こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.1



107.1/7〜1/10

1/7(月)

久しぶりに京都橘女子大学への坂を上る。きつい。初笑いをしてもらおうとかつらをかぶった自分の写真を見せる。
すぐに後期の試験があって、大学の入学試験も25日から始まる。大学って隙間が多くてなかなかface to faceのインフォーマルなコミュニケーションが取りずらいところだ。

大阪市文化振興事業実行委員会が出している「地域文化活性のための情報誌〜C/P(カルチャーポケット)」は大阪市の地下鉄駅などで手に入るフリーペーパーだが、おしゃれだし、まず行政が出している媒体とは思われない体裁と内容だと思う。ぜひ、自治体広報誌コンテストみたいなところがきちんと評価すべきだろうけれど、文化関係フリーペーパーは自分がやっている芸術環境論の重要なアイテムだから、C/P的冊子の必要性を自ら言わなくちゃかなとも思う。

とにかく、新年号(1月2月)の表紙は、インドネシアのムギヨノがひっくり返っているもので、昨秋のアジアコンテンポラリーダンスフェスティバルの模様がきちんとフォローされている。山下里加のアート・進行形もなぜか舞踏手岩下徹のインタビュー(エイブルアートの流れであることは分かってますが)。

知らないことが載っているところにこのC/Pの面白さがある。だいたい、自分が知っているアーツならばすべて知り合い的になり、知らないものはほとんど知らなくて無縁になる雑誌が多いのだが、このC/Pは知っているものと馴染んでいないものが混じっているのが、いい。

自分が知らなかったもの、たとえば、95歳の井上愛子の舞について(岩淵文榮)。あるいは、「ノンナラ作品」(アサオヨシノリ)。ノンナラとは「ストーリーを持たないノンナラティブ映像」のことらしい。

早く帰ってアッバス・キアロスタミ「風が吹くまま」(年末に中古で買った)を、はなだけ見ていないからまた3人で見る。ほろ苦さを感じつつ、うっとりする映像が流れる。幾度見ても色あせない映画の一つだ。

1/8(火)

大学にいるとパナクリエイトの松本さんから電話。今年の日本アートマネジメント学会のあり方について。OBPアーツプロジェクトも進化してもっと面白いことをしようねと。1/29の18:30から新年会もかねて関西部会例会。会員でない人も無料です。
(このあと、3/3大阪城ホールと劇団四季の小屋見学・・という風に学会員に興味を持ってもらう例会案が決まっていくことになるので乞うご期待!)

TAM研のメンバーが集まる。金銀河が韓国のポップスのCDを流したりする。みんな自分たちの活動が忙しいから、タフ(2/22.23)のお手伝いをする暇が少なそうだ。明日、青木教授から全員に呼びかけてもらうことにする。

東山青少年活動センターへ。明日は強風注意か。西田さんから座談会の打ち合わせをしないとですね、と言われチラシ(モトキシノブさんの写真デザインらしい)をもらう。『好きなトコロで生きていく-夢中を伝える-演劇・ダンス・音楽系』。座談会は東京に在住の横山一真という演出家の人だけ知らない。

チラシにある渕上純子さんの経歴が詳しくて、面白い。「・・京都生まれ。幼い頃より自宅応接間にて一人ピアノ弾き語りコンサートを行い、これが現在の音楽活動の原形となる。プロミュージシャンを目指していた学生時代の夢はかなわず、中学英語科教諭を辞職し、アフリカ旅行中に出会った船戸博史と京都で再会し、'91年ごろ飲み屋に頼まれ初ライブ。・・・」

さて、なにわのコリオグラファー“しげやん”【北村成美のダンスマラソンVOL.2】。「前略、お客様。今年も走らせて頂きます。」

前のダンスマラソンVOL.1では古い東山青年の家(もう解体されたのだろうか)で彼女は踊り続けていた。
今度は影の相棒もいなくて、最新作『rep-2』を12回連続上演。チケットはスタンプ形式になっていて、12回それで見れるという見る方もマラソンおつき合いも可能なのだ。

さらに『しげやんダンスワークショップ』や『カラオケダンス大会』がある。カラオケダンスはうちのTAM研代表の佐藤さんが行きたがっていた。(チラシに入っていた1/27の「なるほど ザ Ballet」のワークショップの面白そうだ。講師は「しげやん」と、バレエ&FUNKという両極端のダンスをやっている「やすなみずほ」。)

