こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.12



310.12/26〜12/31

12/26(金)

残り少なくなった。

けっこんぴあ関西版を買う。どうしてこうも欧米志向のワンパタンなのかと、カラーばかりのページをめくるわけでもあるが。神社や寺院での結婚が綺麗だ。もちろん、テーマパークやスタジアム、芸術ホールでの挙式(とパーティ)。すでにこれらは人生の戯画のようでもあるが、葬祭研究には結婚式演出が先行事例としてとても参考になる。ロケ感覚もあって、だったら移動する結婚式というのも面白いのかも知れない。

来年の課題は、自分には合わない会合に出来るだけ行かないようにすること。そして、そういうときも出来るだけ目立たないように(声など荒げないで)うまく乗り切ること。そんなことを思った午後だった。

そんな歳でもないのだが、今年のぼくの芸術体験は300本には到達しないで終わることになってしまった。何だかJ2落ちが決まってしまったサッカーチームみたいでがっかりする。夜や土日がつぶれることが多くなりすぎているからでもあるが(悪いことにアーツ鑑賞をもっと増やそうという会合が多くなってきて、現物の鑑賞ができないというのもお恥ずかしい限り)、もっとうまく時間を使わなくてはいけない。

ヘップファイブの裏側にあるOS劇場C.A.Pでタヴィアーニ兄弟の『復活』を見た。男の身勝手さにつくづくと自分の前半生を反省する。「カチューシャかわいや別れのつらさ・・」の歌が「復活」の女性主人公のことであり、戦前日本の新劇ドラマの代表だったのかと映画を見ながらふと気づく(華乃家ケイのアルバム「花の素顔」にあったかも)。

長大な作品(187分)。原作のトルストイの小説が長いから仕方がないし、まあ後半の1/4ぐらいはもう終わって欲しいとは思ったが(女と男の心理の揺れが少しくどくなる)、シベリア流刑の途中の町での結婚式の場面とか、なかなかに参考になる。これからは、棺のなかの死装束とかも気をつけてみなくちゃいけない。

12/27(土)

昨夜観た映画『復活』(パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督、2001)は、最近の映画としたら長く(3時間)、それも帰因して映画館はがらがらだった。もう私たちはこれぐらい長く重いストーリーと向かい合う体力も気力もなくなりつつあるのかなあと少し寂しくなる。

一方、うちのそばにキリン堂というドラッグストア(健康食品なども充実して人気がありそう)ができた。ますますサティはピンチ(何せ突然23時まで開店するようにして、22時まで開店のキリン堂に対抗しようとしている)なのだがそれはそうとして、開店したキリン堂に、ずらりと「楽してダイエット!」なお茶や薬品がいっぱい置いてあって、とてもびっくりする。

ただ、ぼくも運動してダイエットなんてなかなか出来ずにいるし、実はここで100円のダイエット茶を買ったのだからまったく偉そうにはいえないが、全体の風潮が、楽して入学、楽して資格、楽して英会話、楽して単位、楽して卒業、楽してスリム、楽して美容、楽して恋愛、楽して結婚、楽して食事、楽して着物、楽して就職、楽して昇給、楽して旅行、楽して子育て、楽して老後、楽して葬式・・なんだなあと思う。

さて、エスキー・ヌーバ『添い寝アルバイターの眠り』作・演出・出演:喜多尾浩代。アートシアターdB。約1時間。ダンスでそれもほぼソロで(後半、二人の少女〜殿岡由佳子&松島久美子〜が蝶のように迷い込み、3匹が舞うので、完全なソロではないけれど)踊るのに、1時間は長大な時間である。

(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記499」をみてね)

12/28(日)

昨日は風が強かったが、今日はキリリとした冬ながらクリアな光が心地よい。三条のスターバックスコーヒー(取材の待ち合わせではじめて入ったが意外と空いていた)から、雪の大文字が見える。白い大文字は、いいことがあるのだという。

昼、京都リビング新聞社のライターの方から取材を受けたのでした。エンディングについて(1/24号に載る予定で、毎週土曜日、エリア別を総合すると60万部以上出ているのだそうだ)。ビーグッドカフェを検索してアーツとしての葬送研究者(駆け出し)のぼくを見つけたという。でも、上田假奈代さんやモノクロームサーカスさんの取材をしたときにも、ぼくの日記に遭遇したらしい。

