こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.4/5
4/29(月)
第3回アトリエ劇研演劇祭が始まった。『ことばとからだと、あなたとわたしと。〜私たちにはもっと手だてがあるはずだがあるはずだ。私たちにはからだがある。ことばがある。あなたと共感したい気持ちがある。』(全体チラシのコピー)
プレイベントも終わり、今日はProgram1の最終日。道が分からないなどの理由で遅れてきたお客さんが8人もいて、ほんとにいっぱいだったので(80数人)帰ってもらったらしい。惜しい、杉山準さんがあと1列作るかどうか悩んでたそうだ。
終わってから、北村成美さんは練習があるといって帰った(5/1からが楽しみ)が、ヤザキさんらはじめ、これから出る人たちのオープニングパーティがあった。うちのTAM研の安藤さんも発泡酒を売っている。
下鴨の人たちをどうかして巻き込みたいから夏祭りでもしようかというはたの館長と話す。山崎正和さんらと同時期の人のようで、山崎正和氏が学長をしている下関の東亜大学が50人もの首を切った話をしていた。
公演が始まる前に、高松から来た八木亮三さんと岡本陽子さんに会う。この前八木さんから電話があって、高松市教育委員会文化振興課長になった馬場さんからの依頼でもあるのだが、彼らが今度は「たかまつアーツの人づくりプロジェクト」を請け負うことになった。ということなので、会いたいと。二人がこの日に見るといういうヤザキタケシ公演にぼくも合わせて、その前に会おうということになっていたのである。
八木さんは大阪で演劇をずっとやっていて香川県に戻った人。田中千禾夫とかいう歴史的な演劇人らと一緒にやっていた人で、児童演劇劇団で学校を回ってきたのだが、NPO法人アーツカウンシル高松を作って理事もしているという。今年度はここがこのセミナーを委託されるわけだ。
岡本陽子さんはヤザキさんらと同じスタジオにいたそうで、高松で数少ないダンススタジオを開いている人のようだ。彼女がワークショップなどのナビゲーターになってヤザキタケシを呼んだりするという。
実はよく知らなかったのだが、ヤザキタケシのルーツは高知県(今日はアトリエ劇研にご両親も見えていた)で愛媛県にも住んだこともあり、でも実家は香川県さぬき市(志度町などが今月合併して出来た新市)だという。
つまり、ヤザキタケシは高松の隣のダンスコレオグラファーなのだ。高松でコンテンポラリーダンス事始めをするのに、彼がフィーチャーされるのはその点とても自然。それに、彼自身がそうだから、演劇(ミュージカル)からダンスへのの導入としては最適なアプローチになる。それに、ヒップホップしているストリートな若者をどうかしてホールにも来てもらいたいという地方都市共通の課題にもひょっとしたら応えられるかも知れない。
セミナーは前期が一般の人対象。高校生なども入ってもらいたいということで、コンテンさん初体験ということになろう。鑑賞者づくりがメイン。ぼくは「身体表現に出逢うために」とかいう感じで、ビデオなどを使いダンスに向かうためのウォーミングアップをする。8/31(土)を仮押さえ。
後期は、市町文化事業担当者や芸術文化団体関係者向けのセミナー。まあ、ここでアーツマネジメントの基礎をちょっと話せばいいなと思い、レクチャーの題名は硬く「芸術の公共性」とした。
さて、ヤザキタケシ(振付/演出)とアローダンスコミュニケーションによる『スペースX』。アートスペース1928でほぼ同型の作品をみたかも知れない。が、それよりもトリイホールなどでの「スペース4.5」の一連の作品が思い出される。舞台上の知覚とそれらの思い出がそれぞれに照応されつつ自分の中に綴られていくことが、ことのほか新鮮。あたかも初めて出会ったダンスと同じような驚きがあって、とても嬉しい。
15:09〜16:20。ダンスの70分間の作品というのはかなり大作である。それも、舞台美術は白いテープで正方形を作るだけなのだ。あとで演劇人的サービス精神が溢れてしまうヤザキタケシがスピーチでしゃべっていたように、日本人はこんな四畳半の世界で健気で生きていることをフランス人に見せてきたというけれど、そんな説明もあってもいいし、もっと深遠なことを思っても十分に通用する作品である。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記342」をみてね)
