こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.10
10/4(金)
〈ここには美味しいコーヒーと繕いの店主がいます。
〈大好きな本とレコードを持ってどうぞおひとりでいらして下さい。
〈誰にも教えたくないほどの心地よく秘密めいたところになりますように。
sewing table。定休日は月曜日と火曜日。11時から18時まで。枚方市から交野線に乗りかえ星ヶ丘駅下車、4分。静かな住宅地の中にそこはあった。
女房と二人で行ったが無理と会話をしなかった、じっと黙っていても、まるで平気なカフェだった。それでいてどちらも顔が穏やかになっていくことを互いに感じていた。
カフェが開かれたのは今年の4月。11月にはSEWING GALLERYがオープンするという。コンサートなどにも貸し出される。写真のワークショップやハーブの会。パンを作っている人が休みに販売に来ることもある。
おトイレを借りるといまも洋裁を教える穏やかな声が教室から廊下へと聞こえていた。ここは昭和23年に建てられた洋裁学校である。つまり1948年、戦争からの回復の始まり。机の上の無数の点々が布を印しづけた生徒たちのあとだと思うと、その洋服を着て大きくなった子どもとその洋服を作って成長を願った親のことを思う。
ここを知ったきっかけは、長女のはながピース・ビーンズ(ダンスグループ)のみんなと一緒にここの庭で歌ったことによる。次女のさきが言うのはこういう良いカフェは、しばらくするとお仲間が運営する人たちの周りに出来て、それ以外のふらりと入る人を無意識に排除する空気が出てくることが多いのだという。でもここにはそういう身内による「なあなあの世界」を作らないような静かな意思がちゃんとカフェにあって、そのためにお客と店主の間に穏やかな区切りがあるから安心なのだという。
打って変わって難波の引っかけ橋を渡る。ふと気付いて月の法善寺横丁をのぞいた。火事で覆いが続いていた。キリンプラザ大阪でも往事の写真展があった。お目当ては、4階から6階にかけて行われていた、やなぎみわ展『マイ・グランドマザーズ』。
50年後を予想して若い女性がおばあちゃんに変装する。特殊メイクが凄い。写真もデジタル加工出来るからなあ。森村泰昌の参加型女性版とでも説明しておくかな。どのようにして参加者を募って言葉を紡いでもらうのだろうか。やなぎみわがテレビで出ている姿を見て、彼女の髪型と眉毛がとても人工的で(アニメキャラぽい)、こういうコンクリとガラスの建物に相応しい展覧会であり美術家だなあと思う。
6階の白い絨毯の部屋では靴を脱いで少女とおばあちゃんの誕生日パーティの映像がぎざぎざになって映されたり消えたりしていた。今日の散歩の終わり。体を横たえながらケーキの蝋燭が消されるのを見ていた。
引っかけ橋では、顔を緑に塗って花束を体にひっつけてパフォーマンスする外国人が準備をしていた。道頓堀がますます賑やかになりつつあった。金曜日の夕方。少し草臥れたので第七藝術劇場で映画『笑う蛙』を観る予定を変更して、芳江と一緒に家に帰った。
淀屋橋の改札の近くに100円均一の切り花屋が出来ていて、芳江は臙脂の地味な花ばかりを買っていた。ぼくはその間、今日は外食だったのでビタミンが少ないだろうと思い隣のジュースバーでほうれん草ジュースを頼んだ。そしてレジに並ぶ芳江の花束に自分の好きな黄色のカーネーションを一つ加えた。
(この日のことはもう一度「こぐれ日記391」で詳しく配信します。)
10/5(土)
彼岸を過ぎたのに暑い。ソウイングテーブルのことを書こうとするが、なかなか言葉が出てこない。だらだら書くのは嘘だと思ってしまう。言葉にするのがもったいないのだ。さきとはなは豆菜で陶器が売っているというのでさきに出かけた。
ぼくはうちらの学生もやっているというので京都駅の学フェスをまず覗く。でも鈴木さんや中本さんにもう終わってしまったと言われた。なんだか屋上は大学祭みたいなテントが並んでいる。階段の途中では田中康夫がスーツ姿で地味に長野の宣伝をしていた。鼻が大きい特徴的な顔がなければただの太いオジサン。それでも何かの役に立つかと思って写真をとろうと立ち止まると整理の人がうるさい。県庁の1階が観光の新名所になっていて、名刺をあげますと彼が宣伝していた。
portaの地下に下りていくと天井が開いて、京都タワーが見えるようになっている。そこには立体作品が4つほど置かれていた。そういう展示なのだろう。作品は特にどうということもなかったが、タワーが見えるのは少し得をした気分にさせるから面白い。
