こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.12



304.12/5〜12/7

12/5(金)

立命館大学。アートマネジメント論。
出席を取ってみる。74名。受講者の1/3ぐらいだ。最後に流した野村誠『路上日記』の音楽と彼の日記の一部分朗読についての感想が圧倒的に多い。昨日もしたのだが、やっぱり2度目だから、少しうまく曲とシンクロした部分もあり、こういうパフォーマンスはなかなかに受けるし、こちらもやっていてどきどきする。

まあ、野村さんのお陰だが、彼も京都女子大で教えるようになったとき、いつも公演みたいですよと言っていたことを思い出す。京都芸術センターで来週などに彼のしょうぎ作曲とかがあることを授業で言わなかったことを後悔する。なかなかにぜんぶうまく伝えるって難しいもの。

このパフォーマンスはもちろん、人びとがすべて保有しているはずの限界芸術(心)を刺激する先端音楽の例示としてのものであり、つなぎ手の役割についてのアサヒビールの加藤種男さんの考え方(芸術と生活の直接的交通)の具体的な検証でもあるのだが、昨日の京都橘女子大学では、それをキチンと言わないままにしたようにも思う。(この日録を読んでもらっておくと復習になるんじゃないかな・・)

仲間ゼミのアジアグループ3回生たちが、ASIAN ART MARKETというのを地下でやっているとはじめのプレゼンテーションの時間に話していたので、寄ってみる。インドで結婚式をしたという話をすると男の子たちが自分らも言ったとかそういう話になる。コミュニケーションを誘発するアーツ、記憶を甦らせる展示というところの意識の第一歩にしてほしい。

週末の予定がかなりいい加減な状態。日記をつけることも限界芸術なのだ、というぼくの話に反応してくれた学生も多かったし、今日は「日記」というテーマの日にしよう、と、お便りをいつももらいながら出かけられていないギャラリー ラ・フェニーチェへ向かう。ぜんたいの標題が『“Diary”−冬の小品展』だったからである。赤崎みま、古巻和芳、田中三和このあたりのお名前と作品は一致する。小品をみると、家に少しは飾りたくはなるものだ。うちの大学ってこういう美術品を考える余裕ってないのかなあとも思う。

作間敏宏。この前、大阪成蹊大学のギャラリーではじめて観たと思ったら、実は、アメリカ村にあった ラ・フェニーチェの地下で見たことがあった(大きな壁などに家系図のようにして展示されていた)ことを思い出す。『図録天国』で見たブック型の名前図鑑な作品(名刺整理型のものもあった)の他に、電球の作品がったあったからだ。

会場に壁に取り付けられる立体作品を展示していた原田要さんがいて、小谷弥生さんも交えて、ぼくの大学のことなどを話した。お葬式のことに関心を持ってもらったりしていい気になったのかも知れない。うちにはカフェ好きもいるんですというと、中崎町にも学生さんたちが作ったカフェがあるんですよといって、中崎町MAPをもらう。いつの間にかかなりのお店ができたようだ。

18時半までというので、少し暗くなって見つかるかなと思いつつ、中崎町へ。「R」というカフェ。案内があるので、路地の奥でもすぐに分かる。入ると経営している女性の友人が一人いて、すぐにいなくなる。ぼくは2階に15名ぐらいはいるお部屋があることを知らずに、キッチンのそばに座って、いろいろ話を聴く。彼女は大阪市大をこのカフェ&ギャラリーづくり(築100年ぐらいの長屋を改装)で卒業したのだという。

つまり、卒業制作としてで、近大生だった2名も同じくそれで卒業していまは設計会社などに就職し、彼女は引き続き、大家さんの好意で借りて営業しているのだそうだ。そんな話を聴いていると、彼女の弟が来て(自動車免許をやっと取った帰り)、自分もいろいろ手伝っていると話す。姉と弟ってこんなに仲がいい場合もあるのねって思いつつほのぼのしている会話を聴いている。野村誠さんのCDを聴かせていると、自分も京大生だが、理学部は一番変わっているし、吉田寮生とかになるとそれはずいぶんとユニークなのだとか言う話になる。

また彼も日記を書いていて、それを両親とかも見ているのだそうで、これって、はなのつれづれ日記をぼくがみて、はなは鞍馬温泉に出かけたんだなあ(それも終わっている露天風呂に無理やり入らせてもらって帰りコロボックルみたいな神秘的な声を聴いたなんていう話だった)というのとまったく同じだ。

