こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.10



80)10/5〜10/7

10/5(金)

午前中、パナクリエイトの松本茂章さんが来た。OBPアーツプロジェクトが無事オープンし、朝日新聞と読売新聞のどちらにも載ったから(大阪版)それを持ってきてくれたのだ。たまたま、ゼミ生ではないが読売新聞を見て、自宅が近いので覗きに行った学生(中本)がうちの研究室に来たので、彼は早速仲間に取り込む算段をしている。

日本アーツマネジメント学会の全国大会の案内の相談。分科会は9つになるということ。早く案内を出さないといけない。会費の振り込みを郵便為替にするけれど当日をどうするかとかそういうマネジメントの話。招待する人のリストづくりなどなど。

学生たちが時間つぶしに来ていたりするが、施錠を彼女たちに任せて、VOICE GALLERYの松尾恵さんがコーディネートしている興味深いプロジェクトを観に地下鉄丸太町へ出かける。烏丸御池でどこへ行こうかとしていた加藤義夫さんと合流、二人でザ・パレスサイドホテルへ。

ザ・パレスサイドホテルの建物自体は以前からありリニューアルオープンしたのがこの7月。120室あるがすべて長期滞在する(ミニキッチンがついている部屋もある)と値段が安くなる仕組み。シングルで4800円とビジネスホテル的な感じもするが、御所の横なので観光でももちろん手頃である。
すでにこのホテルは京都芸術センターが行っているアーティストインレジデンスの宿泊場所の一つにもなっているという。

さて、ホテルにおける滞在制作プロジェクト『art in transit』。これは、客室に以前からかかっていた版画の代わりに、京都などでいま活躍している作家にこのホテルに滞在してもらって制作し、その作品を客室に飾るという考えのもとに行われ始めたものだ。

観光と芸術というテーマがそこにはあるから、うちの文化政策学部にとっても広く興味を持つ学生が多いだろうなと思った。ロビーに以前は結婚関係の展示があったショーケースに「multiple market」も置かれていて24時間、小さな作品をお土産的に買うことも出来る。ぼくは、かわいい旗の爪楊枝が気になったりする。
((詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記272」で)

たまたまトラベル・コーディネーター高萩徳宗『バリアフリーの旅を創る』(実業之日本社、2000.6)を読んでいたから、観光とか旅にちょっと関心が高まっていた。「ユニバーサルデザインと自治政策」という本を出版するにあたってその一部を書く話が正式に学陽書房からメールされてきたので、これは観念して書き出さなくてはいけないな。

でも、バリアフリーという方がいまの社会にはいまだフィットするようにも思えたりする(この考えは2日後福岡での展覧会を体験しながら少し発展するが〜バリアフリーとスルーバリアとの対比)。それほどに高齢者はじめ障害のある人たちの旅には物理的にも意識的にもバリアがある。

この本ではいままで意識しなかった色々なことを考えされられた。補導犬への偏見、特に日本旅館のことなどなど。たとえば日本旅館のサービスの問題だけを考えてもとても面白い。なるほど、ベッドがなければ布団を5枚重ねますがどうですかと言ってみるわけか。あのセットになった夕食料理が多すぎたり油濃かったりするのをなかなか変えられないというのでは、ダメだなあ。お年寄りは残すことができなくてそれで日本旅館に行くこと自体を敬遠するという。

障害を持つ人に対してもちゃんと彼ら自身の問題点を指摘している所も気持ちがいい。たとえば、障害者割引があることが当たり前という考え方よりも、美術館で同じサービスを受けられれば、同じ値段でいいが、それが受けられないのがよくないと発想すべきというくだりである。同じ民間業者でも、税金が入って受益者負担がない(少ない)車椅子メーカーはいいけれど、民間旅行業者には冷たい福祉施設のお上優先的な対応などのバリアについては実感がこもっている。

(話はがらりとかわって)
これはおげさないい方かも知れないが、少年王者舘の芝居だけを観ていた方がずっと演劇についての尊敬心が持続するのではないかと思ったりする。大人計画だけを観る観客ということが昔言われていたが、いま、少年王者舘だけを観る観客は確実に存在するだろうなと、扇町ミュージアムで『コンデンス』(作・演出:天野天街)を観ながら思った。

