こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.10
10/8(月、体育の日)
3連休の最後。10月10日は体育の日という刷り込みがあるけれどそうではなくなっていたのか。デジカメのアウトプットをしていたら(すぐに昨日の展覧会をみんなに見せたくなったから)、碧水ホールに着くのが遅れてしまった。
11:20からの映画が10分ほど遅れる。でも、インド映画の奇跡『グル・ダットの全貌』のうち、2つの作品を観れてとても嬉しい。中村館長手製のチャーイが映画の休憩時に彼の手で振る舞われる。ここは福岡県美の展覧会ではないが、「もてなし」する文化ホールなのだ。
中村さんとガムランセットが常備されるといいだろうねと話し合う。スタインウェイのピアノを購入することは当たり前なのに、アジアの楽器はなかなかホールに整備されない。350万円ぐらいだということ。滋賀県内のホール間で特色のある楽器を整備して貸し借りできたりするといいよね。
インド映画のなかで日本でも早く紹介されてきたサタジット・レイと同時代を生きた映画監督、グル・ダット。ダンスを若くして学び、映画界は振り付け師として出発したという。
39歳で死亡(睡眠薬死で自殺だと見られている)した偉大な監督であり俳優でもある。ただ、娯楽映画(歌とダンスのミュージカル、それにコメディの要素もいるのだから大変)の枠組みの中で素晴らしい作品を生みだしていたこともあって、日本への紹介は1988年が初めてだった。
『表か裏か Cupid's Arrow』1954年、140分、モノクロ。製作/監督/出演:グル・ダット。長さはまったく感じられない。歌がそれ独自で独立している。ビデオクリップでもあるからだ。それでもなめらかにつながっていて作品としておかしくないのが不思議。
『渇き Eternal Thirst』1957年、145分、モノクロ。製作/監督/出演:グル・ダット。これが代表作の一つだというのはよく分かる。自分の思想的な自伝である。そして、後の『紙の花』(1959年)という作品は彼の二人の女性の間に揺れた人生を描いた苦渋と哀愁の作品らしい。そのあと1964年に死ぬ。
詩人ヴィジャイ(グル・ダット)は売れない詩人。彼の死(彼の上着を着たホームレスの男が身代わりになったから、それは誤報だったのだが)で詩集が爆発的に売れる。その利益を求めて多くの人、そこには兄弟や大学のクラスメイトも群がっている。ヴィジャイが生きていては困る人。それに対して、彼が生きていることで利権を奪おうとする人。結局、みんなが欲しいヴィジャイはすでに死んでしまった、いや、もともと存在しないのだ。
娼婦のグラーブ(ワヒーダー・ラフマーン)と最後は旅立つヴィジャイ。このワヒーダー・ラフマーンが、既婚のグル・ダットの恋人で、その彼女の吹き替えをしている歌手がグル・ダットの奥さんであるという。何ともこれだけで複雑な構図だ。
詩を語りながら節がつく。沖縄のメロディーのようなものもあった。詩人と詩歌、歌についてだけでも深い考察が必要な映画だ。
橘アーツマネジメント研究会(TAM研)。ぼちぼちと始まりぼちぼちと終わる。招待券はなかなか手が伸びない。忙しいし、交通費問題などもあるか。
でも、うちの学部生の話を聞くだけでとても面白い。
ヘソピアスなど思い切ったことをしている子がこのTAM研の代表幹事なんだけど(単に一番始めにノートに自分の名前を書いたからという理由)、彼女は高校時代から自分の家のレストランの営業部長だったという。いまその料理屋で映画とか音楽ライブとか出来ないかと思っている。弟は嗣ぐ気がないから彼女が後継者なのだ。
ベトナムの奥地に小学校を作りにいって、便所でとても困った話をする子も聞き飽きない。犬が臭いを嗅いでトイレへ入ってきたのには驚いたそうだ。話は別だが彼女のようにヘビースモーカーたちは確かに冬になると屋外はきついかも知れないな。
夜は大阪市立青年センターで会合。アートマネジメントセミナーのグループづくり。6人が参加。3/17の青年芸術文化劇場(「声」がテーマ)に向けてこれから彼らがかなり中心的に動いてくれるだろう。今夜参加できなかった受講者もきっと参加してくれると思う。
