こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.10
10/1(月)
当分、毎日京都橘女子大学へと行って書類を作ったり、学生のアーツマネジメント心を促したりしようかと思う。キャラメルボックスの菅野さんとかいう俳優が10/24の文化経済学基礎論の講義時間にレクチャーをするという話を聞きつけた歴史学科1回生の学生が聞きたいと来たりする。
作った書類は来年度のコンソーシアム京都の企画案、フィールドキャンプの希望調書、それに大学院構想のための文章における文化行政部分。これは、なぜいま文化政策の大学院が緊急に必要かを文部科学省に提出する書類のたたき台になるもの(以下、原稿)。
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文化行政部門(地域文化政策、芸術施設運営)職員の再教育の緊要性
地方自治体の文化行政部門における業務は、単にパッケージされた諸芸術を市民に提供するだけにとどまらず、まちづくりとのタイアップはじめ他の行政部門との連携を図ることから始まり、多岐にわたってその専門性(芸術に対する知識そのものや芸術教育、福祉や医療との関係でのアーツセラピー、施設外でのアウトリーチ活動、芸術情報メディア関係など)が要求されるようになってきている。
また、全国にホール劇場は現在3000以上存在すると言われているが、その2/3以上は公立文化ホールであり、他方、視覚芸術はじめとする博物館の総数も5000以上にも上っている(美術館関係は約1000館)。このような公立の実演芸術を取り扱う入れ物であるホールや、視覚芸術の専門文化施設である美術館は市民の文化欲求の増加に呼応するように、1960年(ホールや美術館はそれぞれ当時百数十館であった)代から10年ごとに倍々ゲームのように増加してきた。
ところが、その施設を運営する専門スタッフのうち大半はその仕事についてからのon the job trainingであり、最近になって大学の中でアーツマネジメントのコースが設け始められてきたとはいえ、未だそのほとんどは専門性を持たない公務員が定期的な転勤や(主に自治体系の芸術文化財団への)出向によってまかなわれている。
そこで先進的な自治体や自治体が設立した芸術文化財団では、職員を教育機関や専門的なホールや美術館、芸術団体へ短期的にインターンとして派遣したり、アーツマネジメントを専門にする職員を求めて新規に大学院へ募集したりするようになっている。しかし、文化行政を専門にして教育研究する大学院はほとんどないという状況であり、そのために、1994年9月に設立された総務省系の財団法人地域創造では、短期ではあるがホールや美術館スタッフの専門研修(ステージラボ)が続けられ、多くの熱心な参加者を得ている状況にある。
つまり、芸術運営や文化政策をアドホックではなく継続的専門的に学習する専門教育機関が、文化行政を深く立案し実践するスタッフを必要とする自治体や財団には不可欠であり、特に芸術NPO法人が各地に成立できるような土壌づくりやそのネットワーク形成、市民が気軽に芸術文化事業に参画するためのプロデュース力や環境づくりの実践力、行政の他分野との連携などのノウハウと理論を獲得することが急務となっている。
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学生が月見をすると言っていた。月なんて見えないよ、と話していたのに、京大西部講堂の特設ステージに座っていると目の前に満月がのぼってきた。なんというシチュエーション。
栗東町から栗東市に今日なったばかりの、従って町役場職員から市役所職員になりたての中村さんや山本さん(彼は財団に出向の身分?)と一緒にど真ん中に座る。