映像を使うことがこんなに普通な芝居は珍しい。
映像と人が混じり、でもやっぱりこれは懐かしくもいまの「オペラ」である。歌劇というのか詩劇というのか。演劇世界でいま全盛である「対話」(ほんとに会話ではなく対話になっているかどうかは議論があるけれど)を中心とした舞台とはまったく違う姿がここには歴然とある。

スーパースタイル。王者館、天街でしかない世界。
吉田一郎が焼鳥屋で飲みつぶれた週末=終末の風景。
連続飲酒劇「帰ってきた一郎」。
インシュリンが雨の裏側を眺めている。

それにしてもここの役者の声には独特の響きがあって、昨夜の小島剛の音響と同じ透明感があるとふと思ったりする。お芝居が前に進まない「ループ」(これが延々と続くのもここの特色だ)は目立たなかった(じいたちが酒を飲むシーンぐらい)。
(同じく詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記272」をみてね)

ほのぼのと演奏がおわり、終わりに雲の空が映っている。天街による役者紹介。みんなお辞儀をしていてその背中をみて名前を挙げる。よく識別出来るなあ。絶対に私はゼミ生の背中を識別出来ないと思った。

10/6(土)

10月はがぜん忙しくなってきて、素敵な体験を日録に落とす間がなくて困ってしまう。携帯のパソコン(モバイルでは作文しづらいだろうな)を持つことを真剣に考えなくちゃ(携帯電話はいらないけれど)。でも、電車の中が唯一の読書空間だしレクチャーの筋道やわき上がる感想、周囲の人たちの観測にもなるという現実を捨てるのも他方もったいない。

ミュージアムマガジンDOME 58(特集がワタリウム美術館「子どもたちの100の言葉」の幸福で、予想以上に考えさせられ自分のゼミなどに取り入れたくなるイタリアでの幼児教育であったようだ)を読んでいると、谷川俊太郎が(折口信夫と同じく)自分も創造力は「自分が書く詩に飽きる能力」だと言っていて、こうして芸術まわり日記を書いている私には創造力はないのかしらと思ってみたりもする。

大岡信は創造力とは「他人のアイデア」「相手の歌を聞くことによって、こちらの創造力が引き出されていく」と話しているらしく、これを聞いて一安心。ぼくの存在なんて、みんな素敵な芸術の声を聴くことで成立している寄生虫だから。それに、確かに他人の表現を1ジャンルに絞ったりできないのは「飽きやすい」からなのかも知れないし。

PROJECT NAVI PRESENTS 66。作・演出・舞台美術が北村想。15:05〜16:41。またまた続けて、名古屋から誰も真似のしようのない劇団がやってきた。しかも王者館が「金星」からやってきたわけだが、この劇団は、数億年前の両生類発生の「太古」からやってきた。

プロジェクトナビに少し飽きたときがあったが、久しぶりに観てこれは飽きるとか飽きないとかいう問題ではないと思った。進化論を初めとする北村想の科学論はいつも登場するのだけれど、どんどん物語の芯に入り込み、今回はそれがミステリー自体になってしまっている。

処女水が、地下のビルの大きな水槽にいまでは何の役目も果たさずに(単なる循環水になったのかも知れないし、もともとそういう水なんかなかったのかも知れないが)、差し込む光でゆらゆらと壁を水色に揺らしている。

闇の中でワタル(スズキナコ)少年が日記を囁いている。とても小さくて聞き取れないものかしらと思っていると次第にそれはクリアに耳の中に届き出す。闇から少しずつ目が慣れると様子が見えてくる。

同じ囁きなのであろうが、意味が分かってくる。これは明かりの違いも影響しているのか。ラストもまた重要な日記の囁きになるのだが、初めのハムスターの死は、優しいワタルの父親の対応だとばかり思っている、少年の科学と宗教への原初的な関心であるし。

ここで科学=進化論と対立する宗教というのは、原理主義のキリスト教だ。永遠の生命を死後に保証されるという信念をもつ、その体現者は、死んだ研究者の姉、清川玲子(佳梯かこ)。

殺されたのか、自殺だったのか、事故だったのか、それが話の展開そのものになるのだが、亡くなった清川はこの処女水のなかで全裸で浮かんでいた。不思議なことに、死んだのに生前よりも美しさが増していた。

