こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.3
3/4(月)
うまくいくかどうかまるで分からないのだが、自分がこの数年書いてきた論文やコラムエッセイなどを1つの小冊子にするとどんなものになるだろうと思って、10年以上前のふるさと創生論から新聞のコラム、パンプレスのエッセイまでを分類してそれらしく標題をつけてみた。全体のタイトル案は、「未知づくり」あるいは「未知さがし」・・ときて(とりあえず)「未知たずね」がダジャレ的でいいかなと。
未知たずね 〜まちのアーツマネジメント考〜(案)
第1部 生きた文化、自由な市民のための芸術論
1. 市民参画と文化環境
2. 芸術と生活の十字路づくり
3. 女性が「芸術を仕事にする」ということ
4. しなやかなアーツマネージャーたち
5. アーツ。それは芸術の多神教ユニバース
〜地域。知と血、粋と息のバウムクーヘン
6. 芸術に親しむ〜「文化政策入門」より
7. 文化振興〜施設は十分、どう生かす
第2部 まちへ届けたい、さまざまな芸術たち
8. アートとお年寄りが出あう
9. 私空間:頭のオルゴール、おざぶプリーズ、私と空をつなぐ、ゆっくり曲がる
10. 身体表現に出逢う地域(まち)
11. 劇団態変のワークショップ「うらおもて」体験(「イマージュ」にいま入稿した原稿も掲載されれば入れてもいいかも知れない)
12. 天然のパフォーマー山下残を検索する
13. 近畿な芝居を支える場、とりわけ混沌の京都へ
14. 松下電器の企業メセナ〜困難な時代に在り続ける力を
15. 劇評誌『劇場通い』寄稿「王様は白く思想する」
16. 聴衆のいない「語り」、互いに聴きあう「語り」
17. 舞台へ、降り来たるもの
18. ライブレビュー「アーサー・ドイル」
19. 楽音ライブレビュー「もう帰っちゃうのですか」
20. エルマガジン紹介記事「松山賢全作品展1997-2001」
21. 書評「アートエネルギー」のすみか
22. 自著を語る「芸術レビューと文化現場観察記録を蓄積して公開する試み」
第3部 ダンスのアウトリーチ、踊り環境考
23. ダンスに感応する関西での日々
24. ダンスのリーチ(1)〜(12)
25. 踊りまわり(1)〜(8) (8)は現在印刷中
26. ダンスボックス通信(レビュー2本)
27. アジアコンテンポラリーダンスフェスティバル(エッセイ+通信レビュー)
第4部 アーツマネジメントへの道のり〜ふるさと創生、地域創造から〜
28. ふるさと創生と地域の感動プロデュース
29. 地域における芸術文化振興の方向
30. 地味に息長く感受性はぐくむ
31. 文化際に出かけよう
32. 私たちの傍らに芸術家が「居る」こと
帰ると、たまたまここに収録したいと思っている「23. ダンスに感応する関西での日々」が少し前の号に載ったことのある「La Vue」のNo.9が来ていた。発行人:山本繁樹、http://member.nifty.ne.jp/chatnoircafe/lavue.html。
中村正「暴力と男性」(これは私自身にとっても痛い痛いテーマである)、榎本輝彦「変革の起点としてのコミュニティ」、この二つはうちの教員も興味を持つ(青木学科主任がコミュニティマネーについて「ピンとこない」とよくいうのでこれをまず読んでもらわなくちゃ)だろうし、「マスコミは生活と出会えるか」はまずパナクリエイトの松本さんに読んでもらわなくてはと思う。
《今の日本社会は従来の「男」と「女」ではなく、ある意味で「企業・組織人」と「自由・自営業者および多くの女性」に2分されつつあるのではないか。・・・マスコミの向こうに「お茶の間」があると思っていたのは錯覚だったのかもしれない。あくまで自分たちと同類の「企業・組織人」(=男社会)的な問題意識にしか(マスコミは)反応できていないのではないか。・・》[「マスコミは生活と出会えるか」(松本康治)より]