座布団をもう一ついりませんか、というサービスが嬉しい。これから涼しくなったりしますとも注意があって、そんなことはないだろうと高をくくっていたら、本当に後半は涼しくなってきた。
でも、実にコンパクトだ。ぼくはへそ曲がりだから、遠藤寿美子さんから入るときに見終わったら書いてくださいねって言われてもそれがたいしたことではなかったら、こんなに興奮して観劇速報で長い文章を書いたりはしないだろう。ところがどうだ。
タイタスプロジェクト2001『のにさくはな』
内容:野外劇の到達とニュースタンダード:見どころ:脚本と演出のきっ抗状態:総合:☆☆☆☆☆
《ちょっと甘い☆づけの私ですが、これは何も言うことないと思います。ただ、じっとしていると蒸し暑い昨夜でも冷えてきましたのでそこは要注意。満月もきれかったなあ。座布団の追加もサービスしてくれるし、脚本も売っているし、様々に楽しめる。そして時間がコンパクト。脚本を読むとよくこれをこの舞台に凝縮したなあと感心することしきり。はっきり言って維新派やSCOTなどの野外劇が20世紀のものとすると、これはこれから10年間は日本の野外劇のスタンダードとしてこれとの比較で語られるものだと言っても言い過ぎとは思えませんです、はい(偉そうなことをいいました、すんません)。》
なんて観劇速報に書いたんですからね。
19:32〜21:26。
深津篤史(桃園会)が書いたこの戯曲をもらったキタモトマサヤ(遊劇体)が、関西野外劇の雄としての外連(けれん)と慎重さとお客さんのサービス(2時間以内に押さえるというとても大変な切り刻み方)を、京都の演劇界の総力を結集して作り上げたもの。(関西の野外演劇のやはりもう一人の雄、犯罪友の会の武田一度が11月にここで控えていてこれもまた見逃せないね。)
言うまでもなく、深津篤史は、日本の劇作家のなかでも演劇作品分析を行う研究者にとってその迷宮に入り込む醍醐味においては1、2を争うだろう人、だからつい見終わって見た方が不安になり、その戯曲を買ってもう一度深津ワールドを楽しむことができるわけだ。
今回は、誰がすでに死んでいるとか、誰が誰かが分からないという点ではわりかし難しくはなくて(「世界に一家」とかは難しかったし「うちやまつり」は団地の人たちの名前がすぐごちゃごちゃになった)、原作の「タイタス・アンドロニカス」(シェイクスピア)を知らないことが不安と言えば不安というぐらいだった。
(以下内容はアーツ・カレンダー「こぐれ日記270」をどうぞ)
忙しい1日。ブライトンシティ山科の平支配人が来て、12/10(月)の山科芸能文化祭の打ち合わせ。ゼミ生の河田、植田、西岡が担当なので聴いている。TAM研に入ることになる数名も手伝うみたい。準備で泊まれたり、食事があたったりするからもあるが、おじいちゃん、おばあちゃんと交流することのおもしろさがぼんやりと分かってきたようだ。
13時から、そのTAM研(橘アーツマネジメント研究会)の発足会。一番はじめに彼女がメンバーになったということで、佐藤さんに代表幹事をしてもらう。できるだけ私は引っ込んでおこうと思う。メリットは私がいけない招待券が優先的に当たるということ。演劇部部長の安藤きくさんもきて、他劇団の招待券を提供してくれた。留学生は特に熱心だ。
14時になって、OBPアーツプロジェクトの担当、上野と川上と一緒に京橋へ(4限目を終わって工藤が植田、西岡、河田とともに合流する。JRできたのだろうがダンスの1回目に間に合った)。大阪ビジネスパークのツイン21では、ダンスのリハーサルの最後のところが行われていた。それをちょっと見て、4階の案内書へ。学生ディスカッションをしていた(社会にアートって必要なの?などなど)ようだがちょうど休憩中だった。
