こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.11



95)11/26〜11/29

11/26(月)

ホテルエクセル岡山のフロントで聞くと西大寺高校までは30〜40分かかるというので、路面電車で岡山駅へ行き赤穂線に乗る。ところが、踏み切り事故があり東岡山駅でストップ。これだったらはじめからタクシーで行けばよかった。

何とか(学校の校門へたどり着くのは結構難しい。すごい荷物を入学課から託されていることもあって)、10時に西大寺高校に着く。あらかじめ連絡していた大山典子先生に合いたい旨を事務局に告げる。すぐに分かって2階の進路指導室へあがる。廊下で待っていてくれた大山先生はうちのゼミ生の大森さんの担任ではないが、夏休みに修学旅行アンケートを渡して書いてもらった生物の先生で、どうも大森さんは彼女は優しいので紹介してくれたようだ。

小野恭子先生が大森さんの担任だったのだが、すぐに大山先生が小野先生を教員室から連れてきてくださる。小野先生に大森さんは高校の文化祭で会ったようで、大学がとても楽しいと言っていたということ。実は、二人とも話していられたが大森さんはおとなしくて一人暮らしができるかどうか心配していたらしい。應典院の本堂で彼女たちが(堂々とはいえないが)ちゃんと人前で発表している写真を見せるととても驚いていた。

持ってきた資料は進路の先生に見せてもらえるということ。小論文試験の写しも渡す。文化政策という学部があるところが日本にはあるのか?という質問もあった。10時半がすぎ、小野先生が授業になるので、ここで席を立つ。

紅葉のきれいな西大寺駅で30分ぐらい待ってから岡山駅に戻る。案の定、宇野駅に行く電車はなくて高速バスに乗る。こんどはゼミ生西岡さんの卒業した玉野高校だ。目指した校舎が中学校でここで道を2人の人に聞いてやっと目指す高校に到着。彼女の担任で教務課長の三宅典子先生(国語)は、この時間を振り替えてあけて持っていてもらっていたのだが、10分遅刻して13時10分から30分間、三宅先生にお話をする。

やっぱり西岡さんも言葉数が少ないタイプで、友達ができるかどうかとても心配だったということ。こちらとしてはゼミでも3人のペアでチームを作って楽しくやっていることを伝える。
三宅先生は国際科を受け持っていて、プレゼンテーションを重視していること。この高校は特にうちの大学では英語コミュニケーションに興味を持っているようだったが、文化政策学部との併願も可能なことなどを話しておく。昨日アートファームの大森誠一さんから玉野高校には岡山県高校演劇では有名な橋本先生がいるということを聞いていたら、彼が国際科長だった。会えなかったが、演劇部で活躍している生徒にもプレゼンテーション入試という道があることを伝えてもらうことにした。

思ったより早く帰宅。すると学術振興課の谷川さんから16時頃に電話が入っていたとのこと。電話すると、イラストの優秀賞の生徒に高校名を教えてほしいと宅急便を出したのに返事がなくて、どうしたもんだろうか?という。新聞に高校名を出すためもあるし、失格にしようかという検討もしているという。私としては、もし高校名を出したくないということならばそれでもいいんじゃないかなあ、とも思いつつ、もう少し待ったらと話して電話を切る。

11/27(火)

今日は、大学に行くとイラストコンテスト優秀賞の生徒の高校名が分かったので(福島県立会津女子高等学校でした。締め切りとしていた昨夜の23時半に彼女からメールが来た)、なんとなく一段落。

TAM研は代表の佐藤さんが珍しく風邪で、7〜8人ぐらいが和んで座っている。衛星や電視遊戯科学館の手伝いをしている安藤きくさんがバイトの面接で連絡がないと怒っていた。左手が不自由な分を明るさと勝ち気で生きているのだが、なかなか仕事を見つけるのは大変そうだ。

そういえば、中本さんはずっとTAM研のメンバーだと思っていたが、今日初めてノートに記入したな。あと、中嶋さんも入った。メンバーは増えるが毎週様々な人がふらっとくるので、事業をするときはどうしたらいいのか?京都橘女子大学文化政策研究センターの主催事業が飛び込んでいて、これのお手伝い(できればTAM研から有志がトークに参加)をしてもらいたいのだが、帰郷する学生や中本さんのようにライブキッズとかいうイベントで忙殺しているメンバーもいて、果たしてどうなることやら。

