こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.4
4/14(月)
忙しい一週間になるだろう。
昼休みに文化政策学部だけの就職ガイダンス。ぼくはインターンシップについて話す。ただし、そのことは手短にして、少し厳しめのことを言っておいた(金武さんは前にそんなことをしゃべったあとしんどくなってしまったとか言っていたが、予備校の先生などは実に大変なお仕事だろうなと思う)。ぼくが、どうしてお客さん状態ではいけないと強調したかと言うと、池上学部長が自分の授業のあとお茶やケーキをごちそうするとか、企業訪問の際の交通費を少し援助しようとか実に優しい(甘やかす)ことを言っていたからだ。
13時から専門演習。こちらの意図がかなり伝わっている。ゼミ長の大橋さんがクラス委員の分担をてきぱき決めていくし、カフェ長(澤田さん、この言葉は小鹿さんに誤解を生んだが、アーツマネジメント事業部という趣旨を柔らかく言っているのみ)とソツ長(中嶋さん:この言葉はなかり説明がいるポジションだが彼女なら聴かれてもちゃんと答えられるだろう)も、最後には前に並んで、今日話し合って決まりつつあることを伝えていた。
このゼミは2年間で解散するカンパニーであるというシミュレーションでどこまでやっていけるのか、彼女たち1期生は常に実験台になるのであるが、まあまあやっていこうと思う。長女はなが常に育児の実験台だったことを思い出す。が、次女さきがはなより恵まれていたかというと一概にそうでもないし・・。
18時からは大学院の課題研究だが、3名のぼくの担当の人はそれぞれ違う時間に卒業研究計画についての相談をすることにしているので、今日はなし。特にこの時期市役所の人は人事異動をしたばかりでなかなかに時間を作りにくいし。かわって、18時半から組合連合の打ち合わせ。要求を厳選しようということになった。とりわけ、生徒・学生の目線にたった要求に絞るということで。
4/15(火)
昨日、関経連の劇場文化研究会ワーキングチーム報告書の前文みたいなもの(原稿案)を仲川さんに送っておくが、まずまず整理した考え方になったように思う。出だしだけを少し:
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『関西の未来は、劇場文化から〜バトンをつなぐリレー走者として〜』
〈「中継ぎ」の大切さ〉
投手リレーでは、先発と押さえの間の中継ぎ投手がゲームの行方を分けることがよくある。劇場文化の世界においても、実は同じことが言える。つまり、中小劇場が果たす役割の重要性のことだ。
まずお客さんの方から見ると、大劇場観劇が先発投手で中小劇場鑑賞が中継ぎとなる。初めてのお客さんがまずお芝居を見たいなと思う場所は、TVで有名な俳優さんや商業劇団が出ている大劇場である。ここではまず、“やっぱりライブってステキ”、“臨場感が違う”となるわけだ。
問題は次のステップである。一回性のライブの面白さを知ったあとは、「演劇」自体の面白さ、演出の趣向や劇作品自体へと関心が移っていく(ダンスや音楽、映画でもそれは同じ)。初めはミーハーで出かけた劇場通いが少し本格化すると、お芝居のタイプで自分の好みを実現したくなる。すなわち、複数ある小劇場公演の演目を選ぶ楽しみがあるかないか、これが都市の劇場文化を豊かにもするし、貧しくもする決め手なのである。・・・
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以下、〈劇場文化の創造手たち〉、〈コモンズとしての中小劇場〉と続く。
本文で仲川さんに書いてもらう予定のマーケティング論としても商業劇場(大劇場)における顕在型ニーズ対応、文化ベンチャー的劇場(中小劇場)における潜在型ニーズ発掘、公共劇場(実験的スペース)におけるアーティストイニシアティブの3分類が控えているので、すっきりと整合的な報告書になりそうで少し気が楽になる。
今日は、どちらも2回目の地域芸術文化振興論と大学院アートマネジメント1(18時から)。3回生対応の地域芸術文化振興論は前回失敗したので少しソフトに対応したら結構反応はよくてほっとする。
e-ラーニングをすでに見れるアートマネジメント1の方は、前回の反省として聴きづらい言葉が少しあったので、できるだけ早口にならないようにしようと思ってのぞむ。受講者は前回よりもかなり少ない。これ以上少ないと臨場感がなくなってしまう。うまくしすぎてe-ラーニングだけで大丈夫と思われるとまずかも知れない。
ただし、そんな心配は杞憂かも知れない。今日も清水さんのシゲヤン当日パンフを見てもらったりして、ライブならではの部分はやっぱり残る。出席しないと面白くないようになれば、e-ラーニングとしてはまずくなるだろうし、その頃合いが微妙なところだなあと思う。
終わってから、紹介したギャラリーワークス(wks.)に行きたいという人が多かったので場所を案内する。確かに大学院生は熱心だ。
4/16(水)
基礎演習、リボンゼミ。みんな面白く話す。話すためのぬいぐるみなんていらないよと言われる。シゲヤン「i.d.」をみた3人がその驚きを話すと、他の連中もそれだったら、20日にいかないで19日にいって3本みなくちゃいけないと言う。先生、設定が失敗だよ、と言われておろおろ。嬉しい誤算だ。おとなしい学生も、散歩の話を静かに語るし、日記もみんなつけているようだ。日記を朗読する学生もいるが、それもまた味わい深し。
少し早く終わる予定が、彼女たちの話が面白いのでなかなかに終わらない。慌てて昼休みの組合の職場集会にのぞむ。