古本のオギノで100円で買った『日本の財団〜その系譜と展望』(林雄二郎+山岡義典、中公新書746、1984.11)はとても面白く読んだ。第2章の日本財団小史はいまのNPO法人を考えるのにも役立つ。特に啓明会や齋藤報恩会の進取性に学ぶことは多い。
「報恩」についての林雄二郎の解釈は、矢野暢とかも登場して時代を感じるとともに気をつけないといけない感じもあるが、贖罪の欧米型フィランソロピーに対する従来の日本型財団のエトス説明としては、分かりやすい解説だと思う。
3/5(火)
大阪ガスエネルギー・文化研究所『CEL』からの依頼原稿にそろそろ取りかからなくちゃならない(8400字)。研究所からいただいたお題は「21世紀型まちづくり」で、「アーツマネジメントによるまちづくり」がその大まかな内容だということ。出だしはかなり大層な危ない大風呂敷なのだが、20世紀型まちづくりを概観するものにどうしてもなるので、うんうんうなりながら「まちづくり」の類型とか定義とかから書き始めた。
「小暮はな」をYahooで検索すると、ライブをこまめにみてレビューしている朝木卓見さんという人の個人サイトを見つける。はなのことも書いてあって、まだリズムなどが不安定とか実にしっかりコメントしてもらっている。ふちがみとふなとや月下美人、月夜などが並んでいるので、一緒に観ていることもある人なのだろう。
小暮さきの方は、今日が受験。終わってから聞くと前夜ほとんど寝れなくて、田中泯さんの息子さんに古文を教えてもらっていたら、それが出たという。これで落ちたら申し訳ない。どちらにせよ田中泯さんも出る京大西部講堂の「ペヨトル・ファイナル祭り」(5/11、12)には帰ってくるだろう。
ぼろぼろになった衣裳に、さきは詩を書き付けているのだという。寂しいから言葉がどんどん生まれるらしい。キララという20歳になる老犬の存在も彼女の支えなのだろうと、アニマルアシステッドセラピー(あるいは、QOLのための動物介在活動)の本をいまたまたま読んでいるからか思う。
落っこちるとどうしようもないが、さきの計画は、食品科で果物の加工とかを学んで居候先の桃花村に少しは貢献しながら、卒業後イタリアに行ってパンづくりを学び、そのうちに徳島の「太陽と緑の会」の近くで西洋と東洋を結ぶパン屋さんになるというもの。まだまだ子どもの夢の延長である。
アサヒビール食文化講座「スローライフ・スローフード」のチラシがたまたま来ていた。北イタリア、ピエモンテ州プラという小さな村に、スローフード運動の国際本部が置かれているという。この運動の1つに「質の高い素材を提供してくれる小生産者を守っていくこと」があって、まさしく小生産者とは田中泯さんらの桃花村のことのようだし、「味の教育」はコンビニやファーストフードに浸されている私たちとその子孫のために喫緊の課題なのだろうと思う。さきがそういう世界といつか接点を持つのかも知れない。
雨の中、OMSへ。満員なのにまず驚く。新宿梁山泊第27回公演、唐十郎初期作品連続上演『愛の乞食 アリババ』演出/金盾進、19:03〜21:36。前説が普段の劇場での気合いではない。ふと南河内万歳もこんな風だなあと思う。唐十郎の系譜だ。
休憩は20:33〜43でこれは初めの「アリババ」が終わっての休憩ではなく、「愛の乞食」の前半が終わっての休憩だろうと思うが、「アリババ」でも緑のおばさんが出ていて、それが「愛の乞食」で登場人物として現れるから、その境界は不分明であるとも言えるし、それが唐作品の特徴だということを金盾進がよく理解しているからでもある。
老婆の台詞は今日の雨にぴったりだ。馬の胃袋から振降る雨という比喩がすごいなあと思っていると、ずっと馬のいななきとブランコの軋みが幻聴と幻視のなかで交錯する芝居だった。
幕開き1分間勝負と金盾進が大昔に教えてくれたと思うけれど、大久保鷹の独り言のような会話がずるずる続く「アリババ」はずーっと幕開き1分間の延長のように釘付けだった。土方巽の声のテープにそっくりなのだ。人は誰でもいつしか人間から抜け出して有らぬ世界とこうして交信し語るようになるのだろうか。