阪急西宮北口へ行くのに山科から珍しく新快速に乗る。二人がけの席に一人荷物を置いて座っていた女性の横に座る。日記と日録の添削をしていると、大阪までですか?と彼女が尋ねる。はあ。一緒ですね。学生さんですか?いえ(この帽子がそう見えさせたのだろうが、びっくり。あとで話を聞くと彼女は極度の乱視だった)。先生ですか?はあ。・・・。

どんどん彼女が私のことを聞いたり自分のことを話す。あと5年ほどで定年。大阪府庁に勤めているがずっと土木の出先ばかり。でもいまは寝屋川水系の関係で面白い。夫も府庁づとめ。大田房江知事は知事校舎から大阪城を見ているだけだから大阪の実体は分からないだろう、とかいろいろ。途中からちょっと変だなあとは思った。今日は長浜に行って気分転換になったというから、じゃあ、明日からはまたお勤めですね?と最後に話して、電車は大阪駅に着く。いえ、私は躁鬱病で病欠です、と別れ際に明るくぽつり。階段で後を振り向くと彼女の顔が突然とても寂しそうになっていた。

西宮甲子園ライオンズクラブ35周年事業/平成13年度障害者の日・障害者週間関連事業‘NEW LIFE PARTY 2001’『ART PARTY〜すずかけ絵画クラブのアウトサイダーアーティストたち』。「あふれる才能と芸術性の高さで評判が高い すずかけ絵画クラブ その11年の痕跡の中から作品約80点を一挙公開」。

12/2までだし、最終日には中西恵子さんと宍戸信子さんによる「コミュニケーションダンスパフォーマンス〜すずかけダンスユニット」も登場する。だから、初日に見て木曜日の「癒す力」の冒頭に受講生にお話ししようという気持ちが強くて、西宮北口すぐのアクタ西宮東館6階の北口ギャラリーへ来たのだ。

ところが、この軽い気持ちは、初めの舛次崇(しゅうじたかし)の「植木鉢の花」を見だしてぶっとんだ。エイブルアートとかという範疇ではない強さがある。あえていえばアウトサイダーアートから出発して、きちんと現代美術に参列している平面作品である。いや、現代美術というジャンルに吸収されているというのは誤解を与えるかも知れない。なんと言ってもいい足りなくて、いう必要がない必然としての芸術がそこにはあった。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記292」をみてね)

帰り、京橋の駅前で、ゆっくり動いているパフォーマンスの男性に会った。珍しく私も足を止めてゆっくり見ていた。もりいずるさん。終わって、大阪市立芸術創造館のウィメンズパフォーマンスアートのときに紙をもらった人だということを、彼から言われて思い出した。どこかで見覚えがそういえばあった。ちょっとサービスしましたと言われて、ふふっと嬉しかった。

11/28(水)

ゼミは一番出席が少なかった(15人中11人)。こんな日に限って学生による授業評価のアンケートがある。やっぱり気になるのでちらりと読んでみると、外に出ることが多いのでお金がかかるという感想が多い。もっと近場にしてほしい、と。

昨日あまりに感動したので、昨日手に入れた『風のうまれるところ』(98.6、小学館)にあった、はたよしこさんの文章をゼミ生たちに読んでもらう。彼女たちに読んでもらうと、読めない漢字があってそれを解きほどいたりできて、自ずから日本語の勉強になるだろう。カタカナ語については、知っているかどうか確認して、日本語としての英語(フランス語・・)起源言葉の学習にしている。

数ページのなかでも、その意味が彼女たち自身では解説できないカタカナ語がいっぱいある。たとえば、カオス、モチーフ、フィードバック、コミット、エモーション・・。もちろん「able art」の説明と知的障害、精神障害、身体障害のありようのことも読む前に簡単に解説。伝えることが多すぎる。自分たちで学ぶ姿勢を身に付けさせることが大切なのだが。

教授会(11/20の選考の判定会議)が16:30からだったので、その前に京都橘女子大学文化政策研究センター運営会議で私が担当することになったセミナーの案を考える。
以下が、そのダミー的案(30日には、具体的に来年の2/22.23に開催する方向で調整が進む。制作は下心プロジェクトの上田假奈代さんとオフィスバッテラの中西美穂さんに頼もうという腹づもり。次の日、つまり2/24の中京青少年活動センターのトークショー司会とうまく連動する形にしないと死んでしまう)。

