こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.12



303.12/1〜12/4

12/1(月)

師走である。そういえば、ゼミが終わった後、バスに間に合おうと走った。逆に言えば、昔は12月だけ走ればよかったのだ、教師って。卒業研究の説明会(就職活動についても小森さんから説明あり)があって、15日にお葬式のレクチャーが専門演習の時間にあることをゼミ生の中嶋さんが告知。かなりの学生が興味を持ったようで嬉しい。

ゼミでは、卒業研究のテーマを発表させる。ペーパーで配る学生が、大橋さんと大森さんしかいなくて、少し怒る。いつまでも指示待ちだと何も生まれない。でも、口頭で発表させるとみんなとてもいいことを思っていて(でも迷いに迷っていて)、そのピュアな気持ちをどうして卒業研究として結実できるか。産みの苦しみなのだ。助産士なのだなあ。

肝心なのは、あなたのオリジナリティは何か(第1次情報はどれ?)なのだよと、松本さんの言葉を借りて話す。やりたいことを絞らせる(たとえば、海外比較はあとまわし)のが肝心。不安なのでなんでもしようとして、何もかも中途半端になることが一番怖い。

関経連の集まり。関西アートベンチャープロモーション(仮称)の始まり。サントリー不易研究所にて。佐藤部長が、みんな集まったことに驚いている。ぼくも、自分の出番がないぐらい積極的な話し合いが始まって、とても嬉しく驚いている。手前味噌になるが、それは報告書に結実した研究会がよかったからだと思う。

今日は橋本敏子さんと久しぶりに会う。はじめ文化庁の関西元気圏のことになって、彼女はむっとしていたが、そのうちどんどん彼女のペースでとても前向きないい話をしてくれて、とても助かった。「安・近・短」なものには見向きもしない橋本さん。ステキだ。ぼくとしては、湊町アンダーグラウンドのこともあって、気まずかったが、これでまた気持ちよくこの会合などを楽しめるなと思いつつ、昨日セーブした分、飲んでしまった。彼女は瀬田の龍谷大学で5コマも教えていることをはじめて知る。

さまざまなジャンルの関西のアーツプロデューサー(アーツマネジメント)に関わる情報交換ができればいいなと思う。公文協がブラックリストの流通から始まったように、あるいは、画廊間の集まりのように。

まちが元気になるため、心の元気な人をダメにしないこと。悪貨が良貨を駆逐する世の中への防波堤。橋本さんがいうように、顔の見えずオリジナリティのない「安・近・短」の猿真似プロデュース(てっとりばやいまちなか展覧会とかアーティストインレジデンス)から、企画としての本物をより分ける場所(目利きだんな衆)になれば、ここが実質的に、イングランド芸術協議会的な機能を果たすことだってあるのかも知れない。

なお、この会合の内容は、来週の大学院のアートマネジメント論の時間に、今日出席していた斉藤さんから発表がある予定。大阪市立大学の大学院の上野さんも来ていて、うわさの人たちが目の前にみんないるので、とても興奮していた。

12/2(火)

来年度の2回生の文化政策事例研究の人数の発表。5名(6名と中谷さんが持ってきたけれど、1名は編集ということだったので、dと書いていたのはbの間違いなのは明かだから、端さんへ振り分ける。一人、他のゼミの学生がいるので、どうするか、また楽しく考えよう。こんなに少ない人数でできることはないので、それぞれがアーツセンター(ブライダルホールもいいかな)を担当して、5回ぐらいみんなで訪れて鑑賞できそうだ。TAM研にはぜひ入ってもらおう。

地域文化行政論と大学院のアートマネジメント論。いつものように無事終わる。今日は斉藤さんが来ていなかったけれど、来週の発表は大丈夫だろうなあ。

12/3(水)

午前中、リボンゼミ。全国市町村国際文化研修所の機関誌に平田オリザの講演録が載っていて、なかなかに面白いのでゼミに活用する。日本のサービス業を振興するためにも、芸術文化はその基礎研究、先端研究なのだ、というくだりは、ぼくもずいぶんと前にはよく大阪市の文化振興の基礎づけとして話していたことを思い出し、もう一度そのあたりも突っ込まなくちゃと思う。

昨日、今日と横浜STスポットがアートシアターdBにやってくるというとても興味深い企画(山下残がナビゲーターのようになっているもの)があっていたのに、残念ながらいけなかった。意外と教授会がスムーズに終わったので、学部教授会をさぼればいけたのだろうが、校務の水曜日は仕方がないのだろうと諦める。

来年度のタフ4のことをあれこれ。芸術を生活シーンや職場シーンにふらりと持ち運び可能なユニットづくり。つまり「ポータブルなアーツ」(ノンプラグドで限界芸術を刺激するような・・)。音楽と芝居(紙芝居や人形劇)そして冠婚葬祭をできれば絡める。「匂い」も候補だ。ブレーンストーミングをぼちぼちしておかないといけない。予算要求の時期なので。

帰ってから、BS2で小津安二郎特集をやっているのを、昨日からさきと芳江が見ているのだが、今日は一緒に観る。DVDで全集を買ったし(第4週は年末発売とのこと)、この冬は小暮家は小津一色になるだろう。『生まれてはみたけれど』(32年松竹)。斎藤達雄、吉川満子など。

何度みてもほのぼのと面白く、悲しいこともあるが、標題ほど悲しくないのは、子どもも大人も精一杯に生きているからだ。

12/4(木)

アートマネジメント論をすませて(野村誠「路上日記」はとても受けた)、こうべ元町、風月堂ホールへ。下田展久さんからご案内いただいていた現代音楽の夕べだ。ぜんぶが現代音楽というぼくにとってはなかなかなくてとても嬉しい演奏。それにピアノ、井上郷子、フルートが木ノ脇道元というのだからたまらない。はじめて聴かせてもらったバイオリンの甲斐史子にもどきどきした。

はじまりと終わり、そして中休み前の作曲もしている伊藤祐二がプロデューサーで短いあいさつ(ポストモダンが日本では何でもありになって言葉が軽くなってしまったいま、あえて芸術音楽ということが意味があると思い出した心境が痛いほどよくわかる)もする。

19:05〜20:50。『コンサート・オマージュ ア ブレッチア』。ブレッチアという現在イタリアに在住する画家の絵(に対する尊敬的まなざし)をもとに、7ヶ国24名の作曲家が音楽を書いたもので、一人一人の作曲家の違いまでを微細に聴きとれはできなかったけれど、後半のフルートの演奏が静かにバクハツするところとか、バイオリンのしなりかたが前半はフルートを凌駕している驚きとか、いろいろと楽しめた。

ずいぶんと曲調が前後と違うなと思ったら、やっぱり映画音楽でとくに有名なエンニオ・モリコーネだったり、現代音楽もこんなに愉快な動きがあって楽しいものだという例に使いたいなと思ってあとで当日パンフをみたら、日本の作曲家、藤井喬祥という人で、フライブルク国立音楽大学修士課程卒業の人だったりと、いろいろ発見がある。

学生二人(ここまで来てくれたことに感謝、授業などで紹介してはじめてのアーツに来ようと思う学生がいるというのはやっぱり教員ならではの嬉しさである)と軽く飲んで帰る途中も、もう一度演奏風景や音の有様を思い出しては、最後にマレットのひとうちでピアノ線が空気に震えてなかなか消えなかったように、そのコンサートの余韻を楽しみ、八幡に着くまでひとりにやにやしていた。


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