難波へ。ビッグイッシュー3号をまた買って新歌舞伎座の場所を聞く。すると販売員は丁寧に「でもいま公演はやっていませんよ」と教えてくれる。いえ、目印を聞いたまでです、ありがとう。雑誌を手に持って、ナツメロ&ちんどんの店「はなのや」へ。そこはすぐに見つかって(華乃家ケイさんにも戸口であう。雑誌を持っていたので嬉しく思ってもらうがこれはわざとらしかったかな)、開店まで近くをぶらぶら。

アベックが多いなあと思ったら、道を渡るとすぐにラブホテル街があった。カメラを持ってくれば良かった。少し偵察。アベックがどこに入ろうかとうろうろしていて、あとをつけるとかなり怪しまれそうで、でも、結構あとをつけたりしてしまう。このような古いラブホテルは無くなっていくから貴重だ。

さて、はなペコ忘年会ライブ。16時10分から始まる。ぼくは、月下美人さんが終わった20時過ぎに帰らせてもらった。そのあとに吉田幸生ユニットの本番があったのだが、またこれはキチンと聴かせてもらうことになるだろう。西沢和弥というコミックソングの人も面白かったし、月下美人はいつもながらみんなを勇気づける応援歌を歌ってくれるし、いい感じの年納めライブだった。

岸田コーイチのシャンソンと吉田幸生のピアノ、Shio(ヴァイオリン)と石川マギ(ピアノ)のデュオ、華乃家ケイの昭和歌謡にやはり吉田幸生のピアノと盛り沢山。狭く、演奏中のトイレは向かいの四海楼とかいうパチンコ屋(でもみんなスロットマシーンみたいのだった)をお借りする。でもでも。温かく美しい音楽は、こうしてまだまだ健在である。

華乃家ケイさんの歌はホントに心安らぎ、ラストのオルゴールでのかわいいミニマムな歌には参った。「小さな喫茶店」は特に名曲だなあ。ドイツ語の原曲ってどんなのだろう。華乃家ケイのはじまりに、神戸のショッピングセンターからチンドンで帰ってきた二人を交えて(西沢さんもウォッシュボードで参加)2曲だけチンドン名曲を披露。チンドン太鼓は何としても手に入れたいと思う。

12/29(月)

余りのような一日。

華乃家ケイさんのホームページの掲示板に書き込んだら早速お返事が書かれていた。彼女がいまやっているお店「はなのや」の元のマスターはアコーディオン弾きで彼女のお師匠さんみたいな人だったそうだが、まだ建物がなかったとき、戦後すぐに青空楽団のようなものをやって、楽譜を売って生活していたのだそう。つまり、ストリートミュージシャンの走りみたいな人だと彼女が言っていた。青空楽団、青空旅団、青空絵師・・特に関係ないが、歌声喫茶というのもまた気になってくる(小津映画『早春』を観ていると、若いサラリーマンたちが一緒に飲食するとすぐに唱和して歌いなごんでいる。みんながカラオケなしで歌えるという環境はもうどうしてもできないのだろうか)

遠藤寿美子さんのバッチ「すきにしおし」を胸につけてアトリエ劇研へ。サラ・ケイン何かがはじまるVOL.1『4時48分サイコシス』15:06〜16:27。作:サラ・ケイン、演出:久保亜紀子、翻訳:谷岡健彦(演出監修)、舞台美術:池田ともゆき、照明プラン:吉本有輝子。そうそう、来年1月にはアートシアターdBとともにアトリエ劇研でも照明や舞台、音響、制作の「冬のスキルアップ講座」がある。うちの学生も積極的に参加してくれるといいのだが。http://www.gekken.net

結局、最後に一言つぶやくだけの伴戸チカコの肢体が、死体に限りなく近づきながら未だ強く存在してあり突出している。だから。今日は、伴戸チカコの伸び出す腕と、形のいい生の頭と、引力でつぶれた胸、折り曲げられた背中に振る黒い雪、それだけで尽きてしまう。他の出演者もがんばっていたと思うけれど。

否応なく、その瀬戸内際にて激しく波打ち息づく肉体の有り様を見せるためにだけこの舞台はあったとおもうほど。それぐらい拡散を避け一点へと集中する演出であったわけで、それはとても成功していた。

