こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.11



89)11/5〜11/8

11/5(月)

昔、ヤマハ音楽振興会(少し財団名がいい加減だが)にいた大村京子(現在は武濤京子)さんとは私が財団法人地域創造にいた頃によくお会いし、振興会主催の勉強会にも講師で呼ばれたりしたことがあった。その後、通産省のパートナーの関係でアメリカに住むというところで音信が途絶えていた。それが、思わぬところで今日会うことになった。

《さて、昭和音楽大学音楽芸術運営研究所では、平成12年度より、『アートマネージメント教育と人材養成に関する共同研究』を実施しております。これまで我が国の34の大学及び大学院が行っているアートマネージメント教育の実態を、アンケート、聞き取り、資料分析等で把握してまいりました。
《このたび研究協力者の間から、研究の精度をさらに高めるため、実地の調査を行う必要があるとの意見が出され、それに基づき、特色あるアートマネージメント教育を行っている大学を訪問し、アートマネージメント教育の基本理念、シラバスや教材、授業や研究の実態等についてうかがわせていただきたいと考えております。つきましては、貴大学を下記の日程、メンバーでお訪ねいたしたく、よろしくご高配のほどお願い申し上げます。
《訪問者は、共同研究者:美山良夫 慶応大学教授、小林進 宮城大学教授。本学関係者:武濤京子 専任講師、駒屋朋子 助手、中村周 生涯学習センター職員(合計5名)》

ということで、5名が来橘。うちも池上部長、青木教科主任、中谷教授、木下専任講師とともにうちの学部の説明をし、インターシップの話などさまざまに意見を交換し歓談した。

昨日行けなかった石野が日記を持ってきて、彼女も應典院へ行きたそうなのだが、用事があって出かけられない。そこで私が、應典院に届けることにした。

ただそれまで少し時間があるので、烏丸御池駅まで行き、10/31から始まっていた『ひと・アート・まち〜エイブル・アート近畿2001』(ろうきん市民社会貢献基金きょうとプロジェクト)の会場を4カ所のぞいた。京都芸術センターまでは行けなかったが、そこをじっくり観察してきたコンソーシアム京都の受講生、早川さんから夜に感動のメールが来ていた。

私はまず、元京都市立龍池小学校の2階講堂へ。そこには映画「花子」の主人公、今村花子の絵画が展示されているのだ。勢いがあるタッチに彼女が障碍者とかいう意識もなく見ている。この小学校の門から入る感じがエイブルアートの入り口としてとてもふさわしいなと思う。昨年だったか、京都市文化博物館で同じような展覧会があったが、どこか居心地が悪いというか、お澄ましした感じがあり、今回のようなまちなかの閉校や町家の画廊の方がずっとすてきだ。

龍池小では、もう一人、福井県在住の吉田ヨーゾーによる立体作品があり、これも完成度の高いオブジェ群だった。廃墟や死んだ後の自分たちの姿を優しく見守っているような感じがする。雨はやんだが薄暗い町並み。その町並みに、あと3つの画廊を探して歩く。

境町画廊も町家を改造したしっくりした画廊で、ここには山科区四宮で酒谷佳子さんが主宰している「アトリエ・ウーフ」の人たち(障碍のあるなしにかかわらず創作できるスペース)が展示されている。画廊にあるのはいずれもアーティスト的な完成度云々よりも楽しい感じが強いもの。同じく、姉小路画廊では、昔すんでいた大津市唐崎の共同作業所で展開している「アトリエ地空」の粘土オブジェなどもある。

里見有清堂画廊には、弱視の玉谷進の写真がある。光を感じることの大切さが写されているのだろうなあ。瞼に映る暖かさと触感からくる光、そこから生み出される光景。光の触感、「光触」ということばを考えている。

應典院に寄ってから、難波へ。
DANCE CIRCUS.17。トリイホール。待っている間に、荒木瑞穂さんが石川九楊と吉増剛造のパフォーマンスのチケットを持ってくる。彼は九楊さんの弟子になったみたい。大学の卒論をワープロ化するいとまがなかったのが幸いしたみたいだ。最近中西理さんと隣り合わせで演劇についてしゃべることが多くなった。彼は東京とこちらを良く知っているので、少しレクチャー会とかを催すのも面白いかも知れない。