そこで、近畿大学文芸学部芸術学科造形美術専攻2回生の中北さんに案内してもらって(彼女は大きな穏やかな平面を描いている)、IMPビルの1階、2階を案内してもらう。あとで岩村原太さんも驚いていたように、商店街と同じような現象がここにもあるのは、もちろん同じ不況の時代当たり前なのだろうが、商店街とは違って、店舗に美術作品が混じってもショーウィンドウと間違うぐらいフロアーにとけ込んでいる。
それが風景を壊していないよさでもあり、他方、華やかな明かりや壁絵、ステンドグラスの大きい作品がすでにあるために、学生の美術が混じって埋没気味であるという印象(商業的なデザインはお金のかかり具合が違うから)ももちろんある。
9つのスペースが使われていて、この場所がぐるぐる行っていると迷ってしまい、かわいいお店に学生はずっと入ったままになったりする。岩村さんが800円は安いとたばこ吸い殻入れを買いついでに娘さんへのおみやげだろうかホイッスルまで買っていた。
ついでに書くけど、子どもネタとしては、3番目の赤ちゃんが昨日生まれた高松平蔵さんが、2番目のモモちゃんを連れてきていて、これは、交流パーティのねたにさせてもらった。
IMPビルの1階、2階は、どちらかというとスーツの人はすくないので「買い物(行動)と美術の出会い」ということになる、「アーツにスーツ、スーツでアーツ」のキャッチはなかなかいいのではあるけれど。
そこで、ビジネススーツと黒鞄を持った松下の職員を何度も放送取材用に何度も通ってもらったということ。
近畿大学が美術をこれほど本格的にやっているとは知らなかった。ガラス工芸は特にユニークで、このショッピングモールにぴったり。建築などの学生もいるのでインスタレーションもなかなかである。もちろん、大学祭の暗室っぽい感じもなきにしもあらずだが、うちの学生達だけではまったく手が出せない感じだった。1回生から4回生まであるともちろん塾度は学年が上がると飛躍的に向上することもよく分かる。教える教員さんたちまでがかなり夏休みを返上したということ。ご苦労様です。
ご苦労様といえば、アトリウムでリハーサルを入れて3回41分間の群舞を踊りきった碓井節子さん作・演出「蜃気楼」の出演者達(42名、そのほか、音響2名、照明1名、映像6名)も大変だったようだ(もちろん碓井先生も)。夏休みはバイトもあるので午前中が練習だったということ。この場所を見ながら作品を作ったので8月からの勝負だったという。天井が高いこと、床が大理石で非常に堅いことが大きな壁になったようだ。
17時半と18時半の2回ならば、30分間ぐらいが限度だろうとは思うが、勤め帰りのサラリーマンやOLが不思議そうに見ていた。エスカレーターを見ながら眺めてみるとまた別のおもしろさがある。若干、力が入った踊りなのでずっと観ていると肩が凝るところもあるので、動きながら観れるのはメリットだ。
ただ、観る場所としては観葉植物がじゃまだったりするが、大きなスクリーンにやはり学生6名が指導を受けながら同時中継していて、特にアップで写す画面はスピード感があり遠くで見るのとは全く違っていて面白かった。パーティの席で指導されている先生に聞くと実技はみんなできるのだけれど、マスコミ試験で受からないとのこと。なるほど、芸術系の学生達は芝居やダンス、美術以外でも就職はなかなかに大変であるわけだ。照明や音響も夏休みに実習を受けているということ。
19:30からパーティがあって、はじめの挨拶をした。ほんとに簡単にしかできなかったが、ちょっとマイクの位置とパーティのテーブルが遠いから動かしてほしいなというと、壁があとの投影があって動かせないという。学生の6人分のパーティ券を買って入場させたが、ぼくもパーティを買わないとビールも飲めないという。ビールを飲む人もそうでない人も、つまみをつまむ人もそうでない人も、それぞれ1000円というのはちょっと高い感じがした。