帰って、小津安二郎『東京暮色』を3人で観る。1957年、140分。有馬稲子がかわいい。でも彼女が演じる杉山明子はまったく笑わないし、最期までつらい。「エデンの東」が原作だろうと推測されている(『小津安二郎と20世紀』千葉伸夫、国書刊行会、2003.11)。センチメンタルではないが悲劇的ではある、それもかなりウェットな。

池袋の飲み屋から始まる映像も、ひたすら暗い。雨は降らないが牡丹雪は落ちる。杉山明子の父が一人だけになったときが一番明るい朝だ。出勤するときにも帰るときにも一本の電柱(あるいは電信柱)が立っている。ところが夜遅く明子が帰るときなど、それは電柱ではなく、空につったつ十字架に見える。宿命がテーマだからだろうか。

音楽だけがやけに明るくずっと流れている(暗いドラマでも同じように地球はこうして回っているとでもいうように)。ラーメン屋(珍々亭)のときだったか、もう記憶が定かでないが、沖縄民謡が流れていた。それもラジオの音楽というものではなく、近くの琉球酒場でのライブが漏れているというような風情だった。

12/30(火)

最期の足掻(あが)き。京都みなみ会館へ。
10:10から『永遠のマリア・カラス』を観る。予想以上に感動する。2002、監督/脚本:フランコ・ゼフィレッリ、108分。がらがら。うるさいパンクロックの始まり。イタリア的騒がしさで映画を作るシーンを見せる。)フェリーニ特集がもうすぐイタリア会館であるわい。)

続いて、犬童一心『ジョゼと虎と魚たち』2003、116分。これはかなりの人。何といってもジョゼ(池脇千鶴)のおばあさん役の新屋英子に尽きる。池脇がそれをなぞろうとしてでもなぞれない甘さあたりがいまの時代の空気か。いまの若いやつたち、特に男たちはもうダメだなあと思わせる映画。唯一、ジョゼと孤児院を脱出した「ボケ」を語尾に言う切れた男が救い。

新星堂でマリア・カラスのDVDを2枚買ってはならと観る。はなが帰ってきて関島岳郎さんが伴奏してくれたライブの模様を聞かせてくれる。夜、小津安二郎『早春』。1956年、東京物語のあとの模索第1作。緻密な演出を少しゆるませて俳優の自由なアドリブをちょっと許した作品だという。淡島千景のラストの目の動きが少しカラスぽい。

12/31(水)

もう足掻かない。2003年の芸術鑑賞記録。演劇舞踊137(演劇75、ダンス62)、音楽伝統芸能53(うち伝統芸能は5本のみ)、美術71、映画37。合計、298。
ま、いいか。

今日は、はなと遊ぶ。芳江とさきは料理。関島岳郎さんがチューバやバスリコーダーで伴奏するはなの演奏が少し録音されていてそれを聞いてから、ちょっと変な曲づくり。

まず、連句というか相聞歌というか、ふと思いついた言葉を交互に書いてそれをもとにはなが曲を作った(とりあえず、相聞歌vol.1「カバにきいた」とする)。
曲になるためにはなは少し順序を変えたりしたが、もともとは次の如し。

ノ)水泳したあと
ハ)カバにきいた
ノ)シュシュシュ
ハ)あらどうしたの
ノ)するめ
ハ)めだま
ノ)三つ目だけ
ハ)結婚こんど
ノ)いけめん
ハ)めんこにおんど
ノ)それは同じこと
ハ)そうね
ノ)暁に想う

次に、思いついたセンテンスをぼくが書いて、この断片をはなが音楽を作り続ける。何とか(3)がとりあえず一つの曲になった(でも恥ずかしいから東野さんぐらいにしか聞かさないだろうと、はな。だから無くなりそうなのでここに記念に)。
(1)
  おお
  極楽なんて
  お風呂で
  言っていた
  あの親父のことを
  ずっと忘れて
  いました。

(2)
  扇風機が
  12月31日に
  ゴミ捨て場で
  ひとりでまわっていると
  しょっぱいしゃけを
  つつきながら
  話すわたしは一体
  何をしようとして
  生きていたのでしょうか。

(3)
  キティの定期入れではなく、
  それはどうしてもミフィの
  定期入れが欲しいという。

  お刺身に合わない醤油
  どうしても「たまり」を
  買わなくちゃと出かけていく午後8時。

  あなたはもうひとつの
  探し物をすることに
  臆病になったのですね。

  旋回する首の長い鳥
  見捨てられた細い水の路


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