こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.2
2/7(金)
大学院(文化政策研究科)の第1次入試。ぼくは面接のみ。アーツマネジメントを明確に希望する受講生は一人だけで、ほとんどはミュージアム関係の受験生。その人たち(社会人も学生もいる)を青木さんと端さんとで面接。約20分間ずつ。3つに分かれて行ったが、まちづくりのチームの面接が一番多かった。でもやっぱりアーツマネジメントがほとんどいないというのは寂しいものだ。
判定会議には入らなくてもいいということだったので16時半ぐらいには終了。どこかに行こうかと思ったが、帰り発泡酒を飲みながら椥辻駅へと下っているとずいぶん眠くなってきたので、早く帰って家でアーツアポリアの原稿を書く。
はなの掲示板を見ると、池田宏子さんや木村英一さんらが磔磔で踊るのに、はなも行こうかしらと書き込んでいたので、ぼくもはなの顔をみたいなと思ったりもしたのだったけどね。
正確には、8日の0時2分だが、この日録に少ししか紹介しなかった作者藤岡祐樹さんのお母さんが日録駅(bbs)に書き込んでいただいていた。もっと日録にきちんと書くべきだったと反省。でも救われるのはその作品(ファイルで200巻もある)はキッズコーナーに常設されているのでまた見に行けるし、いまも誰でもゆっくりと手に取ることが出来るということだ。
それに『息子がいつまでハサミを握り続けるのか私にはわかりませんが,続く限りファイルも増えていくことだと思っています』とあるので、また行けば、追加された新作に出会うことも出来るわけである。
2/8(土)
今日は充実していた。でも夕方に行った扇町ミュージアムスクエアの席で右肩をねじったようだ。「ガチブクロ展」の会場のままで、OMS戯曲賞ドラマリーディングを2本上演されたのだ。隣の人に遠慮して少し身体を傾けて同じ方向にずっと首を向けていたせいだろう。
肩がねじれたのは、たぶん、どちらも(土田英生の構成演出の第1部は56分だったが、岩崎正裕の構成演出の第2部は83分あった)心のこもった演出だし、使われた作品(第1部4本、第2部5本)がそれぞれに秀作であり、しかも出ている俳優たちがいまの関西を代表するような人たち(佳梯かこさんは関西だけではないが、でも関西の舞台人と言ってもいいぐらいここでも活躍している)だったからかも知れない。
なお、樋口美友喜の作品がどちらにもあって(2回受賞しているのだからもちろん問題はないのだが)、かつ第1部には俳優としても彼女が出ていた。彼女のハスキーな声を意識したのは初めてだったが、いま乗りに乗っている人の感じがした。ステージでも光っていた。
敢えていえば、第2部はもう少し短くしたほうが、より全体をうまく見せれたのかも知れない(とくに「夏休み」が多い感じがした、先輩への配慮かも知れないが)。その分肌合いの異なる「ともだちが来た」がどこか「はみっこ」のようだった。キーボード生演奏(田中佑弥)は、確かにあるとライブ感が増す。ただ、台詞とかぶるとちょっと役者の声を伝えるのにしんどい感じもした。
前後するが、お昼は京都みなみ会館で芳江と『刑務所の中』を見た。監督脚本が崔洋一、原作は花輪和一という人のマンガ、脚本はほかに鄭義信と中村義洋。客席には年配の人がずいぶん多くてびっくりした。山崎努と同じ呼吸が出来るからなのだろうかと思った。93分がすぐに終わった。もっと見たいと思った。
もっと見たいといっても、このあとにびっくりするような展開やドラマを期待するのではない。その淡々とした食事や点呼や運動、トイレ、入浴のさまがぽつりぽつりと続くのをもっと見たいのである。中高年が仕事に息詰まって自殺するぐらいだったら刑務所に入った方がずいぶん楽だなあ、何も考えなくていいし、と思うような映画だ。でももちろんその世界は異常である。過剰規律による異常な世界なのにその塀の外の方がより狂っているから、なんだかステキに見えてしまうのだ。
刑務所に勤めている人はこの映画をどう見るだろうかと思う。自衛隊や警察関連など軍隊的な組織のなかと同じく、刑務所行政にも「特別権力関係」論という古い行政法の考え方が残っているのだろう。もし刑務所内でこのような上下関係による役割分担に基づき、刑務官が自分の性格を歪めることなくお芝居として行っているとしたら、みんなかなりの役者なのかも知れない。
でもアメリカの話だが、受刑者のなかの75%は人格障害を持つというから、刑務所勤務の人もかなりの精神的な課題を持ってしまうのではないかと思ったりする。75%とうのはアーツセラピーを刑務所内で行っている人の文章によっている(フィルムアート社『アート×セラピー潮流』内、北川のぞみ「犯罪、アディクションと直面する」)のだが、日本の刑務所でアウトリーチやアーツセラピーがどう成立しうるのかは、あの映画の刑務所の中の映画鑑賞会のさまを見る限り、かなり非現実的な気持ちにもなる。
2/9(日)
日本アートマネジメント学会関西部会(JAM West)例会。OBPのいつもの場所にて。もう何度目になったのだろう。今日は誰かのお話を聞くというのではなく、事務的な打ち合わせのみ。そのためもあり人数は少なかったが(9名ほど)、いい議論が出来たなあと思う。岡山の北川さんの顔を久しぶりに見た。
一つめの新しい提案は、運営委員という無償のチームを公募して、その人たちが自発的に例会などの企画を考えてもらうという制度改革について。そしてもう一つ、ワーキンググループを学生中心に作って、有償ボランティア的に記録やホームページ作成などを行いつつ、彼ら彼女らの研究を応援していこう(名古屋の全国大会にも出させたい)という新しい提案をしてみた。少ない人たちの間ながら反応はそさそうだったので、これらについて、事務局から会員にメールなどして新年度の体制づくりにのぞもうと思う。