三浦伸子がどうしてこんな大久保のひとりごちに合いの手をうまく入れられるのかも不思議といえば不思議だ。大久保の老いた裸に三浦の太った胴体が強烈な味を出す。唐組テントで観たときよりも格段に大久保鷹のすごさが突出していた。
他方、近藤結宥花は変わらず幻想的な美しさだ。
なかでもやはり金主珍(盾進)の演技を最後まで楽しめるのがこのお芝居の大切な楽しさだと思う。「愛の乞食」になると、そのストーリーの「しりとり遊び的単純さ」故に、少年王者舘みたいなどきどき感が続かなくなるのが唐十郎作品についての私の率直な反応なのだが、それでも、役者を観るという楽しみがあれば話は別だ。
金主珍が95年ぐらいだったか、宮崎市内の焼き肉屋(西橘通りだったか)でテーブルの上に立ち、ハムレットを演技してくれた真夜中を思い出す。宮崎は鹿児島と同じく地鶏が美味しいので、そのお店がセットされていたのだったが、金主珍さんは鶏が食べれなくてもう一つ急きょ出かけたのだ。
そういえば、金久美子さんはどうしているだろう。新宿のタイニーアリスの客席で萩国際映画祭での原一男シネマ塾の話を彼女から聞いて、こりゃ大変だと地域創造の助成の幅を広げたりしたのだった。
3/6(水)
研究室でアウトルックを開けると木下さんから、1つ原稿が見あたらないのですとメールが来ている。しまった、「文化政策学部のPRと広報」という原稿を書き忘れていた。慌てて書いてアップする。「この文化政策学部、この1年」とでも言うべきまとめはそれぞれのゼミのことなど、みんなが書き綴ったものなので、面白い冊子になりそうだ。
それにしてもきちんと素早く対応する木下さんにはお世話になりっぱなしである(JAM Westにも来てくれるし)。学部教授会で広報担当のなり手がなかったら、彼がかって出てくれた。
教授会では後期試験の合否判定。後期はどうしても厳しくなる(すでに定員に達しているからだ。ただ3/22までに辞退が起きるかも知れないから、その見極めがむずかしい)。
18時から教職員組合の総会。なんとぼくが副執行委員長になったのだ。前の志賀さんから、小森さんと私のどちらかになってほしいと言われて、まあ、ぼくの方が2回生も受け持ちが少ないので、来年度は自分がすることにしたのだが果たして・・。
19:30からは高校の組合と一緒の連合の会議。高校の教職員ともつき合えるのは有意義だ。林さんからの提案で国立文楽劇場に組合で行く計画が浮上。大学組合らしい企画をすればいいので、ちょっと嬉しい。
ある大学から「美術文化政策研究」という非常勤講師の依頼(まだ先のこと故どうなるか分からないが)があって、次のような概要を作成する。「美術」とは、何かってまたこれも「芸術」とともに難しくって困るけれど。
《美術に関わる「文化」政策(行政や非営利団体による計画-施策-評価)の歴史を学び、全国の自治体や各種社会において、今を写す鏡である美術をどのように活かすべきかについて研究する。「アウトリーチ(出前)」や「アーティストインレジデンス(滞在制作)」などを例に挙げ、美術という個人の営みを社会に届けることの難しさと必要性を理解することで、美術が自らの仕事となるヒントを学生が得られるように努める。》
TAM研の無料掲示板を、OBPアーツプロジェクトの源河さんに教えてもらって、作ってみる。http://8536.teacup.com/kogure/bbs
ボランティア募集とかTAM研割引公演とかが入り込むと嬉しいな。変なものはチェックする仕事が出てくるが当分こちらでやっておこう。
3/7(木)
ブライトンシティ山科「皐月の間」にて、「京都橘女子大学・山科区役所パートナーシップ懇談会」が午前中にあった。長谷川区長はじめ松本区民部長などが区役所側で、うちも池上学部長に端文化政策研究センター所長ほか山科文化開発プロジェクトの面々が参加した。こういう機会があるといろいろやりたいことを思い出す。
地下鉄でのアーツ企画もそうだし、椥辻にある京都刑務所でのアウトリーチの可能性を探ることもその一つだ。
