こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.3
3/8(金)
またまたワイドショーを観て大学に行きそびれてしまった。突然芳江に車を出してもらい、八幡市内にあって時代劇の撮影場所になってきたという流れ橋を見に行く。ちょうど橋桁の付け替え作業中だったが、はなが堤防で一人踊り続けていた。
その後大阪港CASの展覧会へ行こうかなと思って出かけたが寒くてしんどそうだったので、京阪電車の大和田駅で降りてみた。ここは私の母が女学生時代を中心に住んでいたところである。母方の祖母がまだ元気なときに鶏を飼っていて「ちゃい、ちゃい」と言っていたので、幼い私が「ちゃいばあちゃん」と名付けたのがここであるはずだった。
母の兄が天辻鋼球株式会社の専務だったので、その工場近くの小さな川のそばの社宅だとは聞いていたが、すでにその川は蓋をされていて、水音だけが聞こえていた。少し近所をほっつき歩こう。子どもたちが敷物を敷いてままごとをしている。袋小路は植木鉢の展覧会場みたいだ。ミカンがなる木、崩れ落ちたトタンの家。
一昔前の商店筋を抜け、自動車がひんぱんに通る道を渡ると、そこには、路地と路地、袋小路が組み合わさった不思議な感じの住宅地があった。ここにはゆっくりとしか時間が流れなかった結果、周りと違う風景が残ったと思われ、町によって流れる時間速度が違うことを実証している。
実家の野田よりもずっと密に平屋の長屋が続いていたり、突然お寺があったりする。スケールが全体に普通の町より3/4ぐらいに縮小された感じがあって、20年ぐらい時間が止まっているとも言える。ちょっとこの辺り(常盤町)のタイムスリップぶりはすごい。
寒くなってきた。18時過ぎにアイホールへ行く。明日明後日とばたばたするので、山下残ダンス公演『そこに書いてある It
is written there』のリハーサルを見に来たのだ。
すると、納谷衣美さんがデザインしたLPサイズの100Pもある当日パンフレット(というかこれもダンス作品の一部である)を、かなもりゆうこさんが中心となって、家内制手工業工場よろしく制作されているところであった。
手伝いたいと言うと、めくっていると本番の楽しみが薄れるかも知れないと心配されたが、不良品チェックや21ページの秘密の「☆」の貼り付け作業を手伝わせてもらった。
(ふと、昔、西成区の従兄弟の家で電車ごっこのために駅名を決めキップを分業制作する輪に初めて入れてもらった。その遊ぶ準備に熱中して自分だけ遅くなって結局遊べず、野田の家に帰った日のことを思い出したりする。)
ダンスのことはリハーサルだし詳しくここでは書かないことにするが、ゆっくりとこのLPサイズのページをめくっていると、山下残さんらのダンスもコンテンポラリーダンスの新しいページをこうしてゆっくりとめくっていく作業をしているのだとつくづく思う。
さらにこの本が、ランダムアクセスが可能なCD(サイズ)ではなく、溝のあるリニアなLP(サイズ)であることも大切なポイントだろう。上演中に眺めやすいという点ももちろんあるが。
9.11を巡る西嶋明子のシークエンス、ラストの宮北裕美の個人日記を綴るソロなど心を揺さぶるページが待っていた。特に、山下残と納谷衣美の大きい人と小さな人によるMOTHER(1995年のFamilyのなかから)のシーンは、荒木瑞穂の詩を伴うことによって胸にぐいっと迫ってきて溢れだしてくる(荒木の詩は当時とは違っているらしい、振付はそこに書いてある通り、同じだが)。
スローフード、スローライフ、そして、「スローアーツ」。創ることに意識的にスローであることがどれほど大切か。スローな価値をこのダンスチームほど(当日パンフも含めて)感じさせてくれるところはない。こちらの都合で、高校生手話のコーラスが聴けなかったのはとても残念だったが。
「そこに書いてある」とテキストを示しながら、その本のページには書ききれないものがダンスするステージで書かれている。つまり、紙のページに文字として書かれながら読みとれないものを、踊る身体から読んでいく。
それでも、ステージでも起きなかったこと、読みとれなかったことはずっと引きずっていくのが私たちの日常であるということもまた確かだ。このカウントダウンにより、ページとページの隙間に隠れたページ、あるいは0ページまで辿った先にまだめくられない自分のページまで感じさせてくれる、そんなダンスだった。
3/9(土)
滋賀県水口町碧水ホール。11時半に着いて第15回「水口町美術展」をまず観る。書、絵画、写真、彫塑・工芸。映像は今年は残念ながら応募がなかった。合計286点。13時から特選などの表彰式がある。部門ごとに賞を設置することも励みになるのだろう。が、どういう風に展示したいのかまでを公募してみてはどうだろう。手伝う人の募集も含めて、町の美術展にそんな構想公募があったらまた違う楽しみ方が出てくるかも知れない。