帰るときにはじめて2階にあがって、これってすごいプロ並の仕事だと感心する。路地のカフェの壁にかかれた大きな絵は大学生ぽい(落書きぽい)ものだが、互い違いの階段とか庭とかはじつに本格的でしっとり。月まで見える仕掛け。ゼミ生達を連れてきたいというと、貸し切りはしない方針なのだそうだ。それも彼女の考えとしてなるほどと思う。

時間をあっという間に使ってしまって、19時からの藝術夜会は30分ほど遅刻となった。
なお、大阪駅の北側、阪急梅田へのぼる陸橋のところにホームレスの人が『ビッグイシュー日本版』第3号を販売していたので、200円で買う(表紙に「110円が雑誌販売者の収入になる」、「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」と書かれてある)。華乃家ケイさんのメールに自分が取材された記事があるということで知っていたからだし、やっと巡り会えた気持ち。

ラ・フェニーチェに行くときに買った販売員は髭をたくわえたこざっぱりした初老の大人しそうな人で、まったく違和感なくとても気持ちよく購入できた。IDカードも律儀につけていた。帰り同じ所で売っているのは、別の男の人と女の人で、えらく賑やかな感じ。この人たちから買うのだったら、少し勇気がいったなあと思いつつ、京橋へ急ぐ。

OBP。羽衣国際大学学長の山田浩之さんの「都市と大学」。前半は都市経済学入門で、後半は彼が1年間いたオックスフォード大学の映像とお話。メドー(牧場)があったり、小川があったり。不思議の国のアリスの世界だし、いまの人たちにはハリー・ポッターみたいだ(これって逆だろうけれど)と思うだろう。聴きながら、つい、うちのような大学で寄付講座がどうしてつくれるだろうかというじつに現実的なことをずっと考えてしまった。

すぐに帰るつもりで、新しいOBPアーツプロジェクトなどの部屋をみる。そこで地域通貨(エコマネーという言葉は「エイブルアート」と同様どうも一定のグループが使用するものになっているようなので、使わない方がいいかもと松本さんに言っておく)のことが話題になって、少し昔の記憶を引き出しながら、ちょっと原則論などを話しておく。

ひとことで、地域通貨といっても、この「地域」で使うというのは、実はかなりむずかしいことのようで、大学とその周辺という関係で出発した同大の動きもいまは中断しているそうだから、OBPのプロジェクトメンバーとお店との関係、そして出展者など外部との関係は、かなりのステップが必要だろうと思う。

12/6(土)

どんよりとした日。昼間出かけるつもり(kavcで坂道屋ストア)だったが、億劫になってテレビを見ている。夜はフェスティバルゲートへ。ダーチャは明日開くとあって今日は閉まっていた。納谷さんが、ロゴはわたしがつくりましたって話していた。

spica recordに入って少し店内をうろうろ。かわいいカードやバッグがあって展示販売されていた。このショップってもっと知られるとみんな来るんじゃないかと思う。
売っているインディペンデント音楽のCDは、視聴がほとんどできるらしい。どういう基準で選ぶの?と聴くと基本はミュージシャンなどの持ち込みなのだそうだ。off noteってインディーズになるの?と聴くとoff note自体をその人は知らなかった。ぼくの知っているバンドではソラネコなどがある。ここで知らない音源(関西が中心だが、熊本?のガガーリンとか他の地域のものもけっこうありそうだ)を聴くっていい勉強になるかもと思う。

アートシアターdB、Ca Ballet公演『カレドスコープ』19:38〜20:31。白鳥の湖の音楽とストーリーをベースに、なにわのコレオグラファーしげやんが、スポーツや殺陣(たて)などを大胆に取り入れて、コンテンポラリー・バレエ作品にしている。

残念だったのは、会場がかなり暑くて、満員だったこともあり、愉快に思っても自分の感情が開放されないぐらいにぎゅーっと閉じこもった小屋になってしまったこと。これがもっとのびのび見れたら、なんてステキな体験になったのかと思うとちょっと口惜しかった。

でも、4名(交替で2組あるのかなと思う)が、同じ衣装でありながら、さまざまな役割を担いもし、そういう役柄的バレエとはべつの想像力を駆使したダンスを自由に踊ったり、いろいろな角度から見ることの出来る公演だった。いま「ポータブル」ということを考えている(移動するアーツ〜街角音楽隊、リヤカー映画館、紙芝居などなど)ので、照明を持って照らすシーンがとりわけ鮮やかな印象を残している。