19時になって、京都市東山青少年活動センター創造活動室が開場する。農村文化を研究していた小鹿由加里さんや美術のみやじけいこさんが手伝っている。栗東市さきらの山本さんが来てここは初めてだけど、車が駐車できて滋賀から近いから便利と話す。

劇団衛星(3月の「絵殿」ではしげやんの振付が楽しみ)の奥田ワレタさんが、こたつ席に座っている。こたつ席にはミカンがあって客席なのにまた別の舞台みたいだ。清水くんは初めこたつに座っていたのに側面席に移っている。

(このあとは、アーツ・カレンダー「こぐれ日記304」をみてね)

1/9(水)

今日のゼミは2/22.23のタフの案内や、それにはどのような費目がかかるのかを当てさせたりする授業。おかしかったのは、この休みの出来事や今年の抱負をしゃべるときになって、ぬいぐるみを渡さなかったら、それがないとしゃべれないというのだ。結構、このぬいぐるみは彼女たちの発言プレッシャーを減らすものなのだと感心する。

アーツ関係では、和田さんが大原に行って藍染め体験をしたといって見せてくれた。なかなか、いい感じだ。海外に行って異文化体験をしたいと植田さんは言う。どこ?っときくとアジア、とりわけカンボジア。「地雷を踏んだらサヨウナラ」とぼくがつぶやくとよかったねえと彼女。

なるほど。カウントダウンなどライブコンサートの話は多い。6000円ぐらいでも行きたいミュージシャンがいれば、惜しくはない(ヤイコでは2万円ぐらいプレミアがついたと工藤さんは言う)のだ。そうか。

劇団四季の話が演劇ミュージカルで共有される話題であることも昼休みの彼女たちの雑談を聞いていると分かる。最近は映画をまとめて観ている川上さんが大阪市立中央青年センターのアルバイトに入った。彼女のような大阪の学生がいるとOBPアーツプロジェクトなどいろいろといいのになあと思う。

12時半からタフの打ち合わせ、13時から学生支援課とインターンシップのすり合わせ。たとえば神戸アートビレッジセンターにお願いして実際には近くに学生がいないので行く人がいないとまずいしなかなか難しいけれど、京都芸術センターはじめ5〜6箇所ぐらい1月下旬から訪ねていくことになる。

14時から、文化政策研究センター運営委員会。来年6月はじめ頃に、タフ第2段を視覚芸術でうちの大学の軒先劇場周りを使ってすることの了承を取る。秋には演劇をやりたいなあとも思うが(来年春にしたほうが無難かとも思い直す)、女性の劇作家、演出家と考えると候補が極端に絞られてしまう。

我と思わん人とか推薦の女性演劇家がいたら教えてほしい(最近三角フラスコの公演がないのがさびしいとも思っている私?作/演出:山口茜の漁船プロデュース「白痴」が週末見れないのが残念)。

15時から文化政策、文化経済学基礎研究会。端信行教授から「文化開発:教学のはざまで」のお話。いつもこの研究会は活発に議論されるし、概念の整理になったり触発されたりする。聴きながら「アフォーダンス理論」を文化開発に応用するともっと面白いだろうと「主体=環境系モデル」による自己運動の理論の話を聴きながら思う。

「文化開発」ということばは、梅棹忠夫の造語で、文化と開発は融合できるという考え方を示しながら、「アイデアがすぐれていれば、文化的施設をつくりながら、そのこと自体が都市開発にむすびついてゆく」という考えを出していた。

英語学の杉山さんがいうように四文字熟語はくせもので、文化開発とは、文化を主体(端さんは個人以外に社会や家族も主体と考える)が開発することなのか、あるいは、文化によって主体が開発される(文化が主体を開発する)ことなのか。話を聴きながら「開発」と「経営」、そして「政策」の三角関係はなかなかに理解しずらい、「政策(施策)をめぐる評価と創造の循環」であるということにあるというのだが。

1/10(木)

京都コンソーシアム【芸術を社会(まち)へ2〜「癒す力」】の最終講義。1年間がけっこう長かった。前期だけしか受けられなかった人も後期に少し顔を出してもらったし、多くのレクチャー&トークに支えられて何とか終わったなという感じ。
来週のテストを残すのみだ。