さて、五組のダンスが始まる。20:10〜21:18。みんな充実した10分少々だった。ある面、この時間ではもったいないような気持ちがやっている方もあるのか、踊りながら溶暗することが多いステージでもあった。落ちがないのがコンテンポラリーダンスなのかも知れないし、落語もこんてんさんになると落ちはいらないのかも知れなかった。

1)ポポル・ヴフ「はじまりについて」、2)星野里佳」百日目「、3)金谷暢雄「こんてんさんまいり」、4)yum「perfume」、5)Ca Ballet「カルナバル」の5組。詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記284」をみてね。

11/6(火)

京都橘女子大学は、カメムシ(カメムシモドキとかいうものかもという学生もある)の大発生。隣の木下さんはいまどきの学生が騒いでいるのを内心憂いている。東北ではこの現象は大雪の知らせだという言い伝えがあるそうだ。急激に寒くなると室内に入ってくるらしい。
昼過ぎから研究室ではTAM研がにぎわっている。カメムシもご一緒に。

午前中は行方不明騒ぎにちょっと冷や汗。樋口よう子さんが送ってくれたはずのコンテスト応募封筒は結局大阪の中央郵便局にあった。表と裏を逆転して配達しようとしていたというが、とんまなできごと(ほんとかなあ)。大学のミスだったら大事だったけれど、それはなくてうちの事務局は信頼できると嬉しかった。

提案(作文)の方の予備審査をするが、4人のメンバーがすでに得点を1〜5までつけていたので選考は容易かった。高校生の部では優等生的だが個性がない作文の評価がみんな低かった。一般の部では関心の違いで点数が異なることもあったみたいだが、これも、順当なところに落ち着いたようである。それぞれ10数人が通過する。こんなに集まったことだし、一次審査通過の人たちを公表してもいいなあと思うぐらいだ。

審査が意外と早く終わった。岸和田市が135億円もかけてホールなどの生涯学習施設を作ったが、その運営についていまになって長期的なビジョンが欲しいと助役あたりから調査の依頼があるようだ。

けれど、文化施設を作った段階で調査するっていうのは何とも空しすぎる。でも、乗り気な教授もいるし、それにソフトだけは啓蒙的になってよくないとこの前ハードの文化施設の必要性を説いていた教授もいるから、そういう感じの先生たちに担当してもらったらいいのかも知れない(私はなるだけ逃げていたいが、文化政策についての行政評価論としては反面教師になるかも知れない)。

今日もダンスサーカスがトリイホールであるし、アザーサイドではふちがみとふなとが犬のJONと一緒に出るというし、色々あったのだが、どうも人数が少なそうなはなの拾得に顔を出す。結局、10人だったが、はなとおなじ砂連尾=寺田ワークショップのメンバーふたり(一人は写真をとっているもときさん)や高校時代のクラスメート、それに京都精華大学の版画の4回生の人(芳江がPRしたという)も来てくれていた。

小暮はな、19:08〜19:40。鳥になる日、風のうた、黒いエナメルの傘、みどりの声、卵プリン、くらかけ山の雪(宮澤賢治)、蚊(C.S.ルイス「さいごの戦い」の中の言葉付き)、夕暮れの雲が〜、君に捧げる唄、夕日。MCが少なかったが、それも仕方がないかも知れない。北原千晶さんのお客さんが中央に5人ほどいたぐらいのなかでは、まだ彼女は無理だ。

「くらかけ山の雪」は季節的にもぴったりで、しみじみとレスタティーボ的に歌って私もよかったし、アンケートも好評だった。砂連尾理さんらと合わせた「夕暮れの雲が〜」だけ、西欧クラシックのメロディなのでちょっと接合が難しい感じがした。でもあとで店長のテリーさんが、こぢんまりまとまらないでもっと冒険したらとアドバイスしてもらっていて、こちらも嬉しい。テリーさんが三連符を使ったらとか、8分の6拍子の曲はヒットするのに最近ないとか色々教えてくれていた。