辻本さんが言ってくれたように、恒常的には、このグループの役割は、それぞれが手がけだしたアーツマネジメントについての悩みを一緒に聞き合いながら解決を一緒に考えたり、そのために人を呼んだりすることだろう。いつかこのグループが、アーツマネジメントのコンサルタント集団になれば確かに素敵だ。前田さんは自分でも色々プロデュースをしているから特に熱心。ただ、グループでうまくまとまって鈴木英生さんをサポートするようになってもらえるといいなと思う。他の人たちもきっとうまく関わってくれるし。
11/10(水)
雨が激しかったが、椥辻に着くと少し弱まった。納谷衣実さんと同じ電車、次の電車で清水俊洋君がやってきた。ゼミ生の河田も来たので一緒にタクシーで京都橘女子大学へ。二人は、11/23の100%ORANGEさんのトークショーのこともあって(色々見た結果、場所は文学部の研究棟のロビーが綺麗でいいかも知れない)、うちのアーツリボンゼミのゲストに来てくれたのだ。
こうして何となくふらりと宣伝美術家が来て、チラシや当日パンフを工夫することの実際を見せてもらい話を聞く。そして、こういう芸術と社会のつなぎ方もあるんだよと、ゼミ生に伝えることができるのがいいなと改めて思う。
翌日、私たちは二人のように技術もセンスのないからアーツマネージャーにはなれないのでは?と言ってくる学生もいる。でも君たちは文化経済や文化行政を広く勉強しているんじゃないか、と言いながら、1回生から現場にも出かけていく君たちのことを、逆に納谷さんや清水君は感心していたんだよと心の中で呟く。
ゼミでOBPアーツプロジェクトの3人はなかなかよく語ってくれる。昨日、碓井先生のダンスのワークショップに行ったからでもあるが、この調子なら、11/10の應典院での公開ゼミも少し安心だ。川上はジャンケンで負けて先頭に立ってまねっこダンスをしたというし、工藤も楽にワークショップできたと言う。
石野がスカートだったので途中から見ていたのだが、彼女に通りすがりの人が何しているんですかと聞いたそうだ。まあ、何とか答えたらしくて、これが大げさに言えば「アウトリーチ」の第一歩なんだよな。
自転車の練習に、まず補助輪をつけてこぎ出して、次に補助輪をはずし後ろで持っているよと安心させながら、あるときに手をはずしてしまう。そのタイミングをこれから考えていくんだなあと思ったりする。21日は午後1時からOBPでトークトークに参加するというゼミになる。
和田は行けないというので、その前に言ったらと話すと早速大阪の友達を誘って今日出かけていった(このあとメールがきてえらく興奮していた)。
教授会はなかったのだが、来年度の文化政策学部の科目の打ち合わせがあり、私も最後に関係ないこと(コンテストの応募が少ないことなどから見て、来年度の入学者確保は大丈夫かという趣旨の話)を言ったりもしたので、遅くなってしまい、トリイホールの「踊りに行くぜ2」は行けなかった。
同じ頃はなが拾得で歌っているからそれを見に行こうとも思ったが、かなり疲れが出ていたのでこれもパスする。はなはMCがいつになくうまく出来たらしくて(自由の森卒業生がいたり私の関係者がきていただいたりで、話題が作りやすかった)、翌日かなり興奮していた(11/6に拾得ライブが決まり、11月は13日のアザーサイドや学祭など大忙しみたいだ)。
娘はなのネタを続けると、今日は、砂連尾理*寺田みさこ組のダンスワークショップに参加することになって東山青少年活動センターで説明会に出向いた。丹野賢一さんも舞塾で一番動けなかった人だったらしいが、うちのはなもさきと逆でとても身体が固いのでどうなるものかと心配になる。はなも最近は女房(芳江)や私が自転車の後ろを支えてきたことを自覚しだして、ちょっとかわいくなった。
でも、こちらはもう心配だけしていて、手は離しているのかも知れない。トイレに入っていると彼女の部屋が隣なので、断続的に素っ頓狂な声が入ってくる。いまちょうど宮澤賢治の「くらかけ山・・」を歌にしているのだ。
朝はキャンパスプラザ京都。《芸術を社会へ2〜「癒す力」》
アーツマネジメントのABC(これは少ししたが、難しかったという反応がかなりあった)を中心に話す予定だったが、まず具体的な事例の方がいいだろうと思って、デジカメで打ち出した写真を表示装置に大きく映し出して(なんでこんなに私は器械音痴なんだろう)、日曜日の福岡視察の話をいっぱいした。