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京都橘女子大学文化政策研究センター公開セミナー
    関西女性アーティストファイルvol.1
   〜「文化政策」が息づく芸術の傍らにあるために〜

【趣旨】

京都橘女子大学では今年度に文化政策学部を設立するとともに、合わせて日本の文化政策研究の拠点として文化政策研究センターを設置し、すでに広く社会に開かれた活動を開始しているところである。特に、都市政策に文化の視点を確立するためには、まちづくりや生活に芸術の自由な表現を取り入れるための研究調査を行うことがこれからの重要な課題と思われる。

したがってこの活動の一環として、現在注目されている関西独自のコンテンポラリーダンスやポエムリーディング、フォークソング、メディア美術などの各分野から、新しい表現と環境を模索している意欲的なアーティストをピックアップし、その表現や活動が持っている文化政策的な意義やアーツマネジメントにおける課題をフランクに語る場を設定することとする。

このシリーズでは、旬のアーティストのなかでもとりわせ関西では女性アーティストに注目したい。もちろん女性アーティストが男性アーティストと組んでいることも多く特別な領域を構成しているものではないから男性アーティストも登場するが、トークやデモンストレーションでは女性の表現者が置かれている立場や活動を継続するにあたっての苦労など、マネジメント的な目線も重視してこのファイルを充実するように心がけたいと思っている。

【概要】

芸術を女性が仕事にするとはどういうことなのだろうか?アーツマネジメントとともに女性の芸術表現創造者の顔を知りたいというのが、この企画の基本的な動機である。

そのために、いま旬の女性アーティストたちのライブなパフォーマンスや展示、トークなどを通じて、京都をはじめ関西で息づき創出されつつあるアーツの力を、まちづくりや生活デザインなど文化政策学的に考察し触発しあうことを試みる。

【進行方法】

アーティストのパフォーマンスあるいは上映のあとに、本学文化政策学部教員と学生による素朴な疑問、どうみたらいいのか分からない点などを、本学アーツマネジメント担当小暮宣雄と出演者、芸術ジャーナリストなどとともに、できるだけフランクで楽しく解説することとする。過去の映像なども交えて、日頃現在形の生きた芸術には触れたことのない人たち(特に中年男性)がこれならまた足を運んでみようかという気持ちにさせることを目的とする。

客席からの発言も取り入れ、できれば「相談芸術」的なフィードバックも可能にする展開も場合によっては面白いかも知れない(鑑賞者の意見によってパフォーマンスを変えて行ってみるとか)。

そのなかで、ホールや美術館、画廊にとどまらず、まちなかや野外、あるいは芸術施設ではない場所とか個人宅へと芸術を出前する「アウトリーチ」の持つ現代的意義が見えてくるような方向を常にコーディネーターは心がけるつもりである。

【場所】

京都府京都文化博物館別館(中京区高倉通り三条上ル)

11/29(木)

今日のコンソーシアム京都は、友達感覚で小林昌廣さんを紹介して始めたこともあり、かなりライブな楽しみに満ちた『芸術をまちへ〜「癒す力」』になったと思う。それにしても彼の早口を予告し覚悟してもらったこともあったけれど、どんどん話が具体的になり楽しく学生たちにとても興味のある事態が展開するので、問題がほとんどなかった(もちろん少しはついていけなかった受講生もいたし、笑いたいのに次に行ってしまうので笑えなかったという苦情?もあり)。

ちょっと、嫉妬するぐらいに面白かったし、特に美学を専攻していていままでの講義に批判的だった学生が一番納得していた。いままで何でも「アート」となっていたことへの彼女の疑問に、小林さんがヒントを与えてくれたというのだ。

つまり、‘これは「アート」といいながら「デザイン」ではないか’という小林さんの自問がそのままペーパーにもなっていたように、話している人の思考過程、ためらいを聴けることで自分の疑問は疑問のままあっていいのだという彼女の安心へと繋がったのだろうと思う(確かにちょっと悔しいな)。

来週は「岩下徹のダンスセラピー」という話になるが、今日は「ヘルスケアと臨床(する)芸術」というお題で、甲南大学を休講してもらい、午後の神戸女学院に間に合うように心配しながらの小林節です。いつも通っているのにまだ美容室では音楽関係者だと思われている「肉体関係」研究者、小林昌廣。髪の毛が多いからかぼくと同じぐらいの年齢とは思えないなあ。