回転椅子もバレエで使われることの意外さだけではなくて、第5のダンサーになっていたし、シューズの紐の使い方、腕のパーツのスワン表現など、数多くの見所がある。ただ、小学校の公演をこのままの演出でしたらどうか?というふうに思うと、少し抽象的すぎるのではないかなあと思ったりもした。

12/7(日)

午前中、JAM Westの例会。ぼくのミニレクチャー。岡山から北川さんら(「タブララサ」というNPOをつくっている)がきたり、高知大学の教員なども集まり、狭い倉庫(ここもアントルポッだ)がいっぱいとなる。

集まる場所が替わって、分かりづらくなった。でも、OBPの店舗が埋まることはもちろんいいこと。ウェディングの会社もオープンしていた。「アーツマネジメントみち」まで少し売れる。

風がずいぶんと冷たくて鴨川沿いの景色が透明に感じられる。

少し時間があったので、家族で話題の「草星」(陶器や古い絵はがきや鍵など不思議な小物がギャラリーのように美しく展示されていて、ここはお店という気にならない)をのぞき、大栄というところでラーメンを食す(ぼくが食べたら、準備中の札がかかった)。

15時半から、next mushroom promotion vol.5『ヘルムート・ラッヘンマン(1935〜)の肖像』。京都ドイツ文化センター。ホントは第1部から第3部までずっと聴きたいぐらいのもの。本人の演奏が第1部の最後にされていたのをドアの外で感じながらちょっと残念な気持ち。

でも彼の奥さんである菅原幸子のピアノ演奏をいい感じの緊張感で楽しむ。アレグロソステヌートが、菅原のピアノと若い奏者、クラリネットの上田希にチェロ、多井智紀。そして、菅原の独奏で、セリナーデSerynade(これは、セレナーデの誤記ではなくて、yukikoの「y」を取り入れたもの)。

どちらも大曲。難しいというのはよく分かるが、聴く方は難しいとかそういうことは、まあ、気にせずに楽しむことができる。はじめは、意外な展開や音に少し呆然とするところもあったが、そのうちじつに心地よく浸れる感じの曲たち。調律士がきて、高音を直しているのまでみられた。

クラリネット奏者が立ち上がって、ピアノの中に音を拭き入れて、ピアノ線が共鳴するところとか、サウンド自体を取り上げるものとしては最も総合的な作品群だなあとずっと残響を引きずりながら鴨川を下る。

川端通りから橋を渡って御池通りを歩こうとすると、右側すぐに、葬祭会館があってびっくりする。中に入って入口に断っている若い人に聴くと1年前ぐらいにできたそうだ。株式会社セレマの「かもがわホール」。

その女性に「シティーホール」といわないのはなぜですかと聴いたが、シティーホール自体知らないようで、パンフレットの裏面には京都のシティーホールなどが10個も書いてあるのに、どうして知らないのだろうなと思いつつ、でも思い切って入っても無碍にされずによかったわいと思って、町を歩く。

メディアショップで千葉伸夫『小津安二郎と20世紀』(国書刊行会)を購入。やっと開いたアザーサイドでぼんやり、小暮はなの出番を待つ。かなりの入り。水晶(みあき)さんや、キャタピラ・ダーリンさんのお陰だろう。

書き出すときりがないので、この辺にしておくが、とてもいいライブだったと思う(うちの大学で働いている人やマンションの管理人さんたちまで来てもらって嬉しい)。手前味噌だが、はなの声もこの前よりもずいぶんと回復した。9曲(うち、「夜」と「空があった」は初めて聴くもの。さきがいたこともありさきがつくった詩が元になった「月の向こう側で」が締め)。

水晶のかわいいウクレレ(楕円なのでチューニングがたいへんなのだそうだ)と、キャタピラ・ダーリンの女性ボーカルのアコーディオンのとりあわせ、優しくしっとりとした歌声が、じつによく構築されたライブラインアップになっている。

まあ、そういう工夫「しっとり」を最後のヴォーカリストさんがしたということだし、彼女ぐらいMCもできるようにはなもなるかしらと楽しく聴いている。おわりあるぼくらの未来を、透明な水、小箱のブルース・・書き出すときりがないぐらい楽しいひととき(水晶さんの曲では何と言っても「良夜」が最高。「鱗雲」が前回は最高だったから、日によって替わるものだ)。

終わってから東野さんと話す。はなはなぜか泣いている。哀しくて泣いているのではなく感極まって泣くのだろう。アザーサイドの人がまたハナコウが泣いていると言っていた。


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