GHOSTというグループでも活躍していて、ソロでもエフェクトを使ったギターがアバンギャルドな北原千晶さん。渋谷アピアでは年に1、2度みたいだが、はなの高校1年生の時の歌も聴いてくれていた。

貫禄のある歌い方のバリエーション。冒頭、ブリッコ声と深い(少し怖いと言えば怖い)声、それに囁きの声が、一曲中に短冊のようにして歌うもので、ある意味「演劇的」な人だなあと思う。腕を出すあたりはダンス的でもあって、4姉妹のうち、一人は芸術畑ではないが、あとの3人はみんなアーツ系、彼女以外にもダンスでオランダにいたり美術をしていたりしているという。

出身の長崎で遠藤ミチロウに連れられて初めてライブをしたというのも面白い話だ。
ギターの弦を擦ったり、胴を叩いたり。そのなかでは、轟音になるギターの音が一番好きだった。

2曲目からはタイトルがきけた。ふらふら。イヌワシのように。のびあがるもの。星くずのセレナーデ。束になって(ふかぶかと歌ってなかなかいい歌。グループの曲でもある)。破壊(大作だ)。水晶の舟。向こう側へ。夢を見て。風を呼べ。19:49〜20:48。

11/7(水)

午前中は自主ゼミ。10日の予行練習を前田=和田=渡里の應典院2組が自発的にみんなを集めてやっている。アトピーが出たり目が悪くなったり、心配な学生もちらほら。急に寒くなるし、体調の管理が教員も含めて大変だ。

大阪教育大学大学院で芸術計画コースにいながらレン・コーポレーションの仕事もし、自分たちで映画企画をしている後藤さんという女性が訪ねてくる。映画のプロデューサーといえば、佐々木さんの友人、元Swichの松田広子さんを思い出す。結構長く話していた。

2002年度のパンフレットの撮影。といっても人間ではなく私やみんなのフィールドワークのノートなどが欲しいのだと入学課の小川さんが言う。それでみんなの後期日記を借りる。ちゃんとつけている集団と全然手もつけ切れていない連中とに分かれている。やっぱり提出日までにまとめて書こうとするのかなあ。なかなか習慣を身につけさせるのは難しい。

今日は教授会もなく文化サロンで文化情報などの話があっただけ。高校訪問を教員もすることになっていて、私は高松の帰りに岡山で3校、うちのゼミ生が出ている高校などを回ろうと思う。でも、営業の人みたいでちょっとプレッシャーがある。

早く帰る。寝不足だからだ。明日は芳江の53回目の誕生日。午後はお袋からもたらされた奇妙な(というと失礼に当たるが、普通ならまず購入して行くことはないもの。つまり、郵便局の簡易生命保険がお客さんに提供する座長芝居のお弁当付き観劇)ものを見に行くのだ。

11/8(木)

久しぶりにコンソーシアム京都で講義をする。いつもはゲストの話を聞いて少し質問をするぐらいだから、一人だけでいるのは不安定なものだ。また、OHCの明るさをちゃんとすることができずしょげてしまう。

内容的にも、化粧療法のあとなのでつなぎは難しい。京都芸術センターのように今日で終わる所もあるので「エイブルアート近畿」展示の話をする。受講している早川さんが感想をメールで送ってくれていたのでその話から入る。

前回の日比野先生の講義でも、高齢者施設を訪ねて化粧を行うことでの心理的な効果の事例が印象的だったことから、野村誠さんの老人ホームでの共同作曲の課程について、メセナ協議会の広報紙「メセナノート」で連載していた彼の日記を教材として、話を進めていく。

このなかでプロセスを大切とするアーツのこと、コラボレーションやワークショップのこと、文中に「コンテンポラリーダンス」みたいだという表現があったので、舞踊の基礎知識などを話していく。