夜、はなが明日は何を歌ったらいいのだろうと途方に暮れるので、15歳ぐらいにはなが作った多くの作品の種をもう一度聞きたいと伝えた。それは、大げさに言えばカンブリア紀に生命の種が爆発的に出来たときのようなもので、最近は注文があって作る以外は1年に1〜2曲ぐらいになっているが、そのカンブリア紀に出来た30〜40曲ぐらいの種のなかでまだまだ育つべき多くの曲の素がそのまま歌われなくなって眠っているのじゃないかなあと話す。
とりあえず、まだ憶えている曲から、「足跡」と「バンバン」をメドレーにして初めに持っていくことに。ちょっとリズムが突っ込んでいくのでそこを注意。バンバンよりも暗く激しい「黒いエナメルの傘」を次に配置。暗く激しい情念がそこで沸騰する流れを作るだろう。これも慌てないで粘りを持つように注文。
そのあとに一転して「光鳥」(本番では、はなの発想によって、「光鳥」の前にステージをぐるっと回ってから「空の人」をアカペラと足踏みで歌った)。これはピアニッシモになる部分があるといいなという希望を出す。そして昔渋谷アピアで最後によく歌っていた「夕日」へ。明日は昔シリーズでの15分になるけれど、それもまた新鮮なはずだ。
4/30(火)
深夜バスで芳江が帰ってくる。さきは部活に入れ(幽霊でもいいから)という担任の勧めを頑としてきかない以外は順調のようだ。スイカの種が芽を出したと喜んでいる。イタリア語がやりたいと一応の目標を出したという(京都産業大学にはイタリア語/イタリア文学を教える学科があるなあ)。ゴダールの新しい映画を東京に見に行きたいとか言っているようだから、同じ高校1年生とは話が合わないのは仕方がないし少しは分かってきただろうと思う。
はなのリハーサルを聞きながら立命館大学へ。昨日も立命館は授業をしている。今日のアートマネジメント論ももっと少ないかと思ったら結構学生がいた。ウィルキンソンブラザーズの「大陸から来た人々」を流しながら昨日のアトリエ劇研の話をしたりしている。今日は劇団西一風の制作の学生は授業の終わりに今度の公演をPRしていた。
前回に話し残したことが多くて、アーツセンターとはどういう機能を持っているかということを、創造型(文化施設A+芸術家機関B)の典型である水戸芸術館と、コミュニティ型(A+サービス機関C)にも気を配る(アウトリーチもちょうど始めているので)京都芸術センターを例に出しながら説明した。平板になりがちな芸術組織におけるマネジメント形態の9分類のうち実演芸術については、少しイメージが見えたのではないかと思う。
そのあと同じ9分類で映画と美術をそれぞれに説明し、文学についてもちょっとだけコメントする。残りの時間は京都のアーツマネージャーの話をして終える。先週よりは主観的には生き生きと話したつもり(受け止めるほうはどうだったか分からないが)。
次週の小テストにどうしても出れない人は、5/10の18時までに産業社会学部事務局前に用意されるはずのボックスに入れること(テストを受ける方がもちろん有利ではあるが、ちゃんと採点します)。アトリエ劇研にも受講生が来ていたし、今日行くマジックランプにも学生が芝居やダンスを見に来ているので、これからの話も伝わりやすいだろう。
そういう面では、期末試験にも、アーツプロジェクトを訪問したり美術館でもいいし何らかの美術環境の観察を入れることを宣言することにしようかな。KYOTO ART MAPなどもその例示となるだろう。もう1問は今日もJCDNの説明をしたけれど、アーツに関わるNPO法人を机上で作ってもらうことにしたらどうかと(まだ決めていないが)考えている。
森小路のマジックランプへ行く。『アーツ・コンペティションin大阪マジックランプ』。19:06〜20:21。今日はシャッターが下りたままでお客さんの入りも心配したが(これは初田信二の美術作品の展示のためだった)、24名ほどは来ていただき、これからやってみようかと考えている講談師さんや美術の人、あるいはみなみのど真ん中劇場でダンスボックスをするという大谷燠さんや文さんの顔もあった。
ビデオの調子が悪くて開演直前まで調整が行われて冷や冷や。でも、アニメーションは「声の祭典」の時よりも見やすくて面白く見た。セルアニメ作品「波紋中心」(氏家裕太、鈴木政彦、毛利和也、鈴木雄輔)。まだ多摩美大の学生グループ。