始まるまでに流すことが恒例になった音楽。今日は月下美人の「ショートケーキ」。
来年度は前期に、この通期で行った「癒す力」を、「アーツ&セラピー(仮題)」と名前も変え焦点を絞って発展させ、後期は、京都橘女子大学文化政策学部で行う「地域文化行政論」と基本は同じで、少しコンソーシアム的に味付けしつつすることにしている。

だいたい、私の講義はいま自分が関わっているものとか体験したものに連動しているので事前に告知することがなかなかに難しい。今日も、一応「アーツの企画プログラム作り」というのをシラバス的にはあげていたが、その内容は、いままさに大学事務局と上田假奈代さんと一緒に作りつつある、関西女性アーティストファイルについてだった。

キャッチコピーが8案もあってそれを絞り込みながら、200万円(300万円ぐらいという会場の予想もあったし、後にいつももらう受講者用紙には、自分の予想より高くつくのだなあという感想もあった)の予算をどんな風にたてていこうとしているのかも口頭で話した。

あとで受講生の一人がやってきて参加するだけでなくお手伝いしたいと言ってくれたのには感動した(丸山さん、ありがとう)。この授業をやってよかったと思ったことの一つ。

ドキュメント2000で出した「社会とアートのえんむすび1996〜2000つなぎ手たちの実践」のなかの、私が書いた部分をコピーしてもらいそこを読み進めることでこの講義のまとめに代えた。割とうまくまとめに近い文章として活用できたのではないかと思う。少し早く進みすぎたかも知れないが。

そのあと、まだ決めていないが、立命館でのアートマネジメント論のテキストにこの本をしてしまう(その時は文化農場の久保田さん、ぜひ、支援事業のビデオを貸してくださいね)とどのような講義展開になるかをずっと考えていたので、今日はその予行演習でもあった。

今日も思ったが、レクチャーのための事前準備をしようと思いつつ何もしなくて、終わってから自分の文章でももう一度読んでどこを強調したり、補足的に解説するかを考えていればよかったなあと思う。板書もうまくならなきゃ。つくづく講義というのはむずかしいと実感した1年だった。

反省点が多かったためか、ぼんやりしていたからか、大学へのバスに乗ったときにコートのボタンが引きちぎれ、大学についてから、ポケットにコンソーシアムの第3講義室の鍵がポケットに入っていることに気づく。

大学では、Lマガジンの竹内さんから電話があってもう少し具体的に松山賢全作品展の文章を直すことになり、やっと原稿が出来上がった。ぜひ、25日発行のLマガジンを見てください。(美術の内容的な解説をした文章を書いたことは初めてなので、事前に展覧会に行きたくなるような事前告知文章というものの難しさが少し体験できて面白かった。)

今日は日本橋の講談の会に行くか、映画「ハリー・ポッター」を見るかどちらかをしようと思っていたのに、余計な仕事(コンソーシアムに鍵を返しに行く)を作ったので、椥辻駅そばの蔦屋の会員になって、「千と千尋」とかいう(うちの学生たちにも人気ではなはどうしようもなくひどいと言っていた)アニメを借りようと思ったらまだなかった。

替わりに「THE MATRIX」など3本のビデオを借りて、夜は芳江とまずはAIコンピュータに支配された人間の有り様を描く「マトリックス」(1999、ワーナー・ブラザーズ映画、脚本/監督:ウォシャウスキー兄弟、136分)を見た。

MATRIXときくと、すぐに数学の行列という訳を思い浮かべたが、辞書をひっぱると母体とか、古くは子宮をも意味しているらしい。コンピュータが支配する母体に人間はブロイラーのように養殖され餌になっている。そんな感じがこの原題から想起されるのだろうか。

仮想現実とかどうも一時代前の発想かと、見ない前は思っていたが、冒頭から引き込まれる展開で途中から救世主とかのワンパタンのタームに気持ちは離れてはいったが、ハリウッド映画の中でも悪いものではないように思った。

キャリー=アン・モス(トリニティ役)は初めの方がとてもかっこいいのに、結局愛して救世主を産むマリアさんになってしまうのが惜しい。救世主になってしまったテオ役のキアヌ・リーブスとかいう役者は名前しか知らなかったがなかなかハンサム。

監督のウォシャウスキー兄弟は、兄ラリーが1965年生まれ、弟アンディが1968年生まれ。日本のアニメーションに影響を受け、どちらもコミックの制作に熱中していたという。
30歳代前半というのがブレイクする才能の臨界点の一つだなあと思う。周囲を見回してもそれぐらいの年代の才能が特に面白いから。


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