そして今回、抽象的だが伝えたかった一番のことへとすすむ。
つまり、市場に任すべき芸術と公共的社会的投資が必要な芸術の峻別のベースになる加藤種男発案の、鶴見俊輔由来の考え方の芸術分類の一つである「先駆的芸術(先端芸術)」と、それによって甦ってくる生活の直接の喜び(個人の心の自己治癒力を促すもの)としての「限界芸術」の大切さへと、自然と持っていこうとしたわけだった。

でも、アーツマネジメント論を積み上げながらここまでいくのとは違いばら売りで話すので(当初は2回続く予定だったが日比野先生のご都合がありこうなった)理解しずらいのは学生のせいではないことは確かだ。

市場芸術、伝統芸術(の一部)、応用芸術(芸術療法も一応含めて考える)などの間接価値的行為と、エイブルアーツに関わることにもなるこの「限界芸術」など生の直接価値的行為との比較は、それでもあとの感想を見ると自分であれこれ考えて納得している学生もいて、逆に感心することしきりであった。

野村誠が老人ホームで行った活動は、先端芸術家である野村さんが、老人たちの限界芸術能力を再生し引き出していく過程を先駆的芸術と限界芸術とのコラボレーションとして行った軌跡であると言える。

「エイブルアーツ」もこの括弧付きのジャンル分類があるうちは「限界芸術」に近いとおおざっぱには思ったけれど、障碍者だけの活動とみずにエイブルアーツ活動全体としてみれば先駆的芸術(運動)であるということもできるかも知れず、この2つをまとめて「同時代芸術」と呼ぶ方がいいかも知れないとも、講義をしながら考えもした(そこがまた受講生に分かりづらくした点かも)。

朝から、ボータイをしていた。今日は芳江の誕生日だったのだ。首が絞まって講義をしていて苦しい。もうネクタイを結ぶことはかなりの苦痛だろうなと思う。たまたま難波の新歌舞伎座で16時から始まる公演(19:45まであったが、全然長さを感じさせない予想外に面白い「市場芸術」だった)を私のお袋と3人で観ることになったわけね。

これは、お袋たちが私たちに簡易保険をかけてくれているのだが、その還元として年に1度、弁当付き観劇がセットされているのである。つまりお袋が好きな演歌歌手、中村美津子の特別公演を見に行ったのだ。八幡市駅で芳江と待ち合わせ順番を取ってくれていたお袋(小暮美津子というので「美津子」の共通点があるのと、中村美津子の気取らない河内人気質が好みなのだろう)と開演まで待ちながらさきの話などをする。

はながパッフェルベルのカノンに歌詞をつけるという話が砂連尾理さんからいただいていたので、ビッグカメラで名曲シリーズ(カラヤンともう一つ)のCDを購入。そこで金延幸子「み空」がたまたまあったのでこれも購入(翌朝はなとしみじみとジョニー・ミッチェルの時代だねえといいながら聞く)。

前半は『美津子の夫婦善哉』(作:市川正、演出:吉本哲雄)16:00〜18:20。間に30分間の休憩。ここでもらっていたお弁当を食べる。17時ぐらいの早い夕食になったけれど。場内での注意はかなり執拗だ。携帯電話について以外でも上演中の飲食禁止とか(まあ、そんなことを無視してミカンのいい香りがやってくるけれど)、プレゼントの差し出す曲指定とか。

後半は、福家菊雄構成演出の『デビュー15周年、中村美津子オンステージ』18:45〜19:45。前半は京唄子の立ち回りがあったり林与一の踊り(?)があったりもするバラエティショー仕立て。

ラスト、中村美津子が手拭いを丸めて客席に投げる。リリパットアーミーのちくわ投げみたい。あっ芳江もキャッチ。帰りさっそく頭に巻いてみる。なんだか、演歌歌手のファンになったみたいね。帰り、芳江と法善寺横町の水掛不動さんにお参りし、モルツがおいしい地下の静かなバーにちょこっと寄って帰った。
(詳細などはアーツ・カレンダー「こぐれ日記285」をみてね)


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