こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.4
4/4(金)
この週はばたばた。こういうときに原稿を頼まれると後ろ向きになる。ぼくはどんな依頼も断ったりすることはまずなかったのだが。学会誌は書かなくちゃいけないので、文化環境研究所の方は伸ばしてもらう(できれば別の人に書いてもらう)ようにお願いしようと思う。
新入生歓迎会。生憎の雨。クラブやサークルのことをほとんど知らないので面白い。ぼくも着物部に入ろうかな。吹奏楽か。これからますます潜在的な人材は豊富になってくる。ただ、高校時代吹奏楽べったりだったので、ちょっと別のことをしたいという彼女たちの本音も分かるから、強化クラブにするかどうかっていう案については、ちょっと微妙な感じ。
もっと√TAMと組んで面白いマーチングを考えるとか、演出に凝るとかの方がいいかも。ジンタやチンドン屋のの歴史も知って欲しいし。例をあげるとすると、オリンピックに出たフィギャスケートの選手がプロになってエンタテインメントしているって感じかな。
昨日、組合連合の会議が入ってさきらに行けなかったので、今日、しげやんとカバレを見たいなと思っていたのだが、平田オリザさんに是非来てくださいとずっと前から言われたなと思ってアイホールへ行く。『非常麻将』作・演出:李六乙(終わって挨拶に出てきた作者は坊主頭で小柄、シャイないい感じの人だった)。
この前の韓国のお芝居に比べると様式的、観念的。それに字幕がとても見づらくて量が多いのにすぐに代わったりして極めて不親切でもある。かなり昔の現代演劇ぽくて、中国の中では小劇場演劇なのだろうが(隣室のトイレの音が聞こえたりする日常的なものの導入は、人民中国建設に寄与するようなお芝居しかなかった中国にとってすごいことなのだろうが)、国立劇団(中国国家話劇院)の俳優さんでテレビとかも出ていている役者なのだからか、結局、日本のワンパタンな様式美のみの暑苦しい新劇とか劇団四季とか(化石となったアングラ系劇団も同じ)の空虚でうるさい翻訳物ストレートプレイみたいな演技だった。
でも、中国語のリズムって中身は別として面白いなとも思う。ただ、それだけではずっと集中できないので寝ないように照明を見て楽しむ(椅子がいっぱいある舞台は入ったとき、結構インパクトがあった、美術照明プラン、譚韶遠。照明:吉本有輝子)。
内容もゴトー待ちの変種で(自分たちで殺したかも知れない麻雀仲間を3人で待っている)、麻雀という日常的なものに少し意味をもったいぶってつけているぐらいのもの。ただ、大げさに飛び降りるとか言ったり、漢詩をもじったり、これは中国では喜劇なのかも知れないし伝統的に中国は壮大な妄言が大好きなのだろう。改革開放政策みたいにマニキュアの色を変えるとかいう下りも、中国では笑えるものなのだろうし、だから、それだけ中国政治も余裕が出来ているというようなことを中国を研究している人は思って面白いのだろう。
が、ぼくはまあそれはどうでもいいことで、まあ、松井が大リーグで活躍していることみたいな明々白々にどうでもいいことよりは、ちょっとはましだなと思うぐらい。かっこつけたお茶の作り方とかは、日本の茶道と比較できて面白かった、匂ったりして。これは中国の高級やくざの振る舞いみたいでもある。あとフートンが出てきて北京の町を眺めた経験からしてとても懐かしいが、いまもどんどん壊されているのだろう。そして舞台になった安普請のマンションがフートンのあとに建っていたりして・・。
4/5(土)
学会誌用に一連の「海と日傘」関連でぼくが書いた日記や日録を再編集して山崎さんにメール。何とかこれでも「劇評についての考察序説」みたいなものになったように思う。もちろんこれからさまざまな芸術におけるレビューの可能性について、自分でもレビューの冒険もどんどんしつつ、批評の批評や批評の構造分析をもっと深めていく必要があるわけだけど、まあ、この文章がその稚拙な第1歩になればいいわけである。
