こぐれ日録 KOGURE Diary 2001.9



78)9/28〜9/30

9/28(金)

学生がぶらぶら遊びに来る。TAM研も何だか出来そうだ。
2月に行く予定のゼミ合宿は鳥羽市にある海の博物館(内藤廣設計)とタラサ志摩での海洋療法(タラソテラピー)体験(これに大学から助成が出るかどうか「微妙」だけど)というのはどうだろうかと学生に話す。本当は自由に企画してもらいたい(ディズニーシーとかUSJとかになるんだな、これが)ところだが、時間がない。腰痛・肩こりコースというのが、ビューティ・コースよりも希望が多いのも笑ってしまう。

そうこうしているうちに、研究室に中西美穂さんがやってきて、大阪市のアクションプランを推進するためのチェックシートづくりについての相談をする。数量では測れないものの評価システムづくりの第1歩だ。

と、どこかのおじさんが大きなくしゃみ。ハクション!!!!。うーん、芸術ハクションだね。芸術はハクション。芸術白書ン。芸術博ション。芸術博士ョン。芸術はアクション、ARTS-H-ACTION。ハクションをすると魂が抜けてしまうという俗信が世界中であることについて話した。

土日はお芝居が見れない。きょうは3つの舞台が重なっている。特に案内があった売込隊ビーム「舐めてかじる桃」はそのタイトルもチラシも惹かれるものがあったが、大阪市のアートマネジメントセミナーに参加しているマキクニヒコさんがプロデュースしているゲキダンキオのお芝居を見に行った。

マキさんはもともと音楽人間で、ひょんなことから学校への巡回を中心にお芝居をしているこのゲキダンキオの制作となった。彼の趣味は狛犬を観察すること。各地の学校にお芝居を持って出かけるから可能な趣味だ。高津宮にも奇妙な狛犬がいるのだという。関東が狛犬の本家でそれぞれ色々な種類に分かれているらしい。

HEPホール提携公演、ゲキダンキオ30周年記念作品『恋のフーガ(時代劇)』19:33〜21:22。作・演出:中立公平(劇中でも主要な役をやっていた)。珍しく客席には段差(傾斜)がなかった。
学校の体育館などで見たかった。きっと音響効果が悪いところでやっているからこんなに大声なのだろうが、どうも観客の頭の先に声がいって自分には届かなくて、そのうち疲れていたこともあったのだけれどちょっと芝居から気持ちが遠ざかったりした。

フラメンコの女性陣が踊ったり(帝塚山スタジオ)、冒険ダンス団のサイトウマコトが能楽師になって出てきた。信長と妹の禁断の愛というのと、カトリックの布教にまつわる話だった。
・・君の名は。新しい教科書、砂漠の砂の一つまで・・。とても年輩の役者(戎一郎)が枯れて立っていた。ありきたりでない世界へと常に前進しようとする努力がある。

一番記憶に残ったのは、オヤジギャクがいっぱいあるということ。自分がそうだからよく分かるが、本当にこれは気をつけなくちゃと思う。それだけで年齢が出てしまうからなあ。観客のなかでは、それで受けているものもあったし、適当な分量なら年季が出て微笑ましいのだろうけれど(学校ではきっとこういう感じではないのだろうな)。

9/29(土)

そうそう、結局モノクロームサーカスの当日パンフはこの日録で前に載せた文章が結局そのまま採用された。結構大きく出ていてこんなに目立つところにのるのなら書き直せばよかったかなと思った(ちょっと偉そうにしてしまった!)が、ベタ誉めした文章よりもいいのではないかと思ってもらったわけだから、本心は嬉しかった。

今朝、メールを開けるとトリイホールの文さんから、今度のアジアコンテンポラリーダンスフェスにやっぱり文章を書いて欲しいとあった(1000字程度)。昨夜の芝居を書こうと思っていたが、それはやめて、これ(下記の文章)を書いてしまってから、和泉府中に向かった(公表するのはトリイホールに悪いようにも思うけれど、まだアジアのダンスフェスに行こうかどうか迷っている人のために、是非自分の背中を感じに来て欲しいという思いから、ここにアップします。私は20日と26日に行きます)。
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『アジアの不通、ナニワの背中』(「大阪市文化振興のための懇話会」座長として書くようにと言うのがリクエストだった)

昨夜、詩人の上田假奈代さんが話しかけてきた。私、背中を感じられないのよ。えっ?。「背中」という言葉がすぐに出てきて、言葉で感じてしまうのね。だから言葉でない身体の背中が見えないのよ。どうしよう、大阪で踊ることになっているのに・・・話は替わって、大学の文化経済学研究会でのこと。発表者が「訪問都市」という単語をレジメに書いていた。すると「経済」文化人類学者のH教授が、それって「visitors city」の訳でしょ、だったら「集客都市」っていうのじゃないかな、と
コメントしていた。
なるほど、大阪市は確か国際集客都市って言っていたな。この英語が本家本元なんだ。訪ねる人が多い街。訪問者を大切にして交流する場所がある都市か。「集客」というと強引に「いらっしゃい、いらっしゃい」と呼びかけるようで臭いイメージがあるが、訪問(者)都市、訪ねられる街って言い換えると感じがかなり変わる。
まだ、作り売る側からではなくから生活する視点になるべきだと言われながら産業界がなかなか転換できないのと同じく、都市についても市民や訪問者主体ではなく、売りたい人、集めたい人主体に言葉も発想もなっているのではないかと思ったりもした。