科学と宗教は相容れないもの。でも、進化するために死なねばならないと考えることから、科学者である清川は、宗教が扱うべき「生物はなぜ死ぬのか」というテーマを追求し出す(個人的な裏テーマ)。姉との確執を科学で延長するかのように。

研究所長とともに。清川と所長との不倫の関係が匂わされ、それが、ワタル少年の父親であるという流れが見える。本当なのかどうか、最後は不明になるのだけれど。

カエルにイモリ、サンショウウオ。両生類が清川の表の研究課題。琥珀のかけらに密封されていた数億年前の水(バクテリア)と彼女自身が生前進化をする実験を自らの裸体で行うこと。それが死の原因だとすると、自殺なのだろうか、事故なのだろうか、あるいは所長とか進化論研究とかの犠牲という意味での他殺なのだろうか。

「屋上の人」(題名いい加減)はじめ、北村想には床を掃除するおじさんがよく登場する。芝居の本筋には大きな影響は与えないが、ある傍聴者に近い奥行きを持って現れる。今回も千葉ペイトンがその名も愁さんという目の悪くなった男ととしてやってくる。場所の過去を物語る役目を今回は特に持っていた。
小林正和の髪の毛も白くなった。木村庄之助は枯れてもおかしい前傾姿勢、前所長とは正反対のおとぼけぶりだ。

終わって、新大阪から博多へ。祇園の駅のそばにあるホテルスカイコート博多。往復JRセットプラン24900円(週末なので600円高い)。隣の中国人たちの話し声で夜中(26時ごろ)に目が覚めるが、酒を飲まないとぐっすりと6時まで寝れる。アダルトビデオを観ないでおけばもっと安上がりだったのにと翌日いつも思うのに、つい1200円もする有料テレビを見てしまう。でもビールを飲んでいないと飽きるまでが短く早く寝れる。登場する男優たちとか女をいかす役目のおばさんとかはいつしか馴染みさんになって、またあいつ腹が出たなとか思う。脇役の方が寿命が長いから。

10/7(日)

ホテルの朝。テレビをつけると、モリアオガエルのオタマジャクシがイモリから逃げている映像があった。法然院の池でのデキゴト。カエルになりたてのちびっ子モリアオガエルが森へと登っていく。蟻んこがだいきらい。蟻に噛まれると致命傷になるのだそうだ。両生類はかなり不安定な動物で、人間も、進化で体毛がなくなったのは水棲化したからだという説もあった。そんな傷つきやすい皮膚のことをぼんやり考えながら、国体道路のローソンへ。

浄土真宗の萬行寺の門前で掃除をする男の人。気持ちよく朝の挨拶。まだ昨日の芝居の影響があるんだろうか、福岡弁がなつかしくこのあたりはお寺が多いことや手すりのことなどを雑談する。今回の福岡行きの目的はユニバーサルデザイン取材なので、つい、拝殿前の手すりを眺めたからだ。お寺はお年寄りが多いからそのバリアフリー配慮は重要なテーマなのだろう。手前の会館にはエレベーターが設置されているということ。

意識を持っていると確かに観察する対象が明確になる。
ホテルをチェックアウトして大濠公園へ。ここにある県立能楽堂に、かつて在住していたとき一度も行かなかったなあと足を向けると、すでに開館している。ちょうど、9時半から、「喜多流梅津同門会/秋の会」が始まるところだった。黒田藩に使えた喜多流の梅津氏のことが館内に記されている。冒頭はおじいさんたちが大勢で素謡をしている。次は女性ばかりの謡い・・。

私みたいな早起きには美術館が一番早く開くと思っていたが、能楽堂はもっと早かった。お能を習っている方々の発表会は無料だから(時にちまきをもらったりもする)、TAM研の学生に京都観世会館での若井博人さんが出る真謡会(11/3、9時から。片山九郎右衛門/慶次郎、清司なども仕舞に出演)を紹介しなくちゃ。

トラックを廻るランナーを見ながら福岡市美術館へ。途中の芝生に写真が気持ちよく置かれている。「UNDER THE SKY」(代表/池口洋之)。野外写真展6とある。仲間が四阿(あずまや)にハンモックを下げてくつろいでいる。