ぼくが部会長になってから2年が経つ。同じく事務局長になった松本さんのこの前のコンサートでの挨拶ぶりなどに対して久しぶりに「切れた」あと、いつものように発作的にすべて辞めたくなった(地域創造の時は、そんなことをするぐらいなら辞める辞めると言っていたら、ぜんぜん脅しにならなくてすぐに飛ばされたものだ)。
けれど、気持ちを取り戻して、もし部会長のなり手がなかったらもう2年ほどしようかなと思い例会に臨んだ。きっと2年後には新しい部会長候補も出てくるだろうし、そういうふうに風通しよくしていきたいなと思う。
それにしても学会会則はあるのだけれど、部会の内規を作ろうと言いながら事務局で作ってもらったかどうかうやむやのままだ。会則を読んで見るとどうもいまの部会運営のことが気になる。部会の裁量は大きいという考えでいいとしても、部会内規は明文化して(2年後に引き継ぐためにも)きちんと定めておくことも多そうだ(部会長の立候補、推薦のこととか、事務局長とか部会の会計監査のこと、それに脱会の見なし規定とか)。
さとうさんから、学会で認定するアーツマネージャー資格の検討(もちろんそれが必要かどうか、出来るかどうかという問題も含めて)というのはどうなっているのですか?という質問があって、図らずもこれをめぐって面白い論議がいっぱい出た。そうこうしているうちに、来年度の一つのテーマとして、アーツマネージャーってどんな能力を持ってどういう仕事をすべきなのだろうか(そしてそのためにどんな社会提案をしてそのアーツマネージャーの必要性を訴えることができるのか)?という大きな課題が、浮かび上がってきた。
そのためには、京都芸術センターのアートコーディネーター制度(プログラムプロデューサーを育てる最近行った丸井さんとか橋本さんを登用した演劇企画)とか、金沢市21世紀美術館の広報担当という仕事の実際とか、北九州芸術劇場のプロデューサー、ディレクターなどの専門スタッフ採用制度などの話を聞いて考えていくことが大切だなあと思った。もちろん、KAVCとか大阪市のあり方とか身近なものの点検も出来るし。
こういうテーマなら公立文化施設の館長や出向してきた総務/管理課長なども呼べるだろうという声もあがった。とりあえず、いま80名ほどいるJAM Westも、学生が多いという特色から現状維持をして守りだけでいてはどんどん減少することも予想される。だから、若い学習研究者がどんどん入ってもらえるような企画努力が必要だし(そして出口/就業の目当て)、定年後の第2の仕事(ボランティア=生き甲斐)としてアーツマネージャーを考えようかしらと思う人だってウェルカムかも知れない。
話は替わって、一時間の完全無音即興ダンスといえば、「放下」の岩下徹が有名だ。その照明をよく(いつも?)しているのは岩村原太。もちろん少しの示し合わせはあるだろう。しかし、照明者の緊張は、舞踏手のそれとはまた違う種類のものながら、つねにどう照らすか、コラボレーションしている踊り手に向かう応対的意識と同じぐらい、観衆の見たい欲望へと意識を向かわせないといけないから、すごく大変だろうと思っていた。
2歳の男の子を連れた若夫婦がご飯を北座があったところで食べている。30分早く開始時間を教えられたらしい吉本有輝子さんが、所在なげにしている。彼女はいま関西で一番忙しい照明家の一人だろう。その一角、むき出しになった大きな石に注連縄を回して神様にしている祠があって、近くの男性がお世話をしている。
すごく面白い立て札を見つけて感動!「このうんこをした人・・」と書いてあるから、うんこを見つけるとそのそばにそれを即座に立てるのだろうな。何という妙なるインスタレーションだろう。それに脅しには京都弁のものがあって(「罰あたりますえ」)、犬のうんこをさせている架空の人への「呪い」の気持ちがよくでている。デジカメを持ってくればよかった。
「清水啓司×岩村原太 インプロビゼーション×コラボレーション」の開場は15時。西陣ファクトリーGardenに入ってびっくり。畳が15枚ほど敷かれていたからだ。いらなくなった畳をちゃんと確保していたというが、何だか明治時代の家内制手工業の世界に迷い込んだようだ。畳の方が寒さをしのげることもあるし、清水さんの横たわった姿を至近距離で見るときにも、何だか自宅内で見ているような錯覚があって独特の情感を与えられる(というか、経験がほとんどない状態のダンス鑑賞であると言える)。
(内容はアーツ・カレンダー「こぐれ日記422」をみてください。)
終わってから塩付き冷や酒(150円)を飲む。熱燗をずっと飲んでいる背の高い男もいて、なかなかにくつろいでいた。岩村さんの奥さんがウルメイワシを焼いているあいだ、ミニ原太と遊んだりして(ぼくの孫がわりだ)長くいてしまう。原太さんはアーツコンペの説明。
吉田さんから近くの町家に住んでいる写真家の石川奈都子さんを紹介されて、石川さんに早速アーツコンペの出展をすすめたら、北座がなくなっていたのでどうしようかと思っていた、という。うまくマッチングすればいいのだけど。大阪市立環境学習センターの原彩実さんとも話す。環境学習とアーツ、これも実に素敵なフィールドになりそうなのだが、問題はいずこも同じ、上司など役所内の伝え方手法の開発である。
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