こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.12
12/9(月)
8時過ぎ、ホテルブライトンシティ山科に着いて、楽しく朝食をしてるかとアーツリボンゼミ生たちをまずのぞく。うーん、何だか腑抜けた様子。あとで聞くとほとんど寝ないでしゃべり明かしたということ。少し放任しすぎたか。でも若いから何とか夕方までやってくれるだろうと楽観的に考えることにする。
3階へ。山科芸能文化祭2002。看板にはお花や風船が飾られ、高校文化祭的に楽しくしているし、きちんとすることはやっている。こちらが何も言わないで考えたこと、つまり、アンケートをとること(その集約までをきちんとしてくれないと困るのだが)や合間に突撃インタビューをする(なかなかうまくいかないことは経験できただろう)など、そういう山科組(大西、二村、久野、宮尾)の自発性は評価しなくちゃなと思う。
昨年は展示があったからこちらも泊まりがけで大変だったけれど、逆に司会の練習に立ち合ったり、裏方の交代制(展示の監視員も必要だったからだが)もきちんとぼくが立ち合った。今年はそういう面、展示がなかったこともあり、手を抜いたと言えば抜いたのかも知れない。
ただ、だいたいのことが分かっていたから、学生への対応や主催の山科区老人クラブ連合会のみなさんへの対応はスムーズに行ったのではないかと思う。入場者の数は2割以上多かったようだし、学生自身の出し物も集団カラオケだったので、嬉しいことかどうかは別にして、喜ばれた。それに最後の山科音頭もみんなで輪になれて、振付は覚えてはいなかったけれどとてもいい感じだったし。
問題は来年度だ。できれば基礎演習の他のゼミ(特に日頃座学中心にされているゼミ)に譲りたいなあと思っている。方法論は確立したので多分そんなに苦労しなくても成立すると思うからだ。アーツマネジメントを担当する者としては、あとすべきことはカラオケがどんどん増殖していくこのプログラム自体への改善なのだが、それは(一緒にワークショップでもしない限り)無謀なことで、それが出来ない以上、多くのゼミが経験した方が面白いし、アーツとは違う面からも山科の高齢者のみなさんとのおつき合いが広がるといいかなと思うためでもある。そしてあとはうちの経験者などがボランティアで参加して指導するという形をとりたい。
すぐに帰るのも何なので、生中とラーメンで腹ごしらえしてからもう一度「おっぱいブルース」を観る。はなが少しいつものライブハウスみたいな歌い方に戻っていた(7回目でやっとだ)。真ん中の後ろの席だったが、少しお尻がいたくなる。2度観るのはあんまりないので、ディテールの記憶がない部分が結構あり、最後の追加(同じ家の選手交代をより印象づけるためにある汚れたステテコ)以外にも変更があったのかなあ?と思ったりした(錯覚だったようだが)。
12/10(火)
京都学生映画祭などをやっているAさんが午前中やってきて、映画の話をしていた。彼女の週末は映画祭(釜山、なみおか・・・)ばかりが入っていてお芝居とかはなかなか観れないのだという。ちょうどぼくと反対の現象だ。そこに来年度専門ゼミに入る予定の小林さんも来て、雑談。彼女も少し大学に復帰しているらしい。大学院も専門ゼミもこんな風に交じって話しながら自分がやりたいことを探すのだろうから、なかなか想像できない大学院のイメージもちょっと生まれてくる。
はなは今日が最後のステージ。ばらしをやって打上は出ずに22時頃帰ってきた。8公演というのは大変だったようで、今日は始まる前うずくまったまま動けずにじっとしたという。でもまたすぐ東山青少年活動センターでじゃれみささんのダンスのワークショップ(すでに始まっている)に参加するらしいから、どうなることやら。19日のアザーサイドでのライブ(ぼくはdBでセレノグラフィカを観るので行けないが)、タイバンが2名もいるらしくて、でも10曲は歌いなさいよと言っておく(きっとお芝居を観て初めて来ていただくお客さんもいらっしゃるだろうから)。
