。
2階にも写真がある。地下にはスライドショーになっていて、スティール写真が自動的に映されている。少しコンピュータ加工があって、ビデオ作品の予告版みたいでもあるが、暗いところでそっと見るもう一つの作品ということでもあるのかも知れない。
奥の部屋が会場で、1日に4回上映される。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記216」をみてね)
見ていてふと、まなみちゃんのお兄ちゃんはいまごろどうしているのかな、と思った。
山下残君は「BT」5月号に出たり作品を考えたりしているのだろうけれど。
時間があったのでビールを飲みスタミナラーメンを食べてからアートコンプレックス1928へ。すごい人で驚いた。京都の暑い夏事務局がやっている『Edge 2』だ(19時半から21時過ぎ)。関西の注目すべき2組が出ているし、ファウストやマントソーも見物だからだろう、大勢の人。立木さんの顔も見える。
熱気と先ほどのビールが効いてきて前半の最後の方は体力の限界と闘っていた。そのあとの休憩で少しクールダウンして、また最後のマントソーで熱くなる。
ヤザキタケシ『ケッテンショウキ』24分。演劇的な構成が見事な作品。松本芽紅見が初め黒子で途中からデュオになる。二人ともかっこいいシャープなダンスを見せてくれたが、ヤザキのソロには痛々しい操り人形の苦悩があったように思った。
エディット・ピアフの巨大人間が最後に入れ替わる。
フレイ・ファウスト『ONE BUBBLE』。クラウンみたいなラップのズボンおじさん。フランス語や英語、日本語を音として使っている。大きな旋回、かっこいい。リズムにすべて合っているからこの8分間というダンス時間が、ぴったりだ(これより長いと少し飽きてしまうだろう)。
黒子さなえ『populus・poplars・populorum』22分。東山青少年活動センターでこの前デュオで見た作品がソロになっている。どんどん発展しているようで嬉しい。主題から変奏曲になっているようにも思える。
初めはなにも使わないソロ。次に、紅い明かりを体に当てる。体への殺傷の暗示があるようにも思えるが、見え方の複数化という文脈から考えることもできそうだ。3番目は長袖Tシャツを脱いで、それと踊る。
3拍子のアコーディオンが流れる。床へ。床との戯れ。
休憩の後、またフレイ・ファウスト『ALONE(TOGERHER)AT LAST』10分。素顔。ゆっくりからまたダイナミックな旋回ダンス。フィギュアスケートと似ている。最後は光の輪のなかで踊る。
ヴィンセント・セクワティー・マントソー『PHKWANE』。朗々としたアフリカの声。アフリカに人類の故郷があることを圧倒的に示すダンス。圧倒圧倒、そして感謝。初めは仮面人形とかアルカイックとか、おっさんの面構えとか思っていたが。
少し前に読んだ本。(原題は「仕事としての芸術」ARTE COME MESTIERE)『芸術としてのデザイン』ブルーノ・ムナーリ著、小山清男訳。1973.2、ダヴィッド社。単にジャンルとしての「デザイン」領域だけでなく「生きた文化」「生きている芸術家」についての、本質的なこと(=「生きることのデザイン」について)が短いエッセイのなかで述べられている。
たとえば
《・・わたしたちは、見る人が作品の中へ侵入できる余地を与える必要がある。そういうことの可能な作品を、“開かれた”作品と呼ぶのである。
・・・もう“閉じた”芸術作品には、あまり興味をもたないのだ。その意味があまりにはっきり決められた芸術、決定的な、ものの一面にだけ限定された芸術は、今日の人間を分離させ孤立に追いやる。そこには実際の参加はほとんど含まれていない。その芸術家の固有の見方と一致しないものは、すべて追放されなければならないのだ。しかし開かれた芸術作品では、人間がその心の状態に応じて、芸術作品を変形することのできるような範囲まで、深く参加するのである。》
京都橘女子大学文化政策学部で丸1日過ごす。
色々新しい動きもある。文学部の大学院はもちろん拡充されるし・・。同僚の河原さんや金武さんがこの日録を読んでもらっていると分かって、何だかこそばゆい。学生も読み出すのだろうな。
今日はゼミを土曜日の観劇にしたので、ゼミ生などがぽよっときていろいろ勝手に漫画読んだりチラシを見たりしている。
池上先生の授業は、ラスキンとモリス中心。芸術を生活に導入することで、新しい世界を開くことができる、そのことは伝わったと思う。
続いて行われたTA/小池さんのミニレクチャーはロールズの社会正義論だったので、これはなかなか難しいけど(比喩は分かりやすいのだが、それと漢語の多い説明とを結合するには時間がなさすぎ)、まあ、すごいこと(極めて本質的な倫理学であり法哲学でもある)を1回生から教えるものだ。