招待する人などにお金を取らないというのはこのような予算の切りつめた事業では難しかったのだろうが、できればカフェみたいにしてたとえば最初の飲み物だけ払ってもらい(ビール300円、清涼飲料200円)、あとは100円均一の数種類のつまみや食べ物を用意し、ほしい人だけが買うようにしたらよかったと思った(余裕があればコミュニティマネー的に100円綴り券を発行することも出来たかな)。アーツゲームとかをしているようだったが、うちの学生も帰ったし、その賞品であるUSJ券(これだってコミュニティマネーを発行していたらそれを賞品に出来た)を渡す役は松本さんにお願いして21時過ぎに帰らせてもらった。
帰って憂鬱になったのは、うちの学生の居場所がなくてかわいそうなことをしたということ。圧倒されたということもあるが、私らの所にによってくるのは背の高い一見危なそうな?男子学生3人組とかで(羊をオオカミから守っている犬みたいな気分)、やっぱり1回生がいるところと交流できたらよかったなあ、と思う。少し手伝うようなことがあればいいが、それもコミュニケーションを取りずらいだろうと思ってしまう。どうしても同じ大学の集団の威力は強く中にまとまってしまうだろうから。
極度の二日酔い。昨夜帰って飲んで荒れたのだ。最近、アルコールを口にすると行くところまで行かないとやめれなくなることが多すぎるのだ。なぜだかなあ。何度もいい加減に「禁酒」を誓ったことがあるが、今度こそ。
「断酒」・・。もう46歳まで飲んできたからやめても酒の神様は許してくれるだろう。いままでありがとうございました。これから、小暮宣雄はお酒を断ちます。芳江がそばで笑っている。もう諦めているのか。でも、ダイエットセラピーはけっこう続いているぞ。70kgを切るところまではなかなかだけれど、3kgは落ちた。
おっと、こんなことばかり書いていてはいけない。昨夜はニブロール「駐車禁止」(アートコンプレックス1928)が見れなかった。今日は、吾妻琳/天游館(トリイホール)に間に合わなかった(まあ、二日酔いで無理そうでもあったし)。
京都橘女子大学では、いつものアーツリボンゼミ。今日からは、チームごとに集まって座ってもらい、それぞれの進み具合を報告するという形にするが、なかなかに彼女たちから伝え合う形にするのは難しい(まだぼくばかりがやっているから)。それと應典院までに声を大きくする必要があると痛感。蓮行さんに来てもらって発声をトレーニングしてもらおうかと思うぐらいだ。
應典院へ視察に行かせたいのだが、しばやゆりさんのワークショップの時間には彼女たちを連れ出すことができるかどうか。18日(17:30〜)に私は出かけようと思うが)。この一週間の体験を久しぶりに話してもらう。パチンコ屋のコーヒー売りのバイトは時給がよくてセクハラに合わないと工藤が言ったり、前田がハリー・ポッターを読みたいけど金がないと話したり、まあ、このあたりは本音が出てとても面白く観察できる。
14時から文化政策研究センター運営委員会。端所長が張り切っていて、小冊子の発行やら、科研費をとるための大きく長いプロジェクトの提案。コンクールが高校生分が非常に少ないことはみんなは初めてなので驚かれるが、これがなかなかに大変(姪ッコとかさきの友達とかに渡しているが一向に来ないのね)なのは分かってもらえないだろうな。
100%ORANGEさんの日程が調整できれば、イラストの審査会とトークショーは11/23に大学ですることになる。納谷さんや清水君にも連絡しなくちゃ。福田と西本はオリジナルグッズのアイディアを出してと武藤さんに言われると出るは出るは。鏡でしょ、タオルでしょ、Tシャツでしょ、カーテン?でしょ。それって自分が欲しいものをいっているだけじゃん?