第10回目の地域文化行政論。コンソーシアム京都の方がドンドン進むので困ったものだが、今日は大阪市内の民間非営利芸術事業をパワーポイントで紹介したあとに、ある自治体の文化振興アクションプランを自分なりにコメントする作業をしてもらった。ぼくのコメントを裏につけたりと実は少し誘導的ではあったけれど、お祭りと称する各種イベント(持続性がキーのNPOなのにその祭って何考えているんやろう)や「世界へ発信」という類の部分へは批判的な目線がかなりあったから、これはこの授業をしてきたことの成果だろう。
かなり疲れていたのでまたしてもTIP COLLECTIONは行けなかった。すみません。
12/11(水)
昨日はもっと舞鶴は寒かったそうだ。屋根の雪が落ちてくる。東舞鶴駅、10時30分。ぼくと同じく模擬授業に向かう大学短大専門学校教員たちや葬式参列者、それにかにを食べに行くのだろうか3人の女性グループなどが、タクシー乗り場に列を作る。
落ちてくる小雪をことし初めて見た。寒いけれど、授業が終わったら赤れんが博物館に行こう。築港赤レンガ倉庫のことを知るためにもいいし。でも「赤レンガ」と「赤れんが」の表記の違いってどうなんだろうな。平仮名にするとすこしまちづくり・観光系になるのが面白い。築港の方(アーツアポリア)はやっぱり尖っているから「レンガ」なのだろうな。「赤煉瓦」とするともっとレトロ観光めくし。
さて、京都府立東舞鶴高校。主任の先生も校長先生もこんな遠いところにお越し下さってと鄭重に迎えてくれる。教室へ。京都産業大学の教員などとくらべてアンケート用紙が少なかったから予想してはいたが、人数は少ない。先生を除けば8名。うち男子が3人いる。
芸術系ということでぼくが選ばれたから、女子は美術や工芸への進学をぼんやり考えているようだ(医学部に行きたいアクション映画が好きな女子生徒もいてまだまだ2年生なので進路はこれからの生徒も多いだろう)。それにひきかえ、男子は吹奏楽部(全国大会に出たらしい)の連中で、とても活き活きしている。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記406」をみてね)
12/12(木)
TAM研。碧水ホールでのガムランのワークショップにめちゃ行きたいけど一人では怖いなあと言う1回生のメンバーがアクティブメンバーになった(多分)。彼女(田中さん)は吹奏楽部に所属していて、一人でもきっと碧水ホールに行くと思うし、2回生前期の文化政策事例研究(アーツプレイス研究)は、碧水ホールにすると思う(日野町在住なので)。その時は、中村さん、上村さん、よろしく。
文化財学科の4回生たちが卒論の相談、というか筆休みにお茶しに来る。ぼくが指導しても仕方がないかも知れないけど、何となく面白いので見ている。絵巻物の時間=季節表現とかがテーマだったりするし結構興味深いからでもあるが。
栗東市のさきらへ。滋賀総研のサロンがあるからだ。久しぶりのさきら。ダンス企画が年度を超えて行われると山本さん。実に楽しみなチャレンジとなる。みんな、さきらへ行こう。
茅ヶ崎市文化振興財団の杉山貴子さんが神奈川県からわざわざ来てくれていたり、夏の京都橘女子大学文化政策研究センターでのスキルアップ講座出席者が3名もいて感動する。
前半は「子どもの美術教育をサポートする会」の津屋裕子さんのお話。彼女は世田谷美術館の高橋直裕学芸員の強い影響で、美術館と学校を結ぶ仕事を(ボランティア的に)滋賀に来てからはじめたという。この前彼女の連れ合いさん(ミホミュージアム学芸員)と長女さんには碧水ホールのアイリッシュ音楽の時に出会ったりしていて、まあいつものことだが初対面といえど、何も困ることはなく、後半のぼくの与太話も含めると時間は30分オーバーしたが「つなぐこと」というテーマで無事サロンは終了した。「限界アーツマネジメント」=「冠婚葬祭のアーツマネジメント」=「人生の節目節目アーツ(限界芸術)」の話もかなり強引だがちょっと話した。
そのあと軽く杉山さんと山本さんで飲食し、帰ろうとすると栗東駅の本数がとても少なくてプラットフォーム下でうろうろしていたら、山本さんが気を利かせて車を持ってきてくれ、大津駅(杉山さんの宿)まで送ってくれた。寒い夜だったのでとても嬉しかった。
帰るとはながじゃれみささんのダンスワークショップから帰ってきていて、作った短いダンスを踊って見せた。さきは明日から関東に行くということでそわそわしている。
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