こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.12
12/6(金)
午前中は関経連の報告書の打ち合わせ。佐藤さんと仲川さんと。ぼくは最低限何かのアクションをこの提言によって呼び水的でいいから始めてもらいたいと強調。学者の報告みたいにしてはいけないから。なんぼかっこよく分析しても現状を愁いているだけでは何も始まらないからだ。
そのためにパンプレスとかそういう劇場情報のフリーペーパーやインターネットサイトに支援する簡単な仕方を開発しようと話す。これはバナー広告とか(販促費で可能かも)の手軽な支援がいいと言うと(一口10万円ぐらいの)、それぐらいなら関経連600社のいくつかはすぐするだろうと二人は言う。ぼくは手始めに関経連でもやってみてはと話したがそれはなかなかにガードが固かった。関西演劇ネットワークが管理者の逝去によっていま閉ざされたままだし、何かネットワークするための非営利の組織がきちんとしたメセナサポートで関西に出来るようなものにしなくちゃと思う。
話が出ていたのはあと、当日格安チケットサイトがあるということで、そういうチケットを買う窓口が大阪のど真ん中にあって、そこがサロンみたいでもあればいいんじゃないかという話題が佐藤さんあたりからでていて、サイトと出版と出会いカフェはセットであることはいうまでもなく、職員の福利厚生という面からも、アーツによる発想転換/柔軟化という面からも関西企業が協力して行ってもらえるかも。あとは、観光や交通関連の企業による劇場案内マインドの醸成セミナーとかまあ当初思っていたことを報告書に書いていかなくちゃと思う。
今日もまた岸和田の委託調査の文章を書こうと思って出来なかった。少しいま能率が落ちている感じがする。「京都の文化力」という論文にも取りかかっていないし。
近鉄プラッツの地下で五建ういろうを買い(これはみんなへの差し入れ)、花屋さんに行って、はな用にお花をカゴに入れてもらう。何だか「ガラスの仮面」みたいで可笑しい。18時40分ぐらいにアトリエ劇研につくとけっこう人が入っていて、一番前の端に座る。志賀玲子さんとかが見てくれていて、観劇後やっと現物の娘さんを見たと言ってくれたりした。
ニットキャップシアター第11回公演『おっぱいブルース』(作・演出:ごまのはえ)、19:03〜21:07。小劇場系のお芝居の中では休憩なしで2時間というのは長い方だ。ぼくはまるで客観的に芝居のことを語る状況ではなく、小暮はなが冒頭から木津川の土手に出てきて歌い出すし、その土手の階段を下りるときには、転げないかと心配しで、まったく冷や冷やではあった。
(もう少し詳しくはアーツ・カレンダー「こぐれ日記404」をみてください)
これから続く『スロウライフとことこ〜散歩と季節と明日のことと〜』の連続公演は、はなも出ないだろうから、もっとのんびり観れるなあといまからとても楽しみ。4月中旬「喉骨のフルート」、7月「愛のテール」、9月「保温の秋(仮)」、12月「煮えるヤング」と題名からはおいそれとは内容が予想できないところもまた、ゆっくりとした味わいのニットキャップたちである。
12/7(土)
花屋さんもいろいろだなあ。昨日一緒に買えばよかった。上田千尋さんと水野響子さんが初出店なので、TAM研でお花を出したのだが、京橋の京阪のお店はどうもかわいい花が少なく、悪いことをした。
OBPアーツプロジェクト学生事務局による運営で、第2回学生芸術家屋台が開かれた。前回よりも多くの出店があり(24ブース)、ステージもたまたまあったので賑やかだった。入り口の2階に出店作品を展示したり(川上牧世さんが地味に黙々とやっていた)いろいろと工夫があって、なかなかに楽しいものになっていた。
響子と千尋のお店の横に出店していた中村さやかさん(京都市立芸大2回生、構想設計)と話していたら、大学では特に井上明彦さんの授業がとても好きで絶対に休まないと言っていて嬉しくなった。「記憶」という科目?で、たとえば「正午」という課題が井上先生から出て、みんな正午に見たものなどを持ってくるという感じの授業らしい。早速真似してみようかなあ。
事務局の青木さんがお父さんを連れて『おっぱいブルース』を見に行くという。ありがたい。少し席が座りづらいので早めに段差の大きい場所に座られた方がいいとアドバイスする。