まず「臨床」(床に臨む)=bed sideの説明。彼が医学部出身ということがあって、医学の実例は分かりやすいし知識が豊富で勉強になる。

臨床とは「現場、現地へ出かけて本人とコミュニケーションを取ること」なので、医学以外にもいまは色々な分野で使われるようになった。臨床哲学、臨床倫理学、臨床経済学(うちの織田教授は「臨床まちづくり(学)」なんて言っていたっけな)。
そして、小林さんが始めた臨床芸術学。作家の話を聞きに行ったり、制作の風景を楽しみながら、芸術を解体していく。さらに芸術と名付けられていない「アートぽいもの」を求めていく。

そこから「応用芸術学」という道筋も見えてくるわけね。
これは、言い方は悪いけれど「そういう広い意味のアートを使う、利用する」こと。つまりアートをプロデュースしてアートの可能性を広げることにもなる。

例として姫路の井野病院(大塩駅下車)の階段の壁などを京都造形芸術大学の学生たちを集めて美術した実際を話してもらう。階段が暗くてリハビリに使っているのにそれではよくないということで病院側から話があったという。
壁に大きな「観音様」を書きたい学生がいて、まず病院事務局が反対した。

開かれている病院でもこういう反応が起きるわけだ。そして医療側も反対。でも、患者さんには評判がいい。蓮の花も何も死後の世界というわけではない。仏教が生きている人に向かっていないいまの問題が社会に反映しているだけなのだ。患者中心になかなかならない部分も浮き彫りにされる。たとえば、見舞客がいやがるというのだ。

あと、アートの臨床例として病院デザインに手すりが上下2本いる話など、バリアフリーやユニバーサルデザインのことも出てきて、さすがと思う(私がまっさきに原稿を送った本が出版されたら読んでもらいたいし、彼とも本を作りたいものだ)。

彼が得意なのは、身体デザインだ、臓器移植、身体変工(タトゥーやピアッシングなど。そうそうガングロの追跡調査をしなくっちゃ)、ME。
そして、「義肢」のこと。

義肢を扱う京都に特に多いのだという。小さな子どもなどは、成長に合わせてずっと作り続ける必要があって、もちろんオートクチュール(一点生産)なので、とても息の長い職人芸が要求されるそうだ。「アーティスティックな才能と人間的配慮、人間解剖学的知識」が要求されるとても大変だがこれからもっともっと必要になる仕事だ。

CUREからCAREへ。患者だけを対象としない「配慮」の方へ。self-care、自分のことを気遣う=気づくこと。
いろいろな話があったが、人間工学的にすごいものに「椅子」と「車」がある。そしてこれからは二つが合体した「車椅子」!。
大野一雄が車椅子に乗って踊ったけれど、車椅子のデザインが最悪だったのね。これはなんとかしなくちゃ。・・・だんだんとダンスのあとのアフタートークみたいな感じで、あっという間にお昼になった。

大学へ出かけてぼんやりしていると、うちのゼミ生、最後のプロジェクト「山科芸能文化祭」担当の植田さんと西岡さんがやってきて、私の研究室のパソコンで作業を始める。大変なのは、12/10に登場するお年寄りさんたちの演目調整なのだ。演歌が多いのだが、演目がダブる場合がけっこうあってこれはばらける必要がある。それに学区を同じにしないようにという配慮。そして男女の取り合わせ。

マジックがあって、これは学生たちは見たいという。ゼミ生自身の出し物も必要で、これは翌日(30日)に渡里さんと前田さんが良い提案をしてくれた(紙芝居!なのね。これをいかに音楽など入れて演出するか!がんばれ)

あまりにもプログラム配慮要素が多すぎる。それに名前などが読めない(旧漢字だったり続け文字だったりするからだ)。格闘する二人(翌日には今度は展示担当の河田さんが格闘していた)。18時から始まった公務員ゼミ(学生支援課主催)から帰ってきてもまだやっている。

あまりに熱心なので、また「たぬ喜」で寿司でも食べようと二人をさそったら、こんどはこちらが休みで「うさぎや」が開いていた。前にT.A.のみなさんと食べた大きなテーブルのところでちょっと食事をした。たぬきとうさぎはお互いに心を通じ合って交替で休んでいるのだろうか?椥辻の不思議がまた一つ出来た。


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