大学院の申請用にアートマネジメント科目(マスターだけにこの科目ができる。もちろん担当するのは私しかいない。大丈夫なのかなあ・・)概要を200字で書く。こんなことばかりしているみたいで、一向に自分の中で深めていないことを反省するが、元役人としては懐かしい(=内容に乏しい)実務作業ではある。
昨夜飛び入りでアザーサイドにて歌ってきた(11/13にここでのライブを入れたとのこと)はなが、今日西部講堂前「のにさくはな」に行こうと思っているのに雨だったらどうしようとぼやいている。
そんな声を聴きながら、久しぶりの大学コンソーシアム京都へ。
「芸術を社会(まち)へ2〜癒す力〜」のはじまりだ。後期は少し人数が減って登録者が60数人と思っていたら、実際は40人弱だった。こんなものだろう。應典院の秋田さんも受講されていてちょっぴり恥ずかしいが(私よりもずっと話し上手だから)、彼はまた聞き上手でもあるからして、強い味方に聴いてもらっていると思いつつゆるゆると話し始める。
後期の日程をプリントしていたが、事務局の長尾さんに教えてもらって訂正した。最終回試験日にしたはずが、間違っていた(本当は2002.1.17が試験日です)。
後期の説明や試験の予定を話した後、前期の内容を簡単に話す。前期の試験問題の解答もこぐれ日録にアップしていたので、それも渡して解説した。
後期は前期と違って橘の文化政策学部は誰もいなくて、その代わり文学部の1回生が多い。やっぱり帰ってきた用紙には、専門用語を使わないでくださいという橘の学生の要望があった。
学生に、「1)芸術、2)療法、3)まちづくり、4)その他」のどの分野に特に興味があるかを中心に書いてもらった。返ってきた用紙を橘に行って眺めているとなかなかに面白い。
ダンスセラピーという「ダンス」の中には「がんがん踊れそうなうるさい系の音楽も含まれる」かどうかと素朴に聴く人、ヒーリングという言葉が良く聞かれるけれどんな人にも効くのだろうか?というもの。あるいは、目的は4)その他「集中力を高める方法法を知りたいです」という何ともお茶目な欲求などなど。
ある人は、なぜ人は芸術を求めるのだろうか、と自問しつつ「人間は生まれたときから生きるとは何か、死ぬとは何かということの答えを求め続けているから」と自分で答えてくれている。「狂気」と癒しの関係にも興味を持つ彼女は、試験のテーマ、宗教施設における芸術企画に敏感に反応していた。
北堀江へ。FUTURO(Cafe/Antiques)。西大橋の駅からちかいということなのだが、おしゃれなブティックやカフェが多くてどの道にはいるかが分かりずらい。でも、3本目の小道に入ってやっと見つける。インドネシアの扉を使ったテーブルを買ったpoint
houseというお店を少し下って東に入ったところだった。入ると見覚えがある。
椅子やクッションが黒と黄色の少し前のイタリアちっくな感じのいかにもデザイン系カフェ&ブティック(典型的なアンティークというイメージではなく、ちょっと歴史があるデザインすぐれものの展示販売)の奥にi-bookやテルミンそいてターンテーブルというのかつまみがごちゃっとついている大友良英の持ち物らしいセットがある。
開始時間を知らずに19時過ぎに来たときはほとんど人がいなかったら、始まるときには25人ぐらいが詰めかけていて、たばこを吸う比率が多いから結構久しぶりのライブハウス的くぐもった空気にむせそうになる。
入り口に、大友良英のCDがいっぱいあってどれを買うか迷うが、真っ赤のジャケットと題名に惹かれて「振動する意志と、明滅する自己。」を買う(2000円、Sachiko
Mとのデュオでこの前の愛知での演奏に近いと判断できたから)。あと、hibari musicレーベルのパッケージに惹かれて、まず江崎雅史のトランペットソロインプロ(これは確か1000円)、そして、昨年度末の大阪港煉瓦倉庫で聴いたかなと思い出してHOSE「CONCERTS」(1500円)。
煉瓦倉庫から中西美穂さんも来る。ここのマスターがデザインでこの前のチラシのデザインを頼んだらしい。こうして人はつながっている。
20:17〜22:15。最後の方は寝不足のためか少し意識がとぎれだしてはいたが、ずっとこういう音を聴き続けていると、変にハイになったり落ち着いてきたり自分の神経を標本のように眺めている「私の意識」に気づいたりする。何重も自分の意識というのも重なっていて、それをどれとは特定できなくて、特定できないながら、入ってくるある音にこの意識の部分が反応したのかと別の意識がおもしろがったりびっくりしたりする。
はじめは、トランペットの江崎雅史とコンピュータ使いの小島剛。小島は本当にいつも同じ姿だ。指だけがパットをくるくる動きしている。時々マウスをさわるぐらいだ。小島に対して、江崎は、トランペットに半透明のお椀をかぶせたり、動きが目に見える。
(以下詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記271」をみて)
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