前からだけれど京都タワーって剽軽で好きだ。特に京都駅が出来てから愛おしく思う。B級建築愛好会というのもきっとどこかにあるのだろう目印になる実用性もあるし(そうそう、『自治体政策とユニバーサルデザイン』でのぼくの文章について高知の山本さんが誤植を指摘してくれた。p127「メルクマーク」×→「メルクマール」○。)。
ピアノソロ(ビル・エヴァンズ)のアンソロジーを買ってから茶山駅に降りて餃子の王将の横にある猫町(落ちつくレストラン)に行く。はなとさきが来ているかと思ったら来ていなかった。猫町から喫茶のんまで歩く。近い。青木マリのライブの日。石田さんが出口にいる。中にはいるとタバコの煙が立ちこめて暑いので外にいる。ニューオリンズの町を意味もなく思い出した。
19:59〜22:00。パーカッション(アフリカの太鼓)の影山拓がずっと横でサポート。1曲ぐらい彼が休んで青木マリ一人になるかと思ったら(例えば彼をフィーチャーした「ボンバ」のあとなど)、ずっと青木マリの横にいた。鞍馬に二人で行ってきたという。
ゴッドブレスザチャイルド、カフェインサイド、ジャングル、オーダーリン、小さな光。ジャングルは初めて聴いた。最近は穏やかなラブソングが多いので、特にジャングルのアップテンポが新鮮だ。30歳代というのは生活の繰り返しが強くなって歌にも日々の日常が多く出てくる。20歳代のような感情の起伏は少なくなるから、目立つ歌はどうしても生まれなくなるものだ。その中では「小さな光」に心が動く。
できるから、手をつないでできるから。
雨。雨という曲は素直すぎるぐらいの歌詞である。歌のことしかお互いに知らない二人の、自転車を押しながらの心の交流を歌う。ぼくはこんな歳だから恋愛より愛情や友情の歌の方により荷担して聴いてしまう。7曲で第1部が終わる。
休憩のあと、第2部は21:06から。
ひとりの嘆きに溢れる祈りを。かけがえのない痛みにせめての慰みを。第9曲目は新曲。ため息まじりにほほえみうかべて何もいえなくてうつむいてしまう・・・まだタイトルが決まっていない。終わってから聴くと仮題は「パピオン」としているそうだが、歌詞にはどこにも出てきてはいない。
10)ボンバ。二人の音楽上での可愛いやりとり。11)アップルシード。(はなは出だしをこの曲に習って曲を作ったとマリさんに聴かせたそうだけれど、マリさんによると全然似ていなくてちゃんとはなの曲だったと)。ラストの「あー」だけで存在感が倍増する。日溜まりに笑っていたそんな日もあった。だんだんといい感じなんだ、だんだんとね。そして本編の最後、ジャスミン。静かな終曲。
終わりの方に二人のお客さんがきたのでママさんがマリさんに特別追加の曲をお願いする。特別に歌われたのは初期の名曲「God Bless You」。極めつけの歌詞。本当に分からないから歌い続けるのだよなあと強く共感する。
アンコール曲は、高校生でお手伝いをしていた女性から出た「赤いやかん」が選ばれる。客席からは激しい曲が聴きたいとリクエストされている、はなも「羊」と叫んでいた。今夜は、アンコールらしいリラックスしたムードで「赤いやかん」だった。喫茶のんにぴったりだと思った。
10/6(日)
今日は、OBPの20階会議室で加藤種男さんの話を聴いた。JAM Westの例会とアートマネジメント体験セミナーとの合同セッション。50名ほどの参加。NPO法人はらっぱあとりえを立ち上げたふじわらさん(岡山市)も珍しく洋服で来ていた。
加藤さんには、いつものように自在な語り口で弘前の奈良美智展のこととかを話してもらう。商品ブランド(スーパードライ)と企業ブランド(ソニー)の違いから地域ブランドへと繋がる話も面白かった。90分はしっかりとレクチャー形式により、そのあとはスーパードライや十六茶を飲みながら質問をつなぐトークによって。
特に一番大事でなかなかに理解が進まない「お稽古ごとであるアマチュア芸術(日展が代表例)と加藤さんらがしつつあるアーツワークショップの違い」を分かりやすく話してもらう。ルールと目標があるはずのないアーツに、なぜか作られてしまうヒエラルキーと疑似家元性。ルールに縛られるスポーツの話も出ていた。
指導や見本を見せたりしないようにしながら、それでもそのワークショップにアーティストがいることの重要さ。そのようなワークショップマネジメントの難しさと面白さは体験するしかない。これは座していてもやってこない。この学会やセミナーで情報を知りつつ自分で積極的に選んで参加し裏方をしたり体感する必要があると気付いてもらえばいいのだが。
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