大阪が「訪問都市」になるためには、私は芸術がうってつけだと常々思っている。特に言葉ではない表現を携えたアーティストやダンサーが世界各地、とりわけアジアからやってくること。なんて素敵なこと!そこには、言葉の壁はないのね。
が、もちろん、アジアと言っても広い。そこにはさまざまなバリアやディスコミュニケーション(「不通」)が存在するはずだ。それこそがアジアで踊っている人、表現している人の大きなテーマそのものだろう。コミュニケーションが予めないところから出発すること。アジア内部での「不通」情況をこのダンスはどう変えていくか。身体の交通という奇跡は起こるのか。ナニワのフェスティバルでその一端をじっくりと楽しんで見たいと思う。
さらに、アジアの身体がナニワに現れてくれることによって、ひょっとしたら、假奈代さんの背中も言葉の前の背中に変わっていくかも知れない。トリイホールのこの客席にて、アジアのダンスが鏡となって、大阪人が自分だけでは見えない「ナニワの背中」にどんな変化が起きようとしているのか、言葉でないセンサーで感じてみなくてはと思っている。
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さてアートマネジメントセミナー宿泊研修。大阪市立信太山青少年野外活動センターへ。

大阪市立中央青年センターの本田さんと新人の納屋さん(神大の歴史を卒業して〜京都橘女子大学に移った横田教授はとてもみんなファンが多かったという〜からもう一度人権教育の勉強をした人)、そして、この2日間の講師、NPO法人アーツワークス理事長の鈴木英生さん。そして、15名の参加者。総計19名でみっちりと2日間を過ごすことになった。

まず、鈴木さんから、「まちのどこでも劇場になるという企画書をどうしてつくったか」という経緯、そして、「舞台監督という仕事を中心としての制作の実際」を、極めて具体的なエピソードを中心にして話してもらった(固有名詞を多く出しながら)。結局、1時間ぐらいかと思ったら、午後1番から初めて、17時頃まで様々な話を聞くことになった。

話すテーブルを囲んでface-to faceの関係になったのがよかった。資料も前に置けばみんな見れる状態だったし。
ピアノの演奏をどうして下手からみんな聴くのだろうと鈴木さんがいうと、参加者は驚いていた。ピアノの指が見えるからどうしても下手から人は埋まるけれど、絶対に上手の方がピアノの音はいいにきまっていると鈴木さんは至極当然のように言う。

音響や照明の常識みたいなことが実は曖昧なことだったことがよく分かったのではないだろうか。照明とは影を作って影を消すこと、音響とはまず雑音を消すこと、ホールの本質が実際の現場を監督するブカンのなかで極めてザッハリッヒ(即物的)に生きている。

夜からは3つの班に分かれて、プレゼンテーションの準備。こうなると私たちはすることがない。早く風呂に入って、ビールの毒味をするのみだ。このグループ分けについても様々な意見が出て、誕生月で分かれてもらった。結果的にはこれで十分いいチーム分けになったと思う。

9/30(日)

昨夜は私は27時過ぎに沈没したが、それから少しは一部の人は起きていて、この活動センターの記録になったと参加者でここの職員の人が言っていた。

3つのチームの中間発表をしてもらってから、それをより具体化して紙に企画書として落としてもらう作業を午前中する。14時から発表。内容は、来年3月に行う大阪市立中央青年センター全体を使った「青年芸術文化劇場」への具体的な提案が課題なので、実にリアリティがあるもの。

これはこれから起案が回る話だが、実は、NPO法人アーツワークスが委託を受けることが想定されているものなのだ。そして、いま提案している人たち(この合宿に参加できなかった人たちも含め)の希望者がグループとしてまとまり「青年芸術文化劇場」の運営協力をするという話へと繋がる。

ちょっと、先を急ぐ感じの仕掛けだったが、こういう風にセミナーが実践へと繋がることはいま多くのところが模索していることで、ちょっと参考になるものになりそうな気がする。来年度は芸術文化振興基金などへ(地域創造でもいいがこれは市長部局の事業に回した方が得策だろう)助成を申請したらどうかなと本田さんに話したりする。

「青年芸術文化劇場」を、来年の3/17か3/24のどちらかの日曜日することにする。どちらがいいかは、中西美穂さんに相談して決めて文化振興課の事業とバッティングしないようにしつつ、大阪市の文化情報誌「CP」に載せてもらうようにしたらとも助言した。

また飲んだくれた。
ちょうど終了したNHKの朝ドラ「ちゅらさん」がどうして日頃興味を持たない若者に回を追うごとに人気がでたかを考えたが、すぐに見なくなったからよく分からなかった。いい加減な主人公のキャラクターが成功の原因だと朝日新聞に書いてあった。

始まりを見る限り、下手すぎる(というか演技以前状態の)アイドルが出ているだけのものみたいに感じたので、家族中(ぼくが見なくても芳江やはなは見ていることがいつもは多い)耐えられなかったからだ。
はなも彼女のクラスメートたちが熱中していて、その気持ちが分からずに悩んでいる(千と千尋とかいうアニメもはなは彼氏と見たのだが、余りのひどさに二人とも帰り黙ってしまって何で見たのかと喧嘩になったそうだ)。私もゼミ生がとても興奮していたから、かなり「ちゅらさん」ショックはあるな。

また、参加者の一人(すごく熱心な方)がCAVCの島袋道浩の展示を否定的にみんなへ話していて、直前に鈴木さんと野村*島袋の展覧会についてしゃべっていたのでぎくりとした。

芸術を巡って了解しあうことはなかなかに難しい。お互い、分からないことがあっても趣味が合わなくても、それはそれで大切だと思うことが決め手だとは思う。でも、ぼくにとっての島袋アーツの面白さをその人にどうやって伝えたらいいかは、彼女がUSAに在住しながら広島の大学で教えているという即興演奏家に惚れていてCD(これを聴く限りでは一方通行な感じがしてしまうけれど)を聴かせてくれたお礼に、いつかきちんとしなくちゃとは思う。


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