京都橘高校でも土日休日になったのだが、大学では「土曜日を休日にする」という要求案には強い反対あり。
ただ、特に文化政策学部の教員や学生はそうなのだが文学部も含め、土曜日は一番まちに出て、自分の研究、学習の現場を体験、観察する価値のある日で(ぼくで言えば、朝に映画を1本見て、午後にマチネ公演、そのあと画廊めぐりや美術館、そしてソワレと続けることのできるアーツマネジメント研究として大切な日)、このときに大学で勉強しているなんて、机上の空論もいいところですごーくおかしい、というぼくとしては当然に思っていることが通じない。でも、まだ仕方がないかと思って黙っていた。
井口さんとともに、雄琴駅へ。成安造形大学での「障害者アートギャラリー等整備事業第1回ワーキンググループ」なのだ。はじめて行ったキャンパス。思ったよりなかなかにいい感じがした。ここでも自力建設でカフェテリアを造るプロジェクトがあるという。
近江八幡に30日に出かけることに。西宮大谷美術館で藤本由紀夫さんの一日だけの美術展がある日だと思うのだが、仕方がないな。町家を改造するので取り除く欄間などで伊達さんにウクレレを創って欲しいなと思う。そのあとアートサポーター派遣事業の説明シンポジウム。半分聴いて失礼する。うちらの学生(特に滋賀勢)も参加したい学生がいるといいのにな。
ネガポジ、はなのライブ。久しぶり。ベートーヴェンのCDが聴きたいと言っていたらしいので届ける。タフ3のチラシも一緒に。
今回はアコースティックギター弾き語りが3人(組)。初めは、風博士。風博士は後半ベースとバイオリンが入る。フリッパーズギターを思い出す。
始まったあとにから、だんだんお客が多くなっていく。次に、小暮はな。9曲。鳥になる日、君に捧げるうた、穴があいていた。3つはいままで通り。「ハトポッポー」。これにはたまげた。また童謡路線と思わせて、実験性もあり、実験童謡というかアバンギャルド童歌。そして渋谷アピアのママへの追慕のうた「ママに寄せて」へ。これはぐっと沈潜する。
5曲目は、喫茶のんのパパの詩「愛たいな」につけた歌。ギターがかなり変化があって、昭和枯れすすきみたいな流し演歌歌手の風情あり(芳江はすでに聴いていたがぼくははじめて)。まぼろし。これは定番。はなの馴染みの方には受けたと思うが、ちょっといつもよりも荒れていた感じがしたのは、3曲続けて初めて聴くものとの落差のためか。
おっと、囁くように歌う「緑の声」を忘れていた。これは、「愛たいな」の前か後かちゃんとメモらなかった。ラストも新曲、レンゲ。これは冒険的ではなくて、少し日記風とでもいう小品。全体にギターの変化が少し大きくなって、声色も多彩になってきたかなと思う。ただ、びっくりして、ついていけない聴衆も多かったのではないかという心配もある。ここがアバンギャルド性とポピュラー性のブレンド具合の難しさだろう。20:25〜21:01。
草臥れていたので、次の長谷川健一弾き語りを1曲聴いたところで失礼しようとカウンターへ。「月と蛙」の清水さんに1100円払おうとすると財布がない。暗いし慌てた。でも引き返すと財布が落ちていて(インドの青いもので目立つのでよかった)ほっとする。
4/17(木)
朝、これを書いているとさきが昨日鴨川に佇んで書いたという詩を見せてくれる。載せてもいい?て聴くと誤字をチェックしてから載せてねと言われた。
【サンシャリーナの夕べ】
あくる朝
君はいつものように少しすねた顔
窓にうつる川辺の光にあこがれる
私の横顔に
静かに座って
一面に広がる草原の上に
白い
花びら
まるで光の粒
ころがりまわっているような
君は首をかしげ
私にそっと
ささやく
ここが海になったらいつかまた来ましょう、と
日ざしの中におきざりにされた自転車
犬がそばを通っていく
ちょうちょうが上を舞って
老人が後ろをふりむく
君は
自転車にそっと乗る
嬉しそうに 体をまげながら
遠くの橋まで
私を迎えにくる
白いはんてん(斑点)は
君のあいずで
黒い月になる
(小暮さき 2003.4.16 かも川にて)
2時限目、コンソーシアム京都にて「アーツ&セラピー」の第2回。44名と前回よりも増えた。登録人数は80名弱のはず。中原先生のピアノが優しく響いた。
関経連の会議室で劇場文化研究会ワーキンググループの最終回。報告集の概要がほぼ出来上がる。すごいいいメンバーと1年間、この問題を考えてきたことを実感する。それにしても関経連の仲川さんはきちんと書類を作ってくれるので助かるが他の人ももっと手伝うようにしなくちゃなあ。
今日は早く帰る。帰り、公私混同の問題とかマネジメントというのは自分が表に出るのではなく地味なことを着実にすることなのだよ、とかかなり丁寧に諭してきたつもりの松本さんから京阪の車内でOBPアーツプロジェクトについて相談される。ところが、ぼくでは権威がないから委員長を某教授にするとか言いだして、うーん仕方がないなあ(なかなか理解がすすまないものだor彼には相手の感情を汲むことができない所があるのかしら)と内心思いつつ、アドバイス。
結局、帰ってから彼が書いた「論文」にも目を通す。こんなのは同志社の彼の指導教官に添削してもらえばいいのにと思いつつ。でも、かなり注の書き方とか引用の仕方のいい加減さが目立つのでメールでアドバイスしておく(もし京都橘女子大学の大学院に彼が入ったらもっとしんどかっただろうからよかったのかも知れないが)。ぼくってどうしてこんなに人がいいのだろう。
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