午前中は、キャンパスプラザ京都で『芸術を社会へ〜「癒す力」』の4回目。前回に続いて中原昭哉さん(国際芸術療法学会会員)のお話とピアノ演奏。多くの人のリクエストに応えて桑田佳祐のTSUNAMIや宇多田ひかるのfirst loveなども交え、ジャズのスタンダードやドビッシー、シューマン、ショパンの名曲入門。
「パルス」の大切さの指摘もあり、音楽療法にまつわる音楽の構成についても少し触れてもらう。いつもびっしりのイラスト入り感想を書いてくる社会人の方は、昨年の大津市民会館でのお芝居に出た人で私もその舞台を観ていたことが分かったりする。
京都橘女子大学事務局の久保教務課長も、写真などを投影したりMDを流したり、大変なのに熱心。それは彼自身が「癒される」からだと言う(そういう授業は希有の存在だろう)。
帰ると臨時の仕事が待っていた(昨日から学科主任の青木先生から打診があったので1日だけは心の準備をしていたのですけど)。その同じ日にC-WAVEの総会(5/29.30)があり、私の話を聴きたいというリクエスト、残念だけれどまたの機会にしてもらう。
これは門川町の河野事務局長からの電話だったし、是非早く別の機会に宮崎などの南九州に行きたいものだ。夏休みも少しずつ日程が入りつつあるけれど、うまく各地域のアーツセンター、芸術環境めぐりをしなくちゃと思う。
京都橘女子大学文化政策研究センターへの来客が二人。武藤課長とともに会う。13時半かっきり到着。そのお二人は、大阪シンフォニカー交響楽団(「大阪シンフォニカー」に「交響楽団」が新しく付いた)の、今年から音楽監督に就任した曽我大介さんと、楽団運営事務局長の敷島鐵雄さん。
ここは、94年頃域創造レターに、河内長野市のラブリーホールでの市民オペラの情報を載せるときに、ほんとに「カー」なのとみやちゃんに聴いたことがあって(ドイツ語だっけね、教養のなさがばればれ)、それ以来気になっていた。
曽我さんは1965年生まれ。30代半ばの人が芸術監督になることが日本でも始まったのはとても嬉しい。演劇などでもこうなっていかなくちゃいけない(経営監督は少し年輩でもいいです、念のため)。敷島さんのお母さんが21年前にこの交響楽団を作ったという。何だかそういう話も関西的で楽しい。
でも、大阪府市から事業助成以外はもらっていないから、センチュリーとかに比べるととても経営的には大変で、だからアウトリーチやいろいろなポップスとの融合なども熱心なのだ。
曽我さんとしては交響楽団の拠点を去年堺市(政令指定都市になりたいということも関係がありそう)に移したところでもあり、文化の経済的効果などの研究などを京都橘女子大学文化政策研究センターなどでできないだろうか、という。彼も時間があればここへ話しに来るという。
武藤さんと私の話レベルだし、京都市交響楽団にも話はしなくちゃいけないけれど、事務局へのインターンシップとか、私のゼミ生の卒業制作のなかで、オーケストラの団員を山科の街角やカフェに連れ出して交流することとかが生まれればとてもハッピーだと思った。
久しぶりに中京青少年活動センターへ。表さんから、私もアーツマネジメントを勉強したいと声をかけられてびっくりする。表さんなどは、西田さんと一緒にゲストスピーカーとして学生に教えてもらわなくちゃいけない人なのに・・。
結局、大学というところは、どちらが教え、どちらが学ぶという一方的な関係だけでなく、このときは先生、別のときは学生という交互の立場変化をこまめにすることだなとつくづく思う(役割を安易になくすということではなくて)。
ウィングス京都、地下の音楽室。椅子は10個ぐらい。若井博人『小さいダンス公演2001 その参』19:35〜19:59。本当に小さい2つの作品。でも考えてみたら、初めの作品は無音でなんのしつらえもなく19分間も踊っているわけで、それはすごいこと(一概に小さいとは言えない)だと考えることもできる。
「月と夜と哀しみ」。始まりから核心へ入り込むダンス。体の内部の深いところが動き出す。
まずは、腰から下の脚の重心の移動にこちらの意識が集まる。すると、大きな上を向く腕と頭の位置が特徴的なポーズが現れる。
ここから彼の全身に向き合うことになった。
完全に床へ横になるまで。小さなダンスの「大きな」時間。
筋肉の緊張から床への信頼までが描かれている。
「君ノ声ヲ探シテ」。ギターの人が静かに音楽を奏でる。若井博人もピアノの椅子に座っている。シンプルな音だが、それとともに踊りがあることの安心感がひしひしと感じられる。と、素早く顔を撃つ手、突発的に。
一瞬の痛さがギターと混じり合う。
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