こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.1
1/28(月)
ずっと家にいた。草臥れていたと見えて、ごはんを食べるといつの間にか寝ている。日録がたまっていたので4日分を書き、昨日撮ったデジカメをプリントアウトする。
長谷川孝治さんが日記を再開している。日記仲間が戻ってきて嬉しい。三上さんも立木さんも。立木さんはかわいい娘さんと一緒に「ハリーポッター」を見て意外と面白かったそうだ。とても酷(ひど)い監督が撮った割にはよかったということだろうとは思うが、なるほど受け止め方がみんな違うというのも面白い。
前に見たあるダンス公演について自分とかなり違う感想を聞いたことがある。私はそのダンスの面白さを日記に書いたので、それにも反応してその人は感想を述べる気になったことだったように記憶している。批評の交差点がこうして起きるというのは、はじめ自分が書くことの不安もあってぎくりとしたりしたが、最近は愉快なことだと思えるようになった。
私があるダンスを評価する文章を書いて別の人がそれがよくないという文章を書き並べる(または逆)、というような複数の視点を持つことがこれからは必要だろう。自分がつまらない権威にだけはなりたくない。でも自分の観た感覚は大切にしたい。これは矛盾するだろうか。
阿部和重。この小説家はなかなかだと思う、まだ2冊しか読んでいないが。
ただ、新潮文庫(2000.7)の表紙がよくない。『インディヴィジュアル・プロジェクション』。なんでショーツを降ろす女なのだろう!
日記形式でハードボイルド風。しかも作者に親しい東浩紀が解説に書いているように「多重人格的で分裂した世界の制御を問題としている」。文体が「アメリカの夜」とはがらりと替わって、一文が非常に短い。日記もいろいろな文体があるが、急いで出来事を綴るときは短文が気持ちがいい。ぼくもそう思っていたところだけに、最近の自分のこの文体が、阿部和重に感心して真似しているように思えてくる。たとえば、全然大きな事件とは関係ない「8月23日」の初めと終わりを引用しておこう。
《8月23日(火) 台風がきている。もはや何もかもおかしくなっている。ひどい雨風だ。ひどい雨風にもかかわらず、ぼくはなぜか買物に出てきた。食料品を買い込んできたのだ。そしてひどい光景を目撃してしまった。うちのすぐ前の通りだ。だから周囲は民家だらけだ。その通りを、一人の女がゆっくりと歩いていた。ひどい雨風のなかを、傘もささず、裸足のまま、下着姿で、歩いていた。
・・・・・
彼女はそのままいってしまった。ぼくも部屋へ戻ることにした。彼女を見ていたせいでぼくはずぶ濡れになってしまった。買物袋のなかまで雨水が溜まっていた。それほどひどい雨風だったのだ。》
「ひどい雨風」がいっぱいでてくる。日記では、言葉を選んだり同じ形容をしないようにすることは無駄なことを、これを読みながら感じて、ちょっと気が楽になる。
日記とは結局天候と自分の係わりだということかも知れない。
ただ、この小説の終わり方はちょっと結論を急いでいるように思った。でも、久しぶりに小説でどきどきした。
体力、気力とも回復した。でも、最後OBP38階でJAM Westの新年会?が余りに楽しくてビールを飲み過ぎた感があるが。
午前中は、来年度コンソーシアム京都における前期コーディネート科目、「アーツ&セラピー〜芸術とまちづくり」のカリキュラムづくり。そして5名の講師予定の人にそのカリキュラムでいいかどうかを打診するため、お手紙を出す。
学術振興課の中村さん、広報の小久江さんと一緒に来月のタフ(関西女性アーティストファイル vol.1)のリリースペーパーを持って京大の中にある大学記者クラブへ行く。14時前で人がほとんどいなくて、京都新聞社の若い記者さんが熱心に一人聞いてくれた。何らかの告知記事はでるだろう。あとはボックスへほりこむ。
ふと重森邸はどうなっているだろうかと玄関で声を出したが誰もいないようだった。お庭には何か衝立みたいのが置かれていた。
VOICE GALLERYへ。ちゃんと入り口の棚にタフのハガキが積み上がって置いてもらっている。松尾さんには大学の文化政策事例研究でも何かとお世話になるかも知れない。
『roundandround』岩崎正嗣個展[デジタルイメージと身体の交点]。原久子の署名が記名帳にある。知り合いと別の時間にその美術空間にいて同じ記名帳に並んでいるというのも、ちょっとした画廊訪問の楽しみだ。近くのギャラリーの名前もあってお隣同士のつき合いなのだろう。