そんなことを思ったのは、「鎮座」という、参加型の石の作品があったからだ。どうぞお座りくださいと書かれていて、そこに座ると展覧会の風景がちょっと変わって見ることが出来る(この作品があったおかげで、奈良美智展にその作品に乗れるものが1つあったことをあとから紹介することにより、うまく展覧会とトークをつなげることも出来た)。
また、高校生が半紙をそのままもってきた書もあってその作品を上村さんらがどうやって展示しようか苦心したという。出口では「出品者へのメッセージ」を箱に入れるようになっていて、身近な作者と町の人たちの交流を促進する仕掛けがこまめに作ってある。
碧水ホールの向かいにある滋賀県立水口文化芸術会館のギャラリーではちょうど『写真展〜周辺の記、日常の眼』があり、6名の滋賀ゆかりの若手写真美術家の展示されていた。
そこでは、ナカノカオリがセルフヌードで古風な実家と向かい合っていたり、子どもたちを素直に写す上原勇介の写真があったりする。元木元、小澤恵津子とも自分とその周囲とのつながりを大切にするカメラである。
山中葵は、少し社会へ足を伸ばして、団地の布団や明かりを写し、幾何学的に構成しながら、それを暖かく密生させている。私も椥辻から大学への道で太陽に干された布団や洗濯物をデジカメでおさめていくクロニカルな記録づくりに心惹かれていたので、同様の目線の人を見つけて面白く思った。
特に、澤田知子のお見合い写真群の多さとその偏執狂的な変化には心底驚き、見終わると不思議な快感があった。写真館にモデルとして額縁に入ったものと別にお見合い男へ渡す写真がテーブルに堆く置かれていて、気に入ったものにハートのシールを貼るような仕掛けがある。
写真館の写真は修整が当たり前の人造ビューティの怪物写真である。それを逆手にとり、何通りもの外見〜晴れ着着替えと髪型、化粧変化〜によって、そのお見合い用という使用価値を完全になくしていく(つまりコンセプチュアルな美術になる)様がビジュアルに辿れるものだった。
さて、14時から16時10分前まで、碧水ホールロビーにて訥々とレクチャーをしたが、まあ、その様子はレジュメでうかがっていただくとありがたい。事例はいつものように多すぎてかなりはしょった。デジカメをパソコン上に変換したり出来ず、そのままプリントアウトしたものを回してもらうなどビジュアル的なレクチャーへの道は遠いものがある。
*****(レジュメ)******
これまでの展覧会、これからの展覧会
〜展開 遊覧 会心〜
水口町美術展第15回記念「アーツ・フォーラム」
☆展覧会を1字ずつばらしてみる
「展」:広く見る。つらね並べる。「尸」は人があおむけに寝ている様で、死骸(あるいはカタシロ)が上向けに並べられているところからのようだ。
「覧」:いちいちよく見る。この文字はもともと「監」と「見」から出来ていて、その「監」は水鏡に人が下を向いて顔を映している様。
「会」:會は、「集」と「増」が上下に合わさったもの。そこから、出会う、出くわす、寄り合うという意味が生まれたということ。「会館」とはもともと同郷人の親交や相互扶助などを目的とする事務所という意味だったそうだ。
☆展覧会をつれづれに探し楽しむ
障碍の茶室 峠の茶会(アートにであう秋vol.3「もてなし」福岡県立美術館)
奈良美智展(ヨコハマプロジェクトとグッズ販売)
THE STANDARD(香川県直島/民家・空家・路地・旧施設)
伊達伸明謹製『建築物ウクレレ化保存計画』
☆展覧会を企て編集し、みんなに届ける(「企」:たくらみ、くわだて。つま先だって伸び上がる形から)
1日だけの美術展(CAPARTY、嫁入りアンデパンダン展、藤本由紀夫、関西女性アーティストファイル2)
ワークショップから始まる展覧会(扇千花、北山善夫〜伊丹市)
エイブルアーツ、アウトサイダーアート
☆美術展示の様々なかたち〜投影(プロジェクション)志向
つやま芸術祭/直島・家プロジェクト/ホテルにおける滞在制作プロジェクト(art in transit)/OBPアーツプロジェクト室住のページ
☆美術の展覧会や投影企画がめざすものとは何だろう(以下はレジメに書かれていなくてその場でホワイトボードに書きながら説明した内容となっている)
(1)未知づくり・・バイパス=近道という公共工事ではなく、あえて未知という芸術があることで、「寄り道」をつくること。未来はまだ定まっていないと、「いま、ここ」の出来事を慈しみいまの自分の身体と心を通わすために美術の展覧会やアーツプロジェクトはある。
(2)ちいきづくり・・地域ということばをダジャレ的に変形しつつ、それが地域なのだと考えてみる。地→知→血。域→粋→息(生き)。地域の知、粋な地域、血の伝統と深呼吸できる息づく地域。そんな、ちいきづくりというアーツ(未知)を通過するまちづくり。
(3)暮らしづくり・・結局は家族や個人の日々の暮らしをいかに「愛」の交通に満ちたものにするかということであり、そのためにキーワードとして「スロー・ライフ」があるのである。未知と「ち=いき」が見守るスローな暮らしづくりへ。