《障碍の茶室・峠の茶会》の福岡県立美術館の話がメインだったが、福岡市美術館のスロープの自転車放置のことも話すと、さっそく受講生の感想がそれについてあったりする(「普段なにげなく自転車を止める時も、車いすの人の事、他人の迷惑を考えないとダメだなと痛感した」)。
バリアフリーは福祉政策や街づくりの観点であってそれはもちろん大切だけれど、over the barrier(ふと思いついたことば、あとthrough the barrierでもいいかも)というのがひょっとしたらアーツプロジェクト固有に必要なものではないかと話した。
つまり「バリアに気づくこと」、そしてバリアの存在をなくすのではなく、そのバリアを前提としながら「互いにバリアを体験し乗り越えるための対話を試みること」である。感想でも《バリアフリーがどこか一方的な感じがするのに対し「双方から歩みよる」という意味が感じられ新鮮な印象がありました。
その他感想では、始めに流した沖縄民謡、糸数カメの歌に涙が出た人、アメリカの田舎のカフェでのカジュアルなアーツ体験を書いてくれた人など。あと、美術館をもっとこういう展覧会以外にも日常化すべきだという正論(ただ、ちょっと芸術を日常にという時に芸術の社会規範を越えた力をよく考えないとドツボに入る)もあった。
あと福祉を学んで障害者芸術に出逢った受講生が「介助以外に福祉分野の人間がアートマネジメントに関わることができるでしょうか?」と真剣に考えている。きっとアーツ寄りのマネージャーとタッグを組んでとても素敵なことができるのでは?と予感する(かんばってね)。時間がなくなってしまったが、最後に秋田光彦さんから「コモンズフェスタ」とガンになった人のためのワークショップのお知らせをしてもらった。
京都橘女子大学に戻って来週の岡山市行きの準備。
そうこうしているうちに京都府立大学3回生の中野陽子さんがエクレアを持ってやってきた。彼女は何でもまじめで真剣になっちゃうタイプだからJAM
Westに関わるのが少し心配になって相談に来たのだ。うちの研究室を気に入ってくれて、彼女的にフィットしたそうで、ここにある本をいくつか借りるという(どうぞどうぞ)。
学生がどんどん出入りしているのを見て(若い!という。私から見たら全然変わらないが)少し気持ちが楽になったようだ。そうこうしているうちに、碧水ホールのジャズライブ(スイスからのデイ&タクシー来日公演)に行く時間がとっくに過ぎてしまった。ごめん、中村館長、上村さん(ほんとは彼女も連れて行きたかったんだけれど・・)。
ということもあり、昨日行けなかったトリイホールに着く。
TORII HALLinformation No.31が出来ている。後ろに私の雑文が載っている。『もう帰っちゃうんですか』(あとアジ。vol.2)、えらく隙間が出来たなあと思ったら、前回は1行が20字だったのが21字になっていたからだった。
待っている間に文さんからこの前ぼくが送った文章のお礼を言われる。何だっけ?そうそう、アジアのダンス公演の当日パンフ用のものだった。思ったよりくだけた文章だと感じたそうだ。そうだっけ?記憶がどんどんぼやけていて(その場その場の反応でやっているから)無責任なこときわまりない私!。
ホール内では、とても興味深いダンスが展開されていた。
『踊りに行くぜ』の第1回は4カ所(東京、横浜、札幌、大阪)だったが、今回は8カ所になった。新しく追加された都市は、福岡市、名古屋市、富山市、前橋市だとJCDNの佐東さんが最初にあいさつする。福岡市でのジャレミサはどうだっただろうな。
『踊りに行くぜ!! Vol.2』〜JCDN全国パフォーマンススペース間のダンス巡回プロジェクト。19:36〜21:10、そのあと15分ぐらいトークがあって、佐東さんのおじさんやお母さんが練習量とかいつまでダンスを続けられるのかとかの質問をしていた(私も4人の順番は出演者も混じって考えるのか?と聞いた。基本は佐東さんでトリイホールなら大谷さんとも相談する、でも正解はないし難しい、とのこと)。
みんなソロ。安川晶子(大阪)『解放と快楽その4』24分。前田紀和(東京)『身体の絵』19分。名古屋からの山田珠美『ship』17分。天野由紀子(東京)『C◎NPET◎』23分。
(内容はアーツ・カレンダー「こぐれ日記276」をみてね)
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