赤い平面にコンピュータグラフィックスみたいな白い線が繰り返して描かれている。
描かれた線に囲まれた「虚」の部分が、「人拓」みたいな形で人のかたちに浮き出されている。でも、それはぼんやりした人間像で電波が乱れるとすぐにその形はなくなってしまうような希薄さも感じられる。デジタルななかにどうしても人体的な具体が見えてしまうことなのか、それでも身体的な自分の回復への希求なのか、どうだろうと思いながら、画廊を去る。
恵文社一乗寺店へ寄り道(反対方向だけど)。
奥のART-BOXアンフェールでは、版画の二人展『情景妄想』が開催されていた。孔雀の線画などの川下景子、赤い色使いがどきりとする廣中藍子。この場所は、関西で一番感性の鋭い本屋さんの奥だけに、展覧会をしたい人が多いのだろうなと思う。こっそりとタフのハガキをいっぱい置かれているチラシ置きに潜ませる(本を結局いっぱい買ったのでちゃんとお願いしてもよかったのだが・・)。
買ったもの。「コミック H Vol.6」(100%ORANGEの「z.z.z...2」があるから。あと、しりあがり寿のインタビューはとても共鳴できた)、「ワンダーゾーン」(福本博文)、「華々しき鼻血」(エドワード・ゴーリー)、「こどものころにみた空は」(工藤直子/詩、松本大洋/絵)。
京橋、OBPの1階。ここがこれからJAM Westの定例会の会場になる。名前はまだない。これも学会員で募集しなくちゃな。
もともと旅行会社のカウンターだったので、すべてガラス張り。FM放送をやっている姿を見せるみたいな感じでミーティングをすることになるかも。
吹き抜けと通じているからここでポエムリーディングとかダンスのワークショップをすると、それを通りすがりの人が眺めて何をやっているんだろうとぼんやりとした興味を生じさせるかも知れない。
ということで、会員18人が集まって第18回例会。昨年の全国大会をまとめて今日で実行委員会の解散となった。新しくコンサルタント(関西総合研究所)をしている佐名さんという人や、JAPの後藤清子さん(彼女からオテサーネクの割引チケットを10枚買う)、それにシタゴコロプロジェクト代表のまつおかずひろさんが入会(應典院の秋田明彦さんにも入ってもらっている)。でも4月にはまた年会費をいただくことになる。ごめんね(3月の例会から入会する人は、おまけしようと竹内さん。4人には悪いけれど、それはいいアイディアだ)。
これからの予定。今年6月までを発表。今年は松本事務局長がどんどん張り切って人選をしていく。予定を立てやすいように早め早めのスケジュールと、飛び入りがあれば即決できる体制としようと提案。私たちの趣味に偏らないよう、会員の提案を聞く術を十分考慮しながら(メーリングリストもしよう)やっていくことに。
2/16(土)の中川幾郎さんによる「文化芸術振興基本法を読み解く」を皮切りに、3/3(日)は大阪MBS劇場と大阪城ホールのバックステージツアー(これは新会員促進企画だなあ)。3/9(土)には秋田さんから教えてもらって「平田オリザに聞く」を特別にセット。4/7(日)、5/12(日)は一応月の第1日曜日10時半から2時間というセットで、現代美術と写真芸術の話を。そして6/2(日)は京都橘女子大学であるタフの第2回へ合流。中西美穂さんにお任せだ。
7月、8月は若手研究者(実践者)による「もぎたてリサーチ発表」を予定。これはまたいずれ公募しよう。ポエムリーディングのワークショップの話も2次会で浮上した模様。盛りだくさんの新年度になりそうだ。
大学に行かないで、のんびり展覧会へ。
“いま入っている人数分だけで、いつもの1日分の入場者数です・・”。芦屋市立美術博物館の山本学芸員が言うように、奈良美智人気とその吸引力はとても強い。オリジナルグッズ売り場は別会場になっていて、いったん外に出て買う仕組みになっている。ここもとても人気だ。
そういう私も帰り、王冠をかぶった細長い犬、Pup Kingのぬいぐるみと同じくバッチを買って、ぬいぐるみは2002年度の基礎ゼミ用にしようとか思っているし、地味なアンゴラコートの襟にはさっそく、Pup Kingバッチがひっついている。入場しようとしてグッズ売り場に入ってしまった女性集団がいて、明らかに、ここにははじめての人たちだと分かる。