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終わって、これからガムランのコンサート(大津市民会館)に行く中村館長と一緒に、ホールをあとにする。もうすぐガムランセットがホールにやってくるらしい。福野町ヘリオスにはスティールドラムと地元オーケストラがある。いつか碧水ホールにもレジデントなガムラングループが誕生するだろう。そうなれば、京都橘女子大学文化政策学部の軒先劇場に招聘したいものだ。
岡山を経由して、21時には、もう高松のネオン街をぶらついていた。でも、風邪をひいていたので、うどんを食べビールとサントリーのライウィスキーを1杯ずつ飲んですぐにホテルに戻る。
3/10(日)
たかまつアーツの人づくりプロジェクトクロージング公演がマチネであり、次のソワレを準備している間に、受講者だけでない公開講座《検証[いま、演劇!]》を行うというお仕事をする日曜日。午前中、大森誠一さんとその打ち合わせ。彼にもスローフードに強い関心を持ってもらえたので、レクチャーの締めくくりイメージがスムーズに出来ていく。そのあとは、ずっとお芝居を巡る四方山話。よくこういう雑談的情報交換が次の動きのベースになったりする。7月の犬島での公演はなんとしても出かけなくちゃ。
劇団マグダレーナの幅の広い支持層については、満員になったセントラルホール「wing」を見ても実証されることではあるが、たまたま大森さんとお茶をしていた喫茶店のおかみさんから逆に今日の公演を薦められたことでもよく分かる。
お芝居は『カサブランカ/フォーエバー』と言って、2時間を超える作品(14:13〜16:23)。受講者の一人小西金太郎さんに作演出の大西恵さんが出会うことで実現した物語。客入れの中心は、私たちの受講者たちである。なかなかにてきぱきと空いた席を見つけて誘導している。芝居の作りを見ると、どこか松竹新喜劇を連想させるような人情色の強い内容とテンポが特色だった。
終わってからの受講者や参加者の感想にもあったが、年輩の人たちが恋を続け命を張って生きている姿がよく描かれている。なにせ、(数々の日活ロマンポルノの絵も事前に制作した)小西金太郎さんは映画看板の絵を舞台上で実際に描くわけで、台詞を覚えるだけでも大変なのに、高度な技術を要求されじつに見事に応えている。
お金と芸術、コピーとオーラ、贋作とオリジナル。演劇と映画、大豆の味のする豆腐にスーパーの水っぽいトーフ、グローバリズムと地元ぐるみ運動、シネコンに地方単一館・・。
いっぱいの対となるテーマや素材がここにはある。
この劇団は社会派だし、でも恋もお笑いも入れたい。それにほろりとしたいという観客にも答えたい、ということから、いつもどうしても盛りだくさんになるのではないだろうか。
そこで、本公演とは別に、若手にもフリンジ的作品づくりを行わせるなど、可能性を広げることも大切なようにも思った(地域劇団の雄、弘前劇場はそういう試みをすでにしているわけであるし)。
私がトークする公開講座は、受講者(12名ほど)以外は2〜3名ほどだったので、みんなから感想を聴いてそれに反応する形を予定よりも多く入れた。みんな半年を経過して、昨日から今日にかけてもこのお芝居を手伝うことを率先して行っているし、話す内容にも格段の進歩が見られていて嬉しい限りである。
アーツ日記もまた付けようかと思っているという人もいたし、事前に「カサブランカ」をビデオで観ておいた受講者もいた。この人たちはきっと、これから2004年にオープンする新高松市民会館を「空っぽのホール」にさせないように取り組む人たちの中心になってくれるだろうと思う。
スローフードの3つの目的になぞらえて「スロー・シアター」(ゆっくり作りあげる劇場=演劇)の3項目を提案して、私のとりあえずのクロージングとした。
1)“郷土食を大切に”→郷土の劇団、アーティストを大切にする。固有の味は即席に余所から買ってくる味とは格段に違うもので、今日のお芝居でもお豆腐の味に触れられていた。長い時間をかけて作りあげるお芝居、そして劇場を目指そう。
2)“地域の小生産者を守る”→それは演劇なら稽古場や使われる地方言葉、衣裳などの地域の数々の文化、伝統、遺産、人びとによる手づくりの舞台づくりということになる。
3)“味の教育を、子どもを含めて行う”→演劇の味わい学習を行うこと。とりわけ演劇鑑賞の癖をつけ味わい方を自然と身に付けることが大切である。それには家族の団らんによる共食と同じように、同質のグループだけではなく多様な芸術の味わい方が「自然と」小さいときから身に付くような環境づくりが必要。
大森さんに会う前、古本屋の100円コーナーで買った文庫本4冊:田原総一朗「電通」朝日文庫、つかこうへい「つかへい腹黒日記part3」角川文庫、俵万智「サラダ記念日」河出文庫、中島みゆき「愛が好きです」新潮文庫。
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