アイホールへ。館長にお願いして昨日の朝日新聞夕刊を見せてもらう。鈴木京一記者の名前入りで『大阪市の新世界アーツパーク事業』の記事がのったと鈴木さんから連絡があっていたからだ。「探見劇場」というコーナー?で、「不思議空間にアートの拠点」「『公設民営」の新方式で」という見だし。ぼくも最後に少しコメントしている。
平田オリザさん(来年4月に中国の演劇をここでするのでよろしくと言われた)らをデジカメに収めながら、北九州市演劇祭事務局の市山さんを待つ。でも結局来なかった(帰ると自宅に電話があってたそうだ、月末に小倉へ行く日程表を渡すことになっていたのだが)。彼はどうもメールがうまくないようで、他方ぼくは携帯電話がないから連絡がなかなかうまくいけない。
でも、ぼくは携帯電話をまず持たないだろう。携帯だけではなく電話というものが正月の百合根と慈姑ぐらいに苦手なのだ。電話がこちらの都合に関わらずに鳴るということ自体にとても恐怖心があるから(どうでもいいことだけれど)。
青年団第43回公演『海よりも長い夜』(作・演出:平田オリザ)、15:05〜16:56。世田谷パブリックシアターで女房と見たなあと思い出す。市民運動の話とその中の不倫的三角関係。苔にけりを入れる変な自然保護運動のベテランがいたり、市役所の職員という、とても鈍感な人がいたりする。
あと大組織と小組織の関係とかいろいろと今回も思うが、一番前と違ってリアリティがあったのは、女子学生とそのOGのことで、男日照り節とか、替え歌の北寮の寮歌の歌詞とかはやっぱり自分のいまの経験がこうしてじんわりと心を熱くさせるのだと思う。
少し時間があったので天満のコーヒー屋で休む。新しい手帳へ、今年の手帳にメモっていた大切な住所録などを転記する。今年も終わりだ。何も入れないブラックが安いというのは理に適っている。できれば喫煙席よりも禁煙席の方が安かったりサービスがよかったりすればもっといいのだが。
扇町ミュージアム協力公演、清流劇場『キフキフ』(作・演出:田中孝弥)、19:35〜20:42。始まる前のBGMがカーペンターズ。そして終わってからもそう。その中身は、青年団のマチネよりもより暗いものだった。照明は岩村原太。落ちそうなサイコロがいくつかある舞台。
4人の女子高校生が放送部でラジオドラマ(「ハーメルンの笛吹男」、ねずみ退治と子どもさらいの話)を録音している。他方、同じステージには中年の夫婦がいて1982年2月6日に起きた太田高校のバス事故の話を想起する。その2つの独立した場面が交互に上演されていく。一人の過去と現在のつながりを伴って。
(以下省略。青年団と清流劇場のことなど、この日の詳細は、のちほど「こぐれ日記404」で流します。)
12/8(日)
今週はいつもよりもはなは朝自分から早く起きてくる。昨日の「おっぱいブルース」(ニットキャップシアター)のソワレはマチネよりもみんなずっと良い出来で(マイクもうまく調整してもらったらしい)、お客さんも多かったのに最後の最後で自分がミスったという。「好事魔多し」だねとぼくは言ったがきょとんとしていたからきっと意味が分からなかったのだろう。
コードを一つ間違ったそうだ。冷静だったしちゃんと注意していてこんなにいい舞台だったから最後よくしようと思って出たのにと残念で仕方がない様子。でも、奥田ワレタさんにしか謝れなかったという。きっとまあ許してもらえるよ。でもデモテープがいままでで7つも売れてそれも悪いなといいながら、朝からダビングしている。
さきは昨日お母さんと久しぶりにお芝居を見て、その帰り出演していた藤原さんと目と目が合い、寂しいお芝居なのに本当に心が温かくなっていたので、自然に。にこっと笑顔を交わせたと言う。
そのせいだろうか、朝のお通じもよくかなり元に戻りつつある感じがする。生徒手帳もないのに「学生」扱いにしてもらったのもさきには有り難かった。高校には行っていないとしても、イタリア語や異文化理解などを学んでいる点では彼女はれっきとした「学生」なのだと彼女を良く知るぼくたちはもちろん思っている。