“I DON'T MIND,IF YOU FORGET ME.”NARA TOSHITOMO 2001-2002。はなが横浜で視て芳江がオープニング(内覧会)にここへ行かせてもらった。話もカタログも熟知している。BTも久しぶりに読んだ。HAPPY HOURのサイトでナナさんの日記も読んでいたし(いまは中止されているようだ)、ヨコハマプロジェクトで届いたファンからのぬいぐるみの写真も逐次眺めてきた。
そんな中で何も新鮮さなど感じないだろうと半分諦めていた感もある。芳江がそうだったし、やっぱりどこかみんながいいと言い出すとスノッブ的にへそ曲がりになる自分があるだろうと思ってもいた。
ところが。エントランスに入って、3つの大きな絵に向かっているとそういうことがだんだん薄れていき、なつかしい少女にまた出会っただけの静かな気持ちに移っていく。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記313」をみてね)
自分的に満足しての帰路。それでもやっぱりもったいないので、Kodama Galleryに寄った。マムチョという人が“DUB DUB”というのをやっていた(L magazineの私の松山賢展のコラムの横に大きく紹介されていた)。小さな作品。ストリートで活躍している人らしい。
もう一つの大きな部屋は、安藤みちこ、喜多順子、中川トラヲの“3 BOOTHES”。平面からぶら下がる作品(安藤)や旗に絵を描いたものなど。画廊の人は携帯電話で25万円、10万円とか値段交渉を一所懸命していた。階段にそっとタフを置いて帰った。
淀屋橋まで歩いていくと、御堂筋がちょうど黄昏つつあった。雲が少しずつオレンジになる。
そういえば昼間、ビルとビルとの間に雲がハンモックみたいに架かっていたことを思い出す。片方は光に照らされ一方は影になっていた。光の雲はフラクタルが幾重にも折り畳まれるのが見え、曇り雲はただぼーっと灰色だった。
ああ、一月が終わる。また70.0kgに。新潮文庫の「マイブック」に縦書きで日記を書くようになって、プライベート日記へ書きつけることが変わったように思う。書き方で感じ方まで変わるのではないだろうが、何を残すのかが変わるのだろう。今日は必要に迫られて3つ短文を書く日になった。
大学へ行く前に、昨夜ざっと書いたタフの当日パンフの「はじめに」を、800字余で仕上げ(芳江にとても不評を買って出る前にしょげきってしまったが)。タイトルはとりあえず長いが、「アーツ。それは芸術の多神教ユニバース/地域。知と血、粋と息のバウムクーヘン」(「バームクーヘン」と思っていた、ドイツ語を知らないからなあ)。
そして、大学に行き「学生の手引き」にアートマネジメント資格についての解説文を400字余書く。
さらに、京都橘女子大学女性歴史文化研究所が出している「クロノス」という格調高い冊子のなかの「京(みやこ)のおんなたち」というページ用に、「しなやかなアーツマネージャー」とタイトルしたエッセイを1000字強書いておく。木下さんが編集責任者になって文化政策学部の1年間の執筆分担があって、これもまたいっぱい書かなくちゃいけない。
豊中市の職員用レクチャーのレジメも送っておく。
明日は朝早く阿倍野で試験監督の立ち会いに行くこともあり、夜の日程はなにも考えず帰る。雪印の詐欺のことをテレビでやっていた。そのあとミニモニが2人二人出て話しているのだがほんとにただというものは酷いものを見せる。通崎睦美=港大尋のマリンバCDを聴いて、毒消しをした。
以下、今日書いた「学生の手引き」のための原稿:
【アートマネジメント(という資格)とはいかなるものであるか】
『社会と諸芸術(アート、アーツ)を結ぶ仕事をすることをアートマネジメントと言います。したがって芸術のジャンル社会の種類などによって仕事の場所や形態が異なります。
たとえば、音楽ならばコンサートホール、ライブハウスなどの施設運営に携わるか、音楽事務所やオーケストラ事務局などが働く場所です。演劇ダンスでもホール劇場などの施設系と創造者系など。美術は美術館のほかギャラリーなどの現場があります。仕事内容も広報やエデュケーションのほか、資金調達、アーツプロジェクト実施など全般にわたります。
行政、企業、そしてNPO。起業も視野に入れつつ、アートマネジメントの資格をとることで、自分の好きなアーツを、地域コミュニティ、福祉や医療の現場、学校教育の場など、様々な社会へと届ける基本的な知識やノウハウを学び、合わせて、つきたい職場のアーツマネージャーに出会いコミュニケーションを深めることができます。』
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