それに、もうすぐ(4/18から)芸術文化鑑賞演習という授業が始まるから、この原稿を元に学生と一緒に考えていくことも出来る。そういう面では忙しいけれど鑑賞表現力のことや目線の多元化についてをタスクとして追求できるのは有り難いことである。
京阪天満橋駅を西口から初めて降りると目の前がすぐに川で、桜が並んで満開だった。寒い風に満面笑みの桜色が白く曇った空に溶けだして、暖かい明るさを待たずに、無造作に開花した花びら群が空気を白く染めていく。匂いはしない。音もなく、どちらかというと騒音を消してしまうのが不思議だ。まあ、ぼくの神経が桜へと向かうので回りの音も臭いも感じないだけなのだろうが。
NPO法人CAS(Conemporary Art and Spirit)へと向かう。すると、途中に同じ都住創の釣鐘町マンションがあることを偶然知る。この地下でよくダンスや演劇の公演があり出かけていたのに、その先の都住創内淡路602号室のCASとこことの位置関係(歩いて数分の距離)をまるで知らなかったわけだ。さらに、ちょっとその先のお地蔵さんや「佐藤邦雄小さな美術館」を見つけて、この辺りが意外と面白いスポットなのではないかと思いだす。
さて、CASの『散華』澤登恭子展(3/17〜4/24)。キュレーションは水戸芸術館現代美術センター学芸員の浅井俊裕。今日はパフォーマンスと澤登と浅井のトークがある(実際のパフォーマンスは16:15〜16:38、5分ほど休憩のあと、17時半過ぎまでトークで、そのあとシノバーだった)。
ぼくが入ると今日のお客の一人目だということ。3/17のオープニングも記録的な少人数だとか。ちょっぴり心配になることが澤登らが話していた。でも今日はそのあと若い男性が二人来たりした後、刀屋の伊藤さんやCCA関係の人たちとか、明日に会う予定のしばたゆりさん、應典院の大塚さんなども来て、気づくと20名ほどが満員状態。ちょうどいい具合に、炎の光もゆらめきつつ薄暗い部屋が、鑑賞者たちによって取り囲まれている。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記438」をみてください)
4/6(日)
JAM Westの総会。でも、10名ほど。もうアーツマネジメントもブームで終わるのか。全国組織への拠出金額が会費収入の8割近くを占めるっていうのは、何のための部会活動なのかまるで分からないぐらいに財政硬直化と中央集中(といっても中央に優秀な官僚集団がいるわけでもない)が進んでいることがよく分かる。
でもこのままで終わるのも癪なので大阪府らがやっている芸術見本市(8月初め)に出展しようということになる。地域創造時代に、この芸術見本市の最初もぼくが手がけたことの一つ(その他、助成制度〜地域の芸術環境づくり〜も思うに任せなかった。まあステージラボぐらいか少しは理想に近くスタートできたのは〜そのあとは知らないが・・)なんで、説明しないと誰も知らないのも寂しすぎるな。
「ぴあ」が自分のブースを地域創造のレターにわざわざ写るようにしたりと、あそこ出身OBたちのあざとさも、自分らが食うためだったのだと今にすると思うし、研究会のときに文化庁に情報をリークしたりしていたのも結果的によかったと思っていることだろう。アートキャンプ白州にいて、企業就職(どこかの保険屋さん)は決まっていたがそれでも何か意味のあることをしたがっていたからこちらで採用することにした唯一の新卒プロッパー宮地俊江さんに記者会見のときぼくの替わりにしゃべらせようとしたことなんか、誰も知らない、ひょっとしたら本人すら忘れているかも知れない。
終わって、佐藤さんと青木さん(彼女は大阪市都市協会の仕事をしている、学生もしながら。此花区でもあった)と心斎橋のカメラのなにわ屋へ行く。しばたゆりさんのトーク。彼女が蓄膿症で学年で下から2番目だったとか、京都芸大の版画でずっとけなされていて布団の下に潜り込んだままだった話などを聞く。
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