家族間の緊張を人一倍感じるそんな彼女が、山梨で他人の集団にいて冬を過ごしたということはとてもダメージがあったに違いない、が、それを悔いることをするよりも、いまからの彼女の未来を見る方がいいに決まっているし、そんな明るさが見えてきた。英語の個人レッスンとかもこちらは何も言わないのに考えたりしている。
また少し寒くなりつつある。ソアレで観た「この道はいつかきた道」と同じように、京にも雪がひとひら舞う日も近いだろう。いまは小雨。小鹿ゆかりさんから案内を受けていたので、東山青少年センターへ行く。少し久しぶりだ。
小鹿さんが一番しゃきっとしたダンス部分をソロでとっていて、いつも制作者としての彼女しか知らないから、とても新鮮だった。彼女にはスピードの変化もあり、身体一つになって余分な映像とかコントとかが付随しないできちんとソロを踊るともっと観甲斐があっただろう。砂連尾理さん的なダンスづくりの流れがよく見えて、その分京都東山流なんてふざけて名付けたくなるぐらい。このグループ(シャッツカマー)は京都造形大学の学生さんたちのようで、だから志賀玲子さんの顔があった。
会場はいっぱい。なので熱くて、そこには試演的な映像が流れたり寸劇があったりしていた。内容は「さくら荘」というアパートの同じ作りの様々なフラットで、シンクロしたりする有様をオムニバスにしているという感じ。48分とかなり短かったのでそれほど苦痛ではなかったし、きっとこれからの人たちだろうから良い体験をしているのだろうと思う。
双子の女性がいたのに、挨拶の時にそれに初めて気付いたのはどうしてだろう。「F.ジャパン」となっていて、ファックはもうやめたのかなとそれが一番気になったが、同じ場面に登場した変な歌を歌うおばさんとともに面白い瞬発力だった。
百万遍までバス。昨日、芳江とさきが観劇の帰り進々堂でお茶して、隣にあったフェアトレードの可愛いお店で見つけていたCDを買いに、マチネとソワレの間を活用する。良き隣人というアイヌ語を店名にするこのお店(また固有名詞を忘れてしまった)で、ゆっくりと視聴して、次の2つのCDを買った。
一つは多文化共生センターが出している中国語韓国語スペイン語ポルトガル語のカラオケつき童謡(「シランダ・シランジーニャ」)で、もう一つはカリンバ(ロビン・ロイド「しあわせのこばこ」)のものだった。さらに財布がぼろぼろになっていたので、インドのサリーによくある柄が模様となったカルカッタ製の財布を購入して、10年近く持っていたスパイラルで買ったお財布と交替した。
17:03〜17:48。スタジオヴァリエ(京大そば)。小さなもうひとつの場所#7『この道はいつか来た道』。女:広田ゆうみ、男:藤原康弘、照明・音響操作:魚森理恵、舞台:藤原康弘、宣伝美術:大島尚子。昨日の14時は10数名だということだったが、今日は最後ということもあってか、30名前後でこの小屋としてはほぼいい感じで席が埋まっている。
別役実の作品の中では珍しいのではないだろうか、これは純粋な恋愛劇である。親しい友だちから結婚へ。それを何度も繰り返すホスピス脱走老人二人の野宿生活の物語ではあるが、それでも、いやそれだからこそ、純粋さがひしひしと感じられる結婚とその忘却の繰り返しである。
(途中省略。詳しくはこれからきちんと書くアーツ・カレンダー「こぐれ日記405」をみてくださいね。)
そこにある電信柱は大きく高く、なかなか男は気付かない。他方、緑色のポリのゴミ箱はどちらも身近で、それの存在が気になって、蹴飛ばしてやりましょうかとお互いに思ってしまう。黙ったまま、それは二人を同じ目線で見つめているそのゴミ箱が、野宿者にとっては実用的に重要な存在であるからではあるが、それだけでないポリという軽薄な表面のテカリがこの時代の様相を映してもいる。
それらが置かれている地面は、ざらざらとしたコンクリを表す美術で、シートをうまくフローリングの上へ几帳面に並べて作ってあった。広田ゆうみの死化粧のような顔にこの地面がとても似合っていた。このところ劇中から歌が聞こえることが多くて、ホントは音楽と演劇というテーマで気の利いたエッセイの一つでも書けるのだろうが、結局久しぶりに自分流の歌を作って京大病院のそばを大声で歌うことだけがこの週末のぼくの応答だった。
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