福岡市美術館でも福岡県立美術館でも写真展が圧倒的に多い。市美では第26回視点福岡展。時代をとらえる全国公募写真展。視点賞は「農業一年生」という連作だった。これは日本リアリズム写真集団が主催。長野重一も参考に写真を出していた。隣の部屋には、写団ふくおか写真展「年輪」の展示(35周年記念展)。おじいさんおばあさんの顔、手、古木、懐かしい風景。県美では九州産業大学写真科の発表。

さて、文化施設のユニバーサルデザインというかその中でもバリアフリーの第1歩。福岡市美術館のスロープを通る。大濠公園という絶好の環境にあって多くの市民が行きたくなる立地であることは言うまでもない。そしてアプローチは階段の横で障害のある人を別の導線としていないで、所々の立体作品も車椅子で眺めることができる。

ところが、驚いたことにそのスロープの入り口を塞ぐ形で自転車が放置されている。美術館に入る人の物かどうかさえ分からない。これでは介助の人がいないと困ってしまうではないか(あとで近くにボタンがあるかどうか調べるべきだったと反省はしたが)。

さて、次は今回の目的である福岡県立美術館へ(須崎公園内)。入り口前に設置されているピンクの表示が面白い。アートにであう秋(Be the Art Fan)vol.3『もてなし THE“MOTENASHI”EXHIBITION』。ピンクの車椅子の大きなマーク。これが、和田千秋(企画担当、茶会では半東)+中村海坂(茶会の亭主)+坂崎隆一(空間デザイン担当)《障碍の茶室・峠の茶会》10/4〜11/18のマークでもある。テーマは「対立を越えて」。

この『もてなし』展のアイテムはもう一つあって、それはきむらとしろうじんじんの「野点」(10/20〜11/4の9日間、美術館の周辺)だ。そしてそのマークは「坊主頭に茶筅」の図。やっぱりピンクでこれはかなり笑える。ただ福岡の人には初登場故、どんな博多ッコアクションがあるか楽しみ。でも屋台は馴染みそうだ。テーマはとりあえず「誘発」〜予想外の事件やコミュニケーションが次々に起きること〜かな。

(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記273.274.275」をじっくりみてね)

《障碍の茶室・峠の茶会》では、車椅子に乗ることも、きちんとしたお茶席も初めてなので、本当に立場の違いを体験し、慣れないことをすることのとまどいと驚きの新鮮さが強烈に印象づけられている。
(大学4年生の夏から卒業までだったが車椅子を押して自閉症気味の障害児を遊ばせたことあり。一方、お茶は妹が大学サークルにいて奈良のお庭で腰掛けてやった覚えがあるが遙か昔のこと。)

帰り指定席は満席だったので、19時発のひかり乗車の前にスターバックスコーヒーで(いまはここがお茶するスタンダードになっているか)濃く少量のエスプレッソを飲みながら(これは一人のお茶の時間である)、斎藤環(「ぼく」とあるので男性のようだ)『若者のすべて〜ひきこもり系VSじぶん探し系』(PHP研究所、01.7)を読んでいる。結構、自分の姿がここに似合っていると思いながら。

この本は博報堂の「広告」という企業PR雑誌に掲載された原稿のまとめで、「広告」スタッフと一緒に渋谷(これがじぶん探し)系(池袋系も同じ)と、原宿(ひきこもり)系のインタビューを行ったりしている。軽妙な語り口だから(「郵便的」な東浩紀らとともに)斎藤環というラカン派の精神分析医もこれから注目される思想家で行動家だろう。

著者自身が「適応できた」ひきこもり系であるらしいので、じぶん探し系はコミュニケーションがスムーズで同じ文化圏にいる人たちとばかり携帯空間で繋がっているとし、80年代の過去の世界を引きずった若者群という見方がなされている。分かりやすい2分法だけれど、ただ「じぶん探し系」というネーミングはいまいち腑に落ちない感じもしなくはない。

4つの象限に人物を分けた図もおかしい。一番極端な人を挙げていくと、「ひきこもり+適応」系は大江健三郎/村上春樹/宇多田ひかる、「ひきこもり+不適応」系は森喜朗(社会的ひきこもり)/宮崎勤/つげ義春、「じぶん探し+不適応」系は麻原彰晃(境界例)/柳美里/太宰治、「じぶん探し+適応」系が秋元康/田中康夫/村上龍。


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