次が、初田信二。いったん1階へと鑑賞者は降りて、作品の前で作者がお客さんの質問に答える。吉野川の流木から作った木彫りの大きな目玉のサカナ。流木を見たときからこのハートの鱗のあるサカナが彫りたかったという。あと、暗い部屋に大きな仁王像みたいな顔。溶けた段ボールを固めるために30キロは糊を使ったという。2ヶ月の制作、どちらも触ってくださいとのこと。
3番手は、高校を中退していまはガソリンスタンドに勤めているという「ちょり」君。ポエトリーリーディング。ギターをうまく伴奏に使っている。堂々とした囁き。青空を寝転がってみたりもする。「愛」とはなんですか、一言でとマイクを客席にも向ける。「柔らい」という人がいた。
ダンスパフォーマンスは、はなから頼んでもらった「ぴーすびーんず」の4人(モトキシノブ、大槻弥生、下窪昌子、中川喜江)。東山ダンスワークスのはなの同級生だ。寺田みさこさんが駆けつけてちょうど間に合う。ダンスワークスのあとにこうして一緒だったメンバーで自主的に発表することは初めてのケースだという。
ぴーすびーんずとして練習するにはその出演までの時間が短かったので、断片を集めたものになった(「カケラカケラ」)が、なかなかに面白くて(足拍手など)、ちょっと怖いピースもあり(お面のシーン)、全体には初々しいダンスづくりの始まりになる仕草の集合である。ダンスの萌葱、そんな雰囲気かな。
最後は小暮はな。リハーサルより緊張からかリズムが不安定だったが、曲と曲の間に拍手を入れないようにするためもあって、変な動きを作っていて、独自の世界を持っていると感想を書いてもらったりもした。初期の歌を今歌うことで、最近の歌との違いが出て同じようになってしまう構成にも変化が出るのではないかと思う。
そのあと交流会。大阪市立中央青年センターの本田さんからこの前の謝金をいただいたこともあり、夜遅くまで飲んでいて森小路駅前にいたのに帰れなくなり、田丸さんにお世話になって鈴木さんといっしょにマジックランプの3階に泊まる。
5/1(水)
朝早くマジックランプを出る。鈴木さんを起こさないように。
寝不足のまま、二条城前へ。傘を持っていったのに雨は上がり暑くもなくてちょうどいいメーデー行進になった。様々な旗の中で私学協連の旗を探すのに難儀したが、自動車もストップしていて、気持ちのよい散歩日和。木下さんや阪本君とおしゃべりながら進む。京都府庁の建物を始めて見ながら市役所前へ。ジグザグ行進。張りぼてなどで工夫している組合も多い。
12時から京都ホテル17階で交流会。新人の紹介の後、高校は男女共学のお話。大学は文化政策の実際の動きの紹介。ちょうど木下さんが編集していた冊子が出来ていたし、山科マップも評判である。女性起業セミナーの宣伝もした。
そのあと執行部などでお茶。大学の梅本さんから国語教授法の話を聞いたり(作文術を文化政策の初めにみんな教えるといいなあ)、京都橘高校にはデベートや表現という授業があることを知る。橘の伝統として、歴史は明治時代からはじめてきちんと現代までを教えていることを始めて知る。文革をどれほど触れるべきかを高校の先生同志が真剣に議論している。だったら、高校から来た学生は現代社会的な常識は結構あるじゃんと思う。
同時代ギャラリーで賑やかなデザインの展示を見たり、1時間ほど漫画インターネット喫茶で昨日のこの文章を打ったりしてから、アトリエ劇研へ。ホントに眠い。
だいたい黄金週間にこぐれ日記とかこぐれ日録をこうしてきまじめに書いていることが、スローライフに反するのかも知れない・・ということで、6日までお休みモードでぼそぼそいい加減に日録のみ書くから許してね。
アトリエ劇研演劇祭Package 4 A-Packは満席。19:07〜20:35。前の列を追加したからファックジャパンのお腹の赤さを目の前にした人がいっぱいいただろう。あばれるファックさんのお尻の横では北村成美が普通の人に見える。
劇団衛星『二人の愛がある限り世界は回り続けるか』。作・演出・出演:田中遊、出演:岡嶋秀昭。次回の正直者の会『黙れ』と何らかの関係があるらしい。劇団衛星と正直者の会の違いが分からないが、それはどうでもいいでしょう。
婚約指輪を夕日が沈む前に渡せるか?
無意味なユニゾンが微妙にずれていく。天国と地獄。その逆転。ポテトパイと異星人。順番がダンスのあとだったが、漫才師が飛び降り女を説得するシーンや、稽古場シーンもあって、これが次回の『黙れ』とどう結びつくのかも楽しみ。
北村成美『アイノジカン』振付・演出・主演:北村成美、出演:ファックジャパン。ファックジャパンが大きなお腹出して熱演。でも踊りというのかどうかは微妙。繰り返しながら膨らんでいるメソッドがコメディになるところは彼のキャラクター。
4人でゼスチャーしりとり、ウェディングドレス巨人。あいうえおかきくけこ・・・・わいうえをの歌。
5/2(木)
TSUTAYA椥辻店にCDを返しに行って、淀屋橋で山崎さん(大阪市ゆとりとみどり振興局文化集客部文化振興課長)と待ち合わせ、都市協会の応接室で前文化集客部長(現理事)の永田兼一さんと新しく文化集客部長になった村上龍一さんに会う。
今年度にも文化振興課への無償貸与をうち切って、コンペで築港レンガ倉庫の恒久利用に取り組むという考え方が港湾局から示されたこともあった。が、結局、最大平成17(2005)年度までは大阪市アーツアポリア事業をそこで行って、そのあとにまちづくり的芸術村?の事業コンペをする(PFIか?)という案が出ているという。
中身は未定だが大西議員と表さん(不祥事続きの外務省との関係はまだあるのだろうか?)の強い引力がもともとある計画の復活なのだろう。でも、具体的に何をめざすのだろう。どちらにせよちゃんと外部の審査組織ができることが条件だ。
アーツアポリア事業は場所に縛られているものでもなく、また一過性のイベントでない。だから、朝顔の蔓がさまざまな場所に絡みつくように成長するものである。たとえ場所が変わりスタッフや組織も柔軟に随時変動しても、その道なき未知への希求(=アーツアポリア性の探究)はアーツが生きている限り続けていかねばならないものである。
したがって、大阪市としては責任を持ってアーツアポリア事業を公共的な判断として行うことが確認される。予算も増やしたいと永田理事(別に彼は文楽協会を担当していて、いい人材はいないかと話していた)は言う。
アーツアポリア事業の拠点としては、2004には空き施設となる芸術創造館そばの職員研修所が第1候補で、OMSの代替案としても検討され始めている元精華小だってテンポラリーには使える。もちろん、コンペで選ばれた事業主体によってはレンガ倉庫だってまったく使えなくなるわけでもないだろう。
アーツアポリアの動きをぜひ、新部長はじめみんな見に行くべきである。評価が徐々に高まっていることだし。ただ、ぼくは事業の責任者みたいな形になっているので、評価するのは別の人が中心になってするべきだろう。少なくとも複数の視点が必要。
そういう面では、同大の川島伸子さんや神大の藤野一夫さんあたりに文化振興懇話会をやってもらってもいいのではないかなと話す。
帰って少し酔っぱらいながら、借りてきた『映画*クレヨンしんちゃん*電撃!ブタのヒヅメ大作戦』(99分、1998、監督/脚本:原恵一、原作:臼井儀人)を見る。確かに子ども向けといっても侮れない作品。どれがいいか分からず適当に借りてきたものだが、芳江はテレビアニメをよく感動してみているという。ドラエモンなどよりも格段に鋭く、シニカルで挑発的、そして優しい。碧水ホールの上村さんが昨年のベスト1に「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」を挙げていたことをツタヤで思い出してよかった。
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