アウトリーチのプリズンプロジェクトというのが欧米では当たり前にある(という)。一方日本ではかなりのハードルがあるのだそうだ。刑務所だけでなく少年院だとかの矯正施設とアーツの関係のことをぼんやり考えていた。
そういえば、斜め読みした本『アニマル・セラピーの理論と実際』(岩本隆茂・福井至共編、培風館、01.12.26、2800円)のなかに、「刑務所における動物介在療法」という章があった。
そのなかでもアメリカ・ワシントン州のパーティ女子刑務所において、1980年代に「受刑者はまずコミュニティカレッジでイヌの訓練やグルーミング」の訓練をする話が興味深い。これによって職業的なイヌの訓練・世話を身につけながら、「受刑者は自己によいイメージを持つようになり、自分を制御できるようになり、誠実さが培われるといった効果」が得られた。このプログラムはその後介助犬を育成するプログラムに発展したという。
なお、アニマルセラピーということばはいまは英語としては使われずに、治療と評価を伴う場合は、「アニマル・アシスティッド・セラピー」(動物介在療法)といい、それが伴わない場合は「アニマル・アシスティッド・アクティビティ」(動物介在活動)と言われているそうだ。ついでに言うと、この世界では「ペット」ではなく「コンパニオン・アニマル」(伴侶動物)という用語がよく使われるらしい。
自治省の5年先輩で退職したTさんからハガキ(「これでゆっくり酒が飲めます」)をもらっていたので電話する。福岡県庁時代から色々お世話になっていた。いまの給料が毎月10万円ほどの減収です(宿舎代が前は引かれていたからもう少しほんとは下がったのだが)というと、それはましな方だと言われる。Tさんは特殊法人の総務部長とかしていたし、いままで大変なことばっかりだっただろうと思う。
テレビを観ていると私の採用担当の理事官だった滝実総務省政務官が鈴木宗男議員から政治献金600万円をもらったということで答弁している。身近な人が知事になったり(和歌山県の木村先輩とか)知事候補になったりしていて、自分はそこからは遠い世界に来れてよかったなあと思ってみている。
また、鈴木宗男議員の恫喝疑惑の関連として、米軍演習場受け入れ賛成町長と反対町長に対応して、特別交付税交付金の増額があったりなかったりしたという話題が出ている。
特交(特別交付税交付金。普通交付税算定では対応できない災害など特別の財政需要を算定するもの)にまつわる鈴木宗男議員の強いプッシュの話は10年ぐらい前から自治省財政局内では密かに有名だったことを思い出す今日この頃なのだ。
「小熊」に注意だったか?。ただし、都市の特交はいまの総務省自治財政局で行い、町村の特交は都道府県の市町村担当課が配分する形式になっているはずだけれど。
また寒さが戻ってきた。拾得はそのライブ内容に比較するとちょっと寂しい客席。でも踊り出す人もいて幅広い年齢層だ。渕上純子さんの顔もあって、共通する音楽の水脈を感じる。
『石橋幸〜ロシア俗謡を唄う!』出演:石橋幸[タンコ](うた・ギター)、石塚俊明[from頭脳警察](パーカッション)、後藤ミホコ(アコーディオン)。19:17〜21:31。
「昨年に引き続き、今年もタンコのロシア俗謡が関西にやってきます。後藤ミホコが新しい活動を始めるため、この組み合わせは当分見れません。是非珠玉のロシアアンサンブルをお楽しみ下さい。なお、名古屋は後藤ミホコに替わり、金井太郎が登場します」という案内がオルペコ企画の岸田コーイチさんからメールで届いていたので、拾得を訪ねる。
悲恋や片思いにかぶさる形での監獄=囚人の歌が多い。亡命の歌もあり、ほとんど短調である。張りのある深い声とコンパクトな演奏時間、無駄なく彩られるアコーディオンの伴奏とパーカッションのさりげない飾り(あるいは、歌のなかの歌詞にならない気持ちの流出)。ロシアとジプシーの深いつながりも感